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最終章・勇者レベル、???

31.使えるモンは使うタイプです

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 どういう意図があるかはわからない。
 暗躍される可能性もあるが、表向きの顔は守るだろう。

 ……というのが、ベルザック副団長に対する私とフランの共通認識だった。

 
“なら逆にぴったり引っ付いて人目があるところに居続けて貰う!”

 相手が監視をしているならばこっちだって監視をすればいいだけだ、という結論を導きだした。
 
 
「副団長!剣、教えてくれる?」
「毎日偉いですね、聖女様」
「聖女はやめてって言ったでしょ」
「失礼しました、リッカ様。では、本日は昨日の続きでこの国での基本的な立ち回りを復習し――……」

 鍛練場に姿を現したベルザック副団長をすかさず捕まえた私は、そのまま他の騎士たちの多い場所に誘導しながら指導を願う。

 単純な方法だが、エリート集団の近衛騎士団副団長だった彼はそれだけ有名人。
 人目のある場所ではもちろん迂闊なことはできないだろう。

 そして近衛騎士団副団長にまでなったその実力はもちろん伊達ではなくて。


 ガキン、と鈍い音が響く。
 
 礼儀正しく両足を揃え、利き手は腰の後ろにあてがったベルザック副団長は、利き手ではない方の腕で軽く剣を振るっただけ。

 “一撃が重い……!”

 そんな完全に手加減スタイルなのに、私は両手で剣を握り受け止めるだけでいっぱいいっぱいだった。


「リッカ様の構えは凛として美しいですが、それは決闘など互いが礼儀を守れる戦闘の構えですね。いるかわからない敵からの死角からの攻撃などには弱いでしょう」
「それは、そう……かも」

 剣道では、試合が始まる前に礼をする。
 礼の後に三歩進み、蹲踞と呼ばれる姿勢を取ってから審判の掛け声で試合が始まるのが簡単な流れだ。

“でも魔物が攻撃をする前に姿を現し礼をしてくれるわけないもんね”

 魔物がいるのか。いたなら何体なのか。
 そしてどんな攻撃を仕掛けられるかなんて当然わかるはずもない。

 それは魔法のような遠距離攻撃かもしれないし、複数体からの一斉攻撃かもしれず、そんな相手に対して確かに試合の流れが染み付いた私の一連の動作は不利と言えた。

 
「ならどーすればいいの?」
「まず鞘でも攻撃が仕掛けられるような剣になっておりますよね。ならば無理やりなぎ払う動きから始めるのがよろしいかもしれません」
「え、なぎ払うの?」

 言われたイメージがあまりピンと来なかった私が怪訝な顔をしたからだろう。
 私の真横に並んだベルザック副団長が腰を低くし、思い切り横に剣を振り回す。
 動きは無茶苦茶で剣筋なんて無視し、最早剣技だなんて呼べるようなものではなく、むしろ発狂したのかと思うような動きだった。

「それ、剣でやっていい動き?」
「普通の剣でこれをやると失敗すれば折れますね。ただ、鞘を抜く前のリッカ様の剣ならむしろ有効打でしょう」
「なーる……?」

 確かに竹刀の形をしているからこそ剣道の型に囚われていたのかもしれない。

  フランが堅物気味だったからか、それとも偉い人イコール頑固なイメージがあったからかはわからないが、思ったよりも柔軟な発想でしかも個人に合わせた指導をしてくれる彼は、一時期私が付けて貰っていた剣術指導の先生よりわかりやすく的確だった。


“監視も出来て勉強になるとか最高じゃん”

 監視こそお互い様だが、これからまだまだ強くならなくてはいけない私にはむしろありがたかった。

 
“味方と思うわけにはいかないけど、それでも使えるならどんどんこき使いたい……!”

 なんて打算を持った私がひたすらみんなの前でベルザック副団長に指導してもらっていると、気付けば他の騎士たちもそれに影響を受けたらしく……


「あ、あの、ベルザック副団長!私にもご指導いただけますか」
「次俺にも!俺にもお願いします!」


 いつの間にか私以外にも指導を望む騎士がいつもベルザック副団長の周りに集まるようになった。

 
 あっという間に第六騎士団の中心になったベルザック副団長だったが、もちろんいいことばかりではなくて。

 

「すみませんが副団長はいらっしゃいますか」

 書類仕事の合間に休憩がてら訓練場へ下りてきたフラン。
 そんなフランに声をかけたのは王宮の文官だったのだが。

“なんで副団長?”

