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第三章・護衛令嬢、教官になる
22.いや、そうはならんやろ。
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「悪いな、こんなこと手伝わせて」
「いえ! 雑務も新人騎士の仕事ですからっ」
「それにこうやって呼ばれるの、案外嬉しいものですよ」
「………………」
少し荷物を運ぶのを手伝って欲しい、と言い出したのは他でもないフレン様。
“誰も信じられず、基本一人で何でもしていたフレン様がわざわざ誰かに頼みごとをするなんて”
そう考えると感慨深いものがあり、そしてその対象が今や自分だけではないというのが少し寂しいなんて感じる今日この頃。
だけれど。
“よりにもよってこの二人か……!”
いや、自身に好意を向けてくれている相手に頼みやすいという気持ちはわかる。
物凄くわかる。
だからこそ現在私が教官として訓練を担当している近衛騎士団の新人騎士であるラーシュとトリスタンが選ばれたことも理解出来るし納得出来るのだが――
「うわぁ、仕事とは言えフレンシャロ殿下のお部屋を見れるなんて今から緊張してきました!」
「「!!?」」
ぱあっと表情を明るくさせたラーシュに、私とトリスタンが一瞬で表情を強張らせて。
“くる!”
「いや、普通の部屋だぞ」
「絶対嘘ですよぉ~! むしろ俺の部屋と比べて欲しいです、違いで腰を抜かすかもしれませ……うわぁっ!?」
「フレン様!!」
「ラシュ!!」
楽しそうに小さく跳ねていたラーシュが、思い切り階段で滑り真っ直ぐフレン様に向かって落ちてくる。
両腕を前にした状態で真っ直ぐ落ちるラーシュ。
このままではフレン様を階段から突き落としてしまう、というその寸前で、私はフレン様の腕を引き抱き留めるようにして庇った。
落ちたラーシュは、これまた同じくフレン様を突き飛ばす寸前で腕をトリスタンが引き、階段上に引き上げるように支えて庇って。
「「…………はぁ」」
ドッドッと激しい心音を鳴らした私は、恐らく激しい心音を鳴らしているだろうトリスタンとしっかりと視線を絡ませ互いに安堵のため息を吐く。
「セーフ、だからいい、とかじゃないからな!?」
「ご、ごめんトリス、ありがとう」
「どこも捻ったりはしてませんか、フレン様!?」
「あぁ、オリアナこそ平気か? ありがとな」
そして私たちは、互いの腕の中にある存在の無事を確認し、再び大きく安堵のため息を吐いた。
“もしあのままここから落ちていたら……”
階段からあの勢いで突き飛ばされ落下したとすれば、ただでは済まなかっただろうと考えゾッとする。
「まぁ、結果的にオリアナに助けられたから俺も人のことは言えんが……、だけどまぁ、俺が下にいて良かったな」
「ぎ、逆ですよ殿下!? 俺が前を歩いていたせいで殿下まで巻き込んで落ちそうになったんです、本当に申し訳ありません……!」
“この場合どっちか正しいのかしら”
確かにラーシュがフレン様の前を歩いていなければ、フレン様を階段から突飛ばすことはなかっただろう。
だが逆に言えばそれは、ラーシュが一人落ちていた可能性が高くて。
“フレン様というワンクッションがなかったら、トリスタンのフォローも間に合わなかったかもしれないし”
「というか、トリスタンの前を常に歩けばいいんじゃないかしら」
「え?」
「だってそうですよね? いつもトリスタンがラーシュを助けているなら、ラーシュが階段から落ちることも日常茶飯事でしょ」
“ラーシュよりも体格がいいトリスタンがラーシュを受け止めればいいんじゃない?”
