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3.盛岡手作りお弁当を温める
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「⋯思えばあれがキッカケだったわね、アイツからのお弁当」
もう何年も前の事を思い出し、懐かしさからクスリと笑いが溢れる。
嫌な同期だと、気に入らない同期だとずっと思っていたはずなのに縁というのは不思議なものだ。
“⋯あの頃って今よりもがむしゃらで、料理も適当だったから⋯手作りって本当に滲みたなぁ”
昼休みに渡されていたあのお弁当がなんだか懐かしくなり、少し感傷的な気分になる。
「⋯今更、ね⋯」
あれから何年もたったからこそ、当時まともにお礼も言わなかった事に後悔を抱いた。
『ありがとう』『嬉しい』
たったそれだけで良かったはずなのに。
意地をはった私は、少しムスッとしながら受け取るしかしなかった。
それなのに、何故か彼はいつもお弁当を持ってきてくれてー⋯
ー⋯盛岡いわく、詰めるだけなら一人分も二人分も変わらない⋯と、毎日お弁当の施しを受けていた当時の私。
気付けばサイズの大きかった盛岡のお弁当箱ではなく、少し小さめの⋯まさしく女性にピッタリなサイズのお弁当箱になっていた。
そして明らかに『私用』に変わったサイズのお弁当箱を毎日事務室で渡されるということはー⋯
「盛岡さんと山形さん、いつから付き合ってるんですか?」
「⋯んぐっ!?」
「愛妻弁当ならぬ彼氏弁当かぁ、美味しそうだしいいなぁ~!料理出来る彼氏!」
「ちょ、待⋯っ」
「あ、これ今度提出の見積書です!確認お願いしまぁす」
「待って!確認はするけどこっちの確認もしてっ!!私達付き合ってなんか⋯っ!あ、あぁ⋯」
最後まで聞かずパタンと閉じられる扉にガクリと肩を落とす。
営業成績で争っていた二人なだけに注目も集めていたのか、そのあり得ない噂は瞬く間に社内で広まった。
その結果、上司に呼び出されたかと思ったら『結婚するとどちらかは部署異動になるから、2ヶ月前には教えてね?』なんて言われる始末。
“つかなんっで私だけに言うわけ!?盛岡にも言いなさいよ、私よりあいつに残って欲しいの丸わかりなんですけど!!”
なんてかなり腹立ち⋯
“って違ぁう!!そもそも付き合ってなんかいないのよッ!!”
と頭を抱えた。
私がかなりこの噂に振り回されているというのに、もう一人の当事者である盛岡はしれっとしていて。
「ほら、今日のは自信作」
なんてお弁当を手渡してくる訳で。
“堂々としてるのか鈍感なのか⋯なんなのよ⋯”
私だけがやきもきしている現状から目を逸らすように、より一層仕事に燃えていた20代のあの頃。
40代になった今でこそなくなったが、当時の営業部には全員参加が必須の接待があって。
接待、なんて言うものの社内行事の一環で、ほとんどは同社の人達ばかりなのだが何社かの得意先も呼ばれている為気を抜けない。
また他の部署よりも外回りなどで社内にいる時間が少ないからこそ、同社内のお偉いさん方に媚と自分を売り込む数少ない機会でもあり当時の私も盛岡に勝ちたい一心でせっせと瓶ビール片手に色んな場所を回っていた。
そしてもちろんビールを注ぐという事は、私にも注がれるという事で⋯
「⋯⋯うっ、ぷ⋯」
“やば、お腹ちゃぽんちゃぽんなんだけど⋯”
食道を戻りかけるビールをなんとか堪え、トイレでメイクを直しながら体調を整える。
幸か不幸かアルコールをどれだけ取っても顔色が変わらない体質の私は、アルコール自体にもそれなりに強くお腹が水分ではち切れそうな事以外は特に不調もなかった。
その為軽くパウダーでベースを直しリップを塗り直すだけで接待に戻ろうとしたのだが⋯
「まだ戻るのはやめとけ」
「は?も、盛岡?」
何故か私を待ち構えていた盛岡に戸惑いを隠せない。
「え⋯、なんで?私はまだ⋯」
「見てたけどめちゃくちゃ飲んでるだろ、今平気でもいつグラッとくるかわかんねぇんだし、そもそもこれは正式な接待でもないんだから自分の席で大人しくしてろ」
「自分の席でって言われても⋯」
“宴会の間に行かなきゃ誰にもお酒注げないんですけど?”
