ナタモチ

星月

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2話

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目が覚めると、自分の部屋のベッドに横たわっていた。
辺りを見回すと、見慣れた光景。

美優「...」

間違いなく、私は今ここに存在している。
でも、昨日の夢を思い出して...

???『みんなあの世ですよ』

私は言い様のない悪寒を感じた。

あの時の空間、1秒毎の一瞬があまりにもリアルすぎて、今でも鮮明に覚えている。

全ての瞬間が体に刻み込まれ、恐怖でその身が硬直している。
まるで、金縛りにでも遭ったかのように。

...遭ったことないけど

美優「とりあえず起きよう...」

体を起こし、1階へと降りた。
金縛りってこんな簡単に解けるんだね。

朝ごはんを食べ、学校へ行く支度をした。
歯磨きやら着替えやらを済ませ、通学用の鞄を持つ。

美優「いってきま~す」

リビングの方から、母の「いってらっしゃい」という声が聞こえる。
いつも通り、私は家を出た。

家と学校はそれほど遠くはなく、歩いて行ける距離なので、徒歩で通っている。

友達の美浦との集合場所のベンチへ向かう道の途中、幼馴染みの隼士と会った。

美優「あ、おはよう隼士君。」

挨拶をすると、隼士は片手をあげて「お、おっす」と返した。

気のせいなのか、なんか今日は元気がないように見える。
いつもなら調子の良いことを言って絡んでくる彼が、今日はそれと違っておとなしい。

なにかあったのだろうか。

でも、触れちゃいけないこともあると思ったから、とりあえずここは流しておくことにしよう。

美優「どうしたの?元気ないね。」

思考と言動が一致していない。

__________


2人で集合場所の、小さな公園に向かう。
遠目で、美浦がベンチに座って待っているのが見えた。

美優「美浦~、おはよ~。」

声をかけると、うつむいていた彼女はゆっくりと顔を上げた。
その様子と顔を見て、私は驚愕した。

美浦「あ、おはよ...」
美優「美浦!?どうしたのその目!?」

美浦は目を細めており、ぼんやりとしているが、その下には濃いくまができていた。
それは黒くて、くっきりと現れていた。

隼士「お、おい!大丈夫か!?」

美浦は隣に座って心配する美優に倒れかかった。
それを見て、隼士は鞄をおろして私と一緒に美浦を支えた。

~~~~~~~~~~

次に目が覚めたときは、保健室にいた。
各ベッドの間を区切るカーテンのレールが、天井からぶら下がっているのが見える。

青白く光る蛍光灯が微かな点滅を繰り返しており、少々目に悪い。

保健室の先生「あ、目が覚めた?」

椅子に腰かけてパソコンになにかを打ち込んでいた保健室の先生が、こちらの様子に気が付いた。
タイヤ付きの椅子を滑らせ、机から離れて私の元にやって来た。

保健室の先生「家の場所が曖昧だったからって言って、あなたの友達が連れてきたみたい。具合はどうかな?」

そうか。
今朝、私はベンチに座ってて、美優と隼士が来たあと...

美浦「は、はい...もう大丈夫です。」

全然大丈夫じゃない気がする。

私は、悪い夢を見た。放課後の学校に閉じ込められて、知らない人に殺される...といった内容だ。
普通なら目が覚めたら安心するのだろうけど、あの夢は気持ちが悪いくらい覚えている。

未だに、あの空間にさっきまでいたような感覚がしてならない。
でも、そんなことを話したところで仕方がない気がしたので、ここは黙っておくことにした。

保健室の先生「そっか、ならよかった。それにしてもくまがすごいね。夜更かしでもしたの?」

先生の質問に、私は首を振った。
いつもなら、22時くらいにベッドに入って、5分もしたら寝れる。
そして、起床は大体6時半辺り。
だから、私の睡眠のサイクルは、平均にほぼ等しいだろう。

でもまあ、こんなくまができているというのなら信用ならないということも分かる。

保健室の先生「黒いくまだったら寝不足だったと思うけど...あ~、でももしかしたら濃すぎる青くまってこともね~、そうなるとストレスとか不安だったり...」

なにやらブツブツと、一人で呟いている。

保健室の先生「日頃の疲れが出ちゃったのかな。まあ、とりあえず今日は帰った方がいいのかもしれないね。」

疲れなんて、友達とさえいれば吹き飛ぶ。
楽しかったら嫌なことは忘れられる、私はそう思う。
だけど...

美浦「分かりました...」

所詮はごまかしているだけ。
今はすっと聞き入れるしかなかった。

__________

親が迎えに来るまでの間、ちょうど休み時間が挟まれたので、先生と同行で教室に向かった。

今日保健室まで連れて来てくれたのは、恐らく美優と隼士だ。
せめて2人に顔だけでも見せておかないと気が済まない。

教室の前へ着くと、ガヤガヤとしたいつもと変わらずの騒々しさが感じられる。
ドアを開けて、教室に顔を覗かせる。

美優「...あ、美浦!」

教室の後ろで何人かで集まって話をしていた美優が、真っ先に気が付き、駆け寄ってきた。

美優「大丈夫なの!?すっごい心配したんだよ!?」

両手で肩を掴んで、具合をうかがってきた。
あなたは私のお母さんですか。

揺さぶられてちょっぴり頭痛がした。
...気がする。

美浦「ち、近いなぁ...うん、大丈夫だよ!」

ちょっと戸惑いつつも、少しでも元気を示すように返事をした。

美優「よかった~...次の時間から復帰?」
美浦「いや、今日は帰ることにしたよ。」

