王子がお家に住み着いた!

春瀬湖子

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1.それはそれはとても美しいお人形····ではない

タンザナイト王国には公爵家が4つあるが、その中でも女の子がいるのは我がライス家だけだった。

王国唯一の公女、エメラルド・ライス。
それが私の名前。

少し年の離れた兄二人からも、また他の家々からも唯一の公女である私はそれはもう大層可愛がられた。

欲しいものは何でも手に入った。
甘やかされすぎていたと言っても過言ではない。
手に入らないものなんてないと信じて疑わなかったし、実際欲しいと口に出したモノは全て手に入った。



それは私がまだ5歳の頃だった。
可愛いお人形を見つけたから欲しくなった。
ーーーそれだけの軽い気持ちだった。


輝く銀髪にルビーを嵌め込んだかのような瞳。
·····一目で欲しいと思った。

「気に入っちゃったわ!私のお人形さん!欲しいわ欲しいわ、絶対持って帰るわ!!」
「え、エメラルド!?な、何を、何を言っているのかなウチの娘は!?」
「欲しい、欲しいわ!お父様、お願いっ」
「いや、あの御方はお人形じゃ····っ」

今思い返せば、あれほど焦った父は初めて見た。
それはそうだろう、私が欲しがった人形は···

「構わないよ」
「なっ!?な、な、何を仰られているのかルイーズ殿下っ!?」

タンザナイト王国の長子、ルイーズ・タンザナイト···一国の王子様だったのだ。





「おかしい、おかしいわ····」
「何がおかしいの、エメ?」
「全てです殿下!!」
「殿下だなんて堅苦しいな、ルイスと呼び捨ててくれと何度も言っているだろう?」
「で、殿下を愛称で呼び捨てだなんて出来ませんわ!!」
「どうして?だって私は君の“お人形”なのに?」
「~~~ッッ!」

自室のソファに突っ伏して頭を抱える。
あの5歳の日から王子が“私のお人形”として私の部屋に住み着いているという、この意味不明な現状に嘆く毎日だ。

“く、黒歴史だわ······”

公女と言えば、国の情勢や王族の血筋などによっては一王子よりも権力を持つこともある。
ーーーが、ルイーズ殿下は陛下と正室である皇后様の第一子で、血筋も権力ももちろん私より全然上の存在だ。

なのに、いや、だからこそ、「構わない」と言った殿下の“言葉が通って”私のお人形として14年経った今もここにいるのかもしれないが。

「殿下も今年で成人です、私もとっくに成人しておりますし····そろそろ····」
“城に帰ってくれ····!”

「殿下じゃなくて、ルイスでしょ?」
「いや、あの、その話は今はしてな···」
「ル、イ、ス、でしょ?」
「~~~、ルイス···殿下····」
「殿下もいらないんだけど···まぁ、合格と言うことで!じゃ、そろそろ寝よっか?」
「う、うぅぅ····」

ベッドに腰掛けていた殿下はさっと上掛けをめくり私をベッドに誘う。
お人形として我が家に来たその日からずっとそうやって添い寝をしてきた。

もう一度改めて言おう。


····おかしいだろ!!!!


百歩譲って欲しいとわがままを言った事はいいとしよう。
何しろ当時5歳だ。
人形ではなく人間に言ったことがそもそも間違っているが、まだ何もわからない5歳だったのだ。

百歩譲ってオッケーを出したこともいいとしよう。
何しろ彼も当時6歳だ。
よくわからず一緒に遊びたいな、みたいなノリでオッケーしてしまったのだろう。

だとしても、止めろよ大人!!!
そしてもうすぐ成人なのにしれっと令嬢の部屋に住み着いてるとかおかしいでしょう、せめて別の部屋を用意してよ!!!


「ルイス殿下ももうすぐ成人ですし···」
「つまりまだ未成年、子供ということだな。ならば許されるだろう」
「く·····ッ!」

今日こそ添い寝から脱出しようと殿下の年齢を主張してみるが華麗な屁理屈でねじ伏せられる。 

ちなみにこの国の成人は男子20歳、女子18歳。
現在殿下もうすぐ20歳、私19歳。


“ぶっちゃけどっちもいい大人なのに···っ”


しかし、“子供”を理由にそう主張するならばこちらだって、と最近ずっと考えていた返し文句を言ってみる。

「わ、私はもう成人しておりますわ!大人です!!」

だから添い寝はしません、との思いを込めたその一言は····

「まさかエメってば、······誘ってるの?」
「誘ってないですッッ!!!」

本日も玉砕だ。

にこやかに「そうなの?残念、なら添い寝だけだね」なんて言われ、このまま添い寝を選択するのが一番被害が少ないと思い直す。

おずおずと寝転ぶと、いつもと同じく殿下に腕枕され髪を鋤かれる。
それが少しくすぐったくてーー····

「おやすみ、エメラルド」
「おやすみなさい、ルイス殿下」

なんだかんだで5歳の時から側で寝ていた彼の香りに包まれ、そのまま眠りについた。
もちろん彼は自称お人形。
添い寝以上の関係はなく、私達は婚約関係でもなんでもない。

