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第二章・護衛令嬢、出稼ぎにいく

14.夢の続き、はどこまでか

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「素晴らしい、勝利の女神が微笑んでおられますな」

 フレン様に続きカジノを出るため乱雑に稼いだお金を革袋に入れていると、どこか陰湿な雰囲気を孕んだねっとりとした笑い声と共に恰幅の言い男性が現れた。
 上下を真っ黒で揃えているその男が手ぶらであるのを横目で見た私は、彼が客ではないのだろうと判断する。

“フレン様は……ちゃんと手の届く範囲にいるわね”

 この男が客ならば手ぶらで歩くなんてありえない。客ならば必ずチップ代わりの硬貨を持っているからだ。
 
 万一客でチップを持っていないとすれば全財産をカジノで溶かした後ということになるが、だとすればこんなに余裕そうに話しかけるなんてしないだろう。
 なら考えられるのは、この店側の人間。

“それも力のある人間。例えば噂の子爵本人――……!”

 私がごくりと唾を呑むと、そんな緊張した私を庇うようにフレン様が一歩前に出た。
 
「ちょっと!?」

“護衛より前に出てどうするのよ!”

 思わず私の口から文句が飛び出し慌てて彼の腕を掴むが、そんなフレン様の横から更に顔を覗かせたその男は、ニタリと不気味に口角を上げた。

 
「本当にお帰りになってしまわれるので?」
「えぇ、ここでの遊びはもう飽きてしまったんですよ。こんなに勝ってるのを見ればわかりますよね?」

 らしくない雰囲気で思い切りため息を吐きながらフレン様がそう口にするが、全く気にしていないのかその男はずっとニタニタと私たちを見たまま。
 そんな不気味な様子にゾワリと背筋に悪寒が走る。
 
 
「……ですが、例えば夢の続きがあるなら話は変わるんですけどね」

 にこりと微笑みながらフレン様がそう口にすると、男の眉がピクリと動いた。


 それでも貼り付けたニタニタ顔は崩さず、男がサッと右手を上げすると、さっきまで遊んでいたテーブルのディーラーがタタッと小走りでその男のところまで行き、何かを手渡した。


「ではご案内致しましょう、夢の続きへ」

“夢の続き?”

 さっきフレン様も似た言葉を口にしていたと思い出す。
 もしかしたらこれが地下へ行く『合言葉』になっているのかもしれない、なんて推測し――


「ん?」

 ふと私のことをじっと見る、硬貨を積んでくれていた令嬢の視線に気付く。
 向けられているその視線がなぜかとても心配そうに曇っていることが気になった。

“もしかしたら彼女は地下カジノのことを知っているのかも”

 そして今から向かおうとしている私たちのことを心配してくれているのかもしれない。
 だが私たちのこれは捜査の一環でもあり、そして主の命を狙う黒幕への一歩かもしれないのだ。
 当然ここで中断し帰ることなどできるわけもない。

“王城で投げられたナイフの持ち主が、その依頼主がここにいるかもしれないんだもの”

 
 暗殺者の中にもランクがある。
 それはもちろん依頼主にも同じことが言え、そして警備の厳しい『王城内で王族の暗殺』を目論めるならばかなりの力か金があり、何よりもそうまでしてフレン様を殺さなくてはならない理由がある人物、である。


 現状のその黒幕に近付ける唯一の手掛かりはあの時手に入れたナイフのみ。
 だが肝心のナイフからは家紋のようなものは出ず、黒幕が王城に暗殺者を送り込める力があるなら最も安心できる『家』である王城にもフレン様は完全に気を休める場所ではなくて。
 
“もちろん近衛騎士団が警備し見回りもしているから頻繁に暗殺者が来れるわけではないけれど”

 それでも私はフレン様の専属護衛で、そして……何故だか上手く説明はできないが、フレン様が心から安心して過ごせる場所があればいいと思ってしまうようにもなっていた。

 
 だからこそどんなに心配そうに見つめられたとしても私は行かねばならないし、第一フレン様だけを行かせる気だってもちろんない。
 彼女のこの曇ってしまった顔を明るく戻すことが出来ないのは不本意だが、せめて一人の騎士として励ますくらいはしなくては、と考えた私はくるりと彼女の方に振り返って。


「もし何かが起これば大声でお呼びください。貴女のような美しいご令嬢を守れるならば、いつでも馳せ参じますから」

 そっと彼女の手を取り、まるで私が憧れた絵本の中の王子様になりきった私は手の甲に口付けを落とそうとし――

“あ、仮面”

 そのことに気付き、手を取った方とは逆の手で仮面を少しだけズラした私は軽く口付けを落とす。

 ほんのちょっとでも彼女の心が軽くなりますように、と願いながらまた仮面を戻した私は、じわりと頬を染めた彼女の顔を見て安堵した。

“良かった、顔色戻ったわね”

