【R18】暴走系ヒロインは偽装婚約した騎士団長を振り回しながら聖女ではなく勇者を目指す

春瀬湖子

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最終章・勇者レベル、???

32.怒る理由がわからなくて

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 あまりにも失礼なことを言われた、と自分のことのようにベルザック副団長改めてオッサンムキゴリラに怒っていた私だが、それと日課の訓練指導は別。

“というか、むしろ公的にいつかボコしてやる!”

 監視の監視、という目的もあるので側を離れられないならばやはり使えるだけ使おうと相変わらず指導して貰っていた。


 そんな日課に変化が訪れたのは、まさにあの失礼発言の翌々日のこと。
 
「ベルザック副団長、手合わせ願えるか?」

 最近は書類仕事にかかりっきりだったフランが木剣を手に訓練所に現れたのだ。
 

 以前は『卿』と呼んでいたフランがあえて副団長と呼んだのは、この第六騎士団での上下関係を明確な役職で強調するためなのだろうが……


「えぇ、いいでしょう、フランチェス殿」

 相変わらずベルザックは『殿』呼び。
 その呼び方に一瞬第六騎士団の他の騎士たちがざわつくが、熱心な指導をしていたからか、それとも元々エリートである近衛騎士団に長年いたことや武勲はもちろん年齢もガッツリ上だからなのか、私のように怒り狂う者はいなかった。


 そしていざ始まった手合わせは――……

「くっ」
「シンプルに弱いですな」

 ……――まさに、圧倒的だった。


 初撃打ち込んだフランの剣を軽くいなしたムキゴリは、私を指導している時のように利き手ではない手だけで戦っていて。


“こんなに、違うの……!?”

 見せつけられる力量の差に唖然とする。
 そしてこの手合わせは、第六騎士団内でもムキゴリ派が現れるほどの出来事になった。



「ほんっと腹立つ!元々ちょっと好感度上げてたからって、みんな裏切りじゃない!?」
「いや、裏切りじゃねぇだろ」

 騎士という、自分の命をかけて戦っている彼らにとって強さは最もわかりやすい信頼。

“それはわかってるけど……”

 でも、今まで築いてきた関係をあっさり乗り換えられたように思えて、理解は出来るが納得は出来なかった。

 それに決してフランが弱い訳ではないことは、過去の戦闘でもわかっている。
 わかっているが、それ以上にムキゴリが強かったということで。


「やっぱり凄いよ、ベルザック卿は」
「……卿って言った」
「いや、なんでちょっと拗ねてんだよ、この拗ねリッカ」

 犠牲を出したあのオルトロス戦からフランは私を聖女とは呼ばなくなった。
 そう呼ばれると、自分の不甲斐なさと後悔で潰れそうになることに気付いているのだろう。

 
“そんな優しいフランが怒らないから”
 だから。
 
「私が変わりに怒ってるだけ」

 ぽつりと溢した私の言葉を拾ったフランが、わしゃわしゃと頭を撫でてくる。
 まるで犬扱いのようで少しだけ不満に思ったのだが。

「あの人が凄いことは間違いない。職務時間は副団長と呼ぶが、俺が個人的に尊敬していることに変わりないからな」
「尊敬してんのッ!?」


 警戒し、そして失礼な態度に苛立っていると思っていたので、フランのそのまさかの発言にギョッとした。


「つか、騎士は基本あの人を尊敬してるぞ?だから他のやつも指導を乞うんだろうしな」
「でもっ」
「尊敬してるのと信頼は違う。俺は手放しに信頼していいポジションじゃないからな。リッカを守るためにも全て疑わなくちゃならん、それだけだ」

 確かに尊敬と信頼は、どちらも相手を敬い頼るという点では同じだかその本質は全然違う。

 人間的な部分を尊敬しているからと言って、その相手の全てを信じれるかは別だからだ。


「あの人は誰よりも民衆の前に立ち、そして誰よりも多くの魔物を討伐してきた。46歳になった今でも最前線で戦い続けているしな」

 どこか満足そうにベルザックの話をするフランに私はやっぱりどこか不満で。

「でも、このままじゃフランの立場が……」

“フランまでムキゴリを認めちゃったら、団長のポジション完全に奪われちゃうじゃない”

