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4.あの日から私は
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“でも本当に一目惚れだったのよ”
六年前の狩猟大会。
危ないとわかっていたのに可愛いウサギを追いかけて入った狩場。
そんな場所に子供が入れば獲物と見間違えられるなんて事故が起きるのも必然だった。
弓や剣、クロスボウと各々の武器で狩猟大会に臨んでいた参加者のうちのひとりが、小鹿かキツネなどの中型の獲物と見間違えたのだろう。
突然茂みの中に潜り込んでいた私の近くへ刺さった弓矢。
その弓矢に驚き、絶句してしまったのもよくなかった。
“あの時は本当に死ぬかと思ったわ”
その場で声を出せば私が人間だと気付いて貰えただろうし、イチかバチかなところもあるがいっそ茂みから飛び出してしまえば子供だと気付いて貰えたかもしれない。
だが驚き硬直してしまった私は、茂みの中で震えるしかなかったのだ。
狩猟大会の伝統として、自身の狩った獲物を慕う相手へと捧げ告白する風潮がある。
そのため相手も隠れる獲物を見逃すことはせず、いそうな場所へと何本もの弓を引いた。
いつ当たってもおかしくない状況。
その時だった。
「アリーチェお嬢様!」
そう叫び茂みの中に飛び込んできた人物こそ、当時まだ騎士見習いのコルンだったのだ。
“結局コルンの背中には矢傷が残っているのよね”
獲物を探していた相手の放った最後の弓矢。
その弓矢から身を挺して守ってくれた彼の背中には今も当時の傷があるだろう。
騎士として背中の傷は、いかなる理由であるとしても恥とされる。
「コルンだってそのことを知っているはずなのに」
彼は笑ったのだ。
貴女を守れたという勲章をいただきました、と。
私は彼にしがみつき泣きじゃくっていた。
その笑顔があまりにも温かく優しかったから安堵したのかもしれないし、彼に一生残る恥をつけてしまったことへの後悔かもしれない。
きっとどちらもだったのだろう。
父の補助として狩猟大会に参加していた彼は、私がいなくなったという知らせを聞いて一番に飛び出し探しに来てくれたのだと後から知った。
そしてその日から、私は彼のことが忘れられなくなってしまったのだ。
“一目惚れよ。身を挺して助けに来てくれたその気高さと、私を気遣うその笑顔に”
その日から彼がラヴェニーニ侯爵家へ来る日を心待ちにする日々が始まった。
最初こそ、助けなければよかったと言われることを恐れていたが、逆に私にトラウマが残っていないかを心配してくれるコルンの優しさにもっともっと好きになった。
いつしか彼が見習いを卒業し、正式に騎士団へと所属するようになってからは彼の後を追って騎士団演習場にまで通うようになった。
父にそれとなく――では、鈍感な父には伝わらなかったので、何度も直球で彼と婚約したい旨を頼み込んだ。
そうしてやっと彼の正式な婚約者になれたのに、私はもっと彼に構ってもらいたいという一心で取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
“だから”
「エリー、ここがわからないんだけど」
「あぁ、それはさっきやった薬剤学の応用でね……」
“貴方の自慢の婚約者になれるよういい女になってもう一度告白するわ”
私は気合を入れて、エリーの説明を必死にメモったのだった。
始めたのはそれだけではない。
貴族の娘として当然すべき社交。
「今まではあまり参加して来なかったけれど」
コルンという婚約者がいる以上、出会いの場として使われることの多い夜会などに行く必要はなくサボっていたのだが、参加できるものはなるべく参加するようになった。
もちろん新たな出会いを求めてではない。
社交の場は情報収集の場でもあるからだ。
今ある繋がりを強め、新たに自身の味方をつける。
それらの行為は決して無駄にはならないし、いざということが起きたとしても対処しやすくなる。
それに情報を事前に知っているだけで有利になる場面も多いだろう。
“コルンの家は子爵家。子爵家では爵位的に参加出来ないパーティーもあるけれど、侯爵家ならほとんど全部参加出来るわ”
騎士である彼の力になれるかもしれない情報を、私ならば手に入れられる可能性があるのだ。
ならば参加しない手はない。
「苦手だったダンスレッスンも、新たに家庭教師をつけて貰ったお陰でそれなりに見えるようにはなってきたし」
ただ一方的に彼を追いかける私ではなく、いつか彼に選んで貰えるような私へ。
