ナタモチ

星月

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相田美優(...あれ、私寝てたの...?)

木曜日の5限目、数学の授業。
居眠りをしていた相田美優(あいだみう)が、体を起こした。

美優(なにあの数式?)

居眠りをして話を聞いていなかったので、黒板に書かれたその式について理解するのに時間がかかった。

斉藤先生「はいじゃあ答え合わせするよ~」

手を叩き、みんなに聞こえるよう大きめの声で注目を集める、数学担当の斎藤(さいとう)先生。

美優(やばっ!なにもやってないよ!)

美優は急いで問題を解き始める。
黒板に書いてある公式と教科書を頼りに。

何問か解いていると、記号とアルファベットだらけの意味不明な問題に直面した。
急いで書いていた私の手が止まる。
少しの間考えたが、全くもって理解ができない。
仕方がないので、その問題はとばして次に移ることにした。



できる問題はなんとか解けた。
しかしさっきの問題だけが分からず、解答欄は白紙のままだ。

私は、先生に教えてもらうことにした。

斉藤先生「それで、ここがこうなるというわけで...」

数学担当の斉藤先生。解説が分かりやすく、そして面白い。そのことから、生徒に人気がある先生だ。

しかし、解説中は真剣になり、回りが見えなくなるのか、自分だけの世界に入っているかのように、生徒が手を挙げたり無駄事をしたりしてても全く気付かない。

それを知った生徒達は、先生が解説している間は他事をしてもバレない...そう考えるようになった。
携帯をいじったり、友達同士でおしゃべりをしたりと、なにかとし放題だ。

...まあ、要するに話し終えた時にしか質問ができないということだ。

私の隣の席の戸間(とま)君は今、腕に顔を埋めて眠っている。
彼に聞くのも悪くはないが、当の本人は今や夢の住人のようで、心地良さそうな表情を見せる。
起こしたら起こしたで不機嫌になるかもしれない。そう思った私は、彼をそっとしておくことにした。

斉藤先生「ということでここの答えは3a-2となります。なにか腑に落ちないという人はいないかな?」

先生の解説が終わった。
私は、手を上げて先生を呼んだ。

美優「先生、質問がありま...」

私は、最後まで話すことなく途中で切ってしまった。
いや、切られてしまったのか?

斉藤先生「お、どこか分からなかったり...!?」

斉藤先生は、こちらに視線を向けるなり、みるみるうちに形相を変えていった。

美優「...!!!」

ほんの一瞬、私が気付く前に、上げたはずの私の右手が教室の端で、地面を触っている。
切断面からは、大量の血が溢れ返っていた。

美優「あ...あぁ...」

私の右手はなにかによって切断された。
突然のことだったのもあるのか、不思議なことに、痛みは感じない。ただただ熱い、という感覚が右腕を始め全身を襲ってくる。

美優「いやあああああああああああああああ!!!!!!!」

喉が裂けるくらいの悲鳴を上げた。

斉藤先生「相田さん!どうしたんだ!?一体何が起きたんだ!?」

私にだってなにが起きたのかが理解できていない。
でもなんだろう、なんかものすごいスピードで私の右手をかっさらっていったような...そんな感じがしたのを思い出してくる。

私は椅子から落ち、床に横たわり手を失った右腕を抑えて唸っている。
みるみる内に、落ちた右手と、壁に付着した血が透けていく。

どういうわけか全く分からない。

あとから襲ってきた激痛に見舞われ、意識がもうろうとする。
先生の呼び掛けに私は応えることができず、そのまま意識を失ってしまった。

__________


目が覚めると、私は放課後の教室にいた。
いつのまにか眠ってしまっていたらしく、自分の机に伏せている。

美優「...」

私は顔をあげると、自分の右手に視線を向けた。
そこには、5本の指が生えた手がしっかりと存在していた。
大丈夫、ある。
あれは夢だった。ホッと胸を撫で下ろす。

でも、あの時の痛みはまだ覚えている。

...ていうか、なんで寝ていたのだろう。

そんなことを考えながら立ち上がると、私以外にもまだ残っている生徒がいた。
しかし、皆して机に伏せているやら椅子にもたれているやらで眠っている。

その中には、私の隣の席の隼士君も。

夢の中でも寝ていたのに、現実でも寝てしまっている。
...私もそうだけど。

美優「隼士君」

夢の中とは変わらずの表情で寝ている彼に呼び掛ける。

戸間隼示「ん~...なんだ、美優か。」
美優「なんだってなによ」

私の幼馴染みの戸間隼示(とましゅんじ)。
中学2年生の頃から、高校1年生までずっと同じクラスだ。
幼稚園からの付き合いからか、よくちょっかいを出してくる。
クラスの男子とやんちゃしてはなにかと問題を起こす。
隼士という人物は、そういう生徒だ。

