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第四章 星屑の夜
逡巡 〜 師弟
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パジャ:かつて魔王と異名をとった暗黒魔導師
スッパガール: 斧戦士の女傑。アウグスコスに勝利した
モンド: 侍の若者。古神ルディエの依代とされた。
ヴァント: 鬼付きの長刀使い。
2
「ヴァント!無事か!?」
駆け付けたスッパガールがヴァントの横に馬をつける。
仲間を雷撃で殺された豚鬼の兵達や豚鬼を防ごうとする防衛隊は恐れをなし離れた距離でモンドの様子を伺っていた。
「姐さん!はい……なんとか!」
「時が経てば古神に完全に同化してしまうかもしれない!早いうちにモンドを戻さなければ!」
「はい!二人がかりでアイツを抑えましょう!!」
長刀使いと女斧戦士は二騎でモンドであった者に突っ込んだ。
「おおッ!!」
左右同時に斧と長刀が斬りかかるのをモンドは二刀でそれぞれ受け止めた。まるで左右同時に見えているかの様な剣捌き。
「バカな!アタシの斧を片手でッ!!」
女傑の膂力をもってさえ片手で止める相手の刀はビクとも動かぬ。
侍は両手の二刀で相手の剣を弾くと、体勢を崩したスッパガールに紫電を放った。
女傑は雷撃をまともに喰らい、衝撃で落馬し吹っ飛ぶ。地面に身体を打ちつけた勢いでアウグスコスに食らった胸の傷から更に血が出た。
「グゥッ!」
傷の深さを思い出したかの様に、そして紫電により身体が痺れてすぐに起き上がれぬ。そこにモンドはとどめの追撃を放とうと剣を翳した。
(――モンド、なんだあんたそう言う所があってさ、可愛いじゃあないか!アッハッハ!)
頭を掠める光景――!酒の席で嬉しそうに自慢の斧を見せながらモンドの首に腕をかけ笑うスッパガールの姿。
(や、やめて下さい……己はそんなんじゃ……)
赤面し誤魔化す様に杯をあおるモンド――。
「ううッ――!」
だがモンドは苦しそうに胸を押さえると追撃を躊躇い、ヴァントに向き直った。
「お前ェッッ!!」
ヴァントの後ろ髪がゾワとざわめく。怒りに支配されそうになる、あの感覚――!己が内に潜む怒りの精霊が首をもたげる。
(いや――だが!!)
鍔迫り合いに持ち込んで刀をギチギチと鳴らせどヴァントは深呼吸をする。
(俺はモンドを斃したい訳じゃない!)
(仲間を――モンドを元に戻したいだけだ!)
『――ヴァントお前はいつか、己の内に潜む怒りの精霊と対峙し――打ち勝たなくてはならんと俺は思う』
それは青の鍵探索の帰り道、斧槍使いに言われた一言であった。
(そうだ、この力はきっと――いつか、仲間の為に使うもの……)
ヴァントは背筋から這い寄り己を包もうとする怒りに必死に抗おうとした。待て、俺を支配するな――と。力を、力を貸してくれ!と。
「オラァッ!」
ヴァントは長刀でモンドを突き放すと再度相手の二刀に撃ち込んで行く。その撃ち込みは段々と重さを増してゆき、侍の仮面の下の口元は歪んでいった。
「俺はッッ!!」
「お前が今回一緒に依頼をやるって聞いた時!」
「俺と同い年くらいの剣士がいるって聞いた時!」
「嬉しかったんだ!!」
撃ち込み続ける長刀使いの二の腕が、背の筋肉が、鎧と衣服の上からでもわかるほど増大してゆく。
「歳が近い奴とティルナノーグで会うのは初めてだったから――」
「友達になれるんじゃないかって!!!」