安堵の息を吐く美優に、帰宅を告げる。
本当はみんなとの時間が恋しいけど、体調を万全な状態にしないことには、また迷惑をかけてしまうのかもしれない。

美浦「せっかく連れてきてもらったけど...ごめんね。」
美優「そっかぁ~...じゃあ、お大事にね。なんにでも無理しちゃだめだよ!」

申し訳なさをあらわにする私を見て、美優は労う。

美優「また元気な姿見せてね!」
美浦「うん、ありがとう...」

美優は優しい。
彼女のその言葉に、美浦は感動する。
ジーンと心が揺らぐ、みたいな。

美優「美浦?なんか目がうるんでるよ?」

涙が出そうになってた。自分でもおおげさなのは分かった。

美優「あ、あと...」

目を擦る私とはよそに、美優がなにかを言いたそうにしている。

美浦「ん、なに?」
美優「いや、あの~...今言ってもいいのか分かんないけど...」

そう言われるとますます気になる。

美優「あ、やっぱりメールで送るから!」
美浦「え?だからなにを...まあいいや。」

なにを一人で解決させたのかは知らないけど、どうせ大したことではないだろう。
ここは、深く追求しないようにしておこう。

美浦「じゃあ、そろそろ私行くね。」
美優「うん、お大事にね!」

教室の外へ出て、ドアノブに手を掛けた。
ドアを閉めようとしたそのとき...

美優「メール...心が落ち着いたら読んでね。」

なんだか深刻な表情で、そう言われた。

__________


保健室に戻った美浦はベッドに腰かけ、天井をボーッと見上げて眺めていた。

この学校には別の棟にも保健室があり、先生はそこになにやら用事があるようで、今は不在。
話し相手がおらず、独りの時間を過ごす。

さっきまで先生がすぐそこで作業をしていたけど、今となってはその姿は見当たらない。
寂しいと言うわけではないけど、どうも落ち着かない。
そんな気持ちを抱きながら、親が来るのをひたすら待つ。

まあ、ぶっちゃけ歩いて帰った方が早いんだけどね。

美浦「そういえば...」

美優『メール...心が落ち着いたら読んでね。』

さっきの美優の言葉が、頭をよぎる。

とてもじゃないけど落ち着かない空間にいる。
なんだかソワソワしちゃう中、メールの内容が気になった。

さっきは大したことではないと思ってたけど、美優のあの表情を思い出して、なにかよからぬことがあるのではないかと。

...なんて、私の考えすぎだよね。

美浦「...」

私はメールを立ち上げた。
更新ボタンを押すと、1件の新着メールが表示された。
これが美優のメールかな?
一瞬そう思ったけど、こんなにも早く来るものなのだろうか。

そういえば...美優は後ろから2番目の席だ。
それなら、授業中でも垣間見て打てるか。

それほど急いで伝えたいことがあったのか。
私が思う以上に、それは重要なことなのか。

...というかそもそも、これは本当に美優からのメールだろうか。
彼女は授業中に携帯を触るような人ではないことは分かっている。

なにを深く考えているのだろう。
結果なんて、受信時間を見れば分かることだ。
記載された受信時間を見ると...16時間前。
つまり、昨日。

美浦「なんだよ!」

全然違った。
まあ、美優はキーボードを打つのが遅いし、こんなに早く来るはずはないか。
16時間前って、今が大体10時だから...18時から19時辺りか。
私は体を後ろに倒し、ベッドに寝転がった。

美浦「...?」

突然、ある疑問が浮かんだ。

美浦「昨日の夜なにしてたっけ...」

__________


数分してから親が来て、車で帰ることに。
先生にお礼を言って、学校をあとにした。

母親はすごく心配そうにしてきたけど、気分は朝よりはマシにはなってきているので、大丈夫だと答える。

家に着き、自分の部屋のベッドで横になっていた。

美浦「...」

やっぱり、気になる。
私は、昨日の19時頃なにをしていたのだろう。

いつもなら、友達と連絡し合ったり、テレビを見ていたりしている時間帯だ。
だけど、昨日の私にはそんな記憶はない。

あるのは、朝に家を出て、美優と会って学校に行って、そこからは日が沈んでもいたっていう...。

美浦「...は?」

いやいや、そんなはずはない。
部活や居残りでそんなに遅く残ることなんて滅多にないし、ありえない。

でも...確かに残っている。
夜の学校で教室にいて、誰かが来るのを待っていたという記憶が。

誰を待っていたの?ていうか、そもそもなんで帰らなかったのか。

美浦「...」

なに言ってるの?それは全部夢のことでしょ?
学校から出られなくて、仕方なく教室にいた。

でもそれ以外なにかした記憶はある?
家にいたの?帰路を辿ったの?そもそも、私は校舎から出たの?

もっと言えば、私は5限の時からの記憶が...

様々な疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
どれを解こうとしても、疑問から疑問が生まれ、エンドレス状態となっている。

美浦「落ち着け私...」

そうだ、こんなときこそ冷静にならないといけない。私は、胸に手を当てて、深呼吸を繰り返した。

...うん、そう。昨日のことなんかどうでもいい。

記憶なんて、すぐに抜け落ちていくもの。
曖昧で思い出せないようなとこなんて、きっとどうだっていいに決まってる。
そんなことは忘れて、携帯でもいじってよう。

そう思って、携帯に手を伸ばした。
電源をつけると、新着メールが届いていた。

送信者を見ると、美優の名前が。
間違いなく、これは美優が言っていたメールだ。
とりあえず、これだけでも読んでおこう。

