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プロローグ:最強の女騎士、護衛令嬢になる

1.ふさわしさとは、嫁としてであって剣としてではなかったはずで

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「もしかして、公開プロポーズかしら……!?」


 ――なんて、思った瞬間もありました。





「オリアナ・レリアット、入室致します!」

 追いかけて来てくれた団長に場所を聞いた私は、指示された部屋までやってくる。

 扉の前には殿下の護衛騎士たちが並んでおり、そして私の姿を見て力強く頷いたので“未来の王太子妃への祝福ね!?”なんて心を踊らせた、のだが。


 開かれた扉の先にいたのは、七年前と変わらず見目麗しいキラキラ王子様のままのカミジール殿下と……


「やぁ、やっと会えたね。来てくれて嬉しいよ、オリアナ嬢」
「はじめまして、スティナ・ヴレットブラードですわ」
「あ、は、はひ……」


 そしてまるで可愛らしいお花が咲き誇っているかのような令嬢がいた。
 その小柄で触れれば折れてしまいそうなほど華奢で、これまた絵本から飛び出してきたお姫様のような彼女をぽかんと眺めてしまう。


“カミジール殿下には妹はいらっしゃらなかったはずだけれど”

 いるのは腹違いの弟王子が一人。
 ならば隣にいる彼女は……? なんてその華奢なご令嬢を見つめていると、私の視線に気付いたカミジール殿下が少し照れながらそっと彼女の腰を引き寄せた。

「!?」

 そんな殿下にそっと彼女も寄り添って。


「この度私とスティナの婚約が正式に決まったんだ」
「コンヤクガセイシキニキマッタンダ!?」

“え? え!? だって、私は殿下の婚約者候補で、そして強い女が好きって……!”


 混乱し、私の額に汗がじわりとどころかぶわっと滲む。
 何が起こっているのか全く理解できず、はくはくと口を動かすしか出来ない。

 けれど今聞かなければ、となんとか自分を奮い立たせた私は、ごくりと唾を呑み込んで。


「つ、強い女が……相応しいって……」
「あぁ、もちろんだ。強い女が隣に立つに相応しい」
「な、なら……」
「側近はやはり強くなくてはな!」
「アッ」

“相応しいって、そういうこと?”

 ガンッと後頭部を殴られたような衝撃が走る。
 確かにそうだ。
 
 婚約者候補はあくまでも『候補』だし、隣に立つのは妻だけとは限らない。

 それにそもそも『好き』という単語には恋愛以外にも友愛や親愛といった意味合いだってあるのだ。

 幼いカミジール殿下は、強い女が好きとは言ったが、お嫁さんにしたい好きだとは一言も言ってない。


“まさか全部私の勘違い……!?”

 だとしたら、私のこの七年間は何だったというのか。

 そんなばかな、とくらりと目眩がした私だが、そんな私を更なる衝撃が襲う。
 
 
「レリアット家から婚約を断る連絡が来た時は悲しかったけれど」
「レリアット家から婚約を断る連絡が来たっ!!?」

“ど、どういうこと!?”

 私は殿下好みの強い女になるべく、魅力……というより強さをひたすらに磨いてはいた。

 それも全てキラキラ王子様に相応しくなるためで、婚約を断る予定なんてこれっぽっちもない。

 それなのに当たり前の事実のように告げられたその殿下の言葉にあんぐりと口を開いてしまう。
 
 
「けれど、強くなるまで会わないと言った君の言葉を聞いて、私も仕えるに相応しい人材になろうと努力したんだ」

  
“強くなるまで会わないと確かに父には言ったけれど……!”

 どうしてこんなことになっているのかわからない。
 
 しかし思い出してみれば、あの時の父は明らかに困り、そして何度も本当にいいのかと聞いてきていた。


“まさか殿下の好みに合わせたかっただけなのに、妻ではなく共に立ち向かう盟友を目指していると思われたってこと?”


 現在このシャトリエ国はものすっごく平和で豊か。
 
 国民も穏やかでクーデターなんて考えられないし近隣諸国との関係も良好なので、むしろ誰と戦えばいいかすらわからないほどではあるが、それでももしそんな意味不明で悲しい誤解から勘違いが生まれたのだとすれば。


「あ……、あぁ……っ」

 ふわりと屈託なく笑う殿下には申し訳ないが、あんぐりと開いた私の顎は戻りそうになく、獣が苦しむような絶望に満ちた声が私の口から溢れた。


 そんな可能性に衝撃を受け、思わずその場に崩れ落ちそうになるが、私の異変など全く気付いていないらしいカミジール殿下は相変わらずキラキラとした眩しい笑顔を向けてきて。


「それで、実は今日オリアナ嬢を呼んだのはこのスティナの専属護衛騎士になって貰いたいからなんだ」
「嫌ですッッ!!」


 脊髄反射の勢いで顎が戻りそう叫ぶと、その場が一気に静まり返る。

  
 叫んだ私自身も、自身の口からでたその令嬢としても、この国に属する貴族としても、そして何より騎士としても絶対アウトな発言に気付き全身から血の気が引いた。


「……えっと、い、嫌、なの? さすがに婚約を断った手前私の護衛は気まずいだろうと思っての配慮だったんだけど」

“ひぇっ! 殿下が戸惑いつつも気を遣って子供相手みたいな口調になってるぅっ!”

