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第三章 第十話
101 蒼の生い立ち
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ひんやりとした指先が傷口に触れられる。塗り薬を染みこまされ、その染みる痛みに聖月は眉を顰める。身体がビクッと震えた聖月に蒼は愉しそうに笑っていた。
「急に大人しくなったな」
下品に笑う蒼に殺意が沸く。睨んだところで彼を喜ばせるのが分かっているから、聖月はただ大人しく黙っていた。窓の外の月を見て痛みに耐えていると、自分に圧しかかっている男が動いた。
「なぁ、なんか喋れよ」
「…急になんだよ」
「お前痛がりもしなくなったし、暇なんだよ。なんか俺を喜ばせることしろ」
「……」
蒼の言葉に、こんな奴だったっけ?と思う。つまり悲鳴でもあげて、自分を喜ばせろということか。文句が多い奴だ。聖月がため息をついていると、突然背中に衝撃が走る。
「――――ッグっあッ」
背中を叩かれた。―――その行為をされたことに気づいたのは、背中が熱くヒリヒリと痺れる痛みが走ってからだ。その衝撃は脳まで届き、聖月は少しの間放心状態になる。
「ふ、ふざけんなっ。何すんだよっ」
「あ、やっと喋った」
薬を塗っている人が、その傷口を強く叩くことなんて普通だったらやらない。聖月は怒りで後ろを振り向き、抗議の声と表情を出す。だがやった張本人はひょうひょうと笑うだけだ。悪びれず笑う蒼にぞっとする。
ああ、そうだった。蒼は普通の感覚を持った人間じゃない。最低な人間だった。
「もう薬は塗り終わったんだろ。早くどけよ」
内心恐怖でいっぱいになっている自分を隠して聖月は憎まれ口をたたく。ギシ…、とベットのスプリングが鳴る。聖月の言葉に蒼は目を細める。
「なんだよ情緒が無い奴だなァ。もうちょっと会話を楽しむとかしたら?」
「…のしかかってくるやつとは話したくない」
大真面目にいったのに、蒼は少し間を開けて噴き出すように大きく声を上げて笑った。
「くっ、ははっ…マジで聖月って面白い…ぷっ」
顔を覆い、爆笑している蒼に拍子抜けしてしまう。
「あーぁ……」
はぁ…、とひとしきり笑ったあと蒼は長いため息のような―――息を吐いた。
その息が吐き終わった瞬間、聖月は背中に寒気が走る。部屋の空気が、いや蒼の雰囲気が変わった。それが分かり本能的に身体が動く。聖月は顔を恐怖の色に歪め逃げようともがこうとした。だが、
「セイでどれだけお前は抱かれた?」
「っ、」
至近距離で見つめられ―――、いや刺すような視線で射抜かれ、聖月の喉がひくつく。
その蒼の綺麗な瞳には、聖月は映し出されていなかった。ちゃんと彼の瞳には聖月はいた。だが彼は聖月ではなく、≪セイ≫として聖月を見ていた。性の対象、欲望の対象としてのセイだ。そのことが分かり、聖月の脳に警告音が鳴り響く。
「あ、蒼には関係ない」
つい憎まれ口を叩いてしまうのは、聖月の悪い癖だった。言わなくていいとは分かっているのに、言ってしまう。
「…へえ」
含みのある笑みを浮かべる蒼は楽しそうだった。だからこそ恐ろしい。
「…お前がここに来てから何年経った? 4年ぐらいか?」
「――だったらなんだよ」
急にそんなことを言われると聖月は不安になってしまう。蒼にご満悦そうに微笑まれると余計に不安にかきたてられる。
「…ククッ…いったいどんだけお前に拒まれたか今思い出してるんだよ」
そう言った蒼の瞳は、聖月を≪壊す≫瞳だった。聖月は本能的を恐怖を感じ、身体を強張わせる。舌なめずりをして聖月を見つめる彼は初めて会った日と同じだった。―――そうか。今やっと分かった。何故、寮にきた聖月がした初めの自己紹介のとき蒼が舌なめずりをしていたのか。
その時はただ熱い視線に身体を硬くさせるだけで、理由は分からなかった。考える余裕もなかった、だが今ならあの時彼が考えていたことが分かる。
―――あの時から蒼は聖月を壊したい、そう想っていたのだろう。それに気づいたとたんに恐ろしく思えた。
そろそろお返ししなくちゃァなぁ――――。
蒼が甘い声を囁き、聖月に強い衝撃を与えた。
「がっぅ」