~~~~~~~~~~

美浦を保健室に連れていった後、私と隼士は教室に向かっていた。

隼士「いや~、朝から大変だったな...」
美優「美浦、大丈夫かな?」

到底大丈夫だとは思えないあの様子に、ひどく心配する。

隼士「まあ...あいつはいつも元気だし大丈夫だとは思うんだがな。」

それは私も思う。
早く元気な姿を見せてほしい。

美優「あ、そうだ。」

なにかを思い出したように、隼士の方に振り向く。

隼士「ん、どした?」
美優「隼士君、君もどこか悪いでしょ?」

朝の様子から、少々違和感を抱いていた。
それを今、ぶつけてみた。

隼士「ん...そうか?」
美優「ほらそれ!なんか素っ気なくない?ってさっき会った時にも思ったけど、ずっとそんな感じなんだから具合とか悪いのかなって...」

隼士はうつむき、しばらく考え込む。

隼士「...お前はなんか難しそうな顔してんな。お前こそなんかあったのか?」

こちらに顔を向けながら、質問返しをする。

美優「え?いや、私は特に...」

夢は所詮妄想で、その出来事を話しても相手側は退屈そうな顔をする。
いつもなら、きっとそう思って、話すことも聞くこともないだろう。
だけど、今は違う。

美優「それで、話を戻すけどなにかあったの?」

置かれた話を取り返した。
私が再度問うと、隼士は考えていたであろうことをささっと話し始めた。

隼士「いや、別に大した話じゃないんだけどな...昨日見た夢が鮮明に覚えててさ。しかも内容があれで余計に変な感じがするんだよな。なんか...まるでそこに本当にいたかのような...」

そこまで話すと、彼は言葉に詰まる。
予測通りの台詞を貰い、私は「やっぱり?」と、彼に向けてそう呟いた。

隼士「やっぱりって...なんのだよ。そしてなんで疑問形なんだ。」

私の言葉の違和感に気付いた様子だが、私はそれに答えなかった。

美優「隼士君...その夢の内容、詳しく聞かせてくれる?」

私の言葉に、隼士はひっかかったような顔で

隼士「他人の見た夢の話なんて聞いて面白いことなんてないと思うんだが...」

と言っているが、私は「いいの」と押し返した。

隼士「まあ...簡潔に言うと、俺を含めたうちのクラスの数人が学校に閉じ込められてたんだよ。ちょっと気味が悪かったけど、ワクワクしてた。そんで廊下を歩いてたら知らない大人の人がいて、そいつにいきなり殺されて...そこで目が覚めた。ちゃんと悪夢だったよ。」

苦笑い混じりにそう話す。
その話には、私に既視感があった。なぜなら...

美優「...サイレン。」

私はたった1単語を呟いた。

隼士「ん?」
美優「校内放送で、サイレンが鳴らなかった?」

私の問いかけに、隼士はわずかに目を見開く。

隼士「あ、あぁ...?」
美優「しかも鳴り響くたびに光に照らされて...一回目の時は紫、2回目は黄緑色に、校舎内がそう照らされてた...違う?」

隼士は驚いている。
図星をつかれたような挙動をしている。

隼士「な...なんでそこまで知ってるんだ...?」

それもそのはず。
私の言ったことは的を得ている。
他人の、ましてや自分の夢を当てていることに驚かないはずがない。

顔を近付けて、彼からも問いが投げかけられた。
私は息を呑み、こう答えた。

美優「私もその空間にいたから。」

__________


教室に着くと、賢澄と昭太、そして藍夏が教室の後ろで集まっていた。
当然だろうが、様子がおかしい。

藍夏「賢澄!!どういうことか、ちゃんと分かるように説明しろっつってんのよ!」

賢澄の襟元を掴む藍夏と、それを止めようか止めまいかあたふたしている昭太。

賢澄「だから僕が知っているわけがないと何度も言っているだろう。」

そして、普段と変わらず冷静で、クールに対応する賢澄。
昭太も昭太でいつも通りに見える。

隼士「ちょっと失礼」

その間に、隼士が割って入る。

隼士「その様子だと、お前らもあの夢を見たようだな。」
賢澄「...やはり君もか。」

憶測が当たっていたのか、メガネの位置を直す賢澄。
それはそうと藍夏は...

