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第二章・聖女レベル、ぜろ
21.水面に映るのは誰の心か
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鼻近くまで湖に潜った私は、戸惑っていた。
何故ならぶっちゃけ理不尽に頬を叩かれたフランが、野営地に帰ろうとしなかったからだ。
“冷静に考えたらフラン、何一つ悪くないのよね……”
私を心配して駆けつけてくれただけ。
私がしたのは恩を仇で返すようなもので、フランは私に対して怒る権利があるだろう。
だが。
“でもなんでずっとここにいんの!?”
怒っているなら立ち去ってもいいはずだが、私が平手打ちをかましてしまった茂みの近くに立ったまま微動だにしないフラン。
先に謝罪を、と思うがこの微妙な距離感が邪魔をする。
せめて服を着れればいいのだが、着たくてもフランがいては服を取るために湖からあがることが叶わない。
どうしたものか、と更に深く潜ろうとした時、突然フランが動き出したので私は思わずビクッとした。
「リッカ」
「な、なに!?」
「そっちに行く」
「こっちに来る!!?」
“えっ、な、なんで!?”
その一言に慌てふためいた私は湖に浸かった私の体を見下ろす。
この美しく澄んだ湖の水は、残念ながら全く私の体を隠してはくれなくて。
焦りながら両腕で胸を隠してみるが、残念ながらこの透明度では下半身が丸見えだった。
「ひぇっ」
思わず小さな叫びを上げた私は、片手を下ろしせめて前方部位だけでも隠さなくてはと気付けば某絵画のヴィーナスのようなポーズになり、そしてそんなポーズでフランを待ち構える自分が無性に虚しく感じる。
“どうしてこうなった……!”
というかそもそも何故フランはこっちに来るなんて言ったのか。
しかし不可抗力とはいえ素股までした仲だと考えれば、この状況で次のステップを望んでいると言われる可能性だってあるのでは?
そんな考えが脳内をぐるぐると回った私は、どんなポーズでフランを待てばいいのかおろおろする。
顔が熱く、冷たい湖に浸かっているというのにじわりと額に汗が滲んだ。
“っていうか、なんでこんなじっとフランが来るの待ってるの!?”
私たちが本物の婚約者同士ならば、この世界の貞操観念かどれほどのレベルなのかはわからないが婚前交渉もあり得るかもしれない。
けれど私とフランはあくまでも利害一致による偽装婚約だったはず。
ならば私はこんな素っ裸でフランを待つ必要なんかなく、湖の奥に行くことも、そもそもフランに来ないでと言うことだって出来るのに。
何故か逃げたいとは思わない自分自身に一番戸惑いを覚えた。
“嫌じゃないとか、そんなことあり得ないのに……!”
こんなのまるで、フランのことを――……
そこまで考えた時に、とうとうフランがガサリと茂みから完全に出た音が聞こえた。
どうすればいいのかわからず俯いている私の耳に、ジャリ、という音が届く。
草木に覆われた茂みを抜け、この小石の砂利の先が湖だ。
“どうしよう、どうしよう!?”
バクバクと心臓が鳴り、けれどいつまでたっても湖にフランが入る音が聞こえず不思議に思った私はそっと窺うように顔を少しあげた、そこには。
「…………は?」
何故か後ろ向きで仁王立ちしたフランがいた。
「なにしてんの……?」
「見張りに決まってるだろう」
「あ、見張り……。は?見張り?」
ちらりともこちらを振り返る気配すら見せないフランは、湖と茂みの丁度中間辺りで止まったまま動かない。
「えーっと、見張りなら茂みでも良かったんじゃない?」
「いや、身を隠すならそれでもいいがリッカとの距離も離れていたからな。臨機応変に動くなら逆に見晴らしがいい方が都合がいいだろう」
「あー、なーる……」
フランの言っていることは正しい。
正しい、のだが……
“なんっなのよ!?”
無駄にドキドキし、無駄に焦りまくった私は羞恥で顔を真っ赤に染めた。
“別に期待とかしてないし!というかそれでこそ堅物男って感じだし!?”
