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最終章・護衛令嬢、婚約者に返り咲く!?

34.幕切れ

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「考えが纏まらないんでちょっと静にしてくださいよッ!」

 ――……反射的にその場の全員へ怒鳴り付けていた。


「……く、ふはっ、おまっ、それっ、初めてあった時のやらかしと同じパターン……!」

 唯一ずっと黙っていたフレン様が堪えきれないと言わんばかりにお腹を抱えて笑いだし、そしてフレン様以外の全員が固まる。


 もちろん、私も固まった。


“や……、やってしまった……!!”


 確かにうるさいと思っていたし、なんか細かい機微なんてわからないしぶっちゃけ知ったこっちゃない……というのはこの国に所属している貴族として口に出すのは問題大アリだが考えるだけならセーフ……


「って、口に出しちゃったしッ」
「ひひっ、手遅れ過ぎるだろっ」
「笑い方が最低なんですけど!?」
「ここまで堪えた俺を称賛するべきじゃないか?」
「あと少し耐えれば良かったでしょ!」
「その言葉はオリアナにまるごと返却するわ」


 ヒィヒィと笑い続けるフレン様に、じわじわと顔と頭に血がのぼるのを感じる。

“せ、性格が悪い……!!”

 さっきまで殺伐としていた場が凍り付いたのを感じてごくりと唾を呑む。
 軌道修正は、どうすれば軌道修正はできるんだ……なんて思い頭を抱えた時だった。

 
「オリアナ!」
「え」

 恐らくそれが一瞬の隙だと思われたのだろう。
 フレン様の鋭い声にハッとした時には、公爵の後ろで控えていた三人の護衛っぽい男たちが気付けば剣を抜き、全員で私に斬りかかってきていて――



「隙をつくって、そうじゃないのよ」

 三人同時で斬りかかる彼らのレベルの低さに呆れながら、そっと半身を翻した私は一番左側の男に蹴りをいれた。

「ッ」
「一対複数なら、同時ではなく一人ずつ斬りかかりなさい」

 味方同士で剣の軌道を邪魔する可能性もあるし、その隙を逆につかれる可能性もある。

 ベストなのは、相手に休む時間も反撃させる時間もないように絶え間なく順番に斬りかかることだ。

“その程度もわからないなんて”

 長くこの国が平和だったせいで、誰もが弛んでるんじゃないの、なんて思いながら最初に蹴りを入れた男の持っていた剣を拝借し、真ん中にいた男の剣を弾く。

 間髪いれず、そのまま持っていた剣の柄でみぞおちに打撃をいれて。

 
「あと、人質が取れそうならそちらを先に狙うべきね」
「ぐはっ」
 
 最も強い者を潰すことで場を一気に制圧する。
 それは確かに効果的な戦略のひとつではあるが、あくまでもその『最も強い者』を倒せる時のみだ。

 相手との格差が激しく見込みがないなら、相手の弱点を狙うべきである。

 
「というか、暗殺者なのか公爵家の騎士なのかはしらないけれど、主の側を離れるのは感心しないわよ」
「ふぐぁっ」

 二人が立て続けに倒れ込んだことに気を取られた一番右側の男の肘を掴み、半分捻るようにして地面へ組み伏せた。

 
「これで全員の無効化は完了ね」

 汗どころか息すら上がらない。
 ぶっちゃけこの程度の相手なら、ラーシュの起こすドジの方が何万倍も恐ろしいだろう。


 自身が連れてきた男たちが瞬殺されたのを見た公爵は呆然としており、逃げる気配どころか動く気配もない。

“これで一件落着ね”

 長らく続いたこのフレン様への暗殺未遂事件のあっけない幕切れを目の当たりにした私は、最初に倒した男のベルトを引き抜き唯一まだ意識を保っていた三人目の男を拘束する。
 
 これで完全に終わりだ。

“峰打ちで止めたので血の一滴も流れなかった”

 そんな現状に満足し思わず頬も気も緩む。


 ――それが、驕りだとも気付かずに。

 
「……わ、私がカミジールを守るんだから……ッ!」
「!!?」


 しまった、と思った時にはもう手遅れだった。
 
『敵』と認識していた公爵や、その公爵が連れていた男たちへの方へ意識を全部向けていたのが間違いだったのかもしれない。

『守る側』と認識していたスティナ様が短剣を忍ばせていたことも、そしてそれをしっかりと握り、彼女の実父である公爵めがけて走り出したことにも気付くのに一拍遅れて。


「ダメです!」
「スティナ!」


 そこからはまるで全てがスローモーションのようだった。
 

 公爵の胸をめがけ両手を前に出すようにして短剣を突き立てるスティナ様。

 そんなスティナ様を止める為に私の後ろにいたはずのカミジール殿下も走り出し、彼女が少しでも落ち着くように強く抱き締める。

 