少し苛立った様子の盛岡に、釣られて苛立ちつつ私は彼の脇を抜けて広間に戻ろうとして⋯
「ぅわっ!?」
「とりあえず外で時間潰すぞ」
「ちょっ、離しなさいよ!」
ガシッと腕を掴まれた。
そしてそのまま外に連れられそうになり、反射的にトイレのドアを掴み必死に抵抗する。
「私には!まだ!やることがあるの!」
「これは!仕事じゃ!ねぇから!30分くらい体休めてから戻れっつってんだ!」
「30分で何人に顔を売れると!?」
「30分で何杯飲まされると!?」
心配してくれているのはわかるのだが、この言葉足らずでかつ強引な行動からその気遣いを素直に受け取れず、気付けばいつものようにキャンキャン言い合いをした結果――
「――何しとるんだね、君たちは」
「「ハッ」」
あっと思った時にはもう遅く、バッチリ当時の部長に見つかっていた。
見つかった事をいい事にしれっと広間に戻った私を渋々盛岡が追いかけ、再び瓶ビールを片手に接待回りをする私の隣を何故かずっと付いて回り⋯
「ほら、山形君も一杯⋯」
「ありがとうございます、いただき⋯」
「僕が彼女の代わりにいただきます、彼女飲み過ぎですので」
「おぉ、いい飲みっぷりだね盛岡くん!」
⋯なんて、私に出されたお酒を隣でどんどん飲んだ結果⋯
「⋯まぁ、こうなるわよね⋯」
「う、うぅう⋯」
“ぶっちゃけ私が飲んだ方が絶対良かったわ⋯”
はぁ、とため息を吐きつつ自販機で買った水を開けて手渡すと、まるで子リスのようにちびちびと飲んでいた。
“⋯ぷっ、図体がデカいだけに面白いわね”
その姿が少し私を愉しくさせ、やたらと目に焼き付く。
暫くそんな盛岡を眺めていると、パタパタと後輩が走り寄ってきて。
「あー!山形さんいた!盛岡さんもいますね、今から二次会なんですけど⋯」
「えぇ、すぐ行ー⋯」
「でも盛岡さんには二次会酷ですよね、二人とも不参加と伝えておきます!」
「へっ!?な、なんで!?私は⋯」
「じゃあ彼氏の介抱、頑張ってくださいね~!」
「あ!ちょっと!!⋯え、えぇえ⋯」
内心笑っていた罰なのかなんなのか。
カップルとして定着してしまったせいで、しれっとグロッキーになっている盛岡を押し付けられてしまった。
“まだ顔売りたい人いたんだけど⋯!”
なんて不満に思いつつ⋯
「⋯でも、確かにコレ放置は出来ない⋯か」
青を通り越して土気色に染まりお水をちびちびしている盛岡を見て、今度は盛大にため息を吐いた。
“⋯ま、お節介だったとはいえ一応は私の為に飲んでたようなものだしね⋯”
仕方ないか、と諦め盛岡の荷物を抱えて彼に手を差し伸べると、戸惑いつつもそっと私の手を取って。
「すまん⋯」
「ま、盛岡にはお弁当の借りがあるからね。ここで少し返させて貰おうかなって思っただけよ」
なんて返事をした私はまだ気付いていなかった。
その「すまん」の意味を取り違えていた事を。
「とりあえず送ってくから、家どこか教えてくれる?」
体を支えるようにし、歩き出しながらそう問いかける。
否、歩き出そうと、しながら。
「ねぇ聞いてる?とりあえずタクシー捕まえるから住所、ていうか歩いて⋯って、は?」
想像より重くなかったのは、彼がちゃんと自立して立っていたからだろう。
まるで弁慶みたいに。
「ね、寝てる⋯ですって⋯⋯!?」
“嘘でしょ!このタイミングで!?えっ、すまんって手間かけてすまん、じゃなくてまさか寝るわ、すまんって事!?あり得ない、あり得ないんですけど!!”