隼士「...って、もうこんな時間かよ!?」

隼士は時刻を確認するなり、勢いよく立ち上がり、鞄を持った。

隼士「今日は大事なアニメの放映日だ!間に合わねぇ!!じゃあな美優!また明日な!」

と言って、慌ただしい様子で教室を出て、生徒玄関に向かって走っていった。
徐々に遠退く足音を聞きながら、苦笑いをする。

三咲美浦「う~ん、うるさいなぁ」

教室の左前の席から声がする。
私の友達の三咲美浦(みさきみほ)。
彼女は高校からの友達で、よく一緒に遊びに出掛けている。

美優「美浦。もう放課後だよ。」

気が付けば、辺りは薄暗くなり、外部活の生徒も誰一人としてグラウンドに残っていなかった。

美浦「...美優?」

私の声に気が付き、ゆっくりと顔を上げる美浦。

美優「美浦、おはよ。」
美浦「...おはよ。私寝てたんだね...って、暗!」

外を確認した美浦が驚愕する。
そりゃそうだ。
薄暗いなんてレベルではない。懐中電灯がないと足元がみえないくらいだ。

美優「1人で帰るの怖いから一緒に帰ろ?」

1人で暗いところにいると、余計な妄想をしてしまう。
実際そこにはなにもいないのに、後ろから誰かがついてきているような...そんな感覚。

美浦「断るわけない!」
美優「回りくどいね...」

美浦は鞄を机の上まで持ち上げた。

美浦「だって私も怖いもん!」

鞄に教科書を詰めながら、美浦が言う。

美浦「ていうか、なんでこんな残ってる人いるの?」

私もさっきから疑問に思っていた。
なぜなのかは分かるはずもない。

美優「疲れてるんじゃない?6限目体育だったしさ。」
美浦「そうなのかな?...まあいいや。」

納得はしていないようだが、考えるのを放棄したらしい。
鞄を肩にかけて、扉に向かって歩き出す。

美浦「じゃ、行こ。」
美優「あ、うん」

美優は、寝ている人を起こさぬよう歩くが、美浦はお構いなしだった。

美浦「...あの子、普段寝るような子だったっけ?」

先に教室から出た美浦が呟く。
指しているのは、扉から一番近い席の、野村通香(のむらみちか)さんだ。

美浦「いっつも本ばっか読んでるし、帰るのも早いよね?なんでなんだろ」

そんなこと私が知ってるわけがない。

美優「まあいいじゃん。なにか野村さんなりの理由があるんじゃないかな?」

確証はないけど。

今の時期は、日が沈むと急激に冷え込む。
そのため、できるだけ早く帰りたいと思っている。
私は早足で廊下を進んだ。
隣には美浦がいるから、なんとなく安心はでき

美浦「美優速いよ~!」

強か後ろの方から美浦の声が響いた。
振り向くと、携帯のライトをつけながら駆けて来る姿が見える。

美優「ごめんごめん!早く帰りたくて」
美浦「一緒に帰ろって言ったのは美優だからね!」

笑いながら、廊下を進む。
そして二人は生徒玄関に向かって歩いていった。

~~~~~~~~~~

階段を下る。くだらない話で盛り上がっていると、ガタガタ...といった、引戸を乱暴に、そして強引に開けようとするような音が聞こえてきた。

美優「なんだろう?」
美浦「私達以外にも誰かいるのかな?」

1階につくと、その音はすぐ近くで
つい物音の正体が気になって、その方向へ駆け出す。
美浦も私のあとについて来る。

隼士「クソッここもか...」

隼士君の声も聞こえた。
扉に蹴りをいれる彼の姿がそこにはあった。

美優「隼士君?」

とっくに帰っていたのかと思っていた。
隼士は名前を呼ばれ、苛立っている表情を浮かべながらも、こちらを向く。

隼士「お、おう...美優か。」

グラウンドへ繋がる引き戸から離れ、歩み寄ってくる。

隼士「参ったなこりゃ...どうするよ?」

頭を掻いて、悩む戸間。

美浦「なに?どうかしたの?」

私の後ろにいた美浦が、隣に立つ。

隼士「ん?2人とも玄関とか行ってねぇのか?」

美浦「え?うん、これから行くつもりだけど」
美優「なにかあったの?」

そう尋ねると、戸間は後ろの引戸を叩きながら言った。

隼士「扉が開かねぇんだよ。ここに限らず、窓も玄関も。」
美優「扉が開かないって...」

美優は首を捻った。

美優「そんなの、鍵を開けたらいいじゃん。」
美浦「たしかに。ここは内側だから鍵とかついてるでしょ」

だが、隼士は首を横に降って続けた。

隼士「解錠するためのつまみとかを探したけど...そんなものはなかった。」
美浦「...は?」

美浦は、生徒玄関に駆け出した。

美優「ちょっと、美浦!?」

後ろを振り返り、美浦のあとを追いかける。
生徒玄関の大きな扉の前で、美浦は立ち止まり、物色した。

美浦「嘘...ない!?」

美浦は、扉の取っ手についていたはずのつまみを探した。
しかし、隼士の言うとおり、そんなものはついていなかった。
朝まではあったのに、そこにはまるで、最初からなかったかのような状態だった。

隼士「な?言っただろ」
美優「本当だ...隼士君、どういうこと?」

こんなことはありえない。
私が寝ている間にそんな工事が行われたとも思い難い。
だから、尋ねずにはいられなかった。

隼士「いや俺に聞かれてもな...この付近の扉や廊下の窓も確認したけど、どれも開かず鍵がついてなかった。」

期待はしていなかったが、やはり彼も分からずのようで。
しかし隼士は、一つだけ分かったことがあるようだ。
それは決していいものではなく...

隼士「俺達、この学校に閉じ込められたんだよ。」

