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第一章・護衛令嬢、パーティーに出る
5.裏とか格好いい言い方をしても、許さない
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“くそ……っ!”
「オリアナ!!」
「動かないでくださいっ」
短剣に毒などを塗られていればまずい。
だが、完全に死角をつかれた以上、動けるうちに短剣が投げられた先へ突撃し倒すことは現実的ではなかった。
何故なら、この刺客が一人とは限らないからだ。
“フレン様を一人には出来ない”
フレン様を背に庇いながら、弾き足元に落ちた短剣を蹴り上げ利き手ではない左手で掴むと、狙われた辺りをめがけ投げつける。
投げたあとの左手を軽く握り、握力を確かめホッとする。
“毒などは塗られてなかったみたいね”
フレン様を担いで犯人を追うべきか一瞬迷うが、隙をつかれたのは完全に私の失態だ。
ひとつミスがあった場合の深追いほど手遅れな事態を引き起こす可能性が高いと判断した私は、もう一本の短剣をすぐさま拾ってフレン様の手を握りその場を離れた。
走りながら耳を澄ませ、足音が追いかけてきていないことを確認してから警戒を解く。
「お怪我はありませんね?」
「な……、いや、怪我したのはオリアナだろっ」
「え? あぁ、そうですね、失態でした」
“最強を自負し強調してきたのに……!”
私の力を認め、そして求めてくれたフレン様にこんな失態を見せたことを恥じた私が思わず頷くと、焦った様子でフレン様が私の額に手を伸ばした。
「くそ、血が出てるな……!」
「あ、でも毒とかは塗られてなかったので」
「だからいい、とかにはなんねぇからな!」
私の頬に片手を添え、傷口に触れないように反対の手で前髪をあげられ傷口を見られる。
流れた血が目に入って来なかったことを鑑みれば、たいして血も出ていないレベルの小さなかすり傷だと思うのだが……
「本当はどこかで濡らした方がいい、というか消毒すべきなんだが……!」
いつもの飄々とした雰囲気はどこに消えてしまったのか。
焦りながらどう見ても高級そうな真っ白のハンカチを私の額に押し付けようとしているフレン様に気付き、私の方こそ焦った。
「い、いいですいいです! そんな高そうなのむしろやめてくださいっ」
「傷の方が重要だろ!?」
「ッ」
そんなことない、と言うべきだとわかっているのに言葉にならない。
“私はフレン様の専属護衛なんだから、怪我なんて覚悟の上なのに”
こんなに真っ直ぐ心配されるなんて思わなかったせいで、心臓がうるさいくらいに跳ねてしまう。
「護衛になってくれって、言ったじゃないですか」
「婚約者になるか、とも俺は聞いたぞ」
「でもそれは同情っていうか、孤独死対策で……それに私が強いから」
「俺は、俺が暗殺されても生き残れる相手がいいんだ。俺の代わりに死ぬ女はいらない」
強い言葉で『いらない』なんて、まるで護衛である私を切り捨てるようなセリフを吐きながら私の傷口を押さえる手があまりにも優しくて戸惑ってしまう。
まだ知り合ったばかりで、私は仕事でここにいるのに。
“好きじゃないくせに、優しくしないでよ……”
「他は? 痛いところはないか」
「あ、はい……」
バクバクと高鳴る鼓動が聞こえそうで恥ずかしく、無意識に胸元へ手をやると、その手をそっと覆ったフレン様がそのまま手を取って握る。
「あの、手を繋がれたらまた狙われた時に対処できません」
「左手があるだろ」
「利き手の方が強いですが」
「今だけだから」
ぎゅ、と握られた手が小さく震えていることに気付いた私はそれ以上抗議することは諦め、逆にそっと握り返す。
“これで安心してくれるといいんだけど”
そんなに誰かが傷つくことが怖いのかしら?
何故こんなかすり傷程度で不安になるのか私にはわからなかったが、それと同じくらいその切羽詰まるような彼に胸が締め付けられた。
耳で警戒しながら、そっとフレンの様子を横目で窺うと、うっかり目が合ってしまって。
“しまった……!”
