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第一章
第四話 41 バッタ共*
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自分は、このまま死んでしまうのだ、と聖月は本能的に感じて目を閉じた。
いや、ここで死んだほうがまだましかもしれない。生きながらにして、こんな状況にあっているのなら死んだほうがまだ幾分苦しくない。そう聖月が考えてしまうほど、今の状況は苦痛そのものだった。
聖月が悲惨な状況にあっているのに、回りの男たちはただ傍観しているだけで、誰も助けようとはしてくれない。誰も自分の味方はいないんだ…聖月は霞がかった脳内でぼんやりと悟った。それと同時に、失意の念に包まれる。
蒼も同様で、粘着質な視線を送るだけで、何もしてくれない。遠くの壁に寄りかかって、聖月が打たれ苦しんでいるさまを愉しんでいるようにも見えた。
―――狂ってる。何度思ったか分からない、その言葉が通り過ぎた。
キダの鞭は、今まで痛みをあまり受けたことがない聖月には酷過ぎるものだった。キダの動きは洗練されており、素人目で見ても、プロだと――その道に通じているのだと分かる。
何度もやったことがあるのか、キダは人がどこに鞭を振るえば痛がるのかを熟知しているみたいだった。何度も打たれていくと脳内の神経が、めちゃくちゃに掻き回されているはずなのに、痛みは麻痺しているはずなのに、新たに痛みはやってくる。
強く打って、言葉を話し、少し聖月が安心したところでもう一度強い一発。何度もそんなことをされて、聖月はもう動けなくなっていた。息をするのも、もはやままならない。完全に思考がなくなっていた。
ただあるのは、痛みという〔恐怖〕のみ。聖月は、あまりに心身ともに傷つけられついに子供のように泣き叫んでいた。
「や、やだ…ッ! うぅ、うっぐ、もうぶたないでえ…」
ぴたりと、聖月を打とうとしていたキダの手が頭上で止まる。
その目には、一切の慈悲もない、非情で加虐心の色が浮かんでいた。むしろ、聖月が泣き叫んでいることを愉しんでいた。聖月のだんだんと初めより幾分も変わってきた様子に、周りにいた男たちの目の色がまざまざと変わっていく。
男たちに生意気に大口を叩き、罵声をあびせていた昔の聖月は跡形もなく。
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした様子は、まさに男たちの欲望を刺激するものだった。ごくり、と喉を鳴らし、男たちは聖月を舐めるように見詰めた。
泣き叫んでぐちゃぐちゃになった顔、ズボンとシャツだけのあられもない格好。しかも、体中はびしょぬれに濡れており髪の毛もびしゃびしゃになっている。シャツから透けて見える、背中の無数の痛々しい鞭の赤い痕。
両手を縄で拘束され、逃れようと必死になって出来た赤い手首の傷。無表情の青年からは絶対に想像もできない光景がそこにはあった。
その様子は、まさにサディスティックな男たちの趣向には、たまらない状況だった。細かく痙攣して、聖月は涙目で必死になって訴える。
「もうやだ…ッ、お母さん…っぅう゛っ……ぅお父さん…っ」
大声で、もうこの世にいない両親に助けを求めた。ミツ、ミツと愛しい声で言ってくれるお父さんが大好きだった。
ダメじゃない、と自分のために叱ってくれるお母さんが大好きだった。その二人は、今どこにいるのだろうか。
両親に救いの手を求めようと、聖月は力弱く両手を伸ばす。伸ばそうとしても、拘束されている両手はうまく伸ばせない。その様子は、まさに子供が助けてほしいと縋っている庇護欲を沸かせる行為。なのに、男たちはそんな気持ちが湧き上がると同時に、ある想いが湧き上がっていた。
それは、初めに会った小向と神山が感じたある感情。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁい…っ、ぶたないで…悪いことしたなら、あやまるからぁ…」
