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2.自作のお弁当を温める

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“ー⋯そう、あの時は⋯”

営業部、という部署の特性上昼休みに“昼”が取れる事なんてむしろ稀で。
その日も14時過ぎたあたりでやっと休憩が取れた私は前日の晩ご飯をタッパーに詰めただけのお弁当をレンジで温めていた。

「あぁー⋯お腹すいたぁ⋯」

はぁ、とため息を溢しつつ給湯室の壁にもたれていた、そんな時⋯。


ボンッ!と電子レンジから割りと大きな音がして。

“ぎゃ!”

しまった、温めすぎたか!?と後悔してももう遅く、そしてその音に驚いて給湯室に飛び込んできたのはなんの因果か気に食わない同期の盛岡だった。

「おい!次は何を温めた!」
「な、なによ!私がまた使い方間違ったみたいに!ただのお弁当よ!!」

ただのお弁当、という言葉を怪訝な顔で黙らせた盛岡は、謎に私の前に立ってレンジの扉を開けた。


“今思えばアレ、開けた時に破裂した食材で火傷しないよう庇っていたつもりなのかも⋯”

なんて今なら気付くが、当時の私はそんな気遣いに気が付くはずもなく⋯


「⋯おい、山形これ⋯」
「え、なに?そんな酷い?ちょっとアンタの背中で見えないんだけど」

かなり呆れた声に動揺しつつそっと盛岡の脇から覗いた電子レンジは、扉こそ吹っ飛んではいなかったものの、中はチンしたゆで卵が破裂し残念な事になっていて。

「あぁー、これウェットティッシュで何とかなるかしら⋯」
「⋯ていうかな、俺にはこれ、卵に見えるんだが?」
「は?」

ダメになってしまったおかずを残念に思いながら、備品であるレンジが壊れてなさそうで安心しつつそう言う私に盛岡が見たままのことを言ってきて。

「えぇ、昨晩ゆで卵作ったのよ」
「それはいい。で、何でチンした?」
「あったかい方が好みだから」
「じゃ、なくて!」

何故盛岡がこんなに苛立っているのかわからない私が怪訝な顔を彼に向けると、相変わらずの嫌みったらしい大きなため息が聞こえた。

「卵をチンしたら爆発するって、小学生でも知ってるぞ」
「え、それって生卵だけじゃないの?ゆで卵はもう固まってるから膨張しないと思ったんだけど」
「するんだよ!つかしたから爆発したんだろ!!」

そんなばかな、なんて思いつつ、それでも爆発してしまったのは確かで。

“レンジで破裂するの、生だからとかじゃなかったの⋯”

流石に目の前の惨状がある以上何も言い返せず、悔しいような情けないような気分になりながらただ項垂れていた。

そんな私を見て何を思ったのか、またわざとらしくため息を吐いた盛岡は突然くしゃ、と頭を撫でてきて。

「な⋯っ!?」
「ほら、雑巾取ってこい。とりあえず俺も手伝うから」
「え?で、でも⋯」
「は?俺一人に掃除させる気か?」
「えぇっ!?そうじゃなくてっ」
「だったらすぐに取ってこいって」
「~~ッ、わ、わかったわよっ!」

後始末くらい自分で出来ると言いたいところだが、キッチンペーパーで内部にこびりついた卵がサクサクと片付けられているのに慌て急いで雑巾を取りに走った。

“な、なによ、手伝ってとか言ってないのに⋯”

お弁当がダメになったのは悲しいが落ち込むほどの事ではなく、なのに何故か慰めるように撫でられた頭が少しくすぐったい。

“ほんと、いけ好かないやつ⋯”


そんな事すら悔しく思いつつ、指示されるがままレンジを拭き上げた私達。
そして片付けが終わったタイミングで盛岡が出してきたのはかなり大きなお弁当箱だった。

嫌いな同期に作る借りなど無い方がいいに決まっているのに、レンジの片付けを無理矢理手伝った盛岡は事もあろうにその自分のお弁当まで渡してきて。

「え、い、いらないわよ?」
「お前のより絶対美味しいぞ」
「失礼ね!?」
「残骸を見る限りお前の今日の弁当、白飯にゆで卵だけだろ」
「残骸言わないでよ」

言い方にカチンとしつつ、差し出されたままのお弁当に戸惑う。

“まさかこれ、受け取るまで永遠にこのまま⋯?”

