その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

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第二章:少しの時間だけ

9.気持ちよくして、喜んで

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“喜ばせるって言われてもなぁ……”

「何がいいと思う?」
「んー、清子さんは座敷わらしだからね。本人のいる場所が勝手に潤うから、お金で買えるようなものは求めてないと思うよ」
「だよねぇ」

 こんちゃんのその言葉に思わず頷いた私は、完全に八歩絵塞がりの思考にため息を吐いた。

 喜ぶ、という漠然とした要求が難しいが、その要求をクリアしなくては私の膝は治らない。
 まだこんちゃんのお姉さんが新婚旅行から帰ってきていないため時間の猶予はあるものの、自身の膝とはいえおじさん顔の存在と一緒にお風呂……なんて想像したらぞわりと鳥肌がたった。

“い、一秒でも早く治したい!”


「ねぇ、こんちゃんって強い狐のあやかしなのよね?」
「うん、それなりにはね」
「何か出来たりしないの?」

 “芸とか!”なんて考える私の下心に気付いているのかいないのか、うーんと小首を傾げたこんちゃんはにぱりと表情を明るくさせて。

「化けれるよ」
「ば、ばけ……?」
「狸ほどじゃないけど、まぁ狐だしね」

 なんて言ったこんちゃんがパチンと両手を叩くと、目の前に小さな狐がちょこんと座っていた。

「か、か、かわいぃい~!」

 くりくりとした黒目がきゅるんと私を見上げ、ふさふさとした尻尾がもったりと体に纏わりつくように回される。

「キュウゥン」

 か細い声で鳴く姿がどこか哀愁を漂わせ、私はまるで取り憑かれたかのようにその愛らしい子狐を抱き締めた。

 猫や犬よりも少しごわごわして見えた毛並みはふれるとふかっと手に馴染み、まるでここが極楽浄土だったかと錯覚するほど。


“そうだった、狐って見た目よりずっと柔らかくて温かい――……” 

「ん?」

 ふと頭を過ったそんな感想にぽかんとしてしまう。
 私は何故狐の手触りを懐かしんでしまったのか。
 
 狐なんて日常生活や街中で見かけることなんてないし、動物園に行けば会えるだろうが狐と触れ合えるところなんてほとんどないだろう。

「なのになんで……」
「なぁーにやっとんじゃい、お主らは」
「へ?」

 そんな思考に割り込むような清子さんの声がしてハッとすると、いつの間にか子狐の姿ではなくいつもの人型の姿になってにこにこと笑っているこんちゃんに、しがみつくように私から抱きついていて。

「ふふ、ゆっこってば人様の家で大胆だなぁ」
「なっ、なっ!?」
「はっ、仲睦まじいのはいいことじゃが、自宅でやれバカ共が」
「ちがっ、私たちはっ」
「恋人同士だよねぇ」
「うえっ!」

 動揺している私を可笑しそうに見つめながら目を細めるこんちゃんはやはり少し意地が悪く、せめてもの抵抗で睨んでみるが効果はなし。

 そしてそんな私たちに呆れ顔を向けた清子さんは再び大きなため息を吐いた。


「ただ時間を無駄にすることもなかろーて。そうじゃ、トランプでもするか?」
「と、トランプ?」

 想定外の単語に唖然としつつ、この提案に乗らない手はないとばかりに同意する。

「あっ、わ、私が配ります!」

 棚から出してくれたごく普通のトランプがなんだか少し不思議に感じつつ、それぞれの前に配っていく。

“まさかあやかし界でトランプをすることになるなんて”

 こんちゃんの耳と尻尾さえなければ、清子さんは普通の女の子に見えるし、ここがあやかしたちの世界だなんて信じられないほどである。


「えっと、とりあえずババ抜きでいいですか?」
「うむ。むむ? この五枚でロイヤルストレートフラッシュじゃ!」
「ちょっ、ババ抜きって言いましたよね!?」
「あはは、ゆっこってば、いくら清子さんが長く生きてるからって仲間外れはよくないよ?」
「こんちゃんは黙ってくれるかな!?」

“配っただけでこのカオス!”

 幸先が秒速で不安になるが、私たちの目的はあくまでも清子さんを喜ばせること。
 
 ここはなんとか盛り上げて気持ちよくなってもらい、喜んで貰いたい。

「ろ……ロイヤルストレートフラッシュとか初めて見ました! わぁ、清子さん難しい言葉知ってるんですねぇ」
「見た目とは違ってわらわが最年長だって忘れておらんか?」
「ゆっこ、ババ抜きしたいんじゃなかったの?」
「ば、ババ抜きにロイヤルストレートフラッシュがあっちゃダメなの?」
「……おい小僧、お主の恋人はあまりにもその……会話が下手か?」

“会話が下手……!”

 その言い種にガクリと項垂れると、机越しの向かいに座っていたはずのこんちゃんがいつの間にか隣へと移動し私の腰を引き寄せた。

「この不器用さと嘘をつけない真っ直ぐさが可愛いでしょ?」
「なっ!」
「あー、ハイハイ。いちゃつくなら自宅へ帰って欲しいものじゃが……」

 清子さんの一重で真っ黒な瞳がスウッと細められ、小さなため息がその小さな口から溢れ出る。


「……人間の恋人のぅ」


 まるで一人言のようなその呟きが、私の中で引っかかった。
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