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25.パニックマリアージュ
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学園敷地内の庭園を、俺達は肩を並べそぞろ歩いていた。
「気持ちがいい森ですね」
異世界の王女は菊の模様に束ねた髪から耳に垂れるその残りが、風にさらわれないように押さえながら俺に笑いかけた。
ドレスの端が地面に汚れないよう手を貸すか。
高貴な生まれが着るに相応しい服装を、素直に褒めるか。
王女の後ろに侍っていた神官達の視線が背中に刺さる中。
俺が取った選択は、疲れ果てた末の愛想笑いだった。
「……私とのお散歩は、楽しくないの?」
「い、いえ決してそのような……ッ」
敬語を嘯いた口を、俺ははっとなって塞いだ。
まずい。
「子どもの頃、そんな態度はなされなかった。嫌われた……勇者さまに嫌われたわ!」
「お、落ち着いて」
突如として豹変した王女を俺は命懸けで宥めた。
そうでもしないと。
「勇者さまに嫌われる王女になんて、生きる資格はありません!! さようなら!!」
生きる価値がないと側の噴水に身を投げた。
「またかよ、ああ畜生!」
噴水の水を吸ったドレスは鉄の塊のような重さで、引き揚げた俺は腕が剝がれ落ちそうな激痛に耐えながら答えた。
「……昔とあまりに見違えて上手く返事ができなかった。でも、君のその様子はぜんぜん変わってない」
「勇者さま……」
なんとかなった、今回も。
そもそも王女の『設定』に自殺未遂の癖があるかは、神官から聞いてなかった。
ずぶ濡れの王女が言った。
「この癖も、今となってはいい加減に直さないと。自分は開陽さまの『幼馴染み』だけど、勇者の夫になるんですから」
背中がむずがゆくて堪らなかった。
数分前に顔を合わせた女の子に夫呼ばわりされると。
「あ、ほらご覧になって。水鳥が」
噴水を眺めていると、王女が水鳥を見つけてほほ笑んだ。
アヒルの浮き輪を付けスイミングキャップにゴーグルを装着したミチルだった。
「ガー、ガー」
どんな目くらましだよ!
そしてせめてもっと真剣になりきりってくれ!
「……かわいい……」
神官達にかけられた『催眠』とやらで、完全にミチルを『水鳥』と認識した王女が気を取られた。
その隙に、遠くにいたアイス達が俺の携帯に電話をかけてきた。
『もしもし開陽さん、顔には出さず、適当に受け流してください』
アイスの声にうっかり笑みが零れそうになった俺に。
神官長が、洗脳効果のある異世界の誓約書を見せ、釘を刺した。
「……アイスかい? 今、アンネと噴水を見ているんだ。かわいい水鳥が飛んできたよ」
『それはミチルのアイデアだ。下手に魔力を使うと勘付かれるからね』
久志の声が通話口から続いた。
「……そっちの状況はどう?」
『彼女の騎士のお陰で、王女に掛けられた洗脳魔法の解析、その半分が済んだところだ』
携帯だと魔力では盗聴できないのが利点。
『誓約書に書かれているのは、彼女の先祖である初代女王と女神の名前だ。王女は呪いの力で必ず娘を生む。その娘は勇者を絶対に幼馴染みと認識を歪めるらしい』
「そりゃあ厄介だなぁ。宿題? ああ俺はもう終わらせたよ」
『拒めば自殺しようとするため、相手の男は断れなかった。勇者の性ってやつなんだろうね』
「こっちはまだもう少し。久志兄ちゃんはどれくらい?」
解呪にどれくらいかかるか、という意味で俺は言った。
『神由来の洗脳だから正直、雲行きは怪しい。学園長の助力も貰ったけど』
女神が全盛期だった時代の古い魔法。
『名を騙る』って、こういうことかよ。
呪いをかけた神官達自身の認識も歪める呪法のようでもあり。
「そう、みたいだな」
神官達まで、ミチルの変装に和んでしまっていた。
勇者だけに呪いが効かず、地獄のような状況を味わう。
なんて悪質な呪い。さすがあいつの名前で発動しただけのことはある。
全員のうっとりに囲まれていたミチルが俺を睨んでいた。アヒルが鷹の目になってどうする……。
『開陽様! キヨは、キヨはだれの手も触れていない、新鮮な開陽様がいい……! 傷物なんて断じて嫌、いやぁああああ……!!』
電話が床に落ちた音に一瞬だけびっくりした。
おおかた、電話をひったくったキヨが悲痛に訴え、それをアイス達に羽交い締めにされ退場した音だろう。
『とまあ、このままじゃ、本当の鬼嫁が襲うのも辞さないみたいだから、陽が落ちる前に解呪の方法を探すよ。タイムリミットは夜。開陽の貞操が奪われるのを引き換えに、異世界が救われる未来が決定するまで』
電話が切れた、その俺の後ろから王女は声をかけた。
「どうかしました。さきほどから、その板とお話ばかり」
「え、いや……べつに」
「こちらの世界の、通信機器と伺っております。……女と浮気してたんでしょう」
真っ先に否定した俺に、王女は確かに感じたと。
「上手く言えないけど、開陽さまの本妻を自称する角が生えた子が、ドジをするためだけに生まれた騎士に押さえつけられ、怒り狂った様子が頭の中に視えました!」
「ファンタジー世界から来たにしたって、勘が鋭いのにも現実感がいるだろ!?」
……やばッ、失言!!
「やっぱり、浮気された。浮気されるってことは、私には魅力がないって! もう生きていけない!」
木に登って飛び降り自殺しようとした。
この世で最も動きにくそうな見た目しておいて、なんでするする登っていけんだよ!? あれも呪いの力か!?