 けれど、そんな私の不安をフランは見抜いていたのだろう。
 慰めるようにそっと肩を抱き寄せられ、その強さと温もりに身を委ねる。

「大丈夫だ、ちゃんと負かして認められるから」


 力が欲しかった。
 怪我を治す力が足りないなら、怪我をさせないくらいの強さが欲しかった。

“もしかしてフランも同じ気持ちなのかな”

 まだ足りないならどんな手段も選んではいられない。
 自身の望みを叶えるために、フランと一緒なら。
 フランと一緒だから。

「ぺしゃんこになるくらい踏み潰して台にしてやる!」
「おい、ぺしゃんこの台にどれだけの価値があるんだ?」
「0よりマシ!」


 

 応援すると決め、見守ると決めたものの。

「その程度で誰を守れると?」
「ッ、もう一本頼む!」

 それでも一方的に負かされている姿を見るのは少し心が痛く――……

 
“ていうか、一人で挑む必要なくない?”

 実際の戦闘を視野に入れて訓練しているのだ、魔物が複数体で襲ってくるように、こちらだって連携プレーで戦う。

 ならばこの訓練に私が乱入してもいいんじゃない?ふとそう思い付いた私は思わずニヤッと笑う。

 そして思い立ったら即行動!とばかりに、私に背を向けているベルザックの足を引っ掻けるように思いきり竹刀で凪払った。


“やっぱりそこまで甘くないか”

 私の攻撃は簡単にジャンプで避けられ当たらない。
 それでも、ほんの一瞬だけベルザックが私をチラッと見たのを見て内心ほくそ笑んだ。


「フラン!この隙に」
 この隙に攻撃して。
 私はその短い言葉を言い終わることが出来なかった。

「……リッカ」
「っ」

 まるで地を這うようなフランの声に息を呑む。
 フランはベルザックの隙をつくどころか、乱入した私のことを睨み付けていて。


“え、私そんなにまずいことした……?”

 驚いて黙る私に思い切り深いため息を吐いたフランは、よりによってベルザックに深々と頭を下げた。

「な、なんでよ!実際の戦闘だったら……」
「必ず複数で対峙できんのか?」
「そ、れは……っ」

“確かにそれはそうなんだけど……”

 でも、そんなに怒ることないじゃん、という思いが私を占める。
 余計なお世話だったのかもしれないけれど、だからって怒るほどのこととはどうしても思えない。

 イライラとしながら黙っていると、再びフランがため息を吐いた。

 
「頭を冷やしてこい」
「言われなくてもそうするし!」

言われた言葉にカチンときた私は、プイッと彼らに背を向けて訓練場を出たのだった。


「なによ、なによー!!頭を冷やしてこい!?えぇえぇ、キンッキンに冷やしてくるわよバカフラン!」

 悪態をつきながらズンズンと歩いてみるものの。

“行くとこないわね”

 ぶっちゃけ訓練場と部屋の往復と、たまにフランと町に出るくらいの私の行動範囲ではしっている場所がほとんどなく、だからと言ってうっかり命を狙われかけない状況で知らない場所へ一人では行けない。

 だからと戻るのは癪なのでどうしようかと同じところを行ったり来たりしていた時だった。


「聖女様?」
「ら、ライザ……!」

 少し驚いたように私へ声をかけてきたのは、トーマが殉職したことを告げに彼の実家へ行っていたライザだった。


“泣きながら懇願されたあの時の顔がこびりついて離れない”

 それは確実に私の中で引け目となっており、思わず彼女から顔を背けてしまう。

 けれどむしろそんな私を気遣うように小走りで近寄ってきたライザは、私の頬にそっと触れた。

「顔色が優れませんね、大丈夫でしょうか?休息はとれておりますか?」
「わ、私は大丈夫」
「本当ですか?聖女様の身が心配です」

 あんなことがあったのに、まだ私を聖女と呼びこんなにも心配してくれるライザ。

 私の頬に触れる彼女の手がとても温かく、逆に少しずつ冷たくなるトーマの体温を思い出し泣きたいのは彼女の方だとわかっているのに、目頭が熱くなる。


“私に泣く資格なんてないのに”


 怒鳴りつけてくれとすがりたくなるほど、彼女のそんな優しさが私の胸にザクリと刺さるようだった。
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