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最終章

13.不穏なメッセージのその先の決意

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 エスから貰った画像データを本部へと持ち帰った私は早速みんなに共有する。

 流石出来る女の筆頭である美里さんはさっと電脳セキュリティ全体への共有や今後起こり得る可能性の注意喚起を回してくれ、仕事はもう上がっているはずなのにまだ本部に居座っていたタロ先輩は興味深そうに覗き込んでいた。


「でもこれ、すごいデータだな」

 ポツリと呟くのはもちろんタロ先輩。
 そんなタロ先輩……というより可愛い黒柴の後頭部越しに私も地図を覗き込んだ。

「割りとマップ端までしっかり確認してチェックしてるってことは、通行人を装って確認するとか出来ないのはわかるよな?」
「どこへでも《ワープ》できるCC内での迷子って基本的にはあり得ませんもんね」

 誰かと待ち合わせをしていたとしても、位置情報を提示すればそこへのルート案内もしてくれる。
 便利だからこそ、こういった偶然に恩恵を受ける捜査などは現実よりも難易度が高かった。

“パーティチャットがあるから、近くで盗み聞き……なんてことも出来ないし”

 そうなれば、歩いていてもおかしくない大通りはともかくあまり人の来ないマップ端などだと悪目立ちしリスクが高い。

 それなのにこんなに詳しく調べているのだから、エスという人物が相当優秀なのか、余程この事件に憤っているのかだろう。

“わざわざ電脳セキュリティへ情報提供するくらいなんだから犯人側とは考え辛いし”

 確かに考えれば考えるほど不思議に思え、そしてそれはタロ先輩も同じだったようだ。


「あいつ、何でこんなにしてくれるんだ……?」
「うーん、本当かはわかんないんですけど、確か……」

『アユのことを好きだからだよ!』

“って、違う! そっちじゃないっていうかあれはからかわれたっていうか……!”

「何赤くなってんだ?」

 ふっと最後に言われた言葉を思い出し赤面する私を怪訝そうにタロ先輩が見上げてくる。
 そんな先輩の視線と、私の煩悩を追い払うように頭を左右に振った私は仕切り直しとばかりにコホンと咳払いをした。


「……なんか、ノーフェイスが嫌いって言ってました」
「嫌い?」
「はい、ノーフェイスも嫌いだし、そんなノーフェイスの真似事をする彼らのことも嫌いなようで」

 何故エスがあそこまで嫌悪感を出すのかはわからないが、怒りを滲ませる彼は本物だったと思った私は素直にそう答えた。

「嫌い……、ね」
「その情報提供してくれた彼とノーフェイスって何か因縁があるのかしらねぇ」
「どうでしょう? 確かノーフェイスってCCが出来たばかりの頃に活動していたんですよね?」
「あぁ。当時から50年は立ってるから……」

“それだけ前ってなると、エスがノーフェイス本人って可能性はないか”

 自身の黒歴史を呪っているとかのパターンかと思ったらそれはなさそうだと考える。
 話した感じだと、彼はとても若そうだったからだ。

“年上だったとしても、巧くんくらいまでの年齢に感じたのよねぇ”


「案外本人がノーフェイスに憧れていた過去があるとかかもしれないわね!」

 ふふ、と笑う美里さんの言葉がストンと私の中に落ちてくる。
 確かに、エスが以前ノーフェイスに憧れていて、そして何らかの理由で幻滅したのだとしたら、憧れていた気持ちが負の感情に振りきれていてもおかしくない。

 けれど他のにわかな人がノーフェイスを名乗るということも許せないという拗らせたパターン……

「あ、あり得る……! つまりエスは、元中二病ってことですね!?」
「おい、その結論は流石に可哀想だと俺は思うぞ」

 ハッとしてそう勢いよく口に出すと、タロ先輩がどこか不憫そうな顔をしてこちらを見ていた。
 

「ちょっと、その残念な人を見る顔はやめて欲し……」

 そんなタロ先輩へ抗議の言葉を口にしていた時だった。


 ――ピロン、と私の通知音が鳴る。
 差出人を確認すると、まさに噂のエスからだった。
 

「7月26日15時、西地区53番街8の6にて内部からのサイバー攻撃の可能性……!?」

 彼からのその不穏なメッセージを音読していた私の声は、文末に近付くにつれ緊張から声が大きくなる。

 そしてそれと同時にタロ先輩たちにも緊張が走った。


「これが本当だったら大変なことになりますよね!?」
「あぁ。53番街って言ったら西地区を代表する大規模モジュールがあるところだしな。一番人が集まってるって言っても過言じゃない」
「26日って、もう一週間もないわ……! 早くみんなに知らせて電脳セキュリティ全員で対処しないと」
「で、でもこの情報が正しいかは……」

 あくまでもこれは一ユーザーからの情報提供。
 専門家が導きだしたというような説得力もなければ、私たちの誰かが裏付けした事柄でもない。

 これが本当に実際起こるのだとすれば、美里さんの言うように電脳セキュリティ全員で対処するのが最善だろう。

 だがもしこれがデマや勘違いだったとしら――


 話が大きくなればなるほど、ただのバイトである私は段々と不安になった。

「アユは、どう思うんだ?」
「私、ですか?」
「あぁ」

 じっと見つめるタロ先輩が力強く、もやのように涌き出ていた不安がスッと落ち着く。

“私は――”

「……信じるべきだと、思います」

 直接会ったエスは、どこかおちゃらけたような雰囲気を出していたが怒りを滲ませたあの瞬間の彼が一番の本音なのだとそう感じた。

『私の目』に、そう映ったのだ。

“もし騙そうという意志があるならあんな風にはしないはず”

 あれは本当に心から怒っていて、そして自分の目的のためなら電脳セキュリティを『利用したい』という意志が見え隠れしていた。

 それほど強い思いがある彼が、可能性の低い情報を流してくるとは思えない――


「って、あくまでも私の予想、なんですけど」

 言いながらやはり不安になってきた私の頭にポン、とタロ先輩の前足が乗せられる。

「大丈夫だ。もしその日そんな事件が起きなければ、安全で良かったって皆で笑おうぜ」
「タロ先輩……」
「エスのことはよく知らないが、だが実際に会ったアユが信じるって言うなら俺も信じるよ。俺たちはバディだからな」
「私もアユちゃんがそう言うならもちろん信じるわ。だってあなたは私たちの大切な仲間だもの!」
「美里さん……!!」
「おい、俺より感動してねぇか?」


“そうだ、もし違ったのなら平和で良かったって笑えばいい”

 だって私には、そうやって笑い飛ばしてくれる仲間がいるから。


 二人の言葉に強く頷いた私は、エスからのメッセージ画面を閉じて真っ直ぐ二人を見る。

「……対策、考えましょう!」
「あぁ」

 勝負の日は5日後の日曜日、7月26日の15時。
 西地区53番街8の6!

 CC内の規律とユーザーを守る電脳セキュリティのメンバーとして、何としてもこの事件は私たち電脳セキュリティアバター支部が解決してみせます!
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