あまりにも恐怖で心身ともに幼児返りしてしまった聖月は、舌足らずで嗚咽をしながらキダ縋りつきながら泣き叫んだ。
プライドも、理性もないあられもないその様子に、ごくりと喉をならす男たち。恐怖に歪んだ表情をして、聖月は口を開く。
「いたい…いたい。なんで、おれこんな、こんなことなってるのぉ? ひどい、ひどいよ…」
「うん、どうしてだろうね。全部君のせいだと思うけど」
ぐすぐすとぐずっている聖月に、キダは優しく頭を撫でながら答える。聖月は泣き顔で、きょとんとした表情になり本当に子供のように問いかける。
「なんでぇ? おれ、悪いことしてないのに…ぅ、ぅう」
ぐずって、鼻水をすすっている聖月の髪の毛をキダはふいに乱暴につかんだ。聖月が「いたいっ」と、悲痛な叫び声をあげる。いっそうにわんわん泣き出した聖月に、キダは笑顔のまま云う。
「聖月くんが、こんな顔するから悪いんだよ」
ぺろり、と頬に伝う涙を舐められた。低音の声が耳朶を打つ。ぞわぞわとした嫌悪感が、聖月の背中から沸きあがる。まるで、粘着した何かを触られたみたいで、気持ちが悪い。
「そんなことないっ。触んないで、汚いっ」
バタバタと、嫌悪感をあらわにして聖月は手足をばたつかせる。聖月は、本当に防衛手段として幼児返りしてしまったようで、やることなすこと何もかもが幼稚園児そのものだ。そのことにまた露骨にキダが不快感を感じている表情になる。
「あーあ、ほんと幼児返りしちゃったね」
鞭が床を叩く音がした。キダがイラつくままに、鞭を床に打ったからだった。脳天を貫く音に、聖月がとたんに怯えた顔になった。
先ほどの、背中をさんざんに打たれた記憶が根強いのだろう。聖月はすぐにさっと、血の気の引いた顔になる。
「や、やだ、ぶつな、ぶたないで…」
細かく震えながら、キダからどうにかして離れようとする完全に幼児返りしてしまった聖月。逃げ出そうとする行為さえも、拙くなっている。そんな聖月を捕まえるのは、あまりにも安易なものだった。
「ぎゃーっ、さわんないでッ」
キダが簡単に手を掴むと、文字通りに、とても嫌そうなそぶりを聖月はした。
「言葉のボキャブラリーが少ないなぁ~」
ククッと笑ってキダはおもむろに肩を掴んで、聖月を床に押し付ける。
突如訪れた暗転と、急な男の行動に聖月は何も出来なかった。おまけ程度に、ばたばた手足を動かしてもその力強い手は離してくれなかった。
必死にもがいている聖月にキダは笑いながら鞭の先で、鞭の打ちつけられた痕を撫でられ、激痛が全身に駆け回る。
「いたいっ! やめて、やめてよっ」
「あーもう煩いな。話に聞いてた子と全然違うんだけど」
はあー、と大げさにため息をついているキダだが、手に持っている鞭の先端を容赦なくシャツ越しに押し付ける。
また聖月は、苦痛にもがく悲鳴をあげた。
「だって、コイツほんと初めてあったときと性格違うんですもん」
遠くの壁に寄りかかっている蒼が同調するように、苦笑いにも似た表情で言う。『そんなこと云うなら助けてほしい…お願いだから』と、幼い思考で聖月はその言葉を聞きながら思っていた。聖月の縋る視線に気づいたのか、蒼が笑う。
「だよなあ、聖月?」
ふるふると、小さく首を振って否定した。
意味が分からない。というひとつの理由があるが、自分が性格を変えたことがないということを含めて否定する。
「た、たすけて…」
次に出てきたのは、助けを請う言葉だった。どうせ自分を、蒼は情けもなく助けてはくれないと思うが、少しでも助かる可能性があるのなら、聖月は必死になってそれに縋るしかないのだ。
その言葉を聴いてまるで蒼は、虫けらを見るような目つきで聖月を射抜く。
「何いってんの? ここまできて、誰かが助けてくれるとか思ってんの? 馬鹿じゃん」
「た、たすけてくれるもんっ! おかあさんが、おとうさんが…きっと…」
