ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』

路地裏の喫茶店

文字の大きさ
37 / 52
第四章 星屑の夜

雷撃の狂戦士

しおりを挟む

登場人物:

ヴェスカード: 獅子斬ししぎりと呼ばれた斧槍使いグラデュエーター
パジャ:かつて魔王と異名をとった暗黒魔導師ダークメイジ
スッパガール: 斧戦士ウォーリアーの女傑。アウグスコスに勝利した
モンド: サムライの若者。古神ルディエの依代よりしろとされた。
ヴァント: 鬼付おにつきの長刀使いツヴァイハンダー。モンドを追う

1

 聞き慣れた声に我を取り戻し前方を見やると、巨大でおぞましい姿へと変貌したバルフスの口から熱線が放たれてヴェスカードへと向かっていた。

「しまっ――!!」


 斧槍ハルバードをかざすがそれで防げるとも思えぬ。だが、その熱線は山男の前で見えない壁に阻まれて飛散した。


「ヌウッ!」
 伝説の双子の古神リブラスの怨気宿る仮面を装着したバルフスの口元が忌々しそうに歪む。


「ヴェスッッ!!」

 山男の肩を後ろからパジャが掴んだ。

「魔法障壁か、すまぬ」
「それはいいですが、まずい事になりました!モンドが古神に身体を依代よりしろとされてしまった!」
「ああ……俺にも見えた」

「ここは私が受け持ちましょう。ですから、貴方もモンドを取り戻す為に左陣に走って貰いたい!」
「だが……!」

「左陣にはスッパガール、ヴァント、そしてセバスチャンが向かっていますが疲弊しています。それだけではきっと足りない!それに、古神が完全にモンドを乗っ取れば防衛隊にも死者を出すでしょう。もしモンドが人間を殺めたとなれば、彼は帰る場所を失ってしまう――!」
 導師の表情は真剣だった。


「……それはわかる、わかるが……!お前一人で、あれと?」
 そうしているうちにも魔法障壁には幾多もの魔法弾が撃ち込まれている。今にも砕け散りそうであった。

「いらぬ心配ですよ、ヴェス!!私は【魔王】ですよ?まさか私の実力を忘れた訳ではないでしょう」

 そう言う導師の表情はいつになく厳しく――いや、表情だけではなく、普段あり得ぬ様な幾多もの荒々しい皺が眼の下、頭の上に走り始める。山男は至近にいてその圧を感じていた。


「……承知した。だが、だが――無理はしすぎるなよ、パジャ。口の端から血が……漏れている」

 そう言われて導師は袖口で血を拭う。パキパキという音がして、次第に老人の魔導師はその骨格を変えていく様だった。

「フフ……さっきワインを飲みましたからね……さあ!駆けて、駆けて下さい!そして、貴方達も一旦前線へと戻って下さい。ここは危険になります!」
「しょ、承知しました……!」
 導師に言われヴェスカードの後を付き従っていた勇猛な武者達も何も言えず踵を返した。目の前で悪魔の様な姿に骨格を変えてゆくパジャを、同じ人間とは思ぬ様な気持ちであった。


「すまぬ、モンドを取り戻したら必ず戻る。死ぬなよ!パジャ!!」
 山男が左陣を目指し手綱を引いた。敵陣を横殴りに駆けながらモンドを目指さなくてはいけないから、いつまでも感傷に浸ってはおられぬ。

「フッ……というか、戻った時にはこちらはもう終わっていると思いますけどね――モンドを戻すには、恐らく仮面――あの仮面を破壊する事です!武運を祈ります!」

 導師が錫杖をかざすと山男を紅い光が包んだ。身体の芯から燃え上がる様な闘志が湧いてくる。短時間の剛力を得る魔導であった。


「オオッ!!」

 言うや山男は魔法銀の斧槍ハルバードを振るいながらモンドを目指すのだった。





『我等の首領バルフス様!そして一人の人間を依代よりしろとして古神はついに蘇ったぞ!』

『これで我等はあの忌々しい城壁に引き篭もる人間共を根絶やしにできる!!』

 その神の奇跡を目の当たりにし、多くの豚鬼オーク共は雄叫びを挙げた。悲願である古神の復活が成ったからである。


「クッ……!!此奴等!!」

 それまで士気高く豚鬼達の進軍を食い止めていた防衛隊だったが、ここへ来て豚鬼オーク達は息を吹き返し、狂気の様な士気の上がりようを見せていた。ずるずると前線を押し上げられてゆく。