ただただ王子が子供時代の私の我が儘を了承し、お人形だからと私の部屋に住み着いて毎日添い寝するだけだ。






「私って、結構いい物件だと思うんだけどなぁ···」
「エメってば、どうしたの?」

今日は王子が公務に行くとの事だったので、私は友人のサン伯爵家のリリーとお茶会という名の愚痴会だ。

「唯一の公女なのに不必要な浪費もしてないし。なのに誰からも婚約申込み来ないのよね」
なにしろ5歳の時にお人形を欲しがったせいでいまだにこんな意味不明な事になっているのだ、さすがに懲りるというものだろう。


はぁ、と大きなため息が漏れる。
そんな私とは違いリリーはと言うと、驚くでもなくしれっとしていた。

「お兄様方もシスコンだからそこで止めてるんじゃない?公爵様が止めてる可能性もあるけど···」
「あり得るぅ···」
「でも、エメに結婚願望があったなんてねぇ~」
「結婚願望って訳ではないわよ、これでも一応貴族の娘だし、いつか必要な相手に嫁ぐ覚悟はしてるわ」

だとしても、誰からも何のお誘いが来ないというのはちょっと唯一の公女としてのプライドが傷つくというもので。

「ふぅん···だったら、仮面舞踏会でも行ってみる?」
「え?」

思わずきょとんとする私に、リリーは内緒話をするかのようにズイッと顔を近付けた。

「エメは、つまり恋がしてみたいって事でしょう?」
「こ、恋っ!?」
「そう、恋!誰かにきゅんきゅん~っとして、思いっきり甘やかされたいって事!」
「えぇ~、そんな、事は···」

ない、と思うんだけど···。
そう思いつつ、楽しそうなリリーの言葉に耳を傾ける。

「誰かわからない相手とちょっぴり危険な夜とか素敵じゃない?」
「え、えぇ!?夜!?」

舞踏会は仮面があろうとなかろうとこの国では基本夜に開催される···が、もちろんリリーの言っている夜はそういう意味ではなくて。

“毎日の添い寝とは違って男女の仲···って事、よね!?”

自分の体にのしかかる適度な重み、さらりと頬を擽る男性の髪は月明かりに透けて銀に輝き仮面越しに合う瞳はまるでルビーを嵌め込んだ···

思わずそんな“危険な夜”を連想してすぐに我に返る。

銀髪にルビー色の瞳って···

「ま、まんま殿下で想像してしまったわ···」

ある種の絶望を感じながら思わずそう口から漏れる。
その呟きを顔を寄せていたリリーが聞き逃すはずもなく。

「あら?エメも殿下が好きなの?」
「え!?そんなこと···って、“も”?」

エメも、の“も”に引っ掛かりを覚え思わずそう聞き返すと、なははとリリーが笑う。
令嬢らしくないこの笑いを私の前でだけしてくれるリリーが大好きだ。

「あ、私はもちろん違うわよ?でも殿下はあの見た目だからファンが凄く多いみたい。弟君であるベネット殿下は金髪だから、太陽と月のどっち派?みたいな話も多いんだから」

ちゃんと王宮で暮らしているルイス王子の弟君、ベネット王子は光を集めたような金髪にアイスブルーの瞳がとても美しい。
皇后陛下の息子であるルイス王子とは違い側室の息子であるベネット王子だが、明るく人懐っこい人柄も相まってとても人気が高いのだが。

「太陽と月···ってのはわからなくもないけど、ベネット王子はまだ8歳、よね?」
「今から粉かけとけばワンチャン!っていう事かしらね」
「はぁ···」

世の令嬢達のアグレッシブさに少々引きぎみだった私をスルーして、でも、とリリーは話を続ける。

「でも、エメが2人の殿下から相手を選んだら、選んだ王子が次期国王になるわね」
「う···!」

王国唯一の公女、という肩書きは、王子の後ろ楯には強すぎる。
他の公爵家に女の子が産まれれば偏りは分散されるだろうが、現状公爵家を後ろ楯に出来るのは私の結婚相手だけだからだ。

そしてその結婚相手が王子だったならば、それは確かに王位継承が誰よりも近くなるということで···。

「確かにベネット王子を選んだとすれば、側室の子であっても王位継承あり得るわね。逆にルイーズ王子を選べばルイーズ王子の地位は確固たるものになるでしょう」

静かにそう告げる私の真剣な表情に釣られてリリーも真剣な表情になる。

「でもね。そもそもベネット王子は8歳よ、ちょっと···ないわ···」
「だよねー!」

真剣な雰囲気をぶち壊して二人して椅子の背もたれに体重をかけた。
そもそもこういう話自体がスキャンダルになりそうなものだし、椅子の背もたれに体重をかける姿もあまり上品ではないが、親しいリリーの私室でメイドも含め全員下がらせているからこその会話である。
誰もいないからこそリリーの口から仮面舞踏会なんて単語が出た訳だが。


「じゃあルイーズ殿下は?さっき想像したって言ってたじゃない?」
「ルイーズ王子もなしよ!」
「なんで?」
「だってそれは···」

毎日寝所を共にしてるのに、男女の仲どころか口付けすらないのだ。
そんなの····

「望みが無さすぎるわ····」
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