最後のほうは言葉が、喉につっかえ掠れた。
幼児返りをしても、心のどこかでは誰も助けてはくれないと気づいていた。だけど、そんなことは信じたくはなかった。きっと、聖月を助けてくれる正義のヒーローが出てくるはずなのだ。そんなことは、ありえない――と心のどっかでは思っていたけれど、ただ何かを信じてなければ精神が持たない。
容赦なく蒼が心を抉る毒を聖月に投げつける。
「じゃあ、電話してそのだーいすきっな両親呼んだら? 誰も出ないとは思うけどなァ! ぎゃはははっ」
床に蒼のモノと思われる携帯電話が投げ捨てられた。
聖月は、呆然とした面持ちでそれを見詰めた。たぶん、両親は出ない。誰も出ない。
だって、もうこの世にはいないから。その電話番号が、今誰かに使われているのかも分からない。聖月は今の蒼が吐き捨てた言葉で、明確に両親がいないのだと思い知った。携帯を、ぎゅうっと握り締めながら、虚無感が身体を包んだ。
が、それと同時に何かが閃いた。
――――そうだ、電話すればいい。電話して、助けを求めればいい。
はっとして、取り付かれたみたいに、「110」とすばやく打つ。のろま、と罵られることが多い聖月が、かなり早くなった瞬間でもあった。
その瞬間だけ聖月は、聖月の心を抉る暴言を吐いた蒼に感謝した。
少なからず『電話して、助けを求める』というアドバイスをくれたのは蒼で、携帯をくれたのは蒼なのだから――。
「ウ゛ゥッ?!」
耳に携帯を押し付け、コールを聞いている聖月に、突如骨に響く鈍痛が襲い掛かる。
あまりの衝撃で身体が大きくしなり、携帯が手から落ち床に滑り落ちる。ガチャン――床に叩き付けられた携帯の無残な音が鼓膜を打つ。
「あー、もう、馬鹿じゃねぇの蒼。何、ケイタイ与えてんの? 警察に電話すんの分かんないわけ? いっちばん馬鹿なのは、おめえだよ」
キダが、1トーン落とした声で蒼を罵った。
「す、すんません」
蒼が謝ったが、キダは何も云わず無言だった。それがやけに恐く感じる。
何かの亀裂が走る音がする。この部屋の、温度が何度も低くなった感覚がした。痛みで、首を動かせない聖月だったが、どんな顔を蒼がしているのか、キダがどんな顔をしているのかは分かる。何もかもが恐くて、顔が上げられなかった。キダの手が、携帯を持つ。
「…ぁ…」
―――ああ…。
聖月は小さく、その行為を見て項垂れる。
絶望が聖月の未来を示唆する。もう、これで誰かに連絡するという唯一に近いここから脱出方法が、なくなってしまった。だんだんと、自分の後ろには死神が立っている幻惑に襲われてきた。妄想だとは思っていても、そう思わずにはいられない。
今この瞬間、聖月は詰んでしまった。もう、これ以上自分が何もできないと知ってしまった。これから出来ることは、自分の運命を呪うことだろうか。それとも、これから起こる悲劇を受け入れることだろうか。
分からない。もう、分からない。
聖月が、何も出来ないでいると、乱暴な手つきで濡れたシャツを脱がそうとする手が目に付く。
「…ぅ…ぅう…」
シャツと手の気持ち悪い触感に、もう聖月は妄想と現実が区別出来ない。
バッタだ。
―――バッタが、俺のことを触ってるんだ…。
聖月は、目の前で何のためらいもなく脱がす男の手が、一番昆虫の中で嫌いなバッタの前足に見えた。錯覚と、幻惑がまじって自分は大きなバッタに触られている――としか見えない。見えなくなってしまった。
バッタじゃなければ、今すぐでも吐きそうな嫌悪感と憎悪は沸かないだろう。
――そうだ、バッタだ。俺はバッタに素肌を触れているんだ。気持ち悪い…あの黄緑色のバッタに…。ああ、やめてくれ。俺が悪かった。降参だ。だから、謝るから、その長い触角で俺を触るのはやめてくれ…。
聖月は、男たちの群がる今の光景が、たくさんのバッタたちに群がられ触られているのだと――…完全に現実と妄想が見失った脳内で本気で思っていた。
自分は、今バッタたちに犯される。最悪で、屈辱的すぎる状況に陥ってしまった。