渾身の力を込めた横斬りは、モンドの二刀の守りを持ってしても衝撃を受け止め切れず数メートル後退させた。
――バレーナにセイラ、ミーナ、ヴァントが一行に合流しに行く道中――。
「セイラさんセイラさん!」
「なんだヴァント」
長刀使いにうろんげに野伏が答えた。
「今度の依頼、俺と歳近い奴がいるんスよね!?俺、仲良くなれますかね?」
「ん?ん~そう言われても俺も会うの初めての者らしいからなあ……」
「最初の一声は、出身地と歳と家族構成、あとは職業で大丈夫ッスか?」
「……見合いか!」
野伏は頭に手をやる。
「最初っからあだ名で呼ぶのはどうっスかね??」
「怖いわ!」
「ふふふ。ヴァント、多分普通に接していれば、歳近いんだから友達になれるわよ」
回復術師が笑いかけた。その脳裏には己の親友であるフィオレとの出会いがあった。
「え~~……それで仲良くなれるッスか……??」
…………。
「ハアッ――!!……だけどお前……いつも、いつも俺のこと、無視しやがって……ハアッ!」
急激に力を増幅させたヴァントはだが、その力が急速に遠のいてゆくのを知覚していた。
己の中の鬼を簡単に御せるのならば鬼付きは苦労はしない。あくまで一時力を引き出せただけに過ぎない。
「ク、クソォ……お前、きっと、古神に身体を乗っ取られるって言うのは……」
(鬼付きに身体を支配される事よりも、ずっと辛い)
それは、鬼付きであるヴァントだからこそわかる感覚であったかもしれぬ。
己の身体を自分でない者に強制的に支配される感覚。だからこそ、ヴァントはモンドを元に戻してやりたい。邪悪な神によって仲間が操られるなど許せない気持ちだったのだ。
(鬼付きの重い攻撃は、次が最後の一撃――!)
長刀使いは上段に長刀を構える。最も力を乗せることができる構え!
(絶対無視なんかさせねーからな!戻ってこいモンド!!)
「オラァッ!!」
「ギイッ!!」
剛腕から繰り出される上段斬りを二刀で防ぐモンド。二刀の奥で古神の仮面の紅い双眸が怪しく瞬いた。
(それか――!?その仮面をなんとかすれば――!)
鬼付きを宿した腕力で剣を押し込む。
「オオオ――ッ!!」
「ガッ!」
モンドは長刀を防いだまま口を開いたかと思うと、見えざる衝撃波をその口から放った。至近距離から衝撃波を胸に喰らったヴァントの上半身は激しく仰け反り、そこに隙が生まれた。
雄叫びと共にモンドは身体を戻そうとする長刀使いの胸元を刺突しようと刀を水平に突き出した。
(モンド――!おいモンド――!お前、俺の事なんか無視してない?おいってば――)
だが全てが憎しみと怒りという焔に彩られたモンドの魂に、一瞬の残像がよぎる。
グッという声を挙げて胸を狙った軌道はヴァントの右肩口へと逸れた――肉を切り裂く音!!
「ウゥッッ!!」
逸れてはいたがその鋭い斬撃にヴァントが後退する。既にその身体には鬼付きの力が抜け落ちているのが見てとれた。
「グウッ――ヴァ……ヴァント……!」
モンドが仮面を押さえながら荒い息をつく。その様を見て傷を押さえながらヴァントは、哀しい顔をした。
「クソッ!お前……初めてまともに俺の名を呼んだのが、それって……」
鬼付きの力を行使した長刀使いはその代償と、負わされた傷にその時応戦する能力を失っていた。目の前の仲間であった侍はだが、尚も身体を古神に操られようとしていた。新たな生贄を、血を求めているのだった。
雷撃を操る侍は、二刀を再び構えてその刃に漆黒の電撃を纏った。何かが爆ぜるような、強い力が収束してゆく音――必殺の一撃!!