~~~~~~~~~~

私はまだ夢を見ているのだろうか。

美浦「なんで!?どういうことなの!?なにかのイタズラ!?」

不可解な現象に、混乱する美浦。

隼士「落ち着けよ、俺にもまだよく分かってないんだ」
美浦「いやあんたが分かってたら私も分かってるよ!」
隼士「なにそれひどくね!?」

さりげなくディスられてる。
気の毒に。

隼士「あ、あれだ!針金を使えば開くかもしれないぜ?俺実はやったことあるんだよ...あ、鍵穴ねぇわ」
美浦「バカなの?」

閃いて間もなく、速攻で不可能なことに気が付いた。
美浦にも呆れられる。
彼女のたった4文字で隼士の心を傷付けた。

3人で立ち尽くしていると、一人の生徒がやってきた。

賢澄「君達、なにをしているんだい?」

オレンジ色の短髪に、メガネを掛けている生徒。
彼はうちのクラスの学級委員である、島岡賢澄(しまおかかたすみ)だ。

隼士「お、委員長!」

隼士は振り向き、彼の姿を確認した。

賢澄「僕としたことが居眠りをしていたなんて...これは失態だ。早く帰って勉強をしなければ。」

どうやら彼は、俗にいうガリ勉というやつらしい。

彼はそう言って、玄関で靴を履き替えようと、履いていた室内用のシューズを脱ぎ始めた。

隼士「島岡君、それはできな...。」
美浦「それはできないよ!」

隼士の声をかき消すくらいの声を発した美浦に、戸間は少しばかりおどける。

賢澄「な、どういうことだい?」

賢澄が美浦に尋ねる。

美浦「鍵が消えてるの!」
賢澄「...詳しく聞こうか」

冷静な賢澄。
ドアノブを確認して、でたらめではないことに気付いたようだ。
取り乱す様子はなく、眼鏡の位置を人差し指で直した。

~~~~~~~~~~

隼士が助言を加えつつ、美浦が説明を終えた。

賢澄「...なるほど。つまり、解錠するための鍵が綺麗さっぱり無くなってる。それによって、僕達は窓も扉も開けることができなくて監禁状態...ってことだね?」

流石だ。
彼は状況を飲み込むのが早い。

美浦「そういうことだよ!どうすればいいと思う?」

頭のいい彼なら解決策を見出だしてくれる、そう思った美浦は助けを求める。

賢澄「窓を割ってみようか」

驚いた。優等生である彼がそんなことを言い出すとは。
でも、彼のその方法は、一番手っ取り早い方法なのかもしれない。

美浦「じゃあ...誰が割る?」

美浦が私と隼士の方を向いた。
私は嫌だ。破片が刺さったら痛いだろうし、そもそもそんなに力がない。

賢澄「いや、まだ割ると決めた訳じゃない。それに今の学校のセキュリティは、割れたらセンサーが感知して警報がなってしまい、市役所に知らされてしまう。大事にはしたくないだろう?」

眼鏡を掛け直しながら、淡々と述べる賢澄。

美浦「こんな状況なのにそんなこと言ってられるの?」
賢澄「割ろう」
隼士「いや少しはプライド持てよ!」

それからも、色々な意見が出たが、なかなかまとまらない。

美優「そういえばさ、まだ教室に人いたよね?とりあえずその人達にもこのことを教えてあげないと」

学校から出る方法ではないが、やっとまともな意見を出せた気がする。
人手を増やすという観点はいいと思った。
これを自画自賛というんだね。

賢澄「たしかに、そこから新しい方法も出てくるかもしれないね」

賢澄も大体同じ事を思っていたらしい。

美浦「じゃあ、一旦教室戻る?」
隼士「そうするか」

とりあえず、私達は生徒玄関から離れ、教室に戻ることにした。

__________


教室に戻ると、1人帰る準備をしている女子生徒がいた。

野村通香「...あ」

さっきも言ってたけど、彼女は野村通香。
分かる通りうちのクラスメイトなのだが、言っちゃ悪いけど...地味な子だ。