 団長であるフランがここにいるのだから、何かあるならフランに伝えればいい話だ。

“個人的なことなのかな”

 なんとなく違和感を持った私たちだったが、言われるがままベルザック副団長を呼び――……


「ベルザック副団長!こちらが先日の討伐報告と最近の魔物出没地域の一覧表になります」
「うおぉぉい!!」

 にこりと笑った文官がさも当たり前のようにベルザック副団長に軍部資料を手渡したので思わず全力でつっこんでしまった。


「ちょ、え?ここに団長であるフランがいるのに!?」

 慌ててフランの腕を掴み文官とベルザック副団長の間に飛び込むと、少し思案したような表情をした文官がまたもにこりと微笑んで。


「ベルザック副団長の方が安心かと思いましたので」
「なっ!」

 そのとんでも発言を聞いたベルザック副団長は、苦笑しつつ書類を受け取った。

“いや、受け取るんかい!”

『団長は彼ですから』って断れよ、なんて内心で文句を言いつつフランを見上げる。

 確かに騎士歴も、おそらく単純な強さも人望の厚さもまだ新米騎士団長のフランよりベルザック副団長の方が上なのだろう。

 けれど、少なくとも今ベルザック副団長はフランの部下なのだ。

 ならそれ相応の対応というものがあるはずなのだが……


「目を通した後にフランチェス殿にもお渡ししよう」
「!」

“また『殿』って言った!”

 この世界では、殿は自分より下の相手に使う呼び方らしく、仕事の上司であるフランにその敬称を使うのは明らかにわざとであった。

 完全に煽られ小馬鹿にされている。
 それがわかっていても、フランは少しピクリと眉を動かしただけで何も文句は言わなかったが、フランが黙っているからと私まで黙る必要はない訳で。


「ちょっと、納得できないんだけど!殿呼びって下に見てるってことなんでしょ?フランの方が上司だし!というかそっちの人も、報告ならフランにするのが筋なの!!安心とか関係ないからっ」

 思い切り怒鳴り付けると、流石に出がらしとはいえ聖女の肩書きがあるお陰か文官がすかさず焦ったように頭を下げる。

 そんな彼と、ついでに私もなだめるようにいかつめの顔をにこりと綻ばせたベルザック副団長は私を通り越してフランの肩をポンと叩いた。


「まだフランチェス殿はお若く青い。特に結果が物を言う騎士ならば、私の方が信頼されていてもおかしくないだろう。精々肩書きに負けぬ実力をつけるよう努力したまえ、聖女様のためにもな」


 それだけ言ったベルザック副団長は、文官から渡された書類を持ったまま第六騎士団の執務室へ向かったようだった。


 残された文官は、また怒鳴られる前にと脱兎のごとくその場を去って。


「……何あれ、何あれ何あれ!めっちゃ感じ悪い!!ちょっと教え方上手いかもとか思って損した!もう副団長とか呼ばない!呼び捨てだから!!」

 完全にブチギレた私が、ベルザックが入った扉の方向にそう怒鳴る。
 けれど当のフランは、少し表情を暗くさせつつも何かを考え込んでいて。


「フラン、あんなの気にしなくていいから!第六の団長はフランなんだからね!!」

 当たり前の事実を言い聞かせるようにそう告げると、その言葉を聞いたフランの強張った表情が少しだけ緩んで。


「んっ」
「ありがとな、リッカ」

 不意打ちで口付けをされた私の頬が思わず真っ赤に染まる。

“鉄壁ガードの堅物キャラどこに行ったのよ!?”

 少し恨めしい視線を向けるが、そんな私すらもにこやかに眺めるフランを見て私の頬も緩んでしまう。

 
 これが惚れた腫れたのバカップル期か?なんてちょっと浮かれたことを考えながら、最近訓練に来ていないライザを思い私の心がチリッと痛んだ。
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