「……フレン、さま……?」

 そして、未来の皇后陛下になるスティナ様が実父を刺し殺す……なんて事件を防ぐためにだろう。
 
 同じく走り出していたフレン様は、公爵を背に庇うように立ち塞がり自身の胸で短剣を受け止めていて。

 
「――ひッ!」
「フレン!」
「な……っ」

 ぐらり、とフレン様が体勢を崩す。

「わ、わた、わたくしは……っ、こんなつもりじゃ……!」

 遠目でもわかるくらいガクガクと震えているスティナ様を支えるカミジール殿下の顔も真っ青になっている。

 また実の娘であるスティナ様が自分を刺そうとしたことに驚いたのか、放心したように公爵も顔色悪く立ちすくんでいた。


“ダメ……!!!”

 そんな光景に愕然とし、動けなかった私の足がやっと動き出す。

 床に激突しないよう倒れ込むフレン様を抱き止めると、その衝撃でフレン様の胸に刺さったナイフがカランと床に落ちて部屋に乾いた音が響いた。


「や、やだ、フレン様、フレン様……!」

 抱き締めるフレン様は温かく、けれどぐったりと動かない。

 彼から温度が失われることに恐怖し、ぎゅうぎゅうと抱き締めるがいつも抱き締め返してくれていたフレン様の腕は私の背には回らなくて。


“私はバカだ、怒って飛び出すんじゃなく話し合うべきだったのに”

 どれだけフレン様が私を手放すと言っても、しがみつけばよかった。

 憧れていたカミジール殿下ではなく、ただ貴方が好きだと何度だって伝えられたはずなのに。


「好きなんです、やだ、置いてかないで……っ」
「え、ほんと?」
「フレンさ…………、は?」


 わりと呑気な声が聞こえ、私からも間抜けな声が漏れる。

 滲んだ視界は一瞬で乾きクリアな状態で視線をフレン様へ向けてみると。

 
“改めて見たら床に落ちた短剣に一滴も血がついてないわね”

 それどころか短剣が刺さった胸元も、服に穴こそ開いているものの血のようなものは滲んですらいない。
 
 私の背に回らずだらりと地面に投げ出されていたフレン様の腕は、いつの間にか意思を持ちごそごそと彼の服の胸元から何かを取り出して。

 
「これ、オリアナに」
「なんですかこれ」

 胸元から出てきたのは、かなり分厚い書類の束だった。

「122,905文字ある」
「いや、そもそもこれは何なのかを聞きたいんですが」

 スティナ様との密会に持ってきているくらいなのだから、政務に関する機密事項ではないのだろうと恐る恐るそのずっしりとした束に手を伸ばす。

 
“ちょっとした小説くらいあるんですけど”

 残念ながら穴が開いているため読めない部分はあるが、それでも読める部分を確認すると。


「本心ではありませんでした?」
「え、音読しちゃう?」
「君の幸せを第一に考えたときに俺よりも兄上の方がいいと思ったのですが……って、これ」
「反省文です」
「反省文です!?」


 何を言ってるんだこの王子は、と呆れ脱力する反面、そんなところがいじらしいと思えるくらいには私の頭はフレン様の瞳と同じピンク色に染まっているようで。


「穴が開いていて何に反省してるかわからないですね」

 そう告げると、気まずいのか少し視線を落とすフレン様。

“スティナ様とよく一緒にいたのって、もしかしてこれを書いていたのかしら”


「ですのでちゃんと、フレン様の口から教えてください。時間、かかってもいいから……」
「……! それはもちろ――」
「ごめんね、続きは部屋でしてくれる?」
「ひゃぁ!?」


 スティナ様を抱き締めたまま困った顔を向けてくるカミジール殿下に気付きビクッと肩を跳ねさせる。

 あんなに取り乱していたスティナ様も、カミジール殿下がしっかりと抱き締めているからか少し落ち着きを取り戻しているようだった。
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