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四章
国外逃亡
検問所へ近づくほどに、周囲の警備は一層の厳しさを帯びていった。国境沿いには高い壁が果てしなく続き、その頂には侵入者を拒むように有刺鉄線が張り巡らされている。検問所では複数の警備兵が手荷物を改め、通行者ひとりひとりの顔貌を細かく照合していた。
「どうします?」
「……面倒なことになったな」
警備に発見されれば万事が水泡に帰す。ゆえに私たちは慎重にその場を離れ、街外れに続く細い小径へ身を滑り込ませた。小径にはひそやかな空気が漂い、古びた家々の影が長く伸びている。私は道の中央に立ち、通行人の気配に即応できるよう周囲へ鋭く視線を巡らせた。一方のレイは、市場で手に入れた広いつばの帽子を深くかぶり、顔を覆うようにしてひっそりと佇んでいる。
「海へ出て、どこか別の国の海岸へ辿り着く……そんな方法はありませんかね?」
私が問いかけると、レイはしばし黙して遠くの海原へ視線を投げた。小径に冷たい海風が吹き抜け、沈黙のなかで私たちの不安がじわりと重く滲んでいく。
「船がない。それに海岸沿いも警備が張っている可能性が高い」
レイは低く呟き、深い溜息を吐いた。レイの海賊船は既に沈没し、私たちには海へ出る術が皆無である。
「壁をよじ登って、有刺鉄線を……怪我覚悟で越える、というのは?」
「おそらく、銃を持つ見張りが潜んでいる」
重く落とされた言葉に、八方塞がりの現実が改めて突きつけられる。変身という手段も思い浮かんだが、危険が大きすぎる。擬態のほうがまだ現実味があるかもしれないが、それも決して安易ではない。
「いっそ大きなカバンを買って、レイに入ってもらうというのは……」
「手荷物検査はどうする」
「…………」
どの策を挙げても成功の兆しは見えず、焦燥ばかりが胸を占めていく。金で解決できる可能性が脳裏をよぎったが、その金を差し出すことでレイの居場所を売られる危険すらある。むしろ最悪の展開になりかねない。
「穴を掘って向こう側までトンネルを……というのは?」
私が呟くと、レイは一瞬だけ思案したのち、疲れを帯びた表情で首を振った。
「時間がかかりすぎる」
確かにその通りだ。労力も時間も膨大で、その上、途中で誰かに気づかれればすべて終わり。結局のところ、金で解決できるのならそれが最も単純で確実とも思えるが、危険は計り知れない。無力感だけがじわりと胸を締めつけた。
そのとき、不意に背後から声がした。
「うちがどうにかしたろか~?」
弾かれたように身体が強張る。振り返った瞬間、心臓が大きく跳ねた。そこにはアルバートさんの姿があった。久方ぶりの再会に、緊張が瞬時に全身を走る。いつものニヤニヤとした笑みを浮かべ、まるで私たちの窮状を愉しむかのようだ。
「アルバートさん」
驚愕に顔こそこわばったものの、声だけは平静を装った。
「久しぶりですね、元気でした?」
「ん~? ルイスちゃんおらんくなって寂しゅうて、死んでまうか思たわ~」
軽薄にも見える声音のまま私の肩へ腕を回すアルバートさん。しかし、その細めた目の奥には、獰猛な本性がちらついている。レイに行った所業も忘れ難い。もっとも、レイもまた彼の一団を皆殺しにしたが——。
「レイちゃんも久しぶりやな~。ルイスママのおっぱい吸って、美味しかったか~?」
「…………」
レイは固く口を閉ざし、肩を小刻みに震わせている。顔色は青ざめ、恐怖のあまり声が出ないのだろう。彷徨う視線はアルバートさんへ向かってはすぐ逸れ、全身が萎縮したように動けない。息も浅く、唇さえわずかに震えていた。
私は静かにレイの前へと立ち、アルバートさんの視線を遮る。
「ほんまにルイスちゃんは優しいな。そいつ、そんな優しぃしてもらってええ奴やないで? 何人殺した思てんの」
冷徹な声が響いた瞬間、空気はさらに重苦しさを増した。
「……そんなこと言われたら困るよ。私のこと、いじめないでよ、アルバートさん?」
わざと不満げに頬を膨らませ、上目遣いで見つめる。するとアルバートさんの表情は一変し、頬をわずかに緩めて視線を逸らした。
「あざといのも可愛らしいなあ……まあええわ。あとでじっくりお話を聞かせてもらうし」
その声音に、何を聞くつもりなのか測りかねて少し身が強張る。それでも彼はすぐに軽い調子へと戻った。
「それよりや、あんたら困っとるんやろ?」
唐突に話題が切り替わる。国境を越える手段がまるで見つけられずにいることは、もはや隠しようがない。
「ええ。この国を出たいのですが、どうにも策が浮かばなくて」
私の言葉に、アルバートさんはしばし黙して聞き入り、やがて小さく笑みを深めた。
「ふうん……まあ、こんな場所で込み入った話はできんわ。とりあえず——どんつきまで行こか」
「どんつき……?」
思わず問い返したが、アルバートさんは答えることなく、ただ楽しげに歩き出した。レイも戸惑いを隠せぬまま、私とともにその背中を追った。
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