休み時間はいつも1人で本を読んで過ごしており、他の人と話しているところをほとんど見たことがなかった。

通香は目を合わせず「あ、あの...私帰ります...」とうつむきながら、ドアをふさいで立っている私達の前で呟いた。

賢澄「ちょっと待ってくれ」
通香「...え?」

赤縁メガネをかけ直しながら、通香は私達の顔を見上げた。

隼士「俺達、帰れなくなってしまったんだ。」
通香「え...玄関もですか?」

野村は驚いたような表情で見る。

隼士「え、玄関"も"?」

隼士は会話の違和感に気付き、聞き返した。

通香「はい...窓の鍵が消えてて...」

窓を見ると、たしかに鍵がついていなかった。

通香「あの...窓が開いてないか見てたら、そうなっていることに...。」

話すことに慣れていないのか、目をそらしながら呟くように話す。

隼士「なるほど...ちょうどそのことについて話そうとしてたんだ。あとの2人にも説明しよう」

確認するに、この教室のクラスメイトは自分を含めて7人残っていたことが分かる。
私が起きる前に、誰かが既に別のところに移動したという可能性もあるが...今はどうでもいいのかもしれない。

賢澄「天野君、起きてくれ。」

賢澄は、肥満体型の生徒を揺すって起こしにかかる。

彼は天野昭太(あまのしょうた)。
陸上部の一員らしく、砲丸投げの選手なのかと思いきや、長距離専門であることを知って驚いたのを覚えている。

昭太「...え?僕...寝ちゃってた?」

体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡す。

昭太「あれ!?もうこんな時間!?」

外の暗さと腕時計を確認して驚いている。

昭太「観たかったアニメが...」
隼士「いやそこかよ!」

アニメオタクである彼は、帰りが遅くなることよりもアニメの放映時間を逃してしまったことの方に残念がっているようだ。

美優「はは...ね、ねぇ藍夏さん...。」

私は、クラスの不良に部類する、女子生徒の星城藍夏(せいじょうらんか)に呼び掛ける。
椅子にもたれ、腕を組んで寝ている姿が...なんとなく風格が出ているようで少し怖い。

藍夏「...誰、起こすんじゃないよ。」
美優「ご、ごめん...。」

少々不機嫌の様子だ。
私はとっさに謝る。

藍夏「あれ、美優じゃん?珍しいね、あんたから話しかけてくんの」

かかった前髪を横に流しながら、意外そうな表情を浮かべながら話しかけてきた。

私と藍夏は、隼士と共に幼稚園からの幼馴染みだ。
中学2年生までは普通に話せる友達であったが...。

3年生のいつからかグレ始め、男子生徒や教師との口論は日常茶飯事、授業の抜け出しや自転車においての2人乗り...などといった問題行動。幾度となく繰り返していた。

噂では、飲酒や喫煙もしているとのとこだが...真相は不明である。

その人格と行動からか、私の方から話しかけることが少なくなった。

藍夏「ていうか、なんでこんな暗いの?」

机に足を乗せ、外を見ながら尋ねる。

美優「分からない。私もさっき起きたばかりだから。」
藍夏「へぇ?あんたって寝ることあるんだ。」
美優「当たり前でしょ!寝なかったら生きていけないよ!」
藍夏「いや違う!昼寝のことね!?」

久しぶりに藍夏と話す。
中2までの仲を思い出して少し和むようで。

藍夏「そんでさ、なんでみんな残ってんの?」

少しばかり笑みを浮かべながら尋ねた。

賢澄「出られないからだよ。」

即答。
ちょっと冷たさを感じた。
本人にはそんなつもりはないのだろうけど。

藍夏「は?...賢澄、詳しく教えろよ。」

なんとなく、藍夏と賢澄は不仲なのかと感じた。
賢澄は、藍夏と昭太に学校から出られない理由を簡単に説明した。

