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1.小さな親切は優しさとお節介のどちらなのか、大体後者
しおりを挟む二人は幼馴染みだった、とてもとても“仲の悪い”幼馴染みだった。
仲が拗れたのは小学校入学の時。
男女を意識するにはまだ早い気もするその年齢でもませた子はいるもので、男女で仲良い二人をからかった。
親同士が仲良く生まれた時から一緒にいたし、姉弟のように思っていたいずみはそんなからかいなんて気にしなかったが、大和はそうではなかったようで。
「お前なんか姉じゃねぇよ!ふざけんな!」
そう言って突き飛ばされたのだ。
小学生の体格なら男の子より女の子の方が大きくて、結果的にボッコボコにしてやった。
そして二人はどんどん険悪になり、顔を合わせると怒鳴り合い殴り合う。
さすがに中学くらいからは殴り合ったりなんてことはしなかったが、二人の仲は大学の映画研究サークルで再会してからも修復される事はなくてサークルメンバーも、そして両親も頭を抱えるほどだった。
サークルで会ったのは本当に偶然で、これが腐れ縁というやつなのかと殺意が芽生えた。
主にB級ホラーと呼ばれるジャンルが好きないずみは何十年も昔の洋画を中心にメンバーと観賞していたが、大和はいずみがいる時はすぐに舌打ちをして部室を出る。
そんな大和を見るたびに苛立ちが大きくなった。
映画が好きで入部したいずみと、高校のバスケ部の先輩に頼まれて入部した大和。
「そんなに映画好きじゃないならサークル辞めなさいよ!」
「はぁ?俺だってお前が観てるようなチープなやつ以外は好きでちゃんと活動してんだよ、つか先輩の頼みでもあるから絶対辞めねぇし気に食わねぇならお前が辞めろや」
「チープですって!?相変わらず頭オカシイんじゃない!?」
「ちょっとちょっと二人ともっ!人数ギリギリだからどっちかに辞められたら困るっていうか人数少ないんだから本当なんとか仲良くしよっ!ね?!」
そんなやり取りが日常茶飯事だった。
そしてその日は突然やって来た。
「いずみ、いい写真出てきたからいらっしゃいな」
そう母に呼ばれて行くと、渡されたのは1枚の写真だった。
「げっ、何これ」
「げっとか言わないの!懐かしいわね、この頃は大和君とまだ仲良かったのに」
「仲良かったって言われても、これどう見ても4、5歳よね?昔すぎて覚えてないっていうかこんなの見せられても逆に腹立つんだけど」
その写真は幼い自分と大和が仲良く公園の砂場で遊んでいる写真だったのだが、小学生の時からいがみ合っている相手とのそんな写真を見せられたところで苛立つだけで。
「いずみも20歳、大人の仲間入りをしたんだから少しは歩み寄る努力をなさい!」
と無理やり写真を渡される。
げんなりしつつもさすがに目の前で破り捨てる訳にもいかないのでポケットに押し込み、逃げるように家を出た。
コンビニでアイスを買い食べながら歩く。
すぐに帰るのもな、と散歩がてら公園に向かったのは、あの写真の光景が少し残っていたからなのか偶然だったのか。
公園への階段を上っていると、奥からダンダンとボールの音がした。
そこには大和が一人でドリブルをしていて···
うわ、最悪っ!