冷静に考えればこのフランが無防備な格好の女性に対し同意なく何かするはずもなく、そしてそれ以上に無防備な格好の女性を放置して帰るなんてこともしないだろう。
“だからって!!”
少し考えればすぐわかったはずのこの答えが出せなかったことが無性に悔しく感じた私は、このままヤケクソのように水浴びを楽しむことにした。
私のそんな気配を察したのか、フランがふっと息を吐く。
「なに?フランも水遊びしたくなった?」
「見張りしてるっつったろ。ただ……」
「ただ?」
フランがくすりと笑った気配を感じ首を傾げると、私のそんな様子なんて知らないだろうフランはどこかホッとしたような声色で。
「元気が出たなら、良かったと思っただけだ」
「!!!」
聖女としても出がらし。
ならば勇者だと格好つけた結果なにも出来ず、落ち込んでいたことがバレていて恥ずかしく感じ、けれど心配してくれていたのだと思うとほわりと胸の奥が温かくなった。
このこそばゆい空気に耐えられなかった私は慌てて話題を変える。
「ち、ちょっと気になってたんだけどさ!」
「ん?」
「魔王って案外すぐ近くにいるんだね」
魔王がいるとされるのは、私が召喚された国のすぐ隣。
魔王が住み出したのが先か、それとも魔王が突然住み出したのかはわからないが、わざわざこんなに隣接する場所に国なんて作らなければ良かったのに、なんて思ったのだ。
“まぁ、国の引っ越しってなるととんでもなく大事というか、隣国との関係で無理なんだろうとは思うんだけどさ”
それにしても、まるで聖女召喚をセットにしたような配置はゲーム脳だからこそなのか『出来すぎている』と感じるのは確かだったのだが。
「いつから魔王が現れたのかはわからんが、だが魔王が近くに出現したからこそ聖女召喚を行ったと考えれば自然なんじゃないか?」
「あー、卵が先か鶏が先か、みたいな?」
「は?」
「こっちの話」
フランの説明は確かに納得できる。
聖女召喚をする国の近くにたまたま魔王がやってきたのではなく、魔王がいるからこそ対抗するために聖女召喚を行ったと考えれば、それは至極当たり前とも言えて。
「そういうもの、かぁ……?」
それでも何かが私の中で引っ掛かった。
「それよりリッカ、これ、やる」
「え?」
後ろ手でぽいっと投げられたソレは、私の声から位置を察したのか大きな放物線を描き私のところにぽとりと落ちてきた。
「これって……」
投げられたものを手のひらに広げてぽかんとする。
ソレは、細めのチェーンに一円玉より一回り小さいサイズの銀のコインと、青い小さな石がついたシンプルなネックレスだった。
“フランと町に行ったときに見た剣紐に似てるかも”
「そのコインに描かれてるのはアッケルマ辺境伯家の紋章だ」
「それって」
「あー、まぁ、俺ん家」
少し気恥ずかしそうに言われ、それってもしかしてかなり意味のある大事なものなのでは、と焦ったのだが。
「身分証の代わりにもなるし、いざという時は迷わず売れ!」
そんな言葉にがくりと肩を落とした。
「売らないわよっ」
「いや、お前は何でも売ってきた」
“それは確かにそうだけど!”
私の能力の塊だった攻略本に、褒賞でもらった宝石と宝剣。
それらを前科と考えれば確かにフランの言い分は最もだが、流石に少し不本意でもあった。
「それでも、売らないから!」
「は?なんでだよ」
「それは……」
問われて、はて?と首を傾げる。
売ってもいいと言われているのに売るのを躊躇う理由。
今まで迷わず売ってきたものとこのネックレスの違いは――……
「…………好みだから、かな?」
ネックレスではなかったが、あの剣紐は可愛いと思った。
そしてそんな私の好みを聞いていたフランがおそらく特注で作ってくれたのだろう。
私のためにわざわざ作ってくれた私好みのネックレス。
むしろなぜそれを売れと言うのかが逆に疑問に思うほど。
嬉しくなった私は、いそいそとそのネックレスを早速つける。
湖の水に反射させ鏡のように水面を覗くと、胸元で控えめにきらりと輝くネックレスはやっぱりとっても可愛くて。
「可愛い。ありがとね、フラン」
「……あぁ。まぁ、気に入ったなら良かったよ」
なんて、まるで本物の婚約者同士みたいな会話を楽しんだ。
何故ならぶっちゃけ理不尽に頬を叩かれたフランが、野営地に帰ろうとしなかったからだ。
“冷静に考えたらフラン、何一つ悪くないのよね……”
私を心配して駆けつけてくれただけ。
私がしたのは恩を仇で返すようなもので、フランは私に対して怒る権利があるだろう。
だが。
“でもなんでずっとここにいんの!?”