藍夏「夢かもしれないけど、あの時の感覚は今でも覚えてる...本当にあの場所にいたんじゃないの!?」

藍夏は、あれが夢であることをまだ信じられていない様子だ。

~~~~~~~~~~

賢澄「...ところで隼士君。美浦さんは見てないかな?」

賢澄が美浦について言及してきた。

隼士「あー、あいつなら今は保健室にいるぜ。多分美浦も同じ夢を見て体調崩したんだろう。目元にめっちゃくまできてたし。美優と運んできて、今は安静だろう。」

隼士がさっきの出来事を説明した。

賢澄「それならよかった。」
隼士「でもなんでお前が気にかけてんだ?」

聞いてきたわりには心配や安心の素振りを見せない賢澄に、隼士が問いかける。

賢澄「藍夏さんがひどく心配してたからね」

ロッカーの上に腰を下ろしている藍夏を横目で見ながら言った。

藍夏「な!?賢澄てめぇ!」

顔を少し赤くする藍夏。
ちょ、可愛い。

藍夏「...いやね、トイレにいたら変な放送が鳴ってだね...みんなのとこ戻ろうと出たら美浦が56されているのを目の当たりにしてさ。それで気になってただけだよ。」

少し照れているような様子で、そう話した。
彼女の中2までの面影はまだ残っており、この優しい感じが懐かしく感じた。
悪い一面だけ見ていて、良いところがあるということを忘れていた。

隼士「お前は優しい子だねぇ!よーしよしよし!」
藍夏「てめぇの患部もぐぞ」

やっぱり少し怖かった。
いや、めちゃくちゃ。

__________


藍夏「それで、どうするわけ?」

1限目が終わり、私達はまた朝と同じ場所に集っていた。
藍夏はロッカーの上に腰掛けていた。

賢澄「なにがだい?」
藍夏「夜のことに決まってるでしょこのバカ!」

ちょっとだけ怒鳴る藍夏。でも賢澄はやはりなにも示さない。

賢澄「ああ、そうだった。すっかり忘れてたよ。」
美優「本当にすごいね...」

あんなことがあったのに、彼は何事もなかったかのような態度を取る。
成績表にある切り替えの項目はきっと二重丸だろう。

藍夏「どーせ勉強に集中しすぎて忘れてたんじゃないの?あーこの問題塾でやったとこだーとかで」
賢澄「僕は塾には行っていない」

でました彼お得意の即答。
記録更新かな。

藍夏「なんかマズいこと言ったような気分なんだけど」

ちょっとからかうつもりだったのだろうが、少し複雑な顔をするの藍夏。
触れちゃいけなかったのかと悟ったのだろうか。

賢澄「自分の空間で落ち着いてやるのが、僕の性に合っているからね。」

周りに合わせてやることが気に入らないだけなのか、私にはそう捉えられた。
藍夏は「あぁ、そう。」と、あくび混じりに返事をした。

さっきまでの君はどこへ。
あなたも切り替え二重丸の方でしたか。

隼士「それで...結局どうするんだ?」

話を戻す隼士。

賢澄「今日の夕方、また昨日みたいな現象が起こるかは確定していないだろう。」
藍夏「あるかもしれないでしょ!とりあえずなんでもいいから案あげてこ。なにするかも定まってないけどね。」
美優「ちょっと待って!!」

ちゃんとした話し合いが始まろうとしたここで、私はみんなを呼び止める。

隼士「どうしたんだ?」
美優「あのさ...通香さんも入れてあげよ?」

後ろを向くと、自分の席でなにやら考え込んでいるような様子の通香が視界に捉えられた。
不安げに、怯えるように縮こまる彼女の背中が、いつもより小さく見えた。

隼士「...マジで忘れてた。」

ひどい。
でも、私もついさっき気付いた。
だから人のことを言えなかった。

まあ、ずっといた昭太のこともきっと忘れられていただろうけど。
これもひどいか。

~~~~~~~~~~

通香が話の輪に入り、メンバーは6人となった。
あの空間にいた7人の、美浦を除いた全員が集まった(全員と言えるかは知らないけど)。

藍夏「窓が割れないんじゃ外には出られないよね」
昭太「あの大人の人はなんで襲って来るの...?」
賢澄「なにかいい案はないか」

みんなあれこれ言葉を投げ掛けるだけで、一向に意見がまとまらない。

途中で美浦が来たけど、今日のところは帰るようで、話し合いには参加できない様子。
私達の状況を、今の美浦に伝えるべきではないと思った私は、メールにまとめてあとで送っておくことにした。