「女神さまー! あなたに身を委ねます――!」
もうこれで十七回目。
「いい加減、勘弁してくれー!!」
こんな調子だと、夜まで持たせるなんて、到底不可能だった。
「気持ちがいい森ですね」
異世界の王女は菊の模様に束ねた髪から耳に垂れるその残りが、風にさらわれないように押さえながら俺に笑いかけた。
ドレスの端が地面に汚れないよう手を貸すか。
高貴な生まれが着るに相応しい服装を、素直に褒めるか。
王女の後ろに侍っていた神官達の視線が背中に刺さる中。
俺が取った選択は、疲れ果てた末の愛想笑いだった。
「……私とのお散歩は、楽しくないの?」
「い、いえ決してそのような……ッ」
敬語を嘯いた口を、俺ははっとなって塞いだ。
まずい。
「子どもの頃、そんな態度はなされなかった。嫌われた……勇者さまに嫌われたわ!」
「お、落ち着いて」
突如として豹変した王女を俺は命懸けで宥めた。
そうでもしないと。
「勇者さまに嫌われる王女になんて、生きる資格はありません!! さようなら!!」
生きる価値がないと側の噴水に身を投げた。
「またかよ、ああ畜生!」
噴水の水を吸ったドレスは鉄の塊のような重さで、引き揚げた俺は腕が剝がれ落ちそうな激痛に耐えながら答えた。
「……昔とあまりに見違えて上手く返事ができなかった。でも、君のその様子はぜんぜん変わってない」
「勇者さま……」
なんとかなった、今回も。
そもそも王女の『設定』に自殺未遂の癖があるかは、神官から聞いてなかった。
ずぶ濡れの王女が言った。
「この癖も、今となってはいい加減に直さないと。自分は開陽さまの『幼馴染み』だけど、勇者の夫になるんですから」
背中がむずがゆくて堪らなかった。
数分前に顔を合わせた女の子に夫呼ばわりされると。
「あ、ほらご覧になって。水鳥が」
噴水を眺めていると、王女が水鳥を見つけてほほ笑んだ。
アヒルの浮き輪を付けスイミングキャップにゴーグルを装着したミチルだった。
「ガー、ガー」
どんな目くらましだよ!
そしてせめてもっと真剣になりきりってくれ!
「……かわいい……」
神官達にかけられた『催眠』とやらで、完全にミチルを『水鳥』と認識した王女が気を取られた。
その隙に、遠くにいたアイス達が俺の携帯に電話をかけてきた。
『もしもし開陽さん、顔には出さず、適当に受け流してください』
アイスの声にうっかり笑みが零れそうになった俺に。
神官長が、洗脳効果のある異世界の誓約書を見せ、釘を刺した。
「……アイスかい? 今、アンネと噴水を見ているんだ。かわいい水鳥が飛んできたよ」
『それはミチルのアイデアだ。下手に魔力を使うと勘付かれるからね』
久志の声が通話口から続いた。
「……そっちの状況はどう?」
『彼女の騎士のお陰で、王女に掛けられた洗脳魔法の解析、その半分が済んだところだ』
携帯だと魔力では盗聴できないのが利点。
『誓約書に書かれているのは、彼女の先祖である初代女王と女神の名前だ。王女は呪いの力で必ず娘を生む。その娘は勇者を絶対に幼馴染みと認識を歪めるらしい』
「そりゃあ厄介だなぁ。宿題? ああ俺はもう終わらせたよ」
『拒めば自殺しようとするため、相手の男は断れなかった。勇者の性ってやつなんだろうね』
「こっちはまだもう少し。久志兄ちゃんはどれくらい?」
解呪にどれくらいかかるか、という意味で俺は言った。
『神由来の洗脳だから正直、雲行きは怪しい。学園長の助力も貰ったけど』
女神が全盛期だった時代の古い魔法。
『名を騙る』って、こういうことかよ。
呪いをかけた神官達自身の認識も歪める呪法のようでもあり。
「そう、みたいだな」
神官達まで、ミチルの変装に和んでしまっていた。
勇者だけに呪いが効かず、地獄のような状況を味わう。
なんて悪質な呪い。さすがあいつの名前で発動しただけのことはある。
全員のうっとりに囲まれていたミチルが俺を睨んでいた。アヒルが鷹の目になってどうする……。
『開陽様! キヨは、キヨはだれの手も触れていない、新鮮な開陽様がいい……! 傷物なんて断じて嫌、いやぁああああ……!!』
電話が床に落ちた音に一瞬だけびっくりした。
おおかた、電話をひったくったキヨが悲痛に訴え、それをアイス達に羽交い締めにされ退場した音だろう。
『とまあ、このままじゃ、本当の鬼嫁が襲うのも辞さないみたいだから、陽が落ちる前に解呪の方法を探すよ。タイムリミットは夜。開陽の貞操が奪われるのを引き換えに、異世界が救われる未来が決定するまで』
電話が切れた、その俺の後ろから王女は声をかけた。
「どうかしました。さきほどから、その板とお話ばかり」
「え、いや……べつに」
「こちらの世界の、通信機器と伺っております。……女と浮気してたんでしょう」
真っ先に否定した俺に、王女は確かに感じたと。
「上手く言えないけど、開陽さまの本妻を自称する角が生えた子が、ドジをするためだけに生まれた騎士に押さえつけられ、怒り狂った様子が頭の中に視えました!」
「ファンタジー世界から来たにしたって、勘が鋭いのにも現実感がいるだろ!?」
……やばッ、失言!!
「やっぱり、浮気された。浮気されるってことは、私には魅力がないって! もう生きていけない!」
木に登って飛び降り自殺しようとした。
この世で最も動きにくそうな見た目しておいて、なんでするする登っていけんだよ!? あれも呪いの力か!?
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