背中に爪を立てられた時よりも鋭い痛みが走る。ガリッ―――強い痛みとともに、傷口を噛まれたことが分かり聖月は身体を反らす。
「いった…ッ」
目の前が真っ赤に染まる。遠慮のない、獲物を食らうような噛みつきの激痛に自然と涙が零れる。
「どうした聖月? お前は口では嫌って言っても痛いのが好きなんだろ? なぁ、喜べよ。なァ?」
「んぐぅうッ」
ガリガリと爪で傷口を抉られて聖月はのたうち回る。蒼の煽る軽口が耳に入らない。シーツで泳ぐ惨めな魚になるしかない。――――痛い。痛い。痛い。痛い!叫びたくなるほどに痛いのに、出てくる声は呻き声だった。
いつもだったら行為中で痛いときは、だんだん感覚がなくなるのに。今回はそれがなかった。
聖月の痛がる呻き声はサディストの蒼にとって、綺麗で歪な耳を愉しませるハーモニーのようだった。
いつも拒み、拒絶する聖月が自分の下でのたうち回っているのは蒼にとって最高の気分だった。
これほど蒼の支配心が満たされたことはなかった。だからなのか、蒼は聖月の背中を虐めながらいつもだったら言わないことを口に出していた。
「そういや俺が、なんでディメントに入ったか言ってなかったなぁ…」
気分が良くなったのか、蒼が聖月の耳朶に囁く。
「そりゃァ…、人を壊すのは愉しいからだよ」
そう甘く言った蒼は、悪魔のような笑みを浮かべ羽を広げた。
―――ディメントナンバーフォー、源氏名 『ソウ』 本名 入山蒼。職業。ホスト兼男娼。彼は別に借金も抱えていない、家庭環境に難があるわけではない。金を稼ぐ技術は他にも彼にはあった。ただの会社員としての道ももちろんあった。
だが、蒼が選んだのは≪男娼館Demento-ディメント-≫の青の蝶だった。なった理由は至極簡単だ。
人間を壊すのは楽しいからだ。
自分の顔と体に溺れて金を出す男から資産も、人生も、何もかもを奪うのはとても愉しい。
不幸な人間がさらに堕ちる瞬間が一番楽しい。
だから蒼はディメントで働いている。―――蒼にとってはそれがディメントで働く理由だった。
だが、そんな蒼のそんな理屈は聖月には到底理解できるものではなかった。
モノクロの綺麗な部屋には狂気が蔓延していた。ベットの上にいる二人の青年の表情は正反対だった。蒼はとても楽しそうで、聖月は逆に苦し気に顔を歪めている。服が乱れている聖月とは対照的に、蒼は皺も少ない。それだけでこの二人の関係性が歪んでいることが分かる。
混乱している聖月に、蒼が大きな手で腰をまさぐる。その突然の刺激に甘く腰が痺れる。
嘘、なんで―――ッ!
「腰が揺れてるぜ? もっと欲しいんだろ?」
いつもと違う自分の反応で混乱している聖月に蒼の指摘が、さらに追い詰めるかのように脳を揺さぶった。
「―――ちがっ」
いつもだったら感じないたしかに脳内に走った甘い刺激に聖月は動揺していた。
「俺だったら優しいからちゃんとお前がイヤっていっても、泣いて叫んでも、失神してもやめないぜ? 聖月は恥ずかしやりやだからすぐヤダっつうけどホントは痛いのが好きなんだろ? 奥に突っ込まれてガン掘りされるのがだぁいすきなんだろ?」
「ちがうっ」
聖月は蒼の耳朶を舐めながらの羞恥を覚える責めに、大きく叫ぶ。
身体がどうしてだろう。蒼に舐められたところがすごくゾクゾクと震える。―――怖い。なんで? 感じないはずなのに。
ゾクゾクとするのが怖くて恐ろしくて、聖月は全力で身体をひねらせ抵抗をみせる。ギシギシとスプリングが響いた。だがそんな抵抗も蒼の腕でしっかりと掴まれてしまえば、意味なんてなくなってしまう。蒼の腕に囚われガクガクと震える聖月に、蒼は畳みかける。
「何が違うんだ? お前、客に鞭ぶたれて勃起してただろ? 感じてないとは言わせないぜ」
「―――ッ」
にやりと蛇のように笑う蒼が恐ろしくてたまらない。
そんなことない。そんなはずはないのに。なんで自分はいつも感覚がなくなっていても、勃起してしまうときがあるのだろうととても根本的なことを聖月は考える。性器が触れて勃起してしまうのが分かる。
―――だが聖月は鞭を打たれて勃起してしまう身体になっていた。
つまり身体は≪感じている≫のだ。鞭で打たれるという行為でさえも。蒼の言う通り。