~~~~~~~~~~

昭太「ど、どういうこと!?鍵がなくなったって...。」

昭太は、説明された内容がよく分かっていない様子だ。

藍夏「なーにふざけたこと言ってんの?」

机に乗せていた足を下ろして、藍夏が腰を浮かす。
昭太はその動作に怯えるかのように、体を縮みこませる。

藍夏「...って言おうとしたけど、嘘ではないことは分かった。」

なにかに気付いているような表情。

藍夏「起こされて外見たとき、な~んか足りないとは思ったのよ。窓、たしかに鍵ないね。」

藍夏が窓枠を横目で見ながら言う。

藍夏は意外と目敏いのかも。
通香でさえ、窓を閉めるときにやっと気付いたくらいなのに。
なんかこう、洞察力があるというか。

私も美浦達も、外を見たとき、暗いとしか思わなかった。

昭太「あ~...え?」

分かったのか分からないのかが中途半端な昭太。

存在を忘れかけていたけど、通香は頷きながら聞いている。
彼女は実際に見ているので分かっているだろう。

藍夏「...で?それでどうするの?こんなよく分かんないこと起きて外に出られない、だから明日までここで待機しとけっての?」

藍夏は、賢澄の前まで歩を進める。

賢澄「まあ、そういうことだろう。僕にもよく分からないけど、下手に動かない方がいい。」

賢澄は、藍夏から視線をそらすことなく、そう答える。

藍夏「ちょっと!直視すんなきもちわりぃ!」

先に顔をそらしたのは藍夏だ。

賢澄「人の目を見て話してなにが悪い?」

当然のことだ、と言わんばかりの様子。
多分彼は遠慮をしないタイプなのだろう。

藍夏「...つーか、これマジ?」

藍夏が窓際に移る。

藍夏「鍵がないからとりまここにおるって...普通に考えてあり得ないよね?この状況。」

やっと今起きていることが現実的でないことに気付いた。

藍夏「ていうか、こんなの割っちゃえば出られるんじゃないの?」

そう言うと、なんのためらいもなく窓ガラスに蹴りを入れる藍夏。
本当に容赦をしないのは藍夏の方だったかも。

まあ、ここは3階だし割れたとしてもどちみち外には出られないから、割っても意味はないだろう。

だが...。

藍夏「ちょっと、なんなのこれ!?」

聞こえてくるのは藍夏の声と窓を蹴る音だけで、破損するような音は一向に聞こえてこない。

隼士「力ないな~」
藍夏「うっさいわ!なにこれ、気味悪いんだけど!」

疲れたのか、足を止めて息を切らす。

隼士は藍夏の元に歩み寄りながら「どうしたんだよ」と尋ねた。

藍夏「この窓...変な感じする...」

指を指しながらそう言う。

隼士「変な感じ?」
藍夏「衝撃を与えても、なにも振動しない...コンクリートを蹴ってるみたいに硬い...」

それを聞いた隼士が、窓ガラスを殴る。

隼士「ぐわ~~!!いってぇぇぇ!」
美優「そりゃそうでしょ...」

窓にパンチしたら痛い、それは考えたら分かることだろう。

隼士「...いや、マジだ。」

軽く数回、窓を手のひらで叩く。

隼士「少しは揺れてもおかしくないのに、なんだこれ...気持ち悪いな」
藍夏「でしょ?なにこれ、いつもの感じじゃないんだけど。」

不可解な現象に、一時はパニックを起こし取り乱していた藍夏。
少しだけ冷静さを取り戻したが、いつものクールな彼女とはまるで別人のように見えた。

賢澄「となると、外に出られる手段はなさそうだな。」

鍵がなく、窓ガラスも割ることができない。
賢澄の言う通り、外に出られる術はないのかもしれない。

私達は今、完全に夜の学校で監禁状態...ということで確定してしまった。

藍夏「...ちょっと隼示。なにヘラヘラしてんのよ」

藍夏が何故かニヤついた表情を貼り付けている戸間に気付く。

戸間「いや~なんかさ、夜だし学校探検してぇな~って。ほらテンション上がるじゃん?」

呆れた。こんな状況でもこの人と言ったら...

美浦「なに行ってんの!?こんなおかしなこと起きてるときに...ほんとにバカね!」

美浦が呑気な戸間を罵る。

隼士「いやいや!でもさ、もしかしたら開いてる窓とかあるかもしれないぜ?」

外に出られないことをうまく理由にした。

美浦「だとしても...なにかあったらどうするの?」
隼士「なにかって?」
美浦「ほら...危ないことに巻き込まれたりとかさ」

危ない。
確かに、非現実的な現象が起きている中、下手に動くのはリスクが高すぎる。
もし自分の身になにかあったら...

隼士「おっと、心配してくれてるのか?」
美浦「ち、違う!」

隼士が美浦の顔を覗き込む。顔を赤くして、そっぽを向いた。

美浦「...まあ、すきにしたら?」

目を合わせず、隼士にそう言った。

隼士「よし!じゃあまずは音楽室の笑う肖像画から調べにいくかな!」
美浦「探す気ないでしょ!!」

__________


あれから10分が経過した。

隼士は結局、一人だとつまんないと言ってすぐ戻ってきて、持ち込んだ漫画を読んでいる。
他は、スマホをいじるか勉強をするか寝るか、とにかく教室で朝が来るのを待っている状態だ。