落ちるとわかっているなら心構えも出来る。
それにさっきだって必死でラーシュを助け、安堵のため息を吐いていたくらいなのだ。
なら最初から対策をとれば、被害は最小で収まるだろう。
……と、そこまで口にした私は慌てて口を閉じる。
その素直な感想は、トリスタンに『下敷きになれ』と言っているのとなんら変わらなくて。
「す、すまない! 今のは失言だった、謝罪する!」
「あ、いえいえ。実際俺もそう思ってるんで」
慌てて頭を下げた私を軽く笑い飛ばしたトリスタンは、本当に何も気にしていない様子で。
「ちょ、トリスまで!? そもそもそんな頻繁に落ちたりなんかしてないだろ!?」
「それはそもそも毎回俺が落ちる前に手を引いてたからだろ」
「あぁ、トリスタンがそもそもの命綱してたのか」
なんて焦るラーシュに、すっかり私も毒気を抜かれて小さく吹き出しながらそんな彼らの日常に微笑ましくなりながら……
「ッ!」
「ひっ、レリアット教官!?」
「オリアナ!?」
私はギョッとする二人――フレン様と、そしてラーシュの目の前でトリスタンの腕を掴み、階段の踊り場で拘束するように腕を捻り床へ伏せさせる形で拘束した。
「レリアット、教官……? これはいったい」
「ちょ、トリスが何をしたって言うんですか!」
驚いた様子のラーシュとトリスタンの発言を無視し、フレン様へ視線を投げると小さく頷いた彼は階段から離れ壁を背にして立つ。
“あそこなら一先ず安全ね”
トリスタンが暴れても階段から突き落とされず、他の刺客が来ても背後は狙われない。
それにそもそも護衛から離れることを嫌がる人もいる中で、こうやって状況に的確に対応し私のして欲しいことをしてくれるのはありがたくて。
“それだけ一人で対象してきたから”
そう思うと少し悲しく
“それだけ私を信じてくれているのかも”
そう思うと胸の奥がじわりと温かくなった気がした。
そして、そんなフレン様を害することは最強を自負している私が許すはずも見逃すことも絶対にしないから。
「……どういうつもりか説明しろ、トリスタン・ウェインライト」
「どういう、とは?」
“いつも庇っていた、フォローしていたのに今日だけたまたま忘れる? そんなはずない”
階段から落ちるようなことがなかったラーシュが、今日たまたま落下しかけたなんて偶然はありえない。
第二王子が側にいたから緊張した……というのも考えられなくはないが、フレン様は彼らと共に訓練を行っていたのだ。
その言い分は通らないように感じて。
“思い返せばおかしなことばかりだった”
訓練所に関係のないスコップや刃物。
それも素手での組み手をやるのだ。
組み手の訓練の前に自主練をし、片付けが間に合わなかったのだとしても納得出来るのは長剣ぐらいだろう。
近衛騎士団の訓練でスコップを使うことはしておらず、普通ならばそんなものは紛れ込まない。
――だが、 実際の戦闘でスコップは有効だ。
“確実に絶対ない、とは言いきれない物のチョイスが小賢しいな”
そこまで考えた私は、思わず小さく舌打ちをした。
「訓練場にあった物たちはお前が持ち込んだんだな?」
キリキリと捻り上げる力を強めると、流石にこの状況で観念したのかトリスタンがまるで嘲笑するような乾いた笑いと
「ははっ、やっぱり無理だったんだよ」
という、まるで全てを諦めたかのような声を溢す。
“偶然ラーシュのドジのお陰で暗殺までたどり着かなかったんだろうな”
紛れ込ませたものたちを隠し、フレン様の隙を探す。
しかしフレン様自身が訓練に参加していることもあり、私や他の見習い騎士も側にいる状態ではなかなか行動には移せず、そして機会を伺っている間にその隠した武器や道具を発見したラーシュが天性のドジを発揮しながらもフレン様を結果的には救っていたのだろう――……
「ドジを利用して暗殺するとか」
「……………………は?」
“ど、ドジのお陰で助かってたんじゃなく?”
というかなんだ、ドジを利用して暗殺というおふざけ100%のパワーワードは。
トリスタンを拘束する腕を緩めるヘマはしないが、しかしその意味がわからない言い分に唖然とした私はぽかんと口を開いて。
「上手くラシュのドジで事故を起こして暗殺狙ってたんスけどね」
「………………いや」
だから、なんなんだドジで暗殺狙うって。
重ねられるその言葉に、私だけじゃなく少し離れたところで待機しているフレン様は小刻みに震えはじめている。
あれ、絶対笑うの堪えてるやつ。
何に呆れればいいかわからず、この締まりきらない雰囲気に耐えられない。
なんとも言えない気まずさに、逆に変な汗をかいた私は。
「……いや、そうはならんやろ」
そう一言、ぽつりと溢したのだった。
「いえ! 雑務も新人騎士の仕事ですからっ」
「それにこうやって呼ばれるの、案外嬉しいものですよ」
「………………」
少し荷物を運ぶのを手伝って欲しい、と言い出したのは他でもないフレン様。
“誰も信じられず、基本一人で何でもしていたフレン様がわざわざ誰かに頼みごとをするなんて”
そう考えると感慨深いものがあり、そしてその対象が今や自分だけではないというのが少し寂しいなんて感じる今日この頃。
だけれど。
“よりにもよってこの二人か……!”