慌てて視線を逸らすと、トン、と肩に重みを感じた。
頬を擽る銀髪が少しくすぐったく、そして何より甘えられているようで心もくすぐったい。
“フレン様の方が私より二歳年上なのに”
やっぱりどこか可愛いと感じてしまうのは、的確に母性本能を刺激されているのかもしれないと思った。
「っと、悪かったな。ほら、傷の手当てをしなきゃだからもう戻ろうぜ」
どこか儚い雰囲気を出していたフレン様が突然パッと体を起こし、本当にいつも通りの様子で私に手を差しのべる。
“私は今護衛騎士としてここにいるんだけど”
まるで令嬢をエスコートするように出されたその手を掴むか一瞬迷った私だったが、この手を掴まないと何故だか彼が悲しむような気がして自身の手を重ねた。
「ああいうの、いつもなんですか?」
「うん?」
「狙われたり、です」
チラッと最初に説明されてはいたものの、聞いているだけと実際狙われている姿を目の当たりにするのでは意味合いが全然違う。
“単独犯だったし、追いかけてもこなかったところを見ると新しくついた護衛である私の様子見か、それとも”
警告か、のどちらかだろう。
「何か心当たりはないのでしょうか? 狙われるばかりではらちが明きません」
“カミジール殿下側の派閥が一番可能性が高いかも”
もう立太子されているのだから、今更フレン様を敵対する必要はない気もするが、私に思い付くのはせいぜいこの程度、だったのだが。
「うーん……、ラスク伯爵家かな」
「それはカミジール殿下の派閥なんでしょうか?」
「いや、俺のファンクラブ会員42番のご令嬢のいる家だな」
「……ほう?」
「でもメルキュール男爵家も怪しいんだよなぁ」
「それは何故ですか」
「男爵夫人の妹さんが未亡人」
つらつらと上げられる名前に、さっきまでの感傷的な気分が全てぶち壊れ苛立ちすぎて手が震える。
つまり、これって。
「何が嫌われものの裏王子ですか……! どっちかといえば夜の王子じゃないですかッ!!」
「うげっ、オリアナ!? ちが、落ち着け話を……」
「トロトロもやっぱりそういうことだったんですねッ! 見損ないました!」
「だから待て、誤解だからっ」
「嘘です! 見損なうほど好感度高くなかったーーッ!!」
勢いに任せ怒鳴り付けた私は、フンッと思い切りそっぽを向く。
そのまま帰ってやりたい気分だったが、一応はまだ勤務中なのでギリギリの理性でなんとかフレン様を部屋まで送り届け……
“このドア、明かないように外から鍵つけてやろうかしら!”
本気で心配された時、うっかりときめいてしまった事を心の底から後悔しつつ、私はフレン様の部屋を後にするのだった。
「オリアナ!!」
「動かないでくださいっ」
短剣に毒などを塗られていればまずい。
だが、完全に死角をつかれた以上、動けるうちに短剣が投げられた先へ突撃し倒すことは現実的ではなかった。
何故なら、この刺客が一人とは限らないからだ。
“フレン様を一人には出来ない”
フレン様を背に庇いながら、弾き足元に落ちた短剣を蹴り上げ利き手ではない左手で掴むと、狙われた辺りをめがけ投げつける。
投げたあとの左手を軽く握り、握力を確かめホッとする。
“毒などは塗られてなかったみたいね”
フレン様を担いで犯人を追うべきか一瞬迷うが、隙をつかれたのは完全に私の失態だ。
ひとつミスがあった場合の深追いほど手遅れな事態を引き起こす可能性が高いと判断した私は、もう一本の短剣をすぐさま拾ってフレン様の手を握りその場を離れた。
走りながら耳を澄ませ、足音が追いかけてきていないことを確認してから警戒を解く。
「お怪我はありませんね?」
「な……、いや、怪我したのはオリアナだろっ」
「え? あぁ、そうですね、失態でした」
“最強を自負し強調してきたのに……!”