「認めろよ。お前は鞭でぶたれて痛みも感じる変態なんだって。聖月は俺たちとおんなじで…」
狂ってんだよ―――――…。
蒼の笑みを浮かべながらの言葉に聖月は奈落に落とされた。
「急に大人しくなったな」
下品に笑う蒼に殺意が沸く。睨んだところで彼を喜ばせるのが分かっているから、聖月はただ大人しく黙っていた。窓の外の月を見て痛みに耐えていると、自分に圧しかかっている男が動いた。
「なぁ、なんか喋れよ」
「…急になんだよ」
「お前痛がりもしなくなったし、暇なんだよ。なんか俺を喜ばせることしろ」
「……」
蒼の言葉に、こんな奴だったっけ?と思う。つまり悲鳴でもあげて、自分を喜ばせろということか。文句が多い奴だ。聖月がため息をついていると、突然背中に衝撃が走る。
「――――ッグっあッ」
背中を叩かれた。―――その行為をされたことに気づいたのは、背中が熱くヒリヒリと痺れる痛みが走ってからだ。その衝撃は脳まで届き、聖月は少しの間放心状態になる。
「ふ、ふざけんなっ。何すんだよっ」
「あ、やっと喋った」
薬を塗っている人が、その傷口を強く叩くことなんて普通だったらやらない。聖月は怒りで後ろを振り向き、抗議の声と表情を出す。だがやった張本人はひょうひょうと笑うだけだ。悪びれず笑う蒼にぞっとする。
ああ、そうだった。蒼は普通の感覚を持った人間じゃない。最低な人間だった。
「もう薬は塗り終わったんだろ。早くどけよ」
内心恐怖でいっぱいになっている自分を隠して聖月は憎まれ口をたたく。ギシ…、とベットのスプリングが鳴る。聖月の言葉に蒼は目を細める。
「なんだよ情緒が無い奴だなァ。もうちょっと会話を楽しむとかしたら?」
「…のしかかってくるやつとは話したくない」
大真面目にいったのに、蒼は少し間を開けて噴き出すように大きく声を上げて笑った。
「くっ、ははっ…マジで聖月って面白い…ぷっ」
顔を覆い、爆笑している蒼に拍子抜けしてしまう。
「あーぁ……」
はぁ…、とひとしきり笑ったあと蒼は長いため息のような―――息を吐いた。
その息が吐き終わった瞬間、聖月は背中に寒気が走る。部屋の空気が、いや蒼の雰囲気が変わった。それが分かり本能的に身体が動く。聖月は顔を恐怖の色に歪め逃げようともがこうとした。だが、
「セイでどれだけお前は抱かれた?」
「っ、」
至近距離で見つめられ―――、いや刺すような視線で射抜かれ、聖月の喉がひくつく。
その蒼の綺麗な瞳には、聖月は映し出されていなかった。ちゃんと彼の瞳には聖月はいた。だが彼は聖月ではなく、≪セイ≫として聖月を見ていた。性の対象、欲望の対象としてのセイだ。そのことが分かり、聖月の脳に警告音が鳴り響く。
「あ、蒼には関係ない」
つい憎まれ口を叩いてしまうのは、聖月の悪い癖だった。言わなくていいとは分かっているのに、言ってしまう。
「…へえ」
含みのある笑みを浮かべる蒼は楽しそうだった。だからこそ恐ろしい。
「…お前がここに来てから何年経った? 4年ぐらいか?」
「――だったらなんだよ」
急にそんなことを言われると聖月は不安になってしまう。蒼にご満悦そうに微笑まれると余計に不安にかきたてられる。
「…ククッ…いったいどんだけお前に拒まれたか今思い出してるんだよ」
そう言った蒼の瞳は、聖月を≪壊す≫瞳だった。聖月は本能的を恐怖を感じ、身体を強張わせる。舌なめずりをして聖月を見つめる彼は初めて会った日と同じだった。―――そうか。今やっと分かった。何故、寮にきた聖月がした初めの自己紹介のとき蒼が舌なめずりをしていたのか。
その時はただ熱い視線に身体を硬くさせるだけで、理由は分からなかった。考える余裕もなかった、だが今ならあの時彼が考えていたことが分かる。
―――あの時から蒼は聖月を壊したい、そう想っていたのだろう。それに気づいたとたんに恐ろしく思えた。
そろそろお返ししなくちゃァなぁ――――。
蒼が甘い声を囁き、聖月に強い衝撃を与えた。
「がっぅ」
背中に爪を立てられた時よりも鋭い痛みが走る。ガリッ―――強い痛みとともに、傷口を噛まれたことが分かり聖月は身体を反らす。
「いった…ッ」
目の前が真っ赤に染まる。遠慮のない、獲物を食らうような噛みつきの激痛に自然と涙が零れる。