このまま起きるまで立ち尽くす可能性が頭を過り一気に青ざめる。
「い、嫌だ、それは嫌⋯っ!!私は家に帰りたいのよッ」
ひえぇ、と焦った私はすぐにさっきまでいた後輩に電話をかけて事情説明をした私は、後輩のお店へ戻るタクシー代も払い弁慶状態の盛岡をなんとか我が家に連れ込む⋯もとい押し込んだ。
もう何年も前の事を思い出し、懐かしさからクスリと笑いが溢れる。
嫌な同期だと、気に入らない同期だとずっと思っていたはずなのに縁というのは不思議なものだ。
“⋯あの頃って今よりもがむしゃらで、料理も適当だったから⋯手作りって本当に滲みたなぁ”
昼休みに渡されていたあのお弁当がなんだか懐かしくなり、少し感傷的な気分になる。
「⋯今更、ね⋯」
あれから何年もたったからこそ、当時まともにお礼も言わなかった事に後悔を抱いた。
『ありがとう』『嬉しい』
たったそれだけで良かったはずなのに。
意地をはった私は、少しムスッとしながら受け取るしかしなかった。
それなのに、何故か彼はいつもお弁当を持ってきてくれてー⋯
ー⋯盛岡いわく、詰めるだけなら一人分も二人分も変わらない⋯と、毎日お弁当の施しを受けていた当時の私。
気付けばサイズの大きかった盛岡のお弁当箱ではなく、少し小さめの⋯まさしく女性にピッタリなサイズのお弁当箱になっていた。
そして明らかに『私用』に変わったサイズのお弁当箱を毎日事務室で渡されるということはー⋯
「盛岡さんと山形さん、いつから付き合ってるんですか?」
「⋯んぐっ!?」
「愛妻弁当ならぬ彼氏弁当かぁ、美味しそうだしいいなぁ~!料理出来る彼氏!」
「ちょ、待⋯っ」
「あ、これ今度提出の見積書です!確認お願いしまぁす」
「待って!確認はするけどこっちの確認もしてっ!!私達付き合ってなんか⋯っ!あ、あぁ⋯」
最後まで聞かずパタンと閉じられる扉にガクリと肩を落とす。
営業成績で争っていた二人なだけに注目も集めていたのか、そのあり得ない噂は瞬く間に社内で広まった。
その結果、上司に呼び出されたかと思ったら『結婚するとどちらかは部署異動になるから、2ヶ月前には教えてね?』なんて言われる始末。
“つかなんっで私だけに言うわけ!?盛岡にも言いなさいよ、私よりあいつに残って欲しいの丸わかりなんですけど!!”
なんてかなり腹立ち⋯
“って違ぁう!!そもそも付き合ってなんかいないのよッ!!”
と頭を抱えた。
私がかなりこの噂に振り回されているというのに、もう一人の当事者である盛岡はしれっとしていて。
「ほら、今日のは自信作」
なんてお弁当を手渡してくる訳で。
“堂々としてるのか鈍感なのか⋯なんなのよ⋯”
私だけがやきもきしている現状から目を逸らすように、より一層仕事に燃えていた20代のあの頃。
40代になった今でこそなくなったが、当時の営業部には全員参加が必須の接待があって。
接待、なんて言うものの社内行事の一環で、ほとんどは同社の人達ばかりなのだが何社かの得意先も呼ばれている為気を抜けない。
また他の部署よりも外回りなどで社内にいる時間が少ないからこそ、同社内のお偉いさん方に媚と自分を売り込む数少ない機会でもあり当時の私も盛岡に勝ちたい一心でせっせと瓶ビール片手に色んな場所を回っていた。
そしてもちろんビールを注ぐという事は、私にも注がれるという事で⋯
「⋯⋯うっ、ぷ⋯」
“やば、お腹ちゃぽんちゃぽんなんだけど⋯”
食道を戻りかけるビールをなんとか堪え、トイレでメイクを直しながら体調を整える。
幸か不幸かアルコールをどれだけ取っても顔色が変わらない体質の私は、アルコール自体にもそれなりに強くお腹が水分ではち切れそうな事以外は特に不調もなかった。
その為軽くパウダーでベースを直しリップを塗り直すだけで接待に戻ろうとしたのだが⋯
「まだ戻るのはやめとけ」
「は?も、盛岡?」
何故か私を待ち構えていた盛岡に戸惑いを隠せない。
「え⋯、なんで?私はまだ⋯」
「見てたけどめちゃくちゃ飲んでるだろ、今平気でもいつグラッとくるかわかんねぇんだし、そもそもこれは正式な接待でもないんだから自分の席で大人しくしてろ」
「自分の席でって言われても⋯」
“宴会の間に行かなきゃ誰にもお酒注げないんですけど?”