聖月は、すべてをあきらめきった表情で――バッタの一匹とキスを受け入れた。
いや、ここで死んだほうがまだましかもしれない。生きながらにして、こんな状況にあっているのなら死んだほうがまだ幾分苦しくない。そう聖月が考えてしまうほど、今の状況は苦痛そのものだった。
聖月が悲惨な状況にあっているのに、回りの男たちはただ傍観しているだけで、誰も助けようとはしてくれない。誰も自分の味方はいないんだ…聖月は霞がかった脳内でぼんやりと悟った。それと同時に、失意の念に包まれる。
蒼も同様で、粘着質な視線を送るだけで、何もしてくれない。遠くの壁に寄りかかって、聖月が打たれ苦しんでいるさまを愉しんでいるようにも見えた。
―――狂ってる。何度思ったか分からない、その言葉が通り過ぎた。
キダの鞭は、今まで痛みをあまり受けたことがない聖月には酷過ぎるものだった。キダの動きは洗練されており、素人目で見ても、プロだと――その道に通じているのだと分かる。
何度もやったことがあるのか、キダは人がどこに鞭を振るえば痛がるのかを熟知しているみたいだった。何度も打たれていくと脳内の神経が、めちゃくちゃに掻き回されているはずなのに、痛みは麻痺しているはずなのに、新たに痛みはやってくる。
強く打って、言葉を話し、少し聖月が安心したところでもう一度強い一発。何度もそんなことをされて、聖月はもう動けなくなっていた。息をするのも、もはやままならない。完全に思考がなくなっていた。
ただあるのは、痛みという〔恐怖〕のみ。聖月は、あまりに心身ともに傷つけられついに子供のように泣き叫んでいた。
「や、やだ…ッ! うぅ、うっぐ、もうぶたないでえ…」
ぴたりと、聖月を打とうとしていたキダの手が頭上で止まる。
その目には、一切の慈悲もない、非情で加虐心の色が浮かんでいた。むしろ、聖月が泣き叫んでいることを愉しんでいた。聖月のだんだんと初めより幾分も変わってきた様子に、周りにいた男たちの目の色がまざまざと変わっていく。
男たちに生意気に大口を叩き、罵声をあびせていた昔の聖月は跡形もなく。
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした様子は、まさに男たちの欲望を刺激するものだった。ごくり、と喉を鳴らし、男たちは聖月を舐めるように見詰めた。
泣き叫んでぐちゃぐちゃになった顔、ズボンとシャツだけのあられもない格好。しかも、体中はびしょぬれに濡れており髪の毛もびしゃびしゃになっている。シャツから透けて見える、背中の無数の痛々しい鞭の赤い痕。
両手を縄で拘束され、逃れようと必死になって出来た赤い手首の傷。無表情の青年からは絶対に想像もできない光景がそこにはあった。
その様子は、まさにサディスティックな男たちの趣向には、たまらない状況だった。細かく痙攣して、聖月は涙目で必死になって訴える。
「もうやだ…ッ、お母さん…っぅう゛っ……ぅお父さん…っ」
大声で、もうこの世にいない両親に助けを求めた。ミツ、ミツと愛しい声で言ってくれるお父さんが大好きだった。
ダメじゃない、と自分のために叱ってくれるお母さんが大好きだった。その二人は、今どこにいるのだろうか。
両親に救いの手を求めようと、聖月は力弱く両手を伸ばす。伸ばそうとしても、拘束されている両手はうまく伸ばせない。その様子は、まさに子供が助けてほしいと縋っている庇護欲を沸かせる行為。なのに、男たちはそんな気持ちが湧き上がると同時に、ある想いが湧き上がっていた。
それは、初めに会った小向と神山が感じたある感情。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁい…っ、ぶたないで…悪いことしたなら、あやまるからぁ…」
あまりにも恐怖で心身ともに幼児返りしてしまった聖月は、舌足らずで嗚咽をしながらキダ縋りつきながら泣き叫んだ。