いや、自身に好意を向けてくれている相手に頼みやすいという気持ちはわかる。
物凄くわかる。
だからこそ現在私が教官として訓練を担当している近衛騎士団の新人騎士であるラーシュとトリスタンが選ばれたことも理解出来るし納得出来るのだが――
「うわぁ、仕事とは言えフレンシャロ殿下のお部屋を見れるなんて今から緊張してきました!」
「「!!?」」
ぱあっと表情を明るくさせたラーシュに、私とトリスタンが一瞬で表情を強張らせて。
“くる!”
「いや、普通の部屋だぞ」
「絶対嘘ですよぉ~! むしろ俺の部屋と比べて欲しいです、違いで腰を抜かすかもしれませ……うわぁっ!?」
「フレン様!!」
「ラシュ!!」
楽しそうに小さく跳ねていたラーシュが、思い切り階段で滑り真っ直ぐフレン様に向かって落ちてくる。
両腕を前にした状態で真っ直ぐ落ちるラーシュ。
このままではフレン様を階段から突き落としてしまう、というその寸前で、私はフレン様の腕を引き抱き留めるようにして庇った。
落ちたラーシュは、これまた同じくフレン様を突き飛ばす寸前で腕をトリスタンが引き、階段上に引き上げるように支えて庇って。
「「…………はぁ」」
ドッドッと激しい心音を鳴らした私は、恐らく激しい心音を鳴らしているだろうトリスタンとしっかりと視線を絡ませ互いに安堵のため息を吐く。
「セーフ、だからいい、とかじゃないからな!?」
「ご、ごめんトリス、ありがとう」
「どこも捻ったりはしてませんか、フレン様!?」
「あぁ、オリアナこそ平気か? ありがとな」
そして私たちは、互いの腕の中にある存在の無事を確認し、再び大きく安堵のため息を吐いた。
“もしあのままここから落ちていたら……”
階段からあの勢いで突き飛ばされ落下したとすれば、ただでは済まなかっただろうと考えゾッとする。
「まぁ、結果的にオリアナに助けられたから俺も人のことは言えんが……、だけどまぁ、俺が下にいて良かったな」
「ぎ、逆ですよ殿下!? 俺が前を歩いていたせいで殿下まで巻き込んで落ちそうになったんです、本当に申し訳ありません……!」
“この場合どっちか正しいのかしら”
確かにラーシュがフレン様の前を歩いていなければ、フレン様を階段から突飛ばすことはなかっただろう。
だが逆に言えばそれは、ラーシュが一人落ちていた可能性が高くて。
“フレン様というワンクッションがなかったら、トリスタンのフォローも間に合わなかったかもしれないし”
「というか、トリスタンの前を常に歩けばいいんじゃないかしら」
「え?」
「だってそうですよね? いつもトリスタンがラーシュを助けているなら、ラーシュが階段から落ちることも日常茶飯事でしょ」
“ラーシュよりも体格がいいトリスタンがラーシュを受け止めればいいんじゃない?”
