ぱんつを拾ったアイツとアイツを拾った俺の話

春瀬湖子

文字の大きさ
1 / 7

1.

しおりを挟む
 ヤツが拾ったのか、それとも俺が拾ったのか――……



 次回の研究発表のテーマが一向に思い付かず、単位取得が危ぶまれていた俺こと小川雅乃は、大学が夏季休みに入るタイミングでバイトも暫く休みを取っていた。

「なんか、なんかいい研究テーマ……」

 細胞分裂や細胞組織の再生に興味はあるものの、それらの類いは研究され尽くしている。

“二番煎じどころじゃねぇもん研究しても単位くれねぇよな”

 似たテーマを選ぶならば、せめて他の人が実験していないような媒体やデータがいる。
 万一この単位を落としたら……

「留年……!!!」

 それはまずい。
 非常にまずい。

 けれど、焦れば焦るほど何も思い付かなくて。

 
 はぁ、と大きなため息を吐いた俺が、うっかり溜めてしまっていた大量の洗濯物を一気に洗いベランダに干そうとした時にその事件が起こった。

 そう、つるっと、本当につるっと手が滑り一枚のぱんつがベランダから落ちたのだ。

「やべっ!」

 三階のベランダから慌ててぱんつを目で追い下を見る。
 
 落ちたのはぱんつ。
 柔らかい布なので歩行者に怪我をさせる可能性が低いのは幸いだが、単純に自分の羞恥は刺激される訳で。

“誰かに見られる前に回収……!”
 なんて考えながら覗いたのだが、時既に遅しだった。

“げっ”

 たまたま歩いていたのだろう明るい茶髪の男が俺のぱんつを拾っていて。

「あ、あー、すみませーん! それ、俺のです、すぐ取りに行きますので!」

 多少気まずく思いつつ、拾ってくれたのが女子じゃなくて良かったとどこかほっとした俺はその拾ってくれた男に声をかけた。


“うっわ、イケメン……!”

 声をかけると、すぐ俺の声に反応してくれたその男がぱっと見上げる。 

 明るめの茶髪、そしてこの高さから見ても顔が整っていることが一目でわかり――

「っと、ぱんつぱんつ!」

 ハッとした俺は慌ててベランダから身を翻し玄関へと向かった。


 スニーカーの踵を踏み、そのまま鍵を開けて玄関を開ける。

「ッ!?」

 そこには、さっきベランダ側の道路で俺のぱんつを拾ったさっきのイケメンが、何故か頭に俺のぱんつを被って立っていて。


「な、なん……ッ」

 ――先に伝えよう。
 人というのは本当に驚いた時、一瞬で思考が奪われ動きが止まるということを。


 目の前にいる男のその異様な姿にゾッとした俺は、今ならばすぐに玄関を閉めて鍵をかけ警察を呼ぶべきだったとわかるのだが、キャパを越えた状況では何も出来ず、ただはくはくと口を開閉していた。


「……すごく、芳しいね」
「ッ!!!」

 その変態の言葉にやっとハッとした俺は、慌てて扉を締めようとして。


「……はっ!?」

 ぐちゅん、と半透明な何かが引っ掛かり扉が閉まらなかった。

“な、なんだ……!?”

 明らかに異常事態。
 明らかに異常事態、なのだが。


「痛いよぉ……」
「あ、え?」

 ぱんつで顔は隠れているが、その中から泣きそうな弱々しい声が聞こえてビクッとする。

 そしてその半透明な何かが、その目の前の男の指から伸びていると気が付いて。


“そもそも、こいつどうやって俺が玄関に向かうまでの短時間でここまで来たんだ?”

 エレベーター?
 あり得ない。
 階段?
 速すぎる。

 というか、この触手みたいなもんはなんだ。


 動揺した俺は、これが理系の性というものなのだろうか。
 しくしくとすすり泣いているらしいそいつが怖いのに気になってしまって。


 そっと男が被っている俺のぱんつに手を伸ばす。
 まるで結婚式の時に捲るヴェールのように、ゆっくりとぱんつを外すとそこには。

「……はじめまして、小川雅乃くん」
「は? なんで俺の名前……」
「君がボクの運命の番だからだよ」

 泣いたからか少し目元を赤くしたアッシュグレーのタレ目と目が合った。

 にこりと微笑むその穏やかな表情に一瞬で毒気を抜かれた俺だったのだが。

「……運命? いや、ただのド変態だろ」
「ち、違うよ!」

“まぁ、とりあえずぱんつは回収できたしな”

 ド変態が被っていたぱんつを今後履くかはわからないが、当初の目的であったぱんつの回収は出来たのだ。
 変態が持っているよりずっといい。


「一応拾ってくれてありがとう、そして永遠にさようなら」

 しれっと扉を閉めようとした俺に慌てたのは目の前のド変態だった。


「待って待って待って!」
「嫌です」
「ボクのこと気にならない!?」
 
 “気にならないか聞かれてもなぁ” 

 確かに気にはなる。
 この半透明の触手は、日常目にする類いのものではない。

“ビビってチビってもおかしくないところだけど”

 こんな異様な状況でも何故か冷静に見て考える余裕があるのが自分でも不思議だが、あまりにも現実味のない状況で思考が麻痺したのか、それとも目の前のド変態がさっきまですすり泣いていたからなのか。

“なんでか怖くねぇんだよなぁ”
「ね!? 怖くないのは、ボクたちが運命の番だからなんだ!」
「おいッ! 思考を読むなよ!」

 口に出していないはずの言葉に返事をされて反射的に怒鳴る。
 俺の声にビクッとしたそいつは、目に見えるほどしょんぼりとしてしまって。

 
“まさか同情を誘って油断させてぇんじゃないよな?”

 なんて、思わず疑ってしまうほど何故か危険を感じなかった。

「ボクは江入杏」
「えいり……あん?」
「実はエイリアンなんだ」
「まんまかよ!!」

“偽名でももっとまともにつけるわ!”

 思わず全力でツッコんでしまうほど安易なネーミングセンスについ失笑してしまう。

 そして俺が笑ったからだろうか。
 何故かこの自称エイリアンが嬉しそうに笑って。


「雅乃が笑うと嬉しいよ」
「俺はド変態が笑ってても嬉しくねぇけどな」

 にっこり微笑むそいつににっこり作り笑いを返す。
 
 割りと辛辣な返しをしているつもりなのに、メンタル極強なのかにこにこしているそいつは触手を目の前で揺らめかして。

 
「家に入れてくれたら、ボクのこれ、好きなだけ調べていいよ?」

“……っ!”

 その誘いにごくりと唾を呑む。
 目の前のこいつから害意を感じないし、的確に俺の興味を刺激した。

“次の研究発表のテーマ……”

 見ようによってはアメーバにも見える形状。
 伸縮自由なのだとしたら、伸びる寸前に爆発的に細胞組織が増えそして消えているのか、それとも細胞組織自体が伸縮するのか……

“そんで、多分誰もこんな研究してないよな”


 もしこのメカニズムを解明出来たのならば、単位どころか大学院への道に有名企業の研究員としての就職だって可能かもしれない。


「……わかった、ただし、害意を認めたら即通報だ」
「大事な番を傷付けるなんて絶対しないよ」

“通報で間に合うのかはわかんねぇけど”

 だが、これは俺にとってチャンスでもあるから。


 俺はそのエイリアンの提案に頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。 追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。 きっと追放されるのはオレだろう。 ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。 仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。 って、アレ? なんか雲行きが怪しいんですけど……? 短編BLラブコメ。

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...