プライドも、理性もないあられもないその様子に、ごくりと喉をならす男たち。恐怖に歪んだ表情をして、聖月は口を開く。
「いたい…いたい。なんで、おれこんな、こんなことなってるのぉ? ひどい、ひどいよ…」
「うん、どうしてだろうね。全部君のせいだと思うけど」
ぐすぐすとぐずっている聖月に、キダは優しく頭を撫でながら答える。聖月は泣き顔で、きょとんとした表情になり本当に子供のように問いかける。
「なんでぇ? おれ、悪いことしてないのに…ぅ、ぅう」
ぐずって、鼻水をすすっている聖月の髪の毛をキダはふいに乱暴につかんだ。聖月が「いたいっ」と、悲痛な叫び声をあげる。いっそうにわんわん泣き出した聖月に、キダは笑顔のまま云う。
「聖月くんが、こんな顔するから悪いんだよ」
ぺろり、と頬に伝う涙を舐められた。低音の声が耳朶を打つ。ぞわぞわとした嫌悪感が、聖月の背中から沸きあがる。まるで、粘着した何かを触られたみたいで、気持ちが悪い。
「そんなことないっ。触んないで、汚いっ」
バタバタと、嫌悪感をあらわにして聖月は手足をばたつかせる。聖月は、本当に防衛手段として幼児返りしてしまったようで、やることなすこと何もかもが幼稚園児そのものだ。そのことにまた露骨にキダが不快感を感じている表情になる。
「あーあ、ほんと幼児返りしちゃったね」
鞭が床を叩く音がした。キダがイラつくままに、鞭を床に打ったからだった。脳天を貫く音に、聖月がとたんに怯えた顔になった。
先ほどの、背中をさんざんに打たれた記憶が根強いのだろう。聖月はすぐにさっと、血の気の引いた顔になる。
「や、やだ、ぶつな、ぶたないで…」
細かく震えながら、キダからどうにかして離れようとする完全に幼児返りしてしまった聖月。逃げ出そうとする行為さえも、拙くなっている。そんな聖月を捕まえるのは、あまりにも安易なものだった。
「ぎゃーっ、さわんないでッ」
キダが簡単に手を掴むと、文字通りに、とても嫌そうなそぶりを聖月はした。
「言葉のボキャブラリーが少ないなぁ~」
ククッと笑ってキダはおもむろに肩を掴んで、聖月を床に押し付ける。
突如訪れた暗転と、急な男の行動に聖月は何も出来なかった。おまけ程度に、ばたばた手足を動かしてもその力強い手は離してくれなかった。
必死にもがいている聖月にキダは笑いながら鞭の先で、鞭の打ちつけられた痕を撫でられ、激痛が全身に駆け回る。
「いたいっ! やめて、やめてよっ」
「あーもう煩いな。話に聞いてた子と全然違うんだけど」
はあー、と大げさにため息をついているキダだが、手に持っている鞭の先端を容赦なくシャツ越しに押し付ける。
また聖月は、苦痛にもがく悲鳴をあげた。
「だって、コイツほんと初めてあったときと性格違うんですもん」
遠くの壁に寄りかかっている蒼が同調するように、苦笑いにも似た表情で言う。『そんなこと云うなら助けてほしい…お願いだから』と、幼い思考で聖月はその言葉を聞きながら思っていた。聖月の縋る視線に気づいたのか、蒼が笑う。
「だよなあ、聖月?」
ふるふると、小さく首を振って否定した。
意味が分からない。というひとつの理由があるが、自分が性格を変えたことがないということを含めて否定する。
「た、たすけて…」
次に出てきたのは、助けを請う言葉だった。どうせ自分を、蒼は情けもなく助けてはくれないと思うが、少しでも助かる可能性があるのなら、聖月は必死になってそれに縋るしかないのだ。
その言葉を聴いてまるで蒼は、虫けらを見るような目つきで聖月を射抜く。
「何いってんの? ここまできて、誰かが助けてくれるとか思ってんの? 馬鹿じゃん」
「た、たすけてくれるもんっ! おかあさんが、おとうさんが…きっと…」
最後のほうは言葉が、喉につっかえ掠れた。
幼児返りをしても、心のどこかでは誰も助けてはくれないと気づいていた。だけど、そんなことは信じたくはなかった。きっと、聖月を助けてくれる正義のヒーローが出てくるはずなのだ。そんなことは、ありえない――と心のどっかでは思っていたけれど、ただ何かを信じてなければ精神が持たない。