こんなとこ来なきゃ良かった、と後悔し食べ終わったアイスのゴミを公園のゴミ箱に捨ててさっさと退散しようとした時だった。
気付かれないうちにと、意識が大和に向かっていたせいで階段を踏み外したのだ。
「いずみっ!」
反射的に声の方へ顔を向けると大和が手を伸ばしていて。
なんで、と思った。
そして次に目が覚めたらそこは病院だった。
知らない女性が顔を覗き込んでいて、自分の事を母親だと名乗った。
「だれ···?」
そんな私達の様子に疑問を覚えた医師からいくつか質問を受け、一時的な記憶の混濁があると診断された。
記憶喪失にはいくつか種類があるそうだったが、幸いにも自己紹介をされ写真を見せられたりすると少しずつ記憶がハッキリし、母もすぐ母だと思い出せた。
知らない男女が何人も来て、少し話を聞くと同じサークルの先輩だと思い出す。
思い出すキッカケは様々で、一緒に観た映画の話をした時だったり、誰かの失敗エピソードだったり。
小さなキッカケが記憶の欠片を呼び起こし、そんな様子を見てすぐに全ての記憶が戻るでしょう、との事だった。
隣のベッドには男の子がいた。
一緒に階段を落ち、なんと同じく記憶喪失になったらしい幼馴染みの男の子だった。
「大和君が庇ってくれなかったら娘はどうなっていたか」と両親は泣いてお礼を言い、「いえ、結局大和も一緒に落ちてしまいましたし、お互い本当に命に別状が無くて良かったです」とその男の子の両親も涙ながらに話していた。
一緒に落ち、頭を打ったらしい私達は奇跡というかなんというか、症状がほぼ同じで。
こんなとこまで一緒じゃなくてもいいのに、とお互いの両親は笑っていた。
子供たちが怪我をし記憶まで失ったのにどうして笑えるのかと思わなくもなかったが、記憶喪失というにはあまりにも軽度で、相手が誰でどのように付き合っていたのかも二人とも少し話すだけで鮮明に思い出せたからというのが大きかったのだろう。
「あの、大和···くん?」
「え、あ、大和でいいよ、幼馴染みなんだし多分そう呼んでたんじゃないかな」
「あ、じゃあ私もいずみ、で」
そんな会話をした。
お互いの事は何もまだ思い出せず、そんな二人を見て驚いた両親達。
「じゃあ、その、大和、ありがとう助けてくれて」
「いや、助けてくれたのはいずみかもだし」
「そんなことないよ!階段から落ちた私に手を伸ばしてくれた大和の顔はなんとなく覚えてるから」
「そう、だった···かも?でも結局二人とも落ちたしな、守りきれなくてごめんな」
二人の様子を見た両親達は先ほどより更に目を見開いて。
「?」
その時は“記憶が戻っていない部分を見て不安にさせたのだろう”と思い申し訳なく感じたのだが、実際は約14年ぶりに和やかに話す二人を見て驚いていたのだと今ならわかる。
しかしその時の私達にはわからなくて。
「ほ、本当に仲良いんだから~!」
「そ、そうね~!」
なんて話も、仲良かったんだな、自分の身も顧みず助けてくれたくらいだもんな、と納得していた。
頭を打ったから念のためと次の日も入院した。
サークルの先輩達は翌日もお見舞いに来てくれ、大和も私のベッドの横に椅子を持ってきてみんなで話す。
そんな私達の様子にただただ驚いた先輩達に違和感は覚えたが理由まではわからなくて。
「けど、お前ら本当に覚えてないの?」
「先輩の事はすぐ思い出しましたよ、一緒に色んなホラー映画観ましたよね」
「あれ、俺ホラー映画観た記憶ない···のは忘れてる?」
「いや、大和は観てなかったからなぁ」
「えっ!俺観てなかったんスか?ホラー苦手なつもりなかったんスけどなんでだろ」
私も一緒に観た記憶ないなぁ、と話していた時だった。
「·····きっと、“彼女”にビビってる顔とか見られたくなかったんじゃないか?」
そう一人の先輩が言い出して。
「そ、そうだと俺も思うわ!大和がホラー苦手って訳じゃないのは知ってるけどいずみちゃんはホラーの専門家みたいなもんだし!?少しでも格好つけたかったんじゃないかな!」
とすぐ他の先輩も返事をした。
「えっ、彼女···?」
「もしかして私達付き合ってたんですか···?」
思わず大和と顔を見合わせて、二人とも顔が赤くなる。
“確かに命がけで助けてくれた訳だし、それくらい私の事を大切にしてくれてたのかも”
と納得したし、それは大和もだったようで。
「付き合ってた!幼馴染みだから息もぴったりで凄い仲良くてな!」
「そうそう、理想のカップルっていうか夫婦かな?みたいな感じだったよ~っ!?」
覚えてないなんて信じられないわ、なんて先輩達は···今思えばあまりにも白々しくしかし必死に笑っていた。
それはあからさまな演技だったし、少し話しただけで色んな記憶が戻っていた二人がどこかにデートに行ったとかの記憶を何一つ思い出せなくて(実際行ったことなかったんだから当たり前なのだが)、付き合っているという話に少し引っ掛かりはしたのだが。
「そういえば、私こんな写真持ってて」
と、何故かポケットに入っていた幼い頃の二人の写真をみんなに見せた事が後押しとなり、大和も「この頃からずっと仲良かったんだな、付き合ってた事が思い出せなくて残念だけど一緒に過ごせばすぐに他の記憶と同じで思い出すよ」と微笑んでくれた。
その優しさが胸の奥で広がり、なんだか少し苦しく感じたのは何故だったのか。
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