なにも解決しないまま、4限目に突入した。

美優「どうしよう...」

進捗がなく、不安の声が漏れる。

隼士「おい、思い付いたぞ!」

突然視界に、隼士の顔が現れる。それに驚き、後ろに倒れそうになる。

美優「きゃ!!...もう、ビックリしたよ!」

心臓が高鳴る。オーバーではなく素で。

隼士「オーバーだなぁ」
美優「今解説したよ」

体勢を整え、隼士の方を向く。

美優「それで、なにが思い付いたの?」

私が質問すると、隼士は広角をあげ、口を開く。

隼士「探す方法だよ。」

~~~~~~~~~~

チャイムが鳴り、昼休みが訪れる。

いつもなら美浦と一緒に弁当を食べるんだけど、生憎彼女の姿はない。
それに、こんな状況だと...

隼士「昭太君!!その卵焼きと俺の交換しない!?」
昭太「えっ、あ、いいけど...」
藍夏「おい賢澄!てめぇ幅取るな!」
賢澄「仕方がないだろう、僕も狭いんだ。君も足を畳むか机を持ってくるかして...」

話し合いをしながら食べることになり、みんなが一ヶ所に集まってきた。
大層賑やかでなによりです。
しっかりと通香さんもいます。

賢澄「それで、隼士君。早速だけど君の考えた策はどんなものなんだい?」

一旦箸を置き、隼士に質問をする。

隼士「よくぞ聞いてくれた賢澄君。僕の考えたプランとは」
賢澄「口の中に食べ物があるときは喋らないでくれたまえ」

いざ話し始められると文句を付けて遮る。
なかなかむごいのではと思ったが、マナー的には指摘するのが正しいのかも。

隼士はすまんと謝り、一旦飲み込んでからまた話し始めた。

隼士「オーブとか言われても、大きさなんて分からないだろ?小さすぎたりしたら、ちょっとしたことで見逃してしまうかもしれない。」

そこまで話すと、鼻頭に二本指を添える。
隼士君、君はメガネをかけていないはずだよ。

隼士「そこで考えたのが、1人1フロアを調べるっていうのだ!1人なら慎重になれるし、分散している分早く終わらせることができるだろう!」

我ながらいい提案だろうと思っているのか、腕と足を組みなにかを誇っている。

藍夏「てめぇはレディを一人にさせる気か?」

そのことを考えていなかったのか、隼士は藍夏のその一言で徐々に顔がひきつっていく。

隼士「らら、藍夏さんはお強い方なので大丈夫だと思います!」

早口でそう言うが、藍夏は続けて言う。

「あたしはいい。けどさ、この子はどうすんの?」

俯きながら弁当を食べている通香を箸で指す。

賢澄「こら、箸で人を指さな」
隼士「ぐ...た、確かにな...」

完全に言い負かされた隼士。
かわいそうだけど藍夏の言ってることは正しいと思う。
私も一人になるのは、正直嫌だし。

賢澄「なら、こうしたらどうだ?僕達は美浦さんを含め7人いる。これを分けて3人と4人の班を作る。そしてそれぞれが別の階を探せばいいのではと。」

なるほど。そうすれば一人にならなくて済むだろう。

藍夏「それでいい?えーと、誰だっけ?」
通香「あ、通香です...あの、いいと思います...」

通香はその案に了承した。
ていうか藍夏、名前覚えてないのかぁ。

賢澄「みんなもこの方針でいいかな?」

昭太も隼士も私も、それに賛成する。

賢澄「それじゃあ美優さん。今出た案をまた美浦さんにメールで伝えておいてくれるかな?僕は連絡先繋いでないから。」
美優「あ、了解!」

とりあえずなんとかまとまったようだ。
そのメールはあとでするとして...

美優「隼士君、昭太君から貰いすぎじゃない?」

次から次へと自分の容器に移すのを見て、ちょっと心配になった。

~~~~~~~~~~

お昼過ぎ。私は自分の部屋でご飯を食べていた。
休日のお昼は家族みんなで食卓を囲って食べるけど、今日は平日。さっきまで母親がいたけど、部屋にお粥と水をお盆に乗せて持ってきたら、仕事に戻ってしまった。

風邪とかじゃないけど、口にしやすいように工夫をしてくれたことに感謝する。
でも...生憎食欲が湧かない。

無理して食べるわけにもいかないので、数口食べたところで、ベッドに横たわる。
さっき美優から来たメール...それがずっと離れなかった。

内容はざっくり言うと『美浦を含めた7人が同じ夢を見た。メンバーはその空間にいた通り。これからどうするか、みんなで対策を練るんだけど、もしなにかあったら連絡ちょうだい!』といった感じなものだった。

美浦「もう...分かんないよ...」

なにがなんだかさっぱりだ。

私が見た夢は実際に起こっていた出来事で、56されたはずの私はこのベッドで目が覚めた。
まるで、ゲームやアニメの世界だ。
4者が生き返るなんてオカルト話、私は信じない。
あれは全て夢。みんな同じ夢を見たんだ。

いつの日か、聞いたことがある。
複数の人間が同時に同じ夢を見る現象が起きることを。

たまたま同じクラスの人達がその現象に立ち会っただけ。
そうだ、きっとそうだ。
そうと信じないと気が狂いそう。

...もしあの出来事が夢じゃなかったとしたら。

美浦「今夜、どうなるんだろう...」

放課後の学校にいたら、非現実的ではあるが現実であることが確定付けられる。

でも、目が覚めたらあの教室にいたってことは、ずっと起きてればいいんじゃないの?