時々、朝になってもこんな状態が続いたら...なんてことを考えてしまう。

夢なら覚めてほしい。そう願うばかりだった。

藍夏「ていうかさ」

なにかを思い付いたように、藍夏が顔をあげた。

藍夏「携帯で電話して助け呼んだらよくない?」

携帯を取り出して、案を出した。

賢澄「たしかに...なんで思い付かなかったんだ。」
藍夏「アンタはそれよりも勉強優先だったでしょ。」
島岡「寝てしまっていた分を取り返さないといけないからね。」

眼鏡をクイッと直しながらの即答。

藍夏「それやめろ!うざいったらありゃしない」
隼士「よっ学級委員!よっイケメン男子!」
藍夏「黙れ戸間」

余計な声援が耳障り。
そんな表情の藍夏に睨み付けられた隼士は縮こまり、怖じけつく。

藍夏「ホント勉強にしか脳がないやつ...ってあれ。」

藍夏が携帯を見て、眉を潜める。

美優「どうしたの?」
藍夏「圏外だ...」

彼女がそう言うと、全員が携帯に視線を向けた。

昭太「あ、あれ?ついさっきまでは使えたのに...」
美浦「本当だ、なんで!?」

つい先ほどまではネットを使えていたが、突然圏外に切り替わった。
まるで、私達が助けを呼ぶのを阻止するような、意図的なタイミングだった。

賢澄「参ったな、これじゃあどうすることもできない。」

携帯を閉じて、ポケットにしまう。

昭太「どど、どうしよう...1階に行ったら繋がるかな...」

昭太の言っていることは可能性は低いが、確認して損はしないだろう。

隼士「一応行ってみるか?」

私達の方を向いて、隼士が聞く。

美優「そうだね、確認しないよりはした方がいいでしょ」
隼士「よし、じゃあ美優と天野君、行こうぜ。」
昭太「え、あ、うん...。」

私達は席を外し、教室を出た。

__________

廊下を歩く3人。
私と隼士は幼馴染みだけど、こうやって一緒に歩いたことは滅多にないかもしれない。

昭太とはなおさらだ。
私はアニメとかゲームなんてものには疎い。
教室ではいつも、オタク集団と称される集まりの一員である彼に、接点なんてあるはずがなかった。

あると言えば、授業での意見交流とか、掃除場所が同じだとか、そんな些細なことである。
ただのクラスメイトという名の、教室という空間に適当に配置された背景みたいな...いやその例えはひどすぎるかもしれない。

隼士「にしても不思議だよな」

沈黙を破ったのは隼士だった。
衝撃を与えても、振動どころか微動すらしなかった窓を、指先で触れながら呟いた。

隼士「鍵がいきなりなくなるなんてさ。しかも綺麗さっぱり。」

なにかのセリフを真似たかのような喋り方。
でもそのなにかを私は知らなかった。

美優「...そうだね」

なんでもいいから反応をする。流石にスルーをしては彼も悲しむだろうし。

隼士「まるで夢の続きを見ているようだ。」
美優「...そうだね」

昭太はというと、必死に携帯を色々な方向に向けたりして、ネットが繋がらないか試している。

隼士「ん?美優も夢を見たのか?」
美優「...そうだね」
隼士「なんの夢を見たんだ?」
美優「...そうだ」
隼士「美優!!」

同じく適当な返事を繰り返す私の正面に立ち、両手でいきなり肩を掴んだ。

美優「きゃああ!!」

驚きすぎて、後ろに倒れる。
昭太も携帯を落としそうになってた。

美優「ちょっと!いきなり大声出さないでよ!」
隼士「すまん!いやお前が同じ反応しかしないから...」
美優「あぁ...それはごめんね」

隼士の手を借りて立ち上がる。

隼士「そんなに驚くとは思わなくてな...それで昭太君、電波はどう?」

昭太の携帯を覗きこむ。

昭太「あ、うん...全然繋がらないよ。」

頑張って試していたのだが、結局繋がらなかったようで。

隼士「まった昭太君!この背景、今日から2期やってるやつじゃん!?」

食い気味で昭太に話しかける。

昭太「え、うん、隼士君も知ってるんだ...。」
隼士「もちろん!漫画も小説も全巻持ってるぜ!」

すると、昭太にもスイッチが入ったのか、

昭太「ほ、本当に!?じゃあ、前の映画特典とかも持ってるの?」
隼士「そりゃもう当日コンプリートよ!」

私がピンとこない話題でなにやら盛り上がり始めた。
水をさしたら悪いと思い、静かに後退していく。

美優(このまま教室戻ろうかな...)

そう思い、2人に遠慮してその場を離れようとし次の瞬間

《ウウーーー...》

放送のスピーカーから、サイレンのようなものが鳴り響いた。
そして、校舎内は紫色の光に包まれた。

昭太「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

昭太は耳を塞ぎ、しゃがみこんだ。

隼士「な、なんだ!?」

サイレンが鳴り響く中、私と隼士は身構えた。
なにが起こるか分からない。

教室にいる4人は無事だろうか、それが心配になった。

その直後、サイレンがピタッと止まった。
辺りに、静寂が訪れる。

隼士「鳴り止んだな」

何事かと考えていると、携帯が鳴った。
私と隼士は、携帯を確認した。
すると、1件のメールが届いていた。

『件名:オーブを探せ』

美優「...なにこれ?」

圏外なのに、私達の元に届いたメール。
メールの中身には、とあるルールが記載されていた。

『ルール
・自分のオーブを学校内から見つけ出す
・見つけたオーブはその日中に自分の三方へ供えなければならない
・怪しい人物がいたら直ちに逃げる
・他人のオーブには触れてはならない
・失った部位はその日中は不自由となる』

意味の分からない内容に、眉をひそめる美優。

美優「ねぇ、隼士君。これってどういうこと?」

わかんねぇよ、と返ってきそうな気はしたが...。
彼はなにか考え事をしている様子だった。

隼士「美優、お前さっき寝てただろ?」

いきなり、隼士が別の話に変えた。

美優「え...?あぁ、うん。」
隼士「なんか夢って見た?」

なぜ今そんなこと聞く?と言わんばかりの質問をしてくる。

美優「えーと、見たけど...」
隼士「ざっくりでいいから教えてくれねぇか?」
美優「いいけど...なんでいきなり?」

できることなら話したくない。それは、思い出しただけで血の気が引くようなものだから。
声に出してだなんてとんでもない。
でも、隼士君になにかあると思い、頑張って話してみることにした。