そうなれるよう、先生に何度も注意された歩き方から改善し私は背筋をまっすぐ伸ばして前に進むのだ。
六年前の狩猟大会。
危ないとわかっていたのに可愛いウサギを追いかけて入った狩場。
そんな場所に子供が入れば獲物と見間違えられるなんて事故が起きるのも必然だった。
弓や剣、クロスボウと各々の武器で狩猟大会に臨んでいた参加者のうちのひとりが、小鹿かキツネなどの中型の獲物と見間違えたのだろう。
突然茂みの中に潜り込んでいた私の近くへ刺さった弓矢。
その弓矢に驚き、絶句してしまったのもよくなかった。
“あの時は本当に死ぬかと思ったわ”
その場で声を出せば私が人間だと気付いて貰えただろうし、イチかバチかなところもあるがいっそ茂みから飛び出してしまえば子供だと気付いて貰えたかもしれない。
だが驚き硬直してしまった私は、茂みの中で震えるしかなかったのだ。
狩猟大会の伝統として、自身の狩った獲物を慕う相手へと捧げ告白する風潮がある。
そのため相手も隠れる獲物を見逃すことはせず、いそうな場所へと何本もの弓を引いた。
いつ当たってもおかしくない状況。
その時だった。
「アリーチェお嬢様!」
そう叫び茂みの中に飛び込んできた人物こそ、当時まだ騎士見習いのコルンだったのだ。
“結局コルンの背中には矢傷が残っているのよね”
獲物を探していた相手の放った最後の弓矢。
その弓矢から身を挺して守ってくれた彼の背中には今も当時の傷があるだろう。
騎士として背中の傷は、いかなる理由であるとしても恥とされる。
「コルンだってそのことを知っているはずなのに」
彼は笑ったのだ。
貴女を守れたという勲章をいただきました、と。
私は彼にしがみつき泣きじゃくっていた。
その笑顔があまりにも温かく優しかったから安堵したのかもしれないし、彼に一生残る恥をつけてしまったことへの後悔かもしれない。
きっとどちらもだったのだろう。
父の補助として狩猟大会に参加していた彼は、私がいなくなったという知らせを聞いて一番に飛び出し探しに来てくれたのだと後から知った。
そしてその日から、私は彼のことが忘れられなくなってしまったのだ。
“一目惚れよ。身を挺して助けに来てくれたその気高さと、私を気遣うその笑顔に”
その日から彼がラヴェニーニ侯爵家へ来る日を心待ちにする日々が始まった。
最初こそ、助けなければよかったと言われることを恐れていたが、逆に私にトラウマが残っていないかを心配してくれるコルンの優しさにもっともっと好きになった。
いつしか彼が見習いを卒業し、正式に騎士団へと所属するようになってからは彼の後を追って騎士団演習場にまで通うようになった。
父にそれとなく――では、鈍感な父には伝わらなかったので、何度も直球で彼と婚約したい旨を頼み込んだ。
そうしてやっと彼の正式な婚約者になれたのに、私はもっと彼に構ってもらいたいという一心で取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
“だから”
「エリー、ここがわからないんだけど」
「あぁ、それはさっきやった薬剤学の応用でね……」
“貴方の自慢の婚約者になれるよういい女になってもう一度告白するわ”
私は気合を入れて、エリーの説明を必死にメモったのだった。
始めたのはそれだけではない。
貴族の娘として当然すべき社交。
「今まではあまり参加して来なかったけれど」
コルンという婚約者がいる以上、出会いの場として使われることの多い夜会などに行く必要はなくサボっていたのだが、参加できるものはなるべく参加するようになった。
もちろん新たな出会いを求めてではない。
社交の場は情報収集の場でもあるからだ。
今ある繋がりを強め、新たに自身の味方をつける。
それらの行為は決して無駄にはならないし、いざということが起きたとしても対処しやすくなる。
それに情報を事前に知っているだけで有利になる場面も多いだろう。
“コルンの家は子爵家。子爵家では爵位的に参加出来ないパーティーもあるけれど、侯爵家ならほとんど全部参加出来るわ”
騎士である彼の力になれるかもしれない情報を、私ならば手に入れられる可能性があるのだ。
ならば参加しない手はない。
「苦手だったダンスレッスンも、新たに家庭教師をつけて貰ったお陰でそれなりに見えるようにはなってきたし」
ただ一方的に彼を追いかける私ではなく、いつか彼に選んで貰えるような私へ。
そうなれるよう、先生に何度も注意された歩き方から改善し私は背筋をまっすぐ伸ばして前に進むのだ。
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