「オオオッ!!」
今まさに二刀を振ろうとするヴァントの上に突如影が落ちる!気づき上を見上げるモンドの上空に、跳躍する人影を見た。
ガキイィンという金属がぶつかり合う音を立てて、強烈な一撃を見舞われたモンドはそれを咄嗟に二刀で防ぐが、人影ともつれ合って落馬した。
そこに現れたのは――。
「セバスチャンさん!!」
長刀使いが体勢を立て直して叫んだ。その視線の先にははや立ち上がってヴァントの前に二刀を構えて背を向ける薄緑色の甲冑剣士、セバスチャンのその姿があったのだった。
「引け――!ヴァント!そして手傷を負っているスパを助けろ!今は豚鬼達も古神の乗り移ったモンドに恐れをなし遠巻きに見ているが、時が経てば傷を負った者を狙い出すやもしれぬ!」
「でも、でもモンドが!」
「ああ、わかっている!だが、だが弟子を救うは渡し人である私の役目よ――!モンドの事は私に任せてくれ!」
ヴァントは言われて剣士を見るが、甲冑の隙間から血が滴っている。寧ろ自分やスッパガールよりも重症なのではないか……と思ったが、セバスチャンの言葉には異を告げさせぬ迫真の凄みがあった。
「わ……わかりました!モンドを絶対に、お願いします!!」
ヴァントは馬を返してスッパガールの元へと向かった。
「ああ、無論……!」
セバスチャンは対峙する伝え人の変貌した姿から視線を切らさずに呟く。
モンドは仮面の下の口元から警戒する獣のような唸り声を挙げて新たな乱入者を見定めた。
この――この男にも見覚えが、ある……。
*
それはモンドが故郷スオウの国から長い旅路の果て、ティルナノーグの本部を訪れた時であった。東国から西国を訪れた為数日間の休養を取らされ招かれた本部であった。
現ギルドマスターであるヴェロンへの挨拶が済むと、導師パジャという男に指南役である渡し人の紹介があると言われ部屋の移動をした。
本部の長い廊下をパジャに着いて歩いていると、廊下の石柱の影から幾人かのギルドの人間らしき人の集まりが見えた。
(――あれだ、スオウの国からやってきたと言う侍)
密やかに話す声が断片的に聞こえる。聞こえていない風を装いすまして歩く。
(武家の次男らしいが厄介払いされたんだと)
(――ほう、それを押し付けられたのでは甲冑剣士殿もたまったものではないな)
(その通りだな、見ろあの暗い目つき……)
意に介さない……そのつもりではあったが、チクリとその言葉は胸を刺した。導師がその者らをちらと見やると、口を閉ざしはしたが。
(ここでも――西国でも己は独りなのだな――)
若き侍は俯き苦笑いを浮かべた。
「ここですよ」
導師が小さな部屋の木のドアを開ける。促されて中に入ると身に薄緑色の甲冑を纏い、顔だけ兜を外した剣士が窓から外を眺めていた。
「セバスチャン、件の東国の若き侍です」
「おお、遠路はるばるよくぞ参られた。私はセバスチャン・ブルーミングだ」
向き直って僅かに口端を上げ甲冑剣士が右手を差し出す。
その顔は全然似ていないのに、父ジムザンの面影をどこか感じさせた。
すぐにその手を取れぬ自分――。
「モンド、彼があなたの渡し人――師となります」
導師に促されて右手を差し出す。握り締められた剣士の右手は、見た目よりも大きな手に感じられた。
「モンド、宜しく頼む」
(厄介者を押し付けられて、悪かったな。己はせいぜいアンタに手間を掛けさせぬ様にするさ)
手を取ったまま、モンドは薄暗い眼でセバスチャンを見上げた。
*
オオオ――!と、口から咆哮が漏れた。
それは古神、破壊と羨望を司る神が増幅したモンドの心の傷だった。業火に薪をくべられるかの如く、その憎しみは彼の身体の中で焔と増大してゆく。
(今――今、己は――!!)
(アンタに一番、相対したく、ない――!!)
精神の中で膨らむ何かを消し去りたいと、排除したいと彼の心が願った時、獰猛な咆哮と共に彼は二刀を交差させた。
天をどよめく雷雲から一筋の光が落ちると、その雷撃を二刀は纏う。そこに閃いたのは先程の黒い稲妻であった。ヴァントに向けようとしたものよりも更に増幅されていた。
「モンド――」
猛獣の威嚇の様な攻撃的な構えを取る弟子に対し、額から脂汗を垂らしながらも甲冑剣士は静かな、迎え撃つ構えを取った。
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