まあ、その時になったら分かることだ。
ていうかそもそもそんなこと起こるはずない...。
私はそう信じて、体を休めることにした。

~~~~~~~~~~

昭太「あの、藍夏さん...僕の卵焼き...」
藍夏「これ美味いな!?」

藍夏は昭太の弁当から抜き取った卵焼きを口にし、その絶品さに驚いていた。

隼士「だよな!これなに入ってるんだ!?」

隼士の行動が写ったのか、藍夏も次々と昭太の弁当に箸を伸ばしていた。

昭太「あぁ...僕の...」

二人に貪られ、異常なペースでおかずが減っていく昭太の弁当。
ちょっと可哀想に思えてきた。

美優「ちょっと二人とも...昭太君の分がなくなっちゃうよ。」

気にはかけていたものの、タイミングを掴めずなかなか言い出せなかった。
やっと言えた頃にはウインナー一本とポテトサラダだけになっていた。
お米がほとんど減っていないのがちょっと面白い。

藍夏「あ、ごめん。美味すぎてつい食べすぎた。」
隼士「も~藍夏さんの食い意地~」

ハッとして反省する藍夏と悪びれた態度を示さない隼士。
それを見た藍夏が「お前も食ってただろ」と睨み付ける。

隼士はその鋭い眼光に硬直した。蛇に睨まれた蛙のように。
しかし、蛙は二匹いた。
もう一匹は言わなくても分かるよね。

美優「ふ、二人も昭太君になにかあげたら?」

偏見だけど、この量だと空腹で倒れてしまうこともありえる。
とりあえず腹の足しとなるものがあればと、そう思い提案した。

二人の判断は早かった。

隼士「じゃあ俺はこのブロッコリーを」
藍夏「じゃああたしはこのブロッコリーを」

彼の弁当箱に同時にブロッコリーが投下された。

美優「そうはならないでしょ!!」

まるでコントだった。

そんな、私を含む四人の寸劇もどきの様子を見た賢澄は「やれやれ...」と呆れ、かくいう紫音は口元に手を当てて微笑んでいる。
紫音が笑った表情を見るのは初めてだ。

いつもなにかに怯えているように、不安げな顔をしていた彼女からは、全く想像できない輝きだった。
その表情に気付いたのは私だけ?

藍夏「て言うか、ちょっと思ったんだけどさ。」

一口サイズのメンチカツを昭太に恵みながら、ふとなにかを思い付いた藍夏。

藍夏「私達って学校で目覚めたんだよね?なんで教室に残っていたかは...べふほひて」
賢澄「藍夏さん、口に含んでいる時は私語厳禁」
藍夏「黙れ、それでさ」

逆に怒られる賢澄。
危ない、お茶吹き出しそうになった。
紫音も俯いて堪えている。

藍夏「私達は今日ここにいるとして、え~、この場にいない...あ~...」

徐々に声量が下がる藍夏。
理由は見れば分かる。

藍夏「てめぇ!じっと見つめんな気持ちわりぃ!」

藍夏に一喝された賢澄は、姿勢を変えず藍夏を直視していた。

賢澄「君の要望通り、黙って聞いていたつもりだが。」
藍夏「だからってそんな見ることないだろ!あんまり本気にするな!」

賢澄は冗談が通じないタイプなのか、それともノリなのか、正直まだ分からなかった。

美優「そ、それで続きは?」

刺激を与えないよう、そっと話を戻させようと試みる。

藍夏「え~と...そう!美浦のこと!」

多分成功。
一瞬内容忘れてたよね。
そしてその内容はまさかの美浦のことだった。

藍夏「美浦って今家にいるじゃん?」

この場にいない、昨日の夜同じ空間にいた美浦が話題に上がる。

美優「そうだね...それがどうかしたの?」
藍夏「家にいるんだったら夜学校にもいないんじゃない?」

確かに...いや本当に確かにだ。

隼士「そうか...もし仮にそうだとしたら逃げ道として使えるな。」

空になった弁当箱を片付け、腕を組んで天井を見上げる隼士。
藍夏の予想を打開策として見る。

藍夏「ていうかそもそも学校に残らなければいいじゃん。なんで寝てたのかは知らないけどさ、帰りの会みたいなの終わったら速攻帰ればよくね?」

歯車が回り出したのか、調子が出てきた様子だ。
しかし、その希望はとある質問により崩れてしまう。

賢澄「藍夏さんは昨日の放課後、なにをしていたんだ?」
藍夏「な、なによいきなり。」

ただの日常についての問いに聞こえる。
だが、それは答えようのないものだった。

藍夏「昨日の放課後ねぇ、え~と...あれ、なにしてたっけ...」

なにも思い出せない様子の藍夏。
そういえば...私にも放課後の記憶が無い。
厳密に言うと、無いというのは言葉のあやというものであって...

賢澄「紫音さんは?」
紫音「あ、えっと...思い出せないです...」

紫音も藍夏と同じく記憶がないみたい。

紫音「覚えているのは、5限目の数学の時間までで...あ、でもあれは...」

消え入るようにフェードアウトしていく中、なにかを言いかけたのを、賢澄は聞き逃さなかった。
そして全てを悟ったかのように、こう言った。

賢澄「あれは夢だ」

あれとは、恐らく5限目の授業自体のことだろう。

賢澄「因みに紫音さん、君はその夢の中でなにを失ったのかな?」

推理ドラマの探偵や刑事を彷彿とさせる言動。
今目の前で起きていることが、まるでテレビを通して見ているようだ。

ていうか、賢澄は紫音に顔を寄せているが、近すぎる気もする。

紫音「え、えぇ~と...あの時私は目を...」

実際にはしてないけど、爪を噛むような仕草を見せる。
彼女にとっては思い出したくもない内容だったのだろう。

賢澄「なるほど。それは痛かったね。」

本当に思ってるのかと疑う軽さ。
そもそもどこを取っても痛いと思うけど。

そういえば通香は、窓の鍵が消えていることに気付いたのは窓辺に立ってからだと言っていた。
眼鏡を掛けていたにも関わらず、遠くのものが見えていなかった。

目を失うと、完全な視力は失わず、視界が霞む程度でとどまるのだろうか。

賢澄「とりあえず、一旦簡潔にまとめておこう。」

賢澄は眼鏡の位置を直し、態勢を整えた。

賢澄「僕達は午後の授業で、自分の一部分を失う夢を見る。そして、それから目が覚めたらあの空間にいるということだ。」
藍夏「箸で人を指すな」

珍しく藍夏に注意された。というか見計らって仕返しをしたのだろう。
賢澄は一瞬黙り込んで、一拍置いてから「すまない」と返した。

賢澄「それで、解決策としては、その夢を見ないこと。夢を見ない為には寝ない...つまり意識をはっきりとさせておくんだ。そうすれば、もしかしたらあの出来事に巻き込まれる可能性がなくなるかもしれない。」
隼士「それで午後を乗り切ってそのまま帰ってしまえばいいってことだな。」

これが妥当な考えだと思う。