少し苛立った様子の盛岡に、釣られて苛立ちつつ私は彼の脇を抜けて広間に戻ろうとして⋯
「ぅわっ!?」
「とりあえず外で時間潰すぞ」
「ちょっ、離しなさいよ!」
ガシッと腕を掴まれた。
そしてそのまま外に連れられそうになり、反射的にトイレのドアを掴み必死に抵抗する。
「私には!まだ!やることがあるの!」
「これは!仕事じゃ!ねぇから!30分くらい体休めてから戻れっつってんだ!」
「30分で何人に顔を売れると!?」
「30分で何杯飲まされると!?」
心配してくれているのはわかるのだが、この言葉足らずでかつ強引な行動からその気遣いを素直に受け取れず、気付けばいつものようにキャンキャン言い合いをした結果――
「――何しとるんだね、君たちは」
「「ハッ」」
あっと思った時にはもう遅く、バッチリ当時の部長に見つかっていた。
見つかった事をいい事にしれっと広間に戻った私を渋々盛岡が追いかけ、再び瓶ビールを片手に接待回りをする私の隣を何故かずっと付いて回り⋯
「ほら、山形君も一杯⋯」
「ありがとうございます、いただき⋯」
「僕が彼女の代わりにいただきます、彼女飲み過ぎですので」
「おぉ、いい飲みっぷりだね盛岡くん!」
⋯なんて、私に出されたお酒を隣でどんどん飲んだ結果⋯
「⋯まぁ、こうなるわよね⋯」
「う、うぅう⋯」
“ぶっちゃけ私が飲んだ方が絶対良かったわ⋯”
はぁ、とため息を吐きつつ自販機で買った水を開けて手渡すと、まるで子リスのようにちびちびと飲んでいた。
“⋯ぷっ、図体がデカいだけに面白いわね”
その姿が少し私を愉しくさせ、やたらと目に焼き付く。
暫くそんな盛岡を眺めていると、パタパタと後輩が走り寄ってきて。
「あー!山形さんいた!盛岡さんもいますね、今から二次会なんですけど⋯」
「えぇ、すぐ行ー⋯」
「でも盛岡さんには二次会酷ですよね、二人とも不参加と伝えておきます!」
「へっ!?な、なんで!?私は⋯」
「じゃあ彼氏の介抱、頑張ってくださいね~!」
「あ!ちょっと!!⋯え、えぇえ⋯」
内心笑っていた罰なのかなんなのか。
カップルとして定着してしまったせいで、しれっとグロッキーになっている盛岡を押し付けられてしまった。
“まだ顔売りたい人いたんだけど⋯!”
なんて不満に思いつつ⋯
「⋯でも、確かにコレ放置は出来ない⋯か」
青を通り越して土気色に染まりお水をちびちびしている盛岡を見て、今度は盛大にため息を吐いた。
“⋯ま、お節介だったとはいえ一応は私の為に飲んでたようなものだしね⋯”
仕方ないか、と諦め盛岡の荷物を抱えて彼に手を差し伸べると、戸惑いつつもそっと私の手を取って。
「すまん⋯」
「ま、盛岡にはお弁当の借りがあるからね。ここで少し返させて貰おうかなって思っただけよ」
なんて返事をした私はまだ気付いていなかった。
その「すまん」の意味を取り違えていた事を。
「とりあえず送ってくから、家どこか教えてくれる?」
体を支えるようにし、歩き出しながらそう問いかける。
否、歩き出そうと、しながら。
「ねぇ聞いてる?とりあえずタクシー捕まえるから住所、ていうか歩いて⋯って、は?」
想像より重くなかったのは、彼がちゃんと自立して立っていたからだろう。
まるで弁慶みたいに。
「ね、寝てる⋯ですって⋯⋯!?」
“嘘でしょ!このタイミングで!?えっ、すまんって手間かけてすまん、じゃなくてまさか寝るわ、すまんって事!?あり得ない、あり得ないんですけど!!”
このまま起きるまで立ち尽くす可能性が頭を過り一気に青ざめる。
「い、嫌だ、それは嫌⋯っ!!私は家に帰りたいのよッ」
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