ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』

路地裏の喫茶店

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第三章 ルカ平原の戦い

降臨

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登場人物:

ヴェスカード: 獅子斬ししぎりと呼ばれた斧槍使いグラデュエーター
フィオレ: かつて王立図書館で働いていた女魔法剣士ルーンナイト
パジャ:老人の暗黒魔導師ダークメイジ
スッパガール: 斧戦士ウォーリアーの女傑。アウグスコスに勝利した
モンド: サムライの若者。正気を失う
ヴァント: 鬼付おにつきの長刀使いツヴァイハンダーモンドを追う
リュシター:バレーナ防衛隊隊長

13

「――――ッッ!!!」


 声にならぬ声を挙げたまま、敵陣深くを斬り進む馬上の侍――いや、もうその剣士の脳裏には敵を敵と認識できていたか――周囲の全てのものが己を拒絶し、憎いものと感ぜられた。
 己のそんな、ともすれば頭や人格をも支配してしまうかの様な心のうちの黒い靄を振り払うかの如く剣士は二刀の剣を滅多矢鱈と振るっていく。その進路の後には数多くの豚鬼の死骸が築かれていったのだった。


(憎い――憎い――……)

(己を認めなかった父、剣力を偽った双子の弟――)

(見る間に態度を変えていった武家の使用人――)

(そして――遠く西国に来てさえ、己は一人――)

(どこまで行っても、己は一人なのだ……)


 侍は炎の様な呪いに満ち満ちた声を振り絞ると、尚一層剣を我武者羅に振るうのだった。



 曇天の空に時折混じる雷光は激しさを増している。
何か小さく声が聞こえた様な気がしたが、己の頭の片隅にチクリと伴う痛みを持つその声を、侍は頭から振り払った――。





「抜ける!!」


 眼前に群がった敵の塊に巨大な氷柱が落ち、多くの豚鬼がその餌食となった。導師パジャの暗黒魔導による援護であった。
 陣中央から敵首領までの突破を試みるヴェカードもだが、獅子奮迅の働きを見せ敵陣中央部へと迫っていた。彼の後ろには屈強の騎馬隊五人がいつの間にか付き従い、これもまた必死に剣を振るっていた。リュシターが指示し着かせた防衛隊の中でも勇猛な者達であった。

 彼等はパジャの援護を受け分厚い板に針を通す様な一点集中の楔形の編隊にて敵首領を目指していたが、それも残るは旗本隊を残すのみとなっていた。


(しかし――!)

 だが、旗本隊に護られし後方に見えるバルフスはその厭らしい笑みを絶やさない。山男の突進に狼狽えるでもなく、再度両手を天に掲げた。




(――人間共の中にも暗黒魔導師がいるようだな……が、それももう瑣末な事よ。我等が古神復活は今、成る!!勇猛な人間の戦士よ、一手、一手遅かったな――!!)

 何処からともなく地鳴りの様なものが響き始めた。




「いかん――!リュシター隊長、私も前線に出ます!!!」

 導師パジャは防衛隊旗本からその様を見やると、突如馬を走らせ敵陣めがけて走り去っていった。



 ゴゴゴと続く地鳴りに人間も豚鬼もその脚を止め、戦の手を止め――誰に言われぬでもなく空を仰いだ。天を轟く雷鳴はさらに強くなり、上空の二点に収束し始めている。

 すると、ゴウッッという轟音と共に、バレーナの領主館中央部から、更に遠くオーク砦の方角から細いが、強い光が立ち昇り曇天を貫いた!
 やがてその光は暗雲の中に収束する二つの雷鳴と其々合流して、雲の中に二つの大きな光が集まる。

 その中に、眼の良いものはかろうじて見えただけだったが、二つの仮面の様な物がいつの間にか現れていた。



「な……なんだ……あれ……まるで、マスカラッドの、仮面の様な……」
 長刀使いが空を見やりながら呟く。

 マスカラッドとはバレーナの更に北、水上の街タリム・ナクで大々的に行われる祭りの名だ。
フィオレとヴァントが図書館で古文書解読をした後出店で見かけた仮面に――似ていると思った。だが、そんな土産物とは比ぶるべくもない程に、天の二つの仮面からは禍々しい妖気が感じられた。



 邪悪なその面は悪魔そのものの様でもあった。
宇宙を思わせるその漆黒の双眸には赤い光が瞬いている。
仮面はまるで体を持った者のように、地上の人間と豚鬼を見下ろした。 