 さすが絵本パワー。
 これが絵本の王子の実力だ、なんて少し得意気にフレン様の方を見ると、仮面で隠れていて見えないはずなのに何故か呆れ顔を向けられている気がした。


「は、励ましですけど」
「そうだな、確かにオリアナならいざと言う時でも間に合うだろうが、今は『リア』だって忘れるなよ」
「わかってます!」

 聞こえないようにこそこそと離しながら、彼女に背を向け男の方へと向き直る。

 大人しく待っていてくれたらしい男は、まるでこれらのやり取りすらもなかったかのようにまた笑顔を貼り付け、案内を再開した。


 案内されたのは真っ赤なカーテンで目隠しがされているひとつの扉。
 どうやら先ほどのディーラーから渡されたのは鍵だったようで、カチャリという小さな音と共にその扉が開かれる。
 

“ここが地下への入り口になっているのかしら”

 表向き普通のカジノであるこの店の地下にあるという違法カジノ。

 何でかトントン拍子で進んだことに少し違和感を覚えつつカーテンを潜ると、想像よりずっと明るい階段が現れた。


「思ったより明るいっていうか、清潔感があるんですね」
「えぇ、もちろんでございますよ! 何しろこちらにご招待するのは特別なお客様だけなのですから」


“特別な、ね……”

 違法カジノとやらがどんなものかはわからないが、しっかり周りを見て覚えながら何が出てきても対応できるようにと神経を巡らせる。

 何となく嫌な雰囲気を感じながら階段を下りきった先には、一階にあったカジノスペースとほぼ同じつくりになっていた。


“なんか、想像していた違法カジノと違うんだけど”

 てっきり地下闘技場のような場所があるのかと思っていただけに、さっきまで遊んでいたような『真っ当な』ギャンブルスペースに少し脱力する。

 
「ここは?」
「特別なカジノスペースでございます」

 特別な、というわりに普通のカジノスペースだとぼんやり眺めると、ふと賭けられているチップがさっきまでのカジノとは違い見たことのない硬貨であることに気が付いた。

「あれって……」
「お気づきになられましたか! こちらでは特別な硬貨にて賭けをしていただいているんですよ」

“特別な硬貨?”

 説明しながら男がニタリと口角を上げ、その顔にぞわりと全身に鳥肌が立つ。
 なんだか絶対ろくでもない、なんて思いながらフレン様をちらりと盗み見ると、仮面の目元の隙間から全く笑っていない瞳が細められていた。


「こちらではまず通常の硬貨をこの特別な硬貨――そうですね、わかりやすくチップと呼ばせていただきましょう。硬貨をチップに変えていただき、このチップで存分に遊んでいただきます。そしてこちらではそのチップでしか交換できない特別な品々をご用意しているんですよ」
「チップでしか交換できない、特別な品……ですか?」

 相変わらずニタニタと笑う男が更に進んだ先は、どうやら宝物庫のようで絵画からよくわからない置物に毛皮のコートや宝石類までもがあった。

「これらは?」
「こちらはチップでしか交換できない商品たちになるんですよ」
「この国の硬貨では買えないんですか?」
「えぇ。こちらはチップでしか交換できません。もちろん大量のチップを購入いただければ、その買ったチップでこれらの品々を手にすることはできますが、レートが違うのでお勧めはいたしませんね」

 二人の会話を聞き、ふぅん、と流しかけた私はそこでやっとあることに気付く。

“チップでしか、買えない?”

 それはつまり、この場所では『新たな通貨』が存在しているということで。
 そしてこの国は、国で認めたお金ではない新たな通貨を作ることを禁止している。

 なぜなら今までの通貨の価値が変わり日常に混乱を生みかねないからだ。

 
「あまり見ない商品ばかりですね」
「えぇ、ここに集められた商品はここでしか買えない、というのをウリにしているのですよ。何しろ『夢の続き』ですからね」

 そこまで話した男が私たちの前に出したのは見る角度により色の変わる不思議な毛皮の手袋。
 その手袋を見て私だけでなくフレン様までも息を呑んだ。

“あれって!”

「こちらはメイキャンの毛皮です」
「もしそれが本物なら、ここにあってはいけないと思うのですが」

 メイキャンというのはイタチのような小さな動物で、そして多色性という場所や光の角度によって様々な色に見える性質を持っていた。
 どんな場所でもその場の色に紛れるようにそうなったと言われる彼らは、その不思議で美しい性質のせいで乱獲されいまではもうほぼ雑滅したとすら噂される。

“そして何よりも、その希少性により狩りは禁止されているはずなのに!”

 そんな野生動物の毛皮だなんて明らかな密漁。
 
 
“ままごと用のお金でもなく、それで実際に物が購入できるってことは立派な犯罪行為だわ”

 それも、違法な手段でしか買えないものばかりだとすれば尚更だった。
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