落ちるとわかっているなら心構えも出来る。
それにさっきだって必死でラーシュを助け、安堵のため息を吐いていたくらいなのだ。
なら最初から対策をとれば、被害は最小で収まるだろう。
……と、そこまで口にした私は慌てて口を閉じる。
その素直な感想は、トリスタンに『下敷きになれ』と言っているのとなんら変わらなくて。
「す、すまない! 今のは失言だった、謝罪する!」
「あ、いえいえ。実際俺もそう思ってるんで」
慌てて頭を下げた私を軽く笑い飛ばしたトリスタンは、本当に何も気にしていない様子で。
「ちょ、トリスまで!? そもそもそんな頻繁に落ちたりなんかしてないだろ!?」
「それはそもそも毎回俺が落ちる前に手を引いてたからだろ」
「あぁ、トリスタンがそもそもの命綱してたのか」
なんて焦るラーシュに、すっかり私も毒気を抜かれて小さく吹き出しながらそんな彼らの日常に微笑ましくなりながら……
「ッ!」
「ひっ、レリアット教官!?」
「オリアナ!?」
私はギョッとする二人――フレン様と、そしてラーシュの目の前でトリスタンの腕を掴み、階段の踊り場で拘束するように腕を捻り床へ伏せさせる形で拘束した。
「レリアット、教官……? これはいったい」
「ちょ、トリスが何をしたって言うんですか!」
驚いた様子のラーシュとトリスタンの発言を無視し、フレン様へ視線を投げると小さく頷いた彼は階段から離れ壁を背にして立つ。
“あそこなら一先ず安全ね”
トリスタンが暴れても階段から突き落とされず、他の刺客が来ても背後は狙われない。
それにそもそも護衛から離れることを嫌がる人もいる中で、こうやって状況に的確に対応し私のして欲しいことをしてくれるのはありがたくて。
“それだけ一人で対象してきたから”
そう思うと少し悲しく
“それだけ私を信じてくれているのかも”
そう思うと胸の奥がじわりと温かくなった気がした。
そして、そんなフレン様を害することは最強を自負している私が許すはずも見逃すことも絶対にしないから。
「……どういうつもりか説明しろ、トリスタン・ウェインライト」
「どういう、とは?」
“いつも庇っていた、フォローしていたのに今日だけたまたま忘れる? そんなはずない”
階段から落ちるようなことがなかったラーシュが、今日たまたま落下しかけたなんて偶然はありえない。
第二王子が側にいたから緊張した……というのも考えられなくはないが、フレン様は彼らと共に訓練を行っていたのだ。
その言い分は通らないように感じて。
“思い返せばおかしなことばかりだった”
訓練所に関係のないスコップや刃物。
それも素手での組み手をやるのだ。
組み手の訓練の前に自主練をし、片付けが間に合わなかったのだとしても納得出来るのは長剣ぐらいだろう。
近衛騎士団の訓練でスコップを使うことはしておらず、普通ならばそんなものは紛れ込まない。
――だが、 実際の戦闘でスコップは有効だ。
“確実に絶対ない、とは言いきれない物のチョイスが小賢しいな”
そこまで考えた私は、思わず小さく舌打ちをした。
「訓練場にあった物たちはお前が持ち込んだんだな?」
キリキリと捻り上げる力を強めると、流石にこの状況で観念したのかトリスタンがまるで嘲笑するような乾いた笑いと
「ははっ、やっぱり無理だったんだよ」
という、まるで全てを諦めたかのような声を溢す。
“偶然ラーシュのドジのお陰で暗殺までたどり着かなかったんだろうな”
紛れ込ませたものたちを隠し、フレン様の隙を探す。
しかしフレン様自身が訓練に参加していることもあり、私や他の見習い騎士も側にいる状態ではなかなか行動には移せず、そして機会を伺っている間にその隠した武器や道具を発見したラーシュが天性のドジを発揮しながらもフレン様を結果的には救っていたのだろう――……
「ドジを利用して暗殺するとか」
「……………………は?」
“ど、ドジのお陰で助かってたんじゃなく?”
というかなんだ、ドジを利用して暗殺というおふざけ100%のパワーワードは。
トリスタンを拘束する腕を緩めるヘマはしないが、しかしその意味がわからない言い分に唖然とした私はぽかんと口を開いて。
「上手くラシュのドジで事故を起こして暗殺狙ってたんスけどね」
「………………いや」
だから、なんなんだドジで暗殺狙うって。
重ねられるその言葉に、私だけじゃなく少し離れたところで待機しているフレン様は小刻みに震えはじめている。
あれ、絶対笑うの堪えてるやつ。
何に呆れればいいかわからず、この締まりきらない雰囲気に耐えられない。
なんとも言えない気まずさに、逆に変な汗をかいた私は。
「……いや、そうはならんやろ」
そう一言、ぽつりと溢したのだった。
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