ぱんつを拾ったアイツとアイツを拾った俺の話

春瀬湖子

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 そんな奇天烈な始まりから5日。

「杏、皿出してくんねぇ?」
「はーい」

 明るい返事をした杏は、リビングのソファに座ったまま触手を伸ばし食器棚からお皿を二枚出して。

「だから無精すんなって」
「えー? でもこれも俺の体だよ?」
「それはまぁそうなんだが」

“なんだか絶妙に納得いかねぇんだけど”

「でも、ルール守ってるよ」

 きょとんとした杏があざとく小首を傾げる。

“くそ! わかってやがる……!”

 その顔を見ると途端に俺は何も言えなくなり、渋々杏が出してくれた皿にカレーを盛った。


 唯一の番を探すために地球に来たという杏。
 
 彼は沖縄でダイビングをし、北海道でラベンダー畑を見た後海鮮を食べ、京都で千本鳥居をくぐり、佐賀でイカを食べてここまで来たらしい。

“ただの観光なんだよなァッ!”

 正直羨ましいとしか言えない旅の話。
 楽しそうでしかない話だが、それでもどこか寂しそうなのはこのエイリアンが本当に番を探しに来ていて、そして見つからずひとりぼっちだったからだろうか。


「ご飯食べたら今日の実験する?」
「んー、今日は杏の話聞かせてくれ」
「ボクの?」

 この5日間、ある時は熱湯をかけ(真っ赤に腫れ上がったので焦って冷やした)、またある時は塩をかけ(ナメクジみたいにはならなかった)、そしてまたある時には細胞採取しようと道具を用意し(プルプル震えるせいでどうしても切れなかった)、とうとう俺は実験のベクトルを変えることにした。


“こいつの見た目も、本能的に『番』の好みへ自動的に変化したものだって言ってたし”

 物理的な実験が厳しいなら、内面で変化するかもしれない実験をしようと思ったのだ。


“人間がホルモンバランスで体調や精神面に変化が出るように、エイリアンも内面の変化で新たな可能性が見出だせるかもしれない”

 その為にはまず杏のことをもっと知らなくては、と思ったからこその提案だったのだが。


「ぱんつがね、凄くいい香りがしたんだ」
「はぁ」
「それで、あぁ雅乃がボクの番なんだなってわかったんだよ」

“俺、何を聞かされてんだ……?”


 杏がうきうきと話し出した内容にぽかんとする。
 こいつに話の主導権を渡すと迷走すると判断した俺は、ならばと気になっていたことを聞くことにした。
 

「あー。じゃあ初対面の時玄関前に瞬間移動したのは?」
「あれは触手を伸ばして外階段に引っ掛けて移動したんだ」

“あ、物理的ショートカットか”

 確かにそれならばあの短時間でここまで来たことも理解できる。

“つまりこの触手、体を支えるくらい力があるっていうことか”

 半透明だから想像もしていなかったが、確かに皿なども出せるのだ。
 この半透明なスライムのような触手は、半透明の筋肉組織で出来ているのかもしれない。

“神経とかもあんのかも。だから切ろうとした時あんなに怖がって震えてたのか?”


「ここまで瞬間移動した原理はわかったが、なら俺の名前はなんでわかったんだ?」

 名乗っていないし表札には『小川』としか出していない。
 だがこいつは正確に『雅乃』という下の名前も言い当ててきた。

「それはね……」
「それは……?」
「ぱんつが、芳しかったからだよ」
「…………」

“答えになってねぇ!!”

 真剣な表情をした杏とは対照に俺は半眼になる。

「またその話か」
「一番大事なことだからっ」

 はぁ、とため息を吐いた俺に慌てたのは杏だ。

「香りには色んな情報が含まれてるんだ。特に秘部を守るぱんつからは濃厚な香りがして、相手の思考や興味のあることだってわかるんだよ」

 必死に説明する杏だが、それがぱんつの話だと思うと途端にくだらないような内容に思え――

“ん?”

「思考や興味のあることがわかる?」
「そう! ちょっとした記憶も遡れるから、ぱんつを被って直接香りを接種したことによって雅乃の名前もわかったんだ」

 その話が本当ならば、確かに全て辻褄が合う。

 直接香りを接種しようと被っていたこと。
 その結果俺の名前を把握し、そして俺の求めている対価を正確に提示したこと。

“気付けば一緒に住んでるし……!”

 あれ、俺これいいように手のひらで転がされてるんじゃないか? なんて頭を過った俺は、目の前で人畜無害そうな笑みをしながらデザートのプリンを頬張る杏を見て――


“まぁ、害意は感じねぇし、ギブアンドテイクってやつか”

 別に絆されているなんてことはないと断言するが、やはり俺の好みの顔だからだろうか。
 苦笑を漏らしつつ、その時はまぁいいか、なんて思ったのだった。


 ――その時は。


“大事な番らしいから尊重されてんのかと思ったし、害意も感じねぇし、あと洗濯回す頃には何事もなかったから油断してたが”

 シャワーを浴びようと風呂場に来た俺は、いつものように服を脱ぎ風呂場に入った。
 普段は杏が後に入るのだが、今日は聞いた内容をまとめておこうと先に入って貰った、までは別に普通の流れで。

 そして風呂に入り、いざシャワーをしようと思ったらシャンプーが少なかったのでついでに足しておこうかと浴室から出た時だった。


「……おい、俺のぱんつどこに持っていくつもりだ」
「いだいッ」

 少しだけ開けられた隙間から触手を伸ばし、俺が脱いで放り込んだばかりのぱんつを器用に洗濯機の中から回収しようとしたところを現行犯。

 むぎゅ、とぱんつを盗ろうとしている触手を踏みつけるとリビングから声が聞こえて呆れた。

“こいつ、いつも俺が先に入るから気付かなかったが毎日ぱんつ盗ってたのか?”

 翌朝洗濯機を回すまでに再び戻せば気付かない。
 だが今日に限って俺が後に入ったから――……


「杏」
「は、はい」
「何してんだよ」
「嗅ぎたかったんです……」

 子犬のようにしょぼんと項垂れられると俺の方が悪いことをしたような錯覚に陥るが、絶対そんなはずもなく。

「脱いだばかりは、一番香りが強くて……」
「はぁ」
「だからボク、もっと雅乃のこと知りたくて」
「ほぉん」
「ぱんつ、ください」
「却下だド変態!」

 腰にタオルを巻いた状態で説教というのも格好つかないが、だがこれは大事なことだ。
 夜な夜な自身の脱ぎたてぱんつを嗅がれていたとかなんか嫌!

 俺は杏からぱんつを回収し、すぐさまもう一度洗濯機に戻してスイッチを入れた。


「あ、あぁ……! 洗ったら薄まっちゃうのにっ」

“薄まる!? あっ、だからこいつ被ってたのか!?”

 初対面でぱんつを被っていた理由が、より直接嗅ごうとしたからだとすれば。

 俺は知りたくなかった新しい事実を知り、苛立ちながら風呂場のドアを閉めてシャワーを浴びたのだった。
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