 中陣に陣取るは首領バルフス。そして敵右陣には古神に今持って身体を乗っ取られしモンドがいるのだった。


「ウ、ウ……あ――」
 仮面に頭部を穿たれた元人間の侍であったその顔には、邪悪な怨念宿る仮面が装着されている。

 初めその仮面に抗って取り外そうとする侍だったが、やがてその手はダランと力無く落ちた。すると糸の切れた操り人形の様であったそれは、別の何かの力によって動き出したかの様にムクリと顔を起こす。突如両の手を開くと掌から紫雷が走り、落とした愛刀と豚鬼オークの剣を引き寄せたのだった。


『我等が古神ルディエ!憎き人間共を殺してくれエッ!!』
 周囲の豚鬼オーク達がモンドを囲んで囃し立てた。


「ウ、オオ――ッ!!」

 モンドが右手の愛刀を天に突きかざすと、その剣先から放射状に紫電が放たれる。
「ギャアッ」と言う豚どもの悲鳴が聞こえると周囲の十匹程の豚鬼オークが黒焦げになって地に臥したのだった。


『わ、我等の神……』
 周囲の豚鬼オークにどよめきが走り、その元人間の周りを後ずさった。




(熱い――熱い……)

 それは自分の精神――自我が黒い焔に覆われ、小さく、燃えてゆき無くなって行くかのような感覚であった。
 消えたくない、死にたくないと抗うが、その四肢の先はとうに焔に包まれて感覚がなくなってしまっていた。


(お前が生きていても誰もお前を愛してはくれぬではないか――)

 頭に響く、声。

(ち、違う……俺は、俺は……)

 モンドの自我は胸を掻きむしり苦悩した――。





(ホウ……まだ人間の精神こころが残っておるな……!)

 古神リブラスと同化した豚鬼オークの首領は、双子の神であるルディエの状況を距離を置きながらも知覚していた。

(同化を早める手助けをしなくてはな)

 バルフスが念じると超常的な力は仮面を通じてモンドの装着する画面へと伝達されたのだった。




(――周りの者が許せぬのなら、己が苦しむのなら――)


(その全てを滅ぼし、殺せ――!!)




「ウ……アア!!」
 自我を包む焔が一層強くなるのを感じたモンドは、苦しんだ様子を見せながら馬を走らせた――その先は、防衛隊の方角だった!

(殺せ、殺せ!!己を蔑む者を滅するのだ!!)


 豚鬼オークの陣を掻き分けながら防衛隊を目指すモンド!
握る二刀を再びかざそうとする――雷撃の準備動作!!



 すると、ギャリインという金属音を立てて剣を合わせる武者が現れたのだった。

 ――ティルナノーグの長刀使いツヴァイハンダー、ヴァントであった。


「グゥッ!!」




「クソォ!やっと辿り着いた! モンド!おいモンド!何やってんだよお前ェ!!」

 目の前に居る剣士に見覚えがあった。
よく――望まぬのに、よく話しかけられた様な、そんな気がする。


「正気に!クソ、戻れよな!モンドォ!!」
 叫びながら長刀で撃ち込んでくる。煩い。この剣士の言葉は酷くモンドであった者をイラつかせ、そしてどこか胸をチクリと傷ませたのだった。

 撃ち合いながら右の手の愛刀で刃状の電撃を飛ばす。が、それを上手く躱す長刀使い。業を煮やして二刀で十文字に斬りつけると、それをヴァントは長刀で防ぐのだった。


「クッ……!あ、あれ~……お前、いつもの方が……まだ、強いんじゃ……ないの?剣に、精細が……ないぜッ!」
「グガァ!!」

 ニヤつく(様に見えるが強がっている)その顔を消し去りたいと、十文字の刀身に雷撃を走らせる。雷撃は長刀を伝わり、ヴァントの身体を焼いた。


「おわぁッッ!グ、グ……!」
 咄嗟に剣をモンドの二刀より離した為にダメージは甚大ではなかった。ヴァントの判断が素晴らしく速かったのだ。が、雷撃による熱はヴァントの革鎧や衣服から煙を立てている。

(クソ!クソ……!モンド!どうしちまったんだよ、お前!!)

 攻めあぐね半円を描く様にモンドを伺うヴァント。どうすれば……。



「モンドッ!ヴァント――ッ!!」


 暴風の斧戦士ウォーリアー、スッパガールも駆け付けた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

処理中です...