我が名はリブラス。

地上の邪気を司る死霊にして欲望の使徒。

我が半身は魔を渇望する者なり。




 ――もう一つの仮面が語りかける。



我が名はルディエ。

地上の怨気を司る死霊にして羨望の使徒。

我が半身は力を渇望する者なり。
 


 二つの声は同時であったが、だがはっきりとその場にいる者達の頭に響いた。




「……クソッッ、間に合わなんだか……しかし、しかし……」
 山男は天を仰ぎ手綱を痛いほど握りしめた。

(クリラ……お前が俺に課した依頼は、最悪の結末を迎えたぞ)




「浮き足立つなあ!全員防御態勢を取れ!」
リュシターは何とか防衛隊の沈静化を試みた。だが多くの兵は脚がすくんだかのように動けなかった。



「双子の神リブラスよあなたの半身はここだ!我が名はバルフス。豚鬼の長にして魔を極めし者!!」
 バルフスは宙空の仮面に向かって手を挙げ叫んだ。

 すると二つの仮面の内一つ、リブラスと名乗った仮面はバルフスの方に飛んでいった。

 仮面は光となりバルフスの体を撃つ。
やがてしばらくの発光の後、雄叫びが響いた。


「フハッ……ハハハ――!!」
 煙が四散しバルフスの体があらわになる。その顔には邪悪な仮面が装着されていた。

「フハァアアーッ……良いぞ、良い気分だ。今こそ我バルフスは神と一体にナった……!!!」


 グググ……と巨躯の豚鬼の長の背中が盛り上がる。やがて、見る間にその身体は何倍もの大きさに膨れ上がるのだった。やがてそれは、スッパガールと決闘をしたアウグスコス程の大きさへと変貌したのだった。


 バルフスは片手を握ったり開いたりする。
――これが自分の体か。
今なら全てが思いのままに動かせる。体中に力が駆け巡るのを感じた。




 ――そして一方、ルディエの仮面――。

 オオオ……と、大型の獣の様な咆哮が聞こえた。
周囲の者が見やると、そこにはスッパガールとの闘いに敗れて脳髄を撒き散らし、息絶えたはずのアウグスコスが己に残された力を振り絞って両手で上半身を起こしていた。


「な……!アイツ、まだ生きて――!」
 女傑が後方を振り向く。


「古神よ――!力の使徒ルディエよ――!魔の使徒リブラスは我等が首領を選んだ!!力は、ゴブッッ!!力は我が最も求める者なり!我に――我に力を授けよ――!!」

 血を吐きながら猛獣が傷付き死に瀕する直前の様な、消えゆく命の火を最後に強く燃やそうとする執念の様な、そんなアウグスコスの魂の咆哮。


 ルディエと名乗った仮面は、その血の通っていない紅い双眸でアウグスコスを見やり、そして一筋の光となって豚鬼の勇者へと向かっていった。それを恍惚の表情で迎えようとするアウグスコス。

(そうとも――!バルフスは俺に言った。力の使徒は勇者である俺にこそ相応しいと!力を得て復活したならば、先ずは俺をこんな姿にしたあのチビを手始めに抹殺して――)




「――――!!」
 光となった仮面はアウグスコスの頭部を穿った。文字通り、文字通り、彼の頭部に穴を穿って――。
 声を失った小山の様な豚鬼は、やがてどうっと倒れ伏した。

 
 豚鬼の勇者を穿った光は、そのまま豚鬼の陣へと向かい、その中を斬り進む一人の人間――モンドの顔を撃ったのだった!

「グ――ガガ……アアァ!!!」

 焼ける様に熱いものを感じ、両手の刀を手放し仮面を剥ぎ取ろうとするがいくら力を入れても仮面は離れぬ。やがて、その仮面の熱が全身へと伝わってゆくと、モンドであった身体は何者か超常的なものに乗っ取られる様な感覚を覚えたのだった。



「クカカ……力の使徒ルディエは人間を……あの人間を選んだカ……」
 巨大化したバルフスはルディエの降臨した方角を見やると心底可笑しそうに呟いた。



「何と言う――何と言う――……!」
 ヴェスカードがモンドを見やり、知らず口元から溢れた言葉。眼前で神を宿した敵首領の事も一瞬頭を離れ、斧槍を持つ手がわなわなと震えるのだった。


「ヴェス!危ない――!!」
 遠く、後方から声が聞こえた気がした。
その言葉に我を取り戻した山男の眼前に、光が迫っていた。



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