【R18】「アナタを愛することはない」と言った私の大誤算

春瀬湖子

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最終章・全ての契約を破棄して

27.私、怒っていたみたいだわ

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 ――これは今より少し前のこと。

「離婚、ね」
「それでよろしいのですか?」

 陛下の生誕祭に出席した翌日、領地へと帰るルカを見送った私はクロフス男爵家へと戻ってきていた。
 兄たちには夫婦喧嘩をするにはまだ早くないか、なんてからかわれたもののそおれらの戯言を全て無視し、結婚前から使っている私室のソファに腰掛けながら窓の外をぼんやり眺める。
 
 つい、はぁ、とため息を吐いた私へと問いかけるのはジーナだ。

 ルカと一緒に出た夜会。
 今回の計画は事前に聞いていたし、彼の決意は固かった。

(だから私も頷くしかできなかったんだけど)

 ジーナの言葉が胸に引っかかる。

「でも、こうなってもおかしくはなかったのよね」

 最初から一年だけの契約だった。
 商団を立ち上げて軌道に乗せるまで。私の実力と経験なら、一年あれば十分だと思っていたし、この契約を結んでから半年の現在、順調に問い合わせも来ている。

 軌道に乗せるとっかかりを得たのだ、少し早いがルカとの契約を終了してもいいだろう。
 最後の夜が感傷的だったのは間違いないが、契約だけで結ばれた関係だったのだ、この別れはいずれくるものだった。けど。

「うぅーん」

 項垂れるようにして考え込む私の頭に浮かぶのは、どうしてもルカのことばかりだった。

「……楽しかったのよね、何も考えずに踊ったり」

 ルカと踊ったのは二回だけ。
 ただその場のノリに合わせてくるくると回る陽気なものと、夜会で踊った時。
 そのどちらも全然違い、そしてそのどちらも楽しかった。

「怖いこともあったけど」

 鉱山区画で狼に襲われた時はもちろん恐ろしくてもう二度と体験なんかしたくはないが、それでも私を庇いながら戦ってくれたルカは本当に格好良かった。

(家のことに巻き込みたくないって気持ちはわかるわ)

 路地裏でお金をたかり、夜会では贈答品を平気で奪う。
 それが当たり前だと主張する彼らには辟易したし正直関わりたくないと思ったのは確か。

「……でもそれは、ルカとは別なのよ」

 ルカのためなら私だって力になりたい。
 だからこそこんな終わりを望んでいた訳ではないのだ。

「なら、迎えに行かれては?」
「迎えにって、そんなこと言われても」

 もう全て終わってしまった。
 ルカに渡された離縁証明書を提出すれば、文字通り私と彼は関係がなくなる。
 契約も正式に破棄し、最初から始めるのだ。
 基盤は出来ているし、オパール事業だって引き継いだ。
 夜会でのシックなダンスは別としても、領民と踊る適当で陽気なダンスなら領地へ行けばいつでも踊れるだろう。

 だってあの地は慰謝料として私の土地になったのだから。

「これは契約通りなのよ」
「ライサ様らしいですね」

 そう。これが私らしい。商人として契約を守るのは当然だし、そして契約項目に違約が見つかればそれ相応の対応をする。
 そうわかっていても、割り切れない思いが私の胸の奥を重苦しくさせた。

(だからルカの申し出を受けて彼を切り捨てた……)

 今までしてきた私の中の当たり前が、私の体にまとわりつきここから先が動けない。
 時間は有限だとわかっているけれど、どうしてもこの離婚証明書を提出する気になれないのだ。

 はぁ、と大きなため息を吐く私の前に、ジーナが紅茶をコトリと置く。
 ふわりと香る紅茶が少しだけ私の心を慰めた。

「……私は、この生き方しか知らないの」

 クロフスとして生まれた私は当たり前のように契約に囲まれ、たくさんの商談をこなしてきた。
 こんな感情はイレギュラー。そしてイレギュラーなんて認めるべきではないと思っているのに。

「その生き方だけが正解なのでしょうか」
「え?」
「侍女という立場の私が主人であるライサ様にこんなことを伝えるのは許されませんが、正解はひとつだけではないんじゃありませんか?」
「正解はひとつじゃ、ない?」
「こんなことを言う私は誤っていると罰せられますか」
「罰なんて!」

 ジーナの言葉に反射的に反論しようとした私が思わず口をつぐむ。
 彼女の言った言葉は確かに使用人としては間違っているのかもしれない。けれど、主人を窘めるという行為が必ずしも間違いではないのも事実だった。

 商人として今回の件を受理するのは間違いじゃない。
 でも確かに、妻としてただ受け入れるだけというのは間違っているんじゃないだろうか。

「えぇ、ジーナの言う通りだわ。どちらも間違いじゃないなら、きっとどちらも正解なのよ」

 そんなこじつけのイレギュラーに私は気付けば口角をあげていた。
 くすりと笑う私に、どこか呆れたような、それでいて少し安堵したような笑顔をジーナが向ける。

「この契約は破棄するわ」

 そう宣言し、ビリッと離婚証明書を破ると、ジーナがふっと笑い口を開いた。

「契約者がいない状況で勝手に破棄するなんてライサ様らしくありませんね」

 商人としては一番ダメな行為。
 でも。

「それでもこれは破棄よ、破棄! これが正解だと思わない?」
「間違っているとは思いません」

 否定しない彼女の言葉に、私は背中を押されたように感じた。


 そこからは早かった。
 ルカが提出したのは告発文と爵位返上届。
 それらが正式に受理される前に、過去の事例を調べ法律の例外項目を確認する。

 こういった手続きは事実確認に時間がかかるものなので、調べる時間は沢山あった。
 とは言っても貴族が没落しただとか、突然幼少の当主が誕生するなんてことはめずらしくもなかったので、調べるのに時間はそこまでかからなかった。

「私の手腕が凄いのかしら?」
「よくある、だからでは?」
「……」

 得意気に鼻を鳴らした私にジーナの辛辣な言葉が刺さり、ジロリと睨む。
 けれど彼女の口角が少し上がっているのを見て文句を言うのはやめておいた。

(ジーナも喜んでくれてるのね)

 誰よりも近くで見守ってきてくれた彼女だからこそ、私とルカのことも見守ってくれているのだろう。
 そう思うと温かい気持ちになる。

 また、ルカが今回告発した内容について関わりがないと証明するのも、彼が幼少期を過ごした彼の祖父の領地へと手紙を送ることであっさりと解決した。
 快く一筆書いてくれたことに、胸がほわりと温かくなる。それは、彼がちゃんとその領地では家族と認められ過ごしていたという何よりの証明だったから。

 あとは借金問題だが、侯爵夫妻が作った借金自体は彼の領地とオパール事業を“正確に査定すれば”十分おつりがくるものだった。
 残っているのは彼が私との契約違反で支払う賠償金だけ。

「でも離婚は破棄したから、なしでいいわよね」

 勝手にひとりで決断をしたルカを鼻で笑う。
 彼の計画を壊すことがこんなに楽しいだなんて思わなかった。

(きっと私、怒っていたんだわ)

 私を守るためにそんな決断をさせられた彼の状況に。

 そして寂しかったのだ。
 彼が私を守るためにした離れるという決断が。

「あとはタイミングね」

 侯爵は差し押さに気付けばすぐに領地へ向かうだろう。
 だが差し押さえが入るというのはその場で責任を問われるということでもあった。

(なら私がするべきことは――)

 何をすべきか思案した私がすぐにふっと笑みを溢す。
 そしてそのまま父の執務室へ向かった。
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