美優「まず、数学の授業だったんだけどね、分からない問題があったから先生に聞こうとしたの。」
隼士「ほお、それで?」
美優「それで...手を挙げたら右手が...その...」

ここから先はあまり触れたくない。
そう思って、話を止めた。

隼士「うわ...まあ大体分かった。その夢の中で俺って寝てた?」
美優「え?うん。」

なんで分かったのだろうか。
右手のことも君自信のことも。

隼士「じゃあ美浦も?昭太君とか他の4人も?」
美優「そ、そこまでは覚えてないけど...でも、そうだね。5人くらいは寝てたような」

そこまで話すと、隼士は顎に手を添え、ふむ、と足元に視線を落とす。
そして、口を開いた。

隼士「これは俺の憶測だが...」

私に視線を移す。
私は黙って聞く。

隼士「その前に、俺はというと6限の体育で左足がぶっとんだ夢を見た。そんでたしかその夢では、今この学校内に残ってるやつらが寝てた。全員だったかは曖昧だけどな。」

両手を腰に当て、私を直視する。
ちょっとドキッとした。

隼士「その寝てた奴らが、今この学校に取り残されている。俺達が見た夢とこの空間は、なんらかの因果関係があるんじゃねぇか?」

美優「...」

黙り込む私の手元を指差し、隼士は「少し右手を握ったり開いたりしてみろ」と言った。
手のひらを見つめ、言われるがまま右手を動かしてみた。

すると、手には痺れが走り、まともに使うことができなかった。

美優「う、動かない...。」

私がそう口にすると、隼士は「やはりか」と呟いた。

隼士「美優は夢の中で、右手を失った。対して俺は...。」

彼は左膝を叩きながら「ここが使えない」と言った。

確かに隼士は、先程から若干左足を引きずってるように感じた。

美優「夢の中で失ったものが、現実でも機能しなくなる...ってこと?」

そう結論付ける私に彼は「そういうことだ」と頷いた。

なるほど。
そうすると、さっきのメールとつじつまが合うような気もする。

美優「でもさ...」
隼士「ん?」

美優「そんなことある?現実的じゃないよね?」

とりあえず、隼士の言いたいことは分かるのだが、どうも考えられない。

隼士「鍵の時点で現実的じゃないだろ。それに、俺達がこんな時間まで寝ていたのもなんかおかしくね?」

非現実的ではあるが、たしかにドアの鍵のことがあってか、わずかにあり得そうな気はした。

美優「自分のオーブを探す...そうなると一人ひとつずつだから、7個のオーブがこの学校のどこかにあるっていうことかな?」
隼士「まあそうだろうな。それに加え、三方ってやつもどこかに設置されているってことか。」

