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第二章 鍵の行方
湖面の戦い
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士
スッパガール: 斧戦士の女傑
ミーナ:美しき回復術師
ヴァント:快活な長刀使い
*
3
「ウォァアアアッ!!!」
鬼の形相と化したヴァントが舟腹に走り込むと、その長刀でミーナの腕にかぶり付いた半魚人を胴から真っ二つにした。先ほどまでの若く荒々しい剣使いも霞む様な、獰猛な獣のような太刀筋である。
胴を切り裂かれた激痛に半魚人がミーナの腕から口を離すと、ヴァントはその上半身を引っ掴み中空に放り投げた。
自然落下してくる哀れな半魚人は、落ちゆく間にヴァントの連続斬りに細切れの肉片と化した。
「あ、あ……」
フィオレは鬼と化した長刀使いの余りの変貌ぶりに言葉が出せぬ。
「ヴァント……、駄目よ……」
腕に噛みつかれたミーナは、青ざめた顔をしながら出血した右肩を手で押さえていた。
すると、右舷、左舷より二匹、三匹の新たな半魚人が湖面より飛び出してきた。
「ガアァッ!!」
其れ等を旋風の様な乱切りで切り落とすヴァント。その時には櫂を離しヴェスカードとスッパガールが駆け付けようとしていたが――。
「動きは鋭いが無軌道だ!あれでは剣風の中心にいるフィオレとミーナもどうなるかわからないよ!だけど――!」
狂った様に剣を振るうヴァントには迂闊と近づけぬ。チラと左右を見やると、新たな半魚人どもが機を伺い湖面から頭を覗かせていた。
「ヴェス!!ここは半魚人の巣だ!ヴァントは私がなんとかする!ここを離れたいッ!」
「……承知!」
スッパガールが山男を漕ぎ手に戻す。山男は全力で櫂を漕いだ。
新たな五匹の半魚人を切り落としたヴァントもさすがに体力の限界か、肩で荒い息をしていた。
するとそこに背後から新たな半魚人が飛びかかる。気配を察知した長刀使いが背面を薙ぎ払おうとすると――。
ズシャアという音と、ズムッという二つの音――。
右手の幅広の斧で妖魔を斬り、太い筋肉に覆われた左腕の前腕部でヴァントの長剣の根元あたりを抑え込んだスッパガールの姿があった。
「ア――ああぁ……」
その光景にヴァントの動きが止まる。やがてカタカタと剣が震え出した。
「……ッ!…………――ヴァント、大丈夫だよ、誰も――誰も死んでいない。生きている――」
スッパガールは剣から腕を引き抜くと、血の滴る左腕でヴァントの身体を抱き寄せた。ふっと力が抜けた様にヴァントは女傑に身体を預けて気を失う。
「ヴァント……」
出血をした腕を自身の治癒魔導で治療しながら、ミーナが呟く。
「ヴェス、もう少しであたしも漕ぎ手に戻る。それまで頼むよ」
ヴァントを抱きしめたまま女傑が山男に言った。
「心得た」
ヴェスカードは舟を漕ぎ出しながら湖面を眺める。既に湖面から顔を出す半魚人の群れはその姿を舟の後方にしていた。
(あの戦いぶりを目の当たりにしては、さすがにもう追ってはこぬか)
舟腹に目を移すとショックから立ち直ったフィオレもまた、ミーナとスッパガールの治療に当たっている。
朝靄の晴れつつある湖面の先に、小さく幾つかの小島が見えた。
*
「――ヴァントのお姉さんはね、ティルナノーグに迎えられる筈だったんだ」
傷の手当てがかなり済んできたミーナがヴァントを見てそう呟いた。そのミーナはヴァントの長刀によって傷つけられたスッパガールの左腕を治療している。
「でも、お姉さんはギルドに加入する直前で故郷が妖魔に襲われて還らぬ人となってしまったの。私とセイラも連絡を受けて街へ急いだのだけれど、そこにはもうヴァントしか生存している人間はいなかった。私達は身寄りのなくなったヴァントをギルドに紹介して、兄や姉――のように接してきた。だから、ヴァントはきっとそんな私が妖魔に襲われたのを見て我を忘れたのだと思う」
ミーナはスッパガールに抱き寄せられているヴァントの頭を撫でた。
「其奴、鬼付きなのだな――」
山男が櫂を漕ぎながら言った。
「そう――です。最近はあまりでる事も、なかったのだけれど」
鬼付き、とは心の奥底に怒りの妖精を住まわせている者のことだ。狂戦士と呼ばれる事もある。
一見して普通の様に見える人間が、何かの拍子にまるで鬼の様な形相、身体つき、筋力に変貌してしまう。完全に引き込まれてしまうと、敵味方の区別なく刃を振るうのだ。
そう言う人間が、稀に産まれる事がある。または、その力を手にする為に己を一時的に狂戦士化する魔導も、または何者にも負けぬ力を求めて自ら狂戦士を取り込もうとする者もいる。
