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第二章 鍵の行方
祠の入り口
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ヴェスカード: 獅子斬りと呼ばれた斧槍使い
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士
スッパガール: 斧戦士の女傑
ミーナ:美しき回復術師
ヴァント: 鬼付きの長刀使い
*
4
かくして一行は舟を岸につけ固定すると小島に上陸した。島には背の高い常緑樹が乱立しており向こう側は見通せないが、捜索に何時間も要するような大きさの島ではないと見えた。
「魔物の気配は無さそうだが――」
「ウム、というより生き物の気配すらが、感じぬな」
スッパガールが話した小鳥の言う通り、これだけの林の中にも鳥のなく気配も虫の鳴き声もなかった。一行は各々の武器や荷物を携えながら注意深く林に分け入ると、思いの外林は深く登り始めた太陽の光はかなり遮断されて薄暗くなっていた。
「あそこ――何かありますよ」
ヴァントが林の奥の開けた場所に石造りのなにか――祠のようなものを発見した。曰くありげだ――一行はその方向へと足を進めた。
「――――ッ!!」
丁度林が切れて祠の周囲、開けた箇所に出ようとする寸前、一行は身体を通り抜けるエネルギーの波、もしくは微弱な電流のようなもの――を感じた。
「――感じたか?今……」
山男の顎を汗が伝った。そのまま全員脚を止める。
「な、何かを身体が駆け抜けたような……うん、確かにありました」
「罠……か?」
「いや……だけれども、身体、なんとも……ないですよ俺」
「そうね……私もよ……フィオレ、これ」
「うん」
この一行の中で魔導の知識があるフィオレとミーナが、一行が脚を踏み入れた瞬間林の切れ目から僅かに立ち上る白い光の壁に顔を近づける。
「結界――でしょうかね、この壁……」
でき得る限り人差し指を壁に近づけると、壁の光から指に波動が一筋渡り出す。が、微弱なオーラは感じるが痛みなどはない様子だった。
「鳥達がこの島の上空を飛ばないのはこの結界が原因のようだね……しかし、私達は何のダメージもなく通ることができた。何でなんだい……」
女傑が帽子のつばをあげて怪訝そうな顔をした。
「結界というのは普通外敵を中に入れぬよう張り巡らすものだが……しかし、害がない以上固執しても仕方ないかもしれぬな。あの祠を先に調べねば」
山男はそう言い中央に鎮座する古びた祠を指差した。
祠はかなり昔に建てられたもののようで、積み上げられたブロックや屋根の至る所が苔むして朽ちてもおかしくないというような有様だった。
一辺成人四人分くらいの正方形の形をしており、薄暗く中の見えぬ入り口が口を開けていた。
「鍵はこの中――か?」
山男が斧槍を携えながら注意深く中を覗き込む。しかし太陽の角度もあってかその中を完全に見通すことができぬ。
「古文書にはマレージャ湖に青の鍵があるという事でしたので――そうなのかも……」
フィオレが古文書の写しが書かれた自身のメモ帳をめくりながら言う。続いて山男の後ろに構えていたスッパガールが山男の顔を見ながら無言で頷いた。
山男も無言で頷くと、祠の中に脚を踏み入れていった。
――瞬間、まるで宙を浮くような、刹那前まで踏みしめていた大地が崩れ落ちて無くなったかのような錯覚を受けた――
*
視界がブラックアウトする様な感覚に、ふと脚が地に着く感触を感じると――一行、彼等五人の戦士達は、突如として見知らぬ大地に立っていた。
「な、なんだよここ……」
長刀使いが狼狽えた様子で辺りを見渡す。
そこは丘陵地のようであった。
低い起伏のある草原が彼等の前方に向けて緩やかな斜面になっていて、遠く向こう――小山の頂に何か、人為的な建物が影となって見える。
その建物の上には空に浮かぶ島があり、その島にもまた建物の様なものが見えた。草原の右手は一段地面が落ち窪んで崖の様になっており、高さのある下には川が流れている。
一見するとどこかの草原にも見えたが、何か違和感がある。草木の色は緑と言うより紫がかっていて、太陽はある様だがその空は暗い桃色のような異様な色だ。
「ヴェスカードさん……どこですかここ……」
フィオレが唇を震わせながら山男に尋ねる。
山男はそれにはすぐに答えず、五人全てが揃っているのをまず確認すると、指や腕、脚などを軽く動かし確認をする。
「瞬間移動の罠……のようだ。あの祠の入り口を跨ぐのが作動スイッチになっていたのかもしれん」
「い、いえ、そうじゃなくて……そうだけれど……ここはどこで、どうやって……戻るのですか……」
フィオレは半ば泣き笑いの様な顔を浮かべた。この空間を包む異様な雰囲気が彼女の意識を昂らせている。
「……そもそも、現実空間かしら、ここ」
ミーナがフィオレの背中に手を置いて注意深く辺りを探る。
「確かに、草木や空の色も変だし、太陽も西から登っている……見ろ」
スッパガールが方位磁石を手に持ちながら右手の崖下を指差した。
すると一行はすぐにその異様に気がついた。