 なんとかここでリカバリーを、いや、リカバリー出来るレベルではない失態ではあるがせめて少しでも誤魔化しを! と必死に考えるが、この7年、数多の修羅場を経験した鋼鉄の剣とは言えこういった方向性の修羅場は経験したことがなくて。

“どうしてッ、何から拗れちゃったのよぉ……っ”
 
 内心半泣きになりつつ、顔にだけは出すまいと表情筋と腹筋に力を入れた。

 
「そ、そんなに睨むほど嫌……なの、かな。隣に立つに相応しく……なれてない、のかな……」
「!?」


“ちがっ! 泣きそうなのを堪えてるだけなんですがっ!?”

 なんとか踏ん張った表情をどう捉えたのか、カミジール殿下が更にたじたじとしてしまい、どんどん部屋の空気が重くなる。

 まずい。
 これは非常にまずい。


“けど何一つ誤魔化す言葉が思い付かない!!”


 こんな時に頭を過るのは実家で何度もさせられた地獄の特訓のことばかり。

 あぁ、両足を縛られた状態でお父様を倒すのは骨が折れた――……



「あっ、じゃあ俺の護衛騎士になるのはどう?」

 
 思わず過去の回想という現実逃避をしかかっていた時、その場の空気を壊すように明るい声が割り込んできて。


「フレンシャロ?」

“え?”

 カミジール殿下が呼んだ名前に唖然とする。
 何故ならその名前は――


「フレンシャロ・ル・シャトリエ、私の弟だよ」
「ふ、フレンシャロ殿下……っ!?」

 よろしく、とどこか飄々とした笑顔で差し出されるが、私の手は相変わらずゴツゴツとしたマメだらけの手のひら。
 
 令嬢とは思えないこの手のひらで、差し出されたからと言って安易に握手なんてしていいのかどうか迷ってしまう。


“それに、騎士として対峙しているならば主君である王族相手に握手なんてする訳にはいかないし!”


 しかし葛藤している私の前で、まるで時が止まったかのように手を差し出したまま停止しているフレンシャロ殿下。

“あぁっ、もう!”

 このまま王子様を放置、というのもまずい。
 
 何より既に令嬢としても騎士としても取り返しのつかない失態を犯したばかりなのだ。

 なるようになれ、と促されるまま目の前の王子様へと手を差し伸べた私に、フレンシャロ殿下は。


「ご挨拶が出来て嬉しいです、オリアナ嬢」
「!?」

 てっきり握手するのかと思っていたが、差し出した右手をそっと取った殿下はよりにもよってその手の甲に口付けを落とした。

 目の前を揺れる、カミジール殿下とは違う銀髪に私を射貫くように見る切れ長で強気な美しさすら感じる表情。
 それなのにピンクの瞳が中和しているのか何故か穏やかにも見えるその笑顔にドキリとしてしまう。


“小説の……、王子様……!”


 穏やかで絵本の中の王子様のようなカミジール殿下とは違う、少し大人っぽい雰囲気。

 そのあまりにも様になっているその姿は、鋼鉄の剣として女性のみに囲まれ全く男性に対して免疫が出来なかった私には刺激が強すぎて。


「うっ、わぁぁあ!?」

 その場でひっくり返る勢いで後退りながら口付けされた手を背中に隠した。


「え、そんなに嫌がられると俺も傷付く……」
「も、申し訳ありませんッ! こんなでこぼこのっ、不恰好な手に触れさせてしまって!!」

“王子様がキスをするような手じゃないのに!”


 あばばばと滝のような冷や汗をかきつつ、戻した視線の先にはカミジール殿下の婚約者になられたというお姫様のようなご令嬢。

“彼女みたいな手なら、こんなに焦らなくてすんだのに”


 なんて、一瞬頭を過った私の視界を再びフレンシャロ殿下の顔が塞いで。

 
「スティナ嬢の護衛も、兄上の護衛と同じ理由で気まずいだろ? なら、俺にしときなよ」

 なんて、まるで楽しい玩具を見つけたようににこりと笑ったのだった。
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