メールを確認しながら、2人は話し合う。

隼士「手掛かりがないから、地道に探してくしかないのかもしれないが。」
美優「そうだとしたら、なんかゲームみたいだね。」

ゲーム形式だったら楽しいのかもしれないが、状況が状況でどうにも楽しめない。

美優「怖い宝探しゲームじゃん...」

そんなこんなで、私達の中では学校内に隠された、夢の中で失ったものを探さす。そして、それを"怪しくない人物"に渡さなければならない...という結論に至った。

美優「じゃあ、探しに行く?」
隼士「そうだな。どこにあるかは知らねぇけど...。」

場所が分かってたら探すなんて言わない。
でも、そうなるとこの広い校舎内に隠されている、大小に差異がある体のパーツをあてもなく探すことになる。

美優「なんか大変そう...」
隼士「とりま適当に回って漁ればなにかしらは見つかるだろ」

隼士が後ろを向き、視線を床に落とした。

隼士「昭太君、行くよ」
美優「...ごめん、昭太君のこと忘れかけてたよ」

隼士君の後ろにしゃがんで縮こまっていたから、視界から消えていた。

隼士「はは、そりゃひでぇや。」

そんな話をしていると、

《ウウーーー...》

またしてもサイレンが鳴った。

美優「本当になんなのこれ...」

しかし、先程とは違って今度はすぐに鳴り止んだ。

隼士「...おいおい、なんか変わっちまったぞ?」

隼士は、回りを見て困惑している様子。

美優「あ、あれ?」

私も校舎内の変化に気が付いた。
いつの間にか辺りは黄緑色の光に包まれていた。

美優「どうなったの?」
隼士「いや、サイレンが鳴ってるときいきなり青になって...気が付いたらこの色になってた。」

私は気付かなかった。

美優「隼士君、なんかおかしいよ。まずはみんなのところに行こうよ」

色々と不可解な出来事が起こりすぎて、不安という感情を大いに煽られる。
私は隼士君を急かした。

隼士「そ、そうだな。昭太君、行こう。」

隼士が昭太の背中に呼び掛けた。
だが、彼からの返事はない。

隼士「昭太君?」

隼士は、昭太の肩を叩いた。すると、

昭太「うわぁぁあああ!!!!」

突然、叫び始めた。

隼士「ど、どうしたんだ!?」

あまりにも唐突すぎて、隼士は逃げるように後ろに跳ねた。

昭太「ひぃぃ!!僕は死ぬんだ!僕はここで!!うわぁぁぁぁ!!」

恐怖に耐えられなくなったのか、暴れ始める。
欲しいおもちゃを買ってもらうよう駄々をこねる子どものように。

隼士「昭太君!?ちょっと落ち着け!」

失礼だけど、この光景がシュールでニヤけた。
そんな状況じゃないのに、不覚だった。

止めに入った隼士は、彼の勢いに吹っ飛ばされる。

美優「し、昭太君、とりあえず一旦落ち着い...」

私は、話すのを止めた。

隼士「...ん?どうした?」

隼士がこちらをみやる。

美優「しっ...なにか聞こえない?」

人差し指を口元に添える。
耳を澄ますと、遠くから足音が聞こえる。

隼士「...近付いてきてる?」

その音を隼士君も確認したのか、音がする方へと耳を澄ませる。
いつのまにか、昭太も黙っていた。

いや、息づかいが荒い。
息切れでもしたのか、気の毒だ。

カツ...カツ...と階段から、革靴のような足音が聞こえてくる。

美優「きっと、美浦達の中の誰かだよ。今のサイレン?で私達の様子を見に来たんじゃない?」
隼士「あぁ、そういうことか。」

そういって、隼士は歩き出す。

隼士「そうならなんでもないな。ていうかよく一人で来れるな」

階段の方へ向かう隼士。

美優「あ、待ってよ...天野君、行こ。」

昭太の前にしゃがみ、顔をみる。

昭太「あ、うう...うん」

汗だくになった...いや、元から汗っかきの昭太は落とした携帯を拾い、立ち上がった。

隼士「あ?」

直後、階段の方から、なにかがひじゃける音が響いた。
そして、サイレンが鳴り始め、辺りは黄色の光に照らされる。

私は顔を上げ、昭太は後ろを振り返った。
私達が目にしたものは...

サラリーマンのような男の前に転がる隼士。
その男は深紅のスーツを着て、手にはナタを持っている。

美優「うっ...!?」

よく見ると、隼士の首から上が見当たらない。
一気に吐き気を催した。頭が痛い。
両手で口を抑え、胃から込み上げてくるものを必死でこらえる。

昭太「うわぁぁぁぁぁ!!」

昭太は叫び、振り返って逃げ出そうとした。
すると...サラリーマンのような男が、持っていたナタを私の方向に投げた。
いや、それは私の横をすり抜けていった。

昭太「うぶっ!?」

後ろで倒れる音がした。
恐る恐る振り向くと...

首筋から後頭部にかけてナタが縦に刺さり、血を吹き出しながら横たわる昭太の姿があった。

美優「あ...あぁ...」

私は、あのメールを思い出した。

『怪しい人物がいたら直ちにに逃げる』

殺される。
あの人が"怪しい人物"なのは間違いない。このままでは私も2人のように...

私は重い足をなんとか動かして、ふらつきながらも立ち上がった。
しかし...

???「おやおやお嬢さん。どこへ行くつもりかな?」

謎の男が私の前に回り込んだ。昭太から、なんの躊躇いもなくナタを抜き出す。

美優「...いや...。」

膝をつき、声にならない音で怯える。
私はここで死ぬ。
そう確信した。

???「怖がらなくていいですよ。痛いのは一瞬だけですからね。注射と一緒です。」

優しい口調でそう話すスーツ姿の男。
そんなことで気持ちが和らぐわけがない。

だって...この人は目の前で戸間君と天野君を殺したんだから。

そんな人に言われても説得力がない。
いや、説得されてたまるか。

美優「ま...待って...」

喉から出せるだけの声を出した。
しかし、恐怖でからか、普段の声量以上にはなっていないだろう。
前の男は、動きを止めた。

美優「み...みんなは...?教室にいたみんなは?」

微かに出る声だけでそう尋ねた。

???「安心してください。」

男は、ナタを体の後ろにしまう。
そして、左手の人差し指を天井に向けた。

???「みんなあの世ですよ。」

喋り終えた直後、男がナタを大きく上に構えた。

聞かなければよかった。
完全に絶望した。

美優「はは...」

涙が頬を伝わる。

今の私の顔はどうなってるんだろう。
きっと、ひどい顔をしているだろう。

もう、どうでもよくなった。

みんなが死んで、私だけが生き残ってもこの先生きていけるわけがないだろうし。
どうせならいっそ...

美優「いつのまにかオレンジだ...」

校舎内の色がまた変わっていた。
そんなどうでもいい変化に気付いて、打開策が見つかるとかはない。

男が振り下ろしたナタが私に刺さる。
走馬灯を見ることもなく、私の記憶は真っ暗な闇のなかに消え入ってしまった。
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