「それにアンタのお弁当でしょ、盛岡はお昼どうすんのよ」
「俺は15時アポがあるからもう出なくちゃならないんだ、適当にコンビニでおにぎりでも食べながら運転する」
「えっ」

なんだかんだで電子レンジの片付けに30分はかかっていて。

“つ、つまり私の片付けのせいで盛岡はお弁当食べ損ねたってこと⋯!?”

レンジの爆発音は近くにいたからこそ大きく感じたが、来たのは盛岡だけだった。
ということは盛岡も給湯室、並びに電子レンジに用があったという訳で。

「ちょ、アンタがお弁当温められなかったのもお昼取る時間がなくなったのも全部私のせいじゃないの!?」

嘘!と一気に青ざめる私を見た盛岡は一瞬キョトンとし、そしてクスリと笑った。

「ま、山形の責任なのは間違いないな。その責任を取って腐らせる前に食ってくれ」
「え⋯ちょっ」

そのまま押し付けるようにお弁当を渡してきた盛岡は、何故か上機嫌で給湯室を出ていって。


“な、なんでここで鼻歌交じりなのよ⋯”

意味がわからない行動に頭を悩ませつつ、これは食べるしかないやつだとそのままレンジで盛岡のお弁当を温めた。

――ちなみにこれは余談だが、盛岡のお弁当は彩りこそなかったが、どれを食べてもとても美味しかった。
いつものお弁当の倍はあったのだが、それでもペロリと食べれてしまい⋯


“⋯ぅ、流石にちょっと苦しいわね”

とパンツスーツのボタンを1つずらしたのは内緒である。


そして貰ったものは返さなくてはいけない訳で⋯

“このお弁当箱に私も何か作って詰めれればいいんだけど”

残念ながら得意料理であるゆで卵を目一杯詰めて怒られる⋯そんな未来しか見えなかった私は、仕方なく洗ったお弁当箱とふせんを貼ったエナジードリンクを2本こっそりと彼の机に置いておいた。

ふせんにはシンプルに『美味しかった、ありがとう』とだけ。

たったそれだけ、だったのだが⋯


「ほら、今日の」
「き、今日の⋯っ!?」

理解できない盛岡の奇行に愕然として目を見開く。

何故なら特別高価なお礼をした訳でも、目の前で泣いて喜びすがった訳でもなかったのに盛岡が再び私にお弁当を差し出してきたからだ。


「美味かったって書いてたから、また食いたいのかと思ったんだが?」
「は、はぁ?大人ならあれくらい誰だって書くでしょ⋯!?」
「あ?じゃああの言葉は社交辞令で俺の弁当なんて食えたものじゃなかったってことか?」
「そんなこと一言も言ってないわよ!」
「だったら食え、どーせ今日も弁当持ってきてないんだろ」

ズズイと差し出されるお弁当に既視感を覚える。

“これ、絶対引いてくれないパターンよね?”

それにゆで卵が爆発してからお弁当を持ってくるのを止めた事も、同じ部署内にいればバレるというもので。

物凄く気が重いものの、美味しかった記憶もチラつく私は永遠に差し出されたままのお弁当をため息交じりに受け取った。


「⋯わかった、いただく。でも貰いっぱなしって癪だから盛岡も何かない?」
「ねぇな。⋯まぁ、それだと山形の気が済まないだろうから適当に返してくれ」
「適当って⋯」

そんなアバウトな、と抗議しようと思った時にはもう盛岡は事務室を出るところで。

“本当に強引なんだから⋯!”
彼のその態度に少し苛立ちつつも紙袋の中のお弁当はやはり美味しく、私はこの借りを何としてでも返すことを決意しながらペロリと全部食べたのだった。
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