崖下には斜面の山側から濁流があるが、高台から流れ落ちるはずの川の流れが、反対、ヴェスカード達のいる低地から山川に向かって登っているのだった。
「どーいう事だよ……なんだこれ……」
ヴァントが呟く。
「瞬間移動の罠にかかった事のある者は?」
山男が一行に問うと、斧戦士の女傑だけが手を挙げた。
「あたしの時は場所を移動されただけだったが――」
「ウム、単に現実世界を移動する瞬間移動もあるな。それならまだいいが、中には針の上に落とす瞬間移動や石の壁の中へと飛ばす、一撃必殺の凶悪な罠もある。だが現状はそこまでではない。
皆、身体は無事だろう?初めて相対する罠の中で一番衝撃を受ける罠が瞬間移動だ。だがな、瞬間移動にはそれを作った何者かが意図する方向へと向かわせる為の目的を持つ物もあるのだ。ミーナ、俺はここが何者かが作った次元界だと思うのだが……」
美しき回復術師は額に汗を垂らしながらも、周囲をよく観察して言った。
「次元界……そう、ですね。恐らくは……」
次元界とは、妖精界や煉獄界といった、噂では存在すると言われている現実世界とは別の世界といったものとはまた別の、其れ等の狭間に何者かがある目的の為に設置する小さな世界の事だ。
「と、なればこの次元界は青の鍵を封印する世界といったところではなかろうか。そもそもが転移場所からおあつらえ向きに向かいの山に建物がある辺り、人為的なものを感じる」
山男は山の上の建物を指差した。
「ハァ……思いっきり入り口とか無くなってるし、それしかないんですかね……薄気味悪ィとこですねしかし……」
「そうさな、とっとと鍵を見つけ出して抜け出したいもんだ」
「フィオレ、もうひと頑張りだね、早く鍵と出口を見つけようね」ミーナがフィオレの肩に手を置いた。
「う、うん……」
心なしか力無く答えた。
「ン……?」
長刀使いが耳を澄ませる。
「ス、スパ姐さん、何か聴こえませんか?」
「……確かに!なんだ?何か、歩く音……!」
二人の言葉に他の三人も耳を澄ますと、丘陵地の下の方からザシュ、ザシュ……という下生えを踏み締める音が聞こえた。その歩行の間隔、そしてその重量感のある音からして、何か巨大なものが近づいていると告げている。
「ゲェッ!!」
やがてその超重量のモノが、丘から顔を出した。
巨人――!いや、彼等一行の、人間の四倍もの高さのある一体の石巨人であった。
*
「石巨人か……また厄介なもんが…」
「うう、やっぱりここにも魔物がいるんスか……」
川を見る為に崖側にいた彼等を追い詰める様に、低地側から登ってきた無機質なる巨人はその歩を詰めてくる!
「フィオレ!行くよッ!!」
「う、うん!」
ミーナはフィオレに声をかけると、二人は同時に詠唱を始めた。近づかれる前に仕留めたかった。
ミーナは雷撃を、フィオレは火球の魔導を唱え、二人の得物から其々が放たれる。狙いは違うことなく迫り来る石巨人に当たると、巨人はその動きを止めた――かの様に見えた、が、ややあって再び動き出しこちらに近づいてくる。
「やだ、どうして!?」
青ざめた顔で女魔法剣士が叫ぶ。その表情を持たぬ無機質な、だが手足のある人型の巨大な魔物はまるでこの不気味な世界、そのものが形となって迫ってくる様な、そんな恐怖をフィオレに感じさせた。
「下がれッ、フィオレ、ミーナ!石巨人には魔導が通じにくいッ!!スパ!共に頼む!」
「おうさ!膝だな!?ヴァント、アンタも下がるんだ!石巨人にはその長刀だと重さが足りない!」
二人の魔導師を後方に下げ、石巨人の前に二人の戦士が立ちはだかった。石巨人は緩慢な動きで腰を捻り溜めを作ると、一転素早い拳打を繰り出してきた。
「クッ!」戦士達はそれをすんでのところで避け、巨人の腕の左右に走り込んだ。
ウオォという掛け声と共に遠心力を使ったヴェスカードの斧槍が、スッパガールの幅広の斧が巨人の膝を打ち砕くと、脚の支えを失った石巨人の上半身は前のめりに崩折れる。共に木樵をして鍛えた連携力だった。
「ハァ……参りましたねこんなデカブツが」
「いや下がれって言ったのはあたしだけどアンタ何もやっとらんじゃないか」
スッパガールがヴァントの頭に手刀を叩き込む。
「ハァ……ハァ……」
フィオレが細剣を鞘に収めて荒い息を吐く。先程の火球の魔導で疲れが出たと見えた。
「フィオレ、かなり疲れが溜まっているようだな」
山男が女魔法剣士に近寄ろうとしたところ――
「ヴェス!!まだ動くぞ!危ないッ!」
声に振り返ると、上半身だけの石巨人が右手でフィオレを薙ぎ払おうとしているところだった。疲労の溜まったフィオレはそれを避けるだけの動きができぬ。
「フィオレッ!!!」
ヴェスカードは両手で斧槍を盾に構えるが、咄嗟の事で体勢も悪く、そしてなにより質量の差だった。
石巨人の腕は山男と、その背後のフィオレごと崖の外まで二人を吹き飛ばしたのだった――!
「ヴェス――――ッッ!!!」
二人の戦士達はそのまま濁流に飲み込まれる。その場にはスッパガールの絶叫だけが響いた――。
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