容赦なく蒼が心を抉る毒を聖月に投げつける。
「じゃあ、電話してそのだーいすきっな両親呼んだら? 誰も出ないとは思うけどなァ! ぎゃはははっ」
床に蒼のモノと思われる携帯電話が投げ捨てられた。
聖月は、呆然とした面持ちでそれを見詰めた。たぶん、両親は出ない。誰も出ない。
だって、もうこの世にはいないから。その電話番号が、今誰かに使われているのかも分からない。聖月は今の蒼が吐き捨てた言葉で、明確に両親がいないのだと思い知った。携帯を、ぎゅうっと握り締めながら、虚無感が身体を包んだ。
が、それと同時に何かが閃いた。
――――そうだ、電話すればいい。電話して、助けを求めればいい。
はっとして、取り付かれたみたいに、「110」とすばやく打つ。のろま、と罵られることが多い聖月が、かなり早くなった瞬間でもあった。
その瞬間だけ聖月は、聖月の心を抉る暴言を吐いた蒼に感謝した。
少なからず『電話して、助けを求める』というアドバイスをくれたのは蒼で、携帯をくれたのは蒼なのだから――。
「ウ゛ゥッ?!」
耳に携帯を押し付け、コールを聞いている聖月に、突如骨に響く鈍痛が襲い掛かる。
あまりの衝撃で身体が大きくしなり、携帯が手から落ち床に滑り落ちる。ガチャン――床に叩き付けられた携帯の無残な音が鼓膜を打つ。
「あー、もう、馬鹿じゃねぇの蒼。何、ケイタイ与えてんの? 警察に電話すんの分かんないわけ? いっちばん馬鹿なのは、おめえだよ」
キダが、1トーン落とした声で蒼を罵った。
「す、すんません」
蒼が謝ったが、キダは何も云わず無言だった。それがやけに恐く感じる。
何かの亀裂が走る音がする。この部屋の、温度が何度も低くなった感覚がした。痛みで、首を動かせない聖月だったが、どんな顔を蒼がしているのか、キダがどんな顔をしているのかは分かる。何もかもが恐くて、顔が上げられなかった。キダの手が、携帯を持つ。
「…ぁ…」
―――ああ…。
聖月は小さく、その行為を見て項垂れる。
絶望が聖月の未来を示唆する。もう、これで誰かに連絡するという唯一に近いここから脱出方法が、なくなってしまった。だんだんと、自分の後ろには死神が立っている幻惑に襲われてきた。妄想だとは思っていても、そう思わずにはいられない。
今この瞬間、聖月は詰んでしまった。もう、これ以上自分が何もできないと知ってしまった。これから出来ることは、自分の運命を呪うことだろうか。それとも、これから起こる悲劇を受け入れることだろうか。
分からない。もう、分からない。
聖月が、何も出来ないでいると、乱暴な手つきで濡れたシャツを脱がそうとする手が目に付く。
「…ぅ…ぅう…」
シャツと手の気持ち悪い触感に、もう聖月は妄想と現実が区別出来ない。
バッタだ。
―――バッタが、俺のことを触ってるんだ…。
聖月は、目の前で何のためらいもなく脱がす男の手が、一番昆虫の中で嫌いなバッタの前足に見えた。錯覚と、幻惑がまじって自分は大きなバッタに触られている――としか見えない。見えなくなってしまった。
バッタじゃなければ、今すぐでも吐きそうな嫌悪感と憎悪は沸かないだろう。
――そうだ、バッタだ。俺はバッタに素肌を触れているんだ。気持ち悪い…あの黄緑色のバッタに…。ああ、やめてくれ。俺が悪かった。降参だ。だから、謝るから、その長い触角で俺を触るのはやめてくれ…。
聖月は、男たちの群がる今の光景が、たくさんのバッタたちに群がられ触られているのだと――…完全に現実と妄想が見失った脳内で本気で思っていた。
自分は、今バッタたちに犯される。最悪で、屈辱的すぎる状況に陥ってしまった。
聖月は、すべてをあきらめきった表情で――バッタの一匹とキスを受け入れた。
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