「だからそれは俺のじゃないっ!」俺のじゃないパンツで脅されています

春瀬湖子

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8.終電はいつも軽く散る

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「どうした浩太、なんか疲れてんじゃん」
「いやもう週末最悪で⋯」
「週末?」

食券を選びながら、心配そうに聞かれた俺は⋯

「それが嘉川にー⋯」

青山に聞かれるがまま答えそうになりハッとする。

“罠にハメられて実際ハメられる一歩手前でした⋯とか言える訳ねぇ~~っ!!”

「嘉川がどうかしたのか?」
「いや⋯別になんもない、大したことじゃ⋯ない⋯」

いい誤魔化しも言い訳も何も思い付かず、ため息混じりに視線を外す。
そんな俺の様子を怪訝に思った青山は⋯

「じゃああそこで食おうぜ!」

と無邪気に食堂の窓際テーブルに座っている嘉川を指差して笑った。

“ゲッ!!”

「いや、あそこはちょっと⋯」
なんてモゴモゴ言ってみるが、後ろに並ぶ人達に押し出されるように進まされ⋯

日替わりB定食を買った俺は、渋々青山の後を追い嘉川がいるテーブルへ向かった。


「嘉川、一緒に食っていいか?」
なはっと明るく笑いながら声をかけた青山と、その後ろに隠れるようにいる俺をチラッと見た嘉川はすぐ胡散臭い笑顔で頷く。

散々イかされた上にエロぱんつまで履かされていた俺は、気まずさからせめてもの抵抗で嘉川の座っている場所の対角、青山の隣に座って。


「なぁ、お前ら週末何かあったのか?」
「週末?」
「ごはっ、あ、青山!?」

“何かって何だ!?ナニを知って聞いてんだ!?”

青山の聞き方に焦った俺は、変なこと言うなという圧を込めてジトッと見る。
目が合った嘉川はにこりと微笑みかけてきて。

“うぐ⋯!”
じわりと頬が熱くなった俺は、そんな自分に悔しく思いつつ定食のカツを思いっきり放り込んだ。


「ちょっとデートしてただけ」
「デート?」
「ごはっ、か、嘉川!?」

さらりと言われたその単語に焦る俺は絶対悪くないと思う。


「そういえば望月が帰った後、なんかぱんつが無くなったんだけど知らねぇ?」
「なに、浩太ってば嘉川のぱんつが欲しかったのかぁ?」

あはは、と笑いながらからかってくる青山にイラッとしつつ冷や汗が流れた。


ちなみに泊まった時に借りた服は、洗濯機に入れるだけだからと言われその場で嘉川に返したのだが履かされていたエロぱんつだけは持って帰っていて。

“だってまた履かされたら堪ったもんじゃないし!”

なんて、そもそもその発想が『またそういう状況になるかもしれない』と思っていることを裏付けていたのだが、その時の俺は気付かなかった。


「ま、無くなったのは俺のじゃないんだけどさ」
「えっ、嘉川の彼女の、とかか⋯?浩太、それは⋯ダメだ⋯良くないぞ⋯」
「違っ!!」

嘉川の一言のせいで一気に下着泥棒のレッテルを貼られた俺は少し涙目になりつつ嘉川を睨み⋯

「いや、俺彼女いないから。まぁ好きな子ならいるんだけどさ」
「?まぁ、浩太が嘉川の彼女のぱんつでシコって、とかじゃなくて良かったわ」
「どんな変態だ俺は!?」

なんてこっちを意味深にチラ見してくる嘉川と、よくわからずハテナを飛ばす青山を見てドッと疲れた俺はがくりと項垂れた。


「そうだ望月、今度映画観にいかね?」
「は?」

ぱんつの話から一気に変わった話題に少し安堵しつつ、“行かねぇよ!”と速攻で断ろうとした俺のスマホがバイブする。

にこにこ笑う嘉川に何だか嫌な予感がした俺は、すぐにメッセージアプリを開き⋯


「なに、浩太の写真?」
「うわぁ!?」

嘉川から送られて来ていたメッセージは、俺とエロぱんつのツーショット。
しかも隣の青山がひょいと覗いてきていて⋯

「み、見た!?」
「え?チラッとしか見てないけど、んなやべぇやつなのか?」
「んなことないけど!?」

バクバクと早鐘を鳴らす心臓を抑えつつ、ギッと嘉川を睨む。

“つーか、この写真は確かに消したはずの⋯!”

「いやぁ、なんかクラウドに自動バックアップされてたみたいで」
「!!!」
「で、映画⋯行くよな?」

当然頷く事がわかっている嘉川のその余裕な表情が腹立たしい。

「――あ、青山も!行かね!?」

意趣返しとばかりに俺は青山を誘ってみるが⋯

「え、デートだろ?行かねぇよ」
「な⋯っ!」
「週末のリベンジなんかなって」

本気でいらない気を回した青山に断られた俺は、やはり項垂れるしか出来なかった。




「⋯で、どの映画がいいんだよ」
「望月はなんか観たいのあるか?」
「べっつにぃー」

わざとらしい態度の悪さを発揮するが、そんな俺すらも楽しそうに眺めた嘉川は今話題のアクション物――ではなく、少しマイナーな恋愛物の映画を選んだ。


“ふーん、こいつこういうのが好きなのか?”