ヴァントは完全に生まれつきであった。故郷の惨劇が引き金となって潜在していた素養が目覚めてしまったのだった。
「だが、我を忘れるくらいに仲間を、ミーナを守りたかったのだろうな……俺にはその気持ちが少しわかるよ」
「…………」
「いずれ、ヴァントはその力と対峙する時が来る。取り込むか、飲み込まれるかは、その時までにヴァントがもっと己を高められるかどうかだろうな」
「う、う――ん……」
長刀使いがようやっと眼を覚ました。
「スパさん……ちょっと苦しい…ッス」
「おや、あたしの腕に抱かれるのはそんなに心地悪いかい」
「いえいえ……そんな事はないッスが」
スッパガールの腕を解かれた長刀使いはよろよろと起き上がる。
「ミーナ姐さん……無事ですか?」
「ええ、もうすっかり治療も済んでいるわ。ホラ」
妖魔に噛みつかれた肌は、すっかり傷が塞がっている。
「よ、良かったです……あれ、フィオレ姐さん、何で涙目で……」
ヴァントの視線の先のフィオレは、泣き腫らした跡があった。
「私、ミーナが噛み付かれた時、すぐに動けなくって……ごめん、ミーナ……ごめんね……」
「ううん、仕方ないよ。フィオレが私の傷の手当て一緒にやってくれたから、すっかり良くなったよ」
落ち込んだ時に優しくされると余計に込み上げてくるものがある。フィオレの眼にまた涙が薄ら滲んだ。
「ね、姐さん!泣かないでください!俺、またなんかあっても絶対にミーナ姐さんとフィオレ姐さんをちゃんと守りますからっ!」
「グスッ、うるさぁい……ヴァント!泣いたって言うなぁ!」
「あっ……ご、御免なさい……」
「全くヴァント……お前なんでいつもあたしを女扱いしないんだい?また焼きを入れるよ?」
スッパガールが笑いかけた。
「うへぇっ、ご勘弁……スッ、スパ姐さんも守るッス……」
「も?もってなんか、オマケみたいな扱いだけれど!?」
「いやっ、そんな事はッ……ボ、ブフォアップ!」
言いかけて、吹き出してしまう。
皆も釣られて吹き出す。再び静けさを取り戻した湖面に笑い声が木霊した。
(……ギルドの仲間というのはやはり、いいものだな)
櫂を漕ぐヴェスカードも、少し離れてその様子を見てガハハと笑っていた。
*
「どれ、あたしもそろそろ漕ぎ手に戻ろう。ヴェス、悪かったね一人で漕がせて」
女傑が定位置に戻るとすぐ、舟の上を一匹の鳥が飛んできた。上船する前にスッパガールが話した鳥だった。鳥はやがて彼女の肩に止まって、再び鳥言葉で何やら話している様子だった。
「どうした?スパ」
「あの島――高い木立に囲まれたあの小島の上は、仲間の鳥が何があっても避けるって言っている」
スッパガールは舟前方の小島群のうち一つを指した。
「悪かったね、こんなところまで来てくれて。さあ危ないからもうお帰り」
肩から人差し指に移した小鳥を女傑が飛び立たせる。
「鳥達も何か感じている島と言うわけか――他に手がかりもないわけだし、あの島に上陸してみるか」
後十分も舟を進めれば小島に着く。というその時、山男は櫂を漕ぎながら何か違和感を感じた。
またも半魚人か――?と湖面を覗いてみると、山男はギョッとした。
舟の一.五倍、いや二倍はあろうかという影が、舟の下に影の様に揺らめいていたのだ。
「巨大魚だ!いかん!下手すりゃ転覆させられるぞ!スパ!櫂を頼む!!」
山男は櫂を女傑に手渡すと、傍らに置いた斧槍を手繰り寄せて立ち上がった。
「ヴァント!ミーナ!舟にしっかり捕まっていろ!フィオレッ!!」
「ハッ、ハイッ!」
「魔力付与――電撃の魔力付与をくれ!一発分でいいッ!」
「で、でも電撃ならミーナの方が……」
「そんな事を言っている場合じゃないッ!できるか?!」
「で、できます!」
「では今すぐくれッ!この斧槍に!」
フィオレが細剣を手に胸の前で印を切る。やがて詠唱と共に細剣にバチバチという電撃が備わった。
「渡しますッ!!」
「応ッッ!!!」
フィオレの細剣がヴェスカードの斧槍の先端に触れると、その電撃を斧槍が纏った。ヴェスカードはそのまま両手で湖面に力強く一撃を叩き込む。
斧槍から放出された雷撃が、湖面を走って四散していく。山男の掴まれ!という掛け声と共に大きな揺らめきがあり、舟の下の影は逃げる様に消えていったのだった。
「雷撃に巨大魚が恐れをなしている間に島に上陸しよう!」
山男は再び櫂を取ると、女傑と共に力の限り全速で舟を進めた。
(半魚人、巨大魚――奴等は護っているのか――鍵を――)
やがてついに彼等は鳥の指し示した小島へと上陸したのだった。
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