怒っているなら立ち去ってもいいはずだが、私が平手打ちをかましてしまった茂みの近くに立ったまま微動だにしないフラン。
先に謝罪を、と思うがこの微妙な距離感が邪魔をする。
せめて服を着れればいいのだが、着たくてもフランがいては服を取るために湖からあがることが叶わない。
どうしたものか、と更に深く潜ろうとした時、突然フランが動き出したので私は思わずビクッとした。
「リッカ」
「な、なに!?」
「そっちに行く」
「こっちに来る!!?」
“えっ、な、なんで!?”
その一言に慌てふためいた私は湖に浸かった私の体を見下ろす。
この美しく澄んだ湖の水は、残念ながら全く私の体を隠してはくれなくて。
焦りながら両腕で胸を隠してみるが、残念ながらこの透明度では下半身が丸見えだった。
「ひぇっ」
思わず小さな叫びを上げた私は、片手を下ろしせめて前方部位だけでも隠さなくてはと気付けば某絵画のヴィーナスのようなポーズになり、そしてそんなポーズでフランを待ち構える自分が無性に虚しく感じる。
“どうしてこうなった……!”
というかそもそも何故フランはこっちに来るなんて言ったのか。
しかし不可抗力とはいえ素股までした仲だと考えれば、この状況で次のステップを望んでいると言われる可能性だってあるのでは?
そんな考えが脳内をぐるぐると回った私は、どんなポーズでフランを待てばいいのかおろおろする。
顔が熱く、冷たい湖に浸かっているというのにじわりと額に汗が滲んだ。
“っていうか、なんでこんなじっとフランが来るの待ってるの!?”
私たちが本物の婚約者同士ならば、この世界の貞操観念かどれほどのレベルなのかはわからないが婚前交渉もあり得るかもしれない。
けれど私とフランはあくまでも利害一致による偽装婚約だったはず。
ならば私はこんな素っ裸でフランを待つ必要なんかなく、湖の奥に行くことも、そもそもフランに来ないでと言うことだって出来るのに。
何故か逃げたいとは思わない自分自身に一番戸惑いを覚えた。
“嫌じゃないとか、そんなことあり得ないのに……!”
こんなのまるで、フランのことを――……
そこまで考えた時に、とうとうフランがガサリと茂みから完全に出た音が聞こえた。
どうすればいいのかわからず俯いている私の耳に、ジャリ、という音が届く。
草木に覆われた茂みを抜け、この小石の砂利の先が湖だ。
“どうしよう、どうしよう!?”
バクバクと心臓が鳴り、けれどいつまでたっても湖にフランが入る音が聞こえず不思議に思った私はそっと窺うように顔を少しあげた、そこには。
「…………は?」
何故か後ろ向きで仁王立ちしたフランがいた。
「なにしてんの……?」
「見張りに決まってるだろう」
「あ、見張り……。は?見張り?」
ちらりともこちらを振り返る気配すら見せないフランは、湖と茂みの丁度中間辺りで止まったまま動かない。
「えーっと、見張りなら茂みでも良かったんじゃない?」
「いや、身を隠すならそれでもいいがリッカとの距離も離れていたからな。臨機応変に動くなら逆に見晴らしがいい方が都合がいいだろう」
「あー、なーる……」
フランの言っていることは正しい。
正しい、のだが……
“なんっなのよ!?”
無駄にドキドキし、無駄に焦りまくった私は羞恥で顔を真っ赤に染めた。
“別に期待とかしてないし!というかそれでこそ堅物男って感じだし!?”