でも、私は不安だった。
本当に意識を保っていられるかどうか...。

眠くなる授業というわけではないし、そもそも授業中に寝たことがない私や賢澄でさえ、どこかのタイミングで寝てしまっていた。

今ここで編み出された解決策が上手くいくかどうかが心配だった。

__________


掃除が終わり、少しの休み時間を挟んで5限目が始まろうとしていた。
賢澄はみんなを集めて、意識を保つよう呼び掛けた。

藍夏「私にとっては苦痛でしかないの...」

くぁ...とあくびをしながら呟く藍夏。
呟くといっても声量は通常だ。

隼士「俺もだ。しかも英語からの社会科だぜ?このラインナップで寝るなって、拷問か?」

真実を吐くまで寝かせない、という尋問方法。
だけど、助かる可能性のある限り実践しなければならない。

隼士「あの空間に飛ばされるかどうかなんて1人が検証すればいいんじゃね?って思ってきたな。」
藍夏「じゃあうちらは寝る?」

それはちょっとどうかなと思う。
何故なら...

賢澄「昨晩の出来事を忘れてしまったのか?」

隼士と藍夏にそう問い掛けると、2人はなにかを思い出し、慌てる。

隼士「お、おおお俺はもうあんなの御免だぜ!」
藍夏「嫌よ!もう56されたくない!」

そういえば藍夏はどうやって56されたのだろう。
隼士は首を...だったけど。

紫音「もうあんな怖い思いはしたくないです...」

紫音の呟きに昭太は頷いている。
軽くヘドバン状態だ。
いや、赤ペコかな。
このくだり前もした気がする。

とりあえず私達は、まずはこの5限目を乗り越えようと試みた。

__________


授業が始まってから10分が経過した。
私は全然大丈夫だけど、隼士はと言うとさっきからウトウトしており、かなり危険な状態だ。

美優「隼士君、起きてよ?」

シャーペンを両手に握りしめ、睡魔との死闘を繰り広げている。
必死に抗う彼を横目に、私はあることを思い出した。

美優(あ...美浦!)

寝てはいけないのか、油断をしてはいけないのか、その辺りは定かではないが、念のためこの時間帯は寝ないようにしないといけないということを伝えておくべきだと思う。

美優(...って、まあ家にいる場合のことはもっと分からないけど。)

学校外にいる場合のケースが分からないので、とりあえず適当に『夜まで寝ちゃダメだよ!』と送っておいた。

意味は汲み取れるかどうかは本人次第...と言っても病み上がりだし頭が回らないってこともあり得る。
でも、なにも送らないより忠告しておいた方が身のためでもある。
そんなことを考えていると...

先生「じゃあ次は英語でQ&Aね!2人1組になってお互い英会話をする時間にするよ!」

英語の時間特有の交流ワークだ。
これなら堕ちかけてる隼士も寝ないで済むかもしれない。

先生「テーマは、放課後なにをするか!帰ってからでもいいし部活でもなんでも!じゃあまず見本を~...相田さんと島岡君!前に出てやってみて!」

げっ。
まさか私が選ばれるとは。
更に賢澄君も一緒。

そう、この交流ワークが始まる前に人数分ランダムで選ばれて前に晒されるのだ。

お調子者だと別に問題ない...問題はあるけど、賢澄君のような真面目な人だったり、悪いけど紫音さんのように大人しい人だったりすると、見てる側は盛り上がらず地獄のムードになってしまう。
恐らく今回は場がシラけること間違いなし。

そもそもなんで私を選んだんだろう。

まさか、携帯を触っていたのに気付いての?
そして優等生の賢澄君と組ませてあのムードを引き起こそうと?
先生、そんな人だったの?

ただの思い込みだけど。

先生「大方の例文は教えるから!じゃあ二人とも、前に出てきて!」
賢澄「はい。」
美優「は、はぁ~い...。」

冷静を保つ賢澄と、憂鬱な私。
その様子は足取りから分かるだろう。

トボトボと歩を進める私と、まるで軍隊のように綺麗な歩き方で行進をする賢澄。
なんでそんな歩き方できるの?逆におかしくない?

教壇まで残り机2つ分。
地獄のような時間まであと数秒。
ああ、ここで止まればそれまでの時間は伸ばせるけど、いずれは訪れてしまうんだよね。

そんなことを考えていた時、突然視界が...いや、私の姿勢が崩れた。
前へと倒れ行くその時間が長く感じる。
まるで、スローモーションで再生されているかのように。

地面に胸を打ち、一瞬呼吸ができなくなる。
直後、足元が温かく感じた。
生ぬるく、心地が悪い。
何事かと視線をそこへ向けると、悪夢のような光景が広がっていた。

私のくるぶしから下が地についてはいるが、そこから上は断面となっており、血が溢れている。

私の両足が切断された。

そう認識した途端、これまでに感じたことのない...いや、一度だけあるが、鋭い痛みを感じた。
右手を切り飛ばされたあの瞬間と同じ痛感だ。

美優「私...いつの間に...」

寝ないという自信が人一倍あった私。
私はあの6人の中で真っ先に夢を見ていた。

クラスが騒然とし、賢澄は私の顔の前まで近寄って来ており、駆け付けた隼士の「しっかり!」といった呼び掛ける声も聞こえた。

が、そんなようなことはあっという間に遠退き、私の意識は深淵の底へと沈んでいった。

__________


隼士「...起きろ...美優!」

徐々に近付く呼び掛けで、私は目を覚ました。

美優「あ、あれ...隼士君?ここ...」

私は昨夜のあの空間と同じく、夜の学校で、自分の席で眠っていた。

賢澄「ようやく気が付いたようだね。」

眼鏡の位置を直し、こちらに顔を向ける賢澄。

藍夏「珍しいじゃん、美優がのんびりしてるの。」

普段居眠りをしていない私が長いこと眠っていた。
みんなからしたらそれは滅多に見ない光景だったのかもしれない。
最後に起きたのであればなおさらだ。

美優「ごめん...それはそうとさ...」

目が覚めた直後だったので気にしてはいなかったが、この場所には...

美優「美浦も...いるんだ...」

いつもの黄色のカーディガンを身に付けた、美浦の姿もあった。

美浦「...うん...」

俯きながら、か細い返事をする美浦。

それもそのはず。
本人もちょっぴり、期待していただろう。
学校にいなければここへ来ることはないのではないかと。

だが、そんな淡い期待もことごとく打ち砕かれた。

美浦「美優のメールの意味が分かったよ。私、普通に寝ちゃった...。」
隼士「この空間からは逃げられないってわけか...」

真剣な表情で、結論を唱える。
普段とは違う彼の表情を見て、事の深刻さが更に際立つ。