「どうした聖月? お前は口では嫌って言っても痛いのが好きなんだろ? なぁ、喜べよ。なァ?」
「んぐぅうッ」
ガリガリと爪で傷口を抉られて聖月はのたうち回る。蒼の煽る軽口が耳に入らない。シーツで泳ぐ惨めな魚になるしかない。――――痛い。痛い。痛い。痛い!叫びたくなるほどに痛いのに、出てくる声は呻き声だった。
いつもだったら行為中で痛いときは、だんだん感覚がなくなるのに。今回はそれがなかった。
聖月の痛がる呻き声はサディストの蒼にとって、綺麗で歪な耳を愉しませるハーモニーのようだった。
いつも拒み、拒絶する聖月が自分の下でのたうち回っているのは蒼にとって最高の気分だった。
これほど蒼の支配心が満たされたことはなかった。だからなのか、蒼は聖月の背中を虐めながらいつもだったら言わないことを口に出していた。
「そういや俺が、なんでディメントに入ったか言ってなかったなぁ…」
気分が良くなったのか、蒼が聖月の耳朶に囁く。
「そりゃァ…、人を壊すのは愉しいからだよ」
そう甘く言った蒼は、悪魔のような笑みを浮かべ羽を広げた。
―――ディメントナンバーフォー、源氏名 『ソウ』 本名 入山蒼。職業。ホスト兼男娼。彼は別に借金も抱えていない、家庭環境に難があるわけではない。金を稼ぐ技術は他にも彼にはあった。ただの会社員としての道ももちろんあった。
だが、蒼が選んだのは≪男娼館Demento-ディメント-≫の青の蝶だった。なった理由は至極簡単だ。
人間を壊すのは楽しいからだ。
自分の顔と体に溺れて金を出す男から資産も、人生も、何もかもを奪うのはとても愉しい。
不幸な人間がさらに堕ちる瞬間が一番楽しい。
だから蒼はディメントで働いている。―――蒼にとってはそれがディメントで働く理由だった。
だが、そんな蒼のそんな理屈は聖月には到底理解できるものではなかった。
モノクロの綺麗な部屋には狂気が蔓延していた。ベットの上にいる二人の青年の表情は正反対だった。蒼はとても楽しそうで、聖月は逆に苦し気に顔を歪めている。服が乱れている聖月とは対照的に、蒼は皺も少ない。それだけでこの二人の関係性が歪んでいることが分かる。
混乱している聖月に、蒼が大きな手で腰をまさぐる。その突然の刺激に甘く腰が痺れる。
嘘、なんで―――ッ!
「腰が揺れてるぜ? もっと欲しいんだろ?」
いつもと違う自分の反応で混乱している聖月に蒼の指摘が、さらに追い詰めるかのように脳を揺さぶった。
「―――ちがっ」
いつもだったら感じないたしかに脳内に走った甘い刺激に聖月は動揺していた。
「俺だったら優しいからちゃんとお前がイヤっていっても、泣いて叫んでも、失神してもやめないぜ? 聖月は恥ずかしやりやだからすぐヤダっつうけどホントは痛いのが好きなんだろ? 奥に突っ込まれてガン掘りされるのがだぁいすきなんだろ?」
「ちがうっ」
聖月は蒼の耳朶を舐めながらの羞恥を覚える責めに、大きく叫ぶ。
身体がどうしてだろう。蒼に舐められたところがすごくゾクゾクと震える。―――怖い。なんで? 感じないはずなのに。
ゾクゾクとするのが怖くて恐ろしくて、聖月は全力で身体をひねらせ抵抗をみせる。ギシギシとスプリングが響いた。だがそんな抵抗も蒼の腕でしっかりと掴まれてしまえば、意味なんてなくなってしまう。蒼の腕に囚われガクガクと震える聖月に、蒼は畳みかける。
「何が違うんだ? お前、客に鞭ぶたれて勃起してただろ? 感じてないとは言わせないぜ」
「―――ッ」
にやりと蛇のように笑う蒼が恐ろしくてたまらない。
そんなことない。そんなはずはないのに。なんで自分はいつも感覚がなくなっていても、勃起してしまうときがあるのだろうととても根本的なことを聖月は考える。性器が触れて勃起してしまうのが分かる。
―――だが聖月は鞭を打たれて勃起してしまう身体になっていた。
つまり身体は≪感じている≫のだ。鞭で打たれるという行為でさえも。蒼の言う通り。
「認めろよ。お前は鞭でぶたれて痛みも感じる変態なんだって。聖月は俺たちとおんなじで…」
狂ってんだよ―――――…。
蒼の笑みを浮かべながらの言葉に聖月は奈落に落とされた。
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