私の力を認め、そして求めてくれたフレン様にこんな失態を見せたことを恥じた私が思わず頷くと、焦った様子でフレン様が私の額に手を伸ばした。
「くそ、血が出てるな……!」
「あ、でも毒とかは塗られてなかったので」
「だからいい、とかにはなんねぇからな!」
私の頬に片手を添え、傷口に触れないように反対の手で前髪をあげられ傷口を見られる。
流れた血が目に入って来なかったことを鑑みれば、たいして血も出ていないレベルの小さなかすり傷だと思うのだが……
「本当はどこかで濡らした方がいい、というか消毒すべきなんだが……!」
いつもの飄々とした雰囲気はどこに消えてしまったのか。
焦りながらどう見ても高級そうな真っ白のハンカチを私の額に押し付けようとしているフレン様に気付き、私の方こそ焦った。
「い、いいですいいです! そんな高そうなのむしろやめてくださいっ」
「傷の方が重要だろ!?」
「ッ」
そんなことない、と言うべきだとわかっているのに言葉にならない。
“私はフレン様の専属護衛なんだから、怪我なんて覚悟の上なのに”
こんなに真っ直ぐ心配されるなんて思わなかったせいで、心臓がうるさいくらいに跳ねてしまう。
「護衛になってくれって、言ったじゃないですか」
「婚約者になるか、とも俺は聞いたぞ」
「でもそれは同情っていうか、孤独死対策で……それに私が強いから」
「俺は、俺が暗殺されても生き残れる相手がいいんだ。俺の代わりに死ぬ女はいらない」
強い言葉で『いらない』なんて、まるで護衛である私を切り捨てるようなセリフを吐きながら私の傷口を押さえる手があまりにも優しくて戸惑ってしまう。
まだ知り合ったばかりで、私は仕事でここにいるのに。
“好きじゃないくせに、優しくしないでよ……”
「他は? 痛いところはないか」
「あ、はい……」
バクバクと高鳴る鼓動が聞こえそうで恥ずかしく、無意識に胸元へ手をやると、その手をそっと覆ったフレン様がそのまま手を取って握る。
「あの、手を繋がれたらまた狙われた時に対処できません」
「左手があるだろ」
「利き手の方が強いですが」
「今だけだから」
ぎゅ、と握られた手が小さく震えていることに気付いた私はそれ以上抗議することは諦め、逆にそっと握り返す。
“これで安心してくれるといいんだけど”
そんなに誰かが傷つくことが怖いのかしら?
何故こんなかすり傷程度で不安になるのか私にはわからなかったが、それと同じくらいその切羽詰まるような彼に胸が締め付けられた。
耳で警戒しながら、そっとフレンの様子を横目で窺うと、うっかり目が合ってしまって。
“しまった……!”
慌てて視線を逸らすと、トン、と肩に重みを感じた。
頬を擽る銀髪が少しくすぐったく、そして何より甘えられているようで心もくすぐったい。
“フレン様の方が私より二歳年上なのに”
やっぱりどこか可愛いと感じてしまうのは、的確に母性本能を刺激されているのかもしれないと思った。
「っと、悪かったな。ほら、傷の手当てをしなきゃだからもう戻ろうぜ」
どこか儚い雰囲気を出していたフレン様が突然パッと体を起こし、本当にいつも通りの様子で私に手を差しのべる。
“私は今護衛騎士としてここにいるんだけど”
まるで令嬢をエスコートするように出されたその手を掴むか一瞬迷った私だったが、この手を掴まないと何故だか彼が悲しむような気がして自身の手を重ねた。
「ああいうの、いつもなんですか?」
「うん?」
「狙われたり、です」
チラッと最初に説明されてはいたものの、聞いているだけと実際狙われている姿を目の当たりにするのでは意味合いが全然違う。
“単独犯だったし、追いかけてもこなかったところを見ると新しくついた護衛である私の様子見か、それとも”
警告か、のどちらかだろう。
「何か心当たりはないのでしょうか? 狙われるばかりではらちが明きません」
“カミジール殿下側の派閥が一番可能性が高いかも”
もう立太子されているのだから、今更フレン様を敵対する必要はない気もするが、私に思い付くのはせいぜいこの程度、だったのだが。
「うーん……、ラスク伯爵家かな」
「それはカミジール殿下の派閥なんでしょうか?」
「いや、俺のファンクラブ会員42番のご令嬢のいる家だな」
「……ほう?」
「でもメルキュール男爵家も怪しいんだよなぁ」
「それは何故ですか」
「男爵夫人の妹さんが未亡人」
つらつらと上げられる名前に、さっきまでの感傷的な気分が全てぶち壊れ苛立ちすぎて手が震える。
つまり、これって。
「何が嫌われものの裏王子ですか……! どっちかといえば夜の王子じゃないですかッ!!」
「うげっ、オリアナ!? ちが、落ち着け話を……」
「トロトロもやっぱりそういうことだったんですねッ! 見損ないました!」
「だから待て、誤解だからっ」
「嘘です! 見損なうほど好感度高くなかったーーッ!!」
勢いに任せ怒鳴り付けた私は、フンッと思い切りそっぽを向く。
そのまま帰ってやりたい気分だったが、一応はまだ勤務中なのでギリギリの理性でなんとかフレン様を部屋まで送り届け……
“このドア、明かないように外から鍵つけてやろうかしら!”
本気で心配された時、うっかりときめいてしまった事を心の底から後悔しつつ、私はフレン様の部屋を後にするのだった。
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