冷静に考えればこのフランが無防備な格好の女性に対し同意なく何かするはずもなく、そしてそれ以上に無防備な格好の女性を放置して帰るなんてこともしないだろう。
“だからって!!”
少し考えればすぐわかったはずのこの答えが出せなかったことが無性に悔しく感じた私は、このままヤケクソのように水浴びを楽しむことにした。
私のそんな気配を察したのか、フランがふっと息を吐く。
「なに?フランも水遊びしたくなった?」
「見張りしてるっつったろ。ただ……」
「ただ?」
フランがくすりと笑った気配を感じ首を傾げると、私のそんな様子なんて知らないだろうフランはどこかホッとしたような声色で。
「元気が出たなら、良かったと思っただけだ」
「!!!」
聖女としても出がらし。
ならば勇者だと格好つけた結果なにも出来ず、落ち込んでいたことがバレていて恥ずかしく感じ、けれど心配してくれていたのだと思うとほわりと胸の奥が温かくなった。
このこそばゆい空気に耐えられなかった私は慌てて話題を変える。
「ち、ちょっと気になってたんだけどさ!」
「ん?」
「魔王って案外すぐ近くにいるんだね」
魔王がいるとされるのは、私が召喚された国のすぐ隣。
魔王が住み出したのが先か、それとも魔王が突然住み出したのかはわからないが、わざわざこんなに隣接する場所に国なんて作らなければ良かったのに、なんて思ったのだ。
“まぁ、国の引っ越しってなるととんでもなく大事というか、隣国との関係で無理なんだろうとは思うんだけどさ”
それにしても、まるで聖女召喚をセットにしたような配置はゲーム脳だからこそなのか『出来すぎている』と感じるのは確かだったのだが。
「いつから魔王が現れたのかはわからんが、だが魔王が近くに出現したからこそ聖女召喚を行ったと考えれば自然なんじゃないか?」
「あー、卵が先か鶏が先か、みたいな?」
「は?」
「こっちの話」
フランの説明は確かに納得できる。
聖女召喚をする国の近くにたまたま魔王がやってきたのではなく、魔王がいるからこそ対抗するために聖女召喚を行ったと考えれば、それは至極当たり前とも言えて。
「そういうもの、かぁ……?」
それでも何かが私の中で引っ掛かった。
「それよりリッカ、これ、やる」
「え?」
後ろ手でぽいっと投げられたソレは、私の声から位置を察したのか大きな放物線を描き私のところにぽとりと落ちてきた。
「これって……」
投げられたものを手のひらに広げてぽかんとする。
ソレは、細めのチェーンに一円玉より一回り小さいサイズの銀のコインと、青い小さな石がついたシンプルなネックレスだった。
“フランと町に行ったときに見た剣紐に似てるかも”
「そのコインに描かれてるのはアッケルマ辺境伯家の紋章だ」
「それって」
「あー、まぁ、俺ん家」
少し気恥ずかしそうに言われ、それってもしかしてかなり意味のある大事なものなのでは、と焦ったのだが。
「身分証の代わりにもなるし、いざという時は迷わず売れ!」
そんな言葉にがくりと肩を落とした。
「売らないわよっ」
「いや、お前は何でも売ってきた」
“それは確かにそうだけど!”
私の能力の塊だった攻略本に、褒賞でもらった宝石と宝剣。
それらを前科と考えれば確かにフランの言い分は最もだが、流石に少し不本意でもあった。
「それでも、売らないから!」
「は?なんでだよ」
「それは……」
問われて、はて?と首を傾げる。
売ってもいいと言われているのに売るのを躊躇う理由。
今まで迷わず売ってきたものとこのネックレスの違いは――……
「…………好みだから、かな?」
ネックレスではなかったが、あの剣紐は可愛いと思った。
そしてそんな私の好みを聞いていたフランがおそらく特注で作ってくれたのだろう。
私のためにわざわざ作ってくれた私好みのネックレス。
むしろなぜそれを売れと言うのかが逆に疑問に思うほど。
嬉しくなった私は、いそいそとそのネックレスを早速つける。
湖の水に反射させ鏡のように水面を覗くと、胸元で控えめにきらりと輝くネックレスはやっぱりとっても可愛くて。
「可愛い。ありがとね、フラン」
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