なんて思いつつガラガラの座席に着く。
そして始まった映画は⋯


“やべぇ、マジで面白くねぇ⋯!”

なんだか特に盛り上がりも事件も起きない淡々としたその映画はひたすら俺の眠気を誘った。

“なんでこんな映画選んだんだ?”
気になり嘉川の様子を確認すると、嘉川は楽しそうに映画⋯ではなく、俺を見ていて。

「!」

目があったのを合図に、そっと俺の太股に手を伸ばす。

「な⋯ッ!」
思わず声を出しそうになり、慌てて口を抑えるが嘉川の手は止まる事なく俺の太股を擦っていて。

『なにしてんだよっ』
『え⋯イタズラ?』

周りに聞こえないよう小声で抗議すると、頭の痛い返答が来て俺は目眩を感じた。

そのまま嘉川の手のひらは太股から少しずつ上がり、内側にまで侵入しようとして――きたので思いっきりつねる。

「ッ」

さすがの嘉川も痛かったのかピクッと肩を跳ねさせたが、それでも声には出さなかった。
そんな嘉川に少し感心しつつ、俺は内心ざまぁみろと笑い全く面白くない映画に視線も戻して。


「⋯!」

肘掛けに置いていた俺の手が、重ねられるようにそっと握られた。

“な⋯っ!?”
驚いた俺は再び視線を嘉川に戻すが、映画を見始めたのか俺達の視線が交わることはなくて。

“なんなんだよ、もう⋯”

振り払っても良かったのだが、なんとなくそんな気になれず。
まぁ館内は暗いしな、と自分に言い訳をして俺は重ねられた手から視線を映画に戻した。



「望月、映画終わったぞ」
「んぁ⋯」

控えめに肩を揺すられた俺は重い瞼を擦りながら伸びをする。
館内はもうすっかり明るくなっており、“しまった、手⋯!”とハッとしたのだが、俺の手はもう握られてはいなかった。


「もういい時間だし飯行こうぜ、望月何食べたい?」
「え?あ、あー⋯」

フリーになった手に少し物足りなさを感じ、そんな自分を怪訝に思う。
意識をそちらに引っ張られていた俺は『何でもいい』と言いかけてハッとした。


“これ、この間と同じパターンじゃないか!?”

前回嘉川の行動に合わせた結果、汗をかき終電を逃し散々イかされた挙句、最終的にエロぱんつまで履かされていたのだ。

今回だって嘉川の言う通りにすれば終電がなくなる事なんて安易に想像できて。


「俺がオススメの店に案内してやるよ⋯!」
「へぇ、それは楽しみだな」

楽しそうな嘉川に少し罪悪感を抱きつつ、それでも俺は自分の尻が大事だから!と俺のアパートの近くにある創作居酒屋に向かった。


何があっても自分の家に帰れる、というのがこの店を選んだ一番の理由ではあるが、オススメなのも嘘ではなくて。

「へぇ、こっちも美味いな」
「だろ?な、嘉川こっちも食ってみろよ」

さすが創作居酒屋という看板を出すだけある様々な創作料理に舌鼓を打つ。


「なんでこの店選んだんだ?」
「え!?それは⋯」

“一番は俺の家が近いから、だけど⋯”

「俺は酒好きだけどお前酒飲めないから。酒も料理も美味い店なら一緒に楽しめるかと思って⋯」
「ん⋯そっか、ありがとな」

その気持ちも本当だった俺は、嬉しそうにする嘉川を見て少し顔が熱くなる。

そんな自分に気付いた俺は慌てて話題を変えて。

「つか、あの映画なんだったんだ?嘉川もそんな真剣に観てなかっただろ?なんであれ選んだんだよ」
「望月が寝るかなって思ってさ」
「⋯は?」

言われた意味がわからずポカンとする。

「憧れだったんだよな、肩にもたれられながらイチャイチャ映画観るの」
「イチャイチャ⋯!?」
「手を繋ぎながらってのもいいよな」
「おま⋯っ!」

たったそれだけの為にあの映画をチョイスしたのかと思い、苛立ちを通り越してなんだか可笑しくなってきて。


「嘉川って案外バカだよな!?なんだよその理由⋯っ!」
「いいじゃねぇか。それに俺の目的は達成したしな」
「目的だぁ⋯?」

確かに一方的にイチャイチャし、一方的に手を繋ぎ。
途中から熟睡したから真偽は不明だが、おそらく嘉川を枕に寝てたような気もして⋯


「ノーカンだばかっ!」

なんだかバカップルみたいなことをしてしまったかも、と気付いた俺は羞恥からそう文句を言った。



今日も今日とて脅されてこの場にいるはずなのだが、嘉川の振ってくる話はどれも面白く、やはり話を聞くのも上手くて。

気付けばあっという間に時間は過ぎていった。


“まぁ、俺は何時になっても帰れるからいいんだけどな”

なんて思い⋯

「⋯あれ、つか嘉川の終電って⋯」
「とっくにないな」
「えっ、じ、じゃあ、どうすんの!?」
「そうだなぁ⋯」

ニヤリと意味深に笑う嘉川に冷や汗が流れる。
もしやこの流れってー⋯


「この間は泊めたから、今日はもちろん望月が泊めてくれるよな?」

“や、やっぱり⋯!!!”


またしても迫りくる処女喪失の危機に、俺は一気に青ざめたのだった。
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