~~~~~~~~~~

隼士「じゃあ、そろそろ行くとするか?」

隼士が腕のストレッチをしながら問う。

昼間言っていた、探索のグループ分けを行った。
賢澄には隼士と美浦が、藍夏には紫音と昭太、それから私がつき、それぞれが行動することになった。

私が起きた頃には既に3人ずつで分かれておれ、あとは私に委ねていたようだ。

私が藍夏側のグループへ行くと言った時は、結構意外がられた。
普段話す隼士と美浦とは一緒にならなかったから。
私としては、藍夏のサポートをしてあげたいと思ったのが強い。

賢澄「そうだね、ずっとここでじっとしているわけにもいかないからね。」
藍夏「早く探しちゃおうよ、やる気があるうちにさ。」

因みにいい忘れていたけれど、グループのリーダーは藍夏と賢澄が勤めることになった。
なんだかんだ人をまとめられそうなのは、この2人かなと思ったからだ。

美浦「2人ともちゃんと私のこと守ってよ!?」
隼士「もちろんだ、俺はそのつもりで今ここに」
美浦「やだきもい!」

隼士の心の芯が折れる音がした...気がする。
紫音の広角が若干上がった。

藍夏「やれやれ...あ、そうそう私達は反対側の校舎の3階で、あの3人はこの校舎の1階を探すよ。これ伝えてなかったね。」

捜索場所を伝える藍夏。
どうやら私がまだ眠っている間に6人で話し合ったのだろう。
互いがちょうど反対側を探す感じとなっているようだ。

美優「ううん、教えてくれてありがとう。」

私は藍夏にお礼を言った。

藍夏「いいのよ、別に。」

相変わらず紫音と昭太は喋らないけど、人手が多ければ助かることもある。

賢澄「それじゃあ、行こうか。」
藍夏「お互いの健闘を祈って!」

賢澄が教室の引き戸を開ける。

藍夏「じゃあうちらは行くから!」
私達4人は、反対側の校舎へ向かう。

隼士「気を付けてな!」

それは、お互い様だ。
またあのナタを持った人が襲ってくるかもしれない。
それには、細心の注意を払うつもりでいた。

こうして、私達の2度目の悪夢が始まった。
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