月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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神の深慮と巫女の浅慮

魔女と神々の箱庭

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今思えばなんとも気の抜けた出逢いを経た4人ではあるが、桜子はネネとジイジに薬を調合し、食事を摂らせしっかりと睡眠をするよう促すとあっという間に二人は回復した。

この世界の物は全てなにかしら神や精霊の加護を受けているものが多く、魔女がそれを精製することにより効果が数倍にも跳ね上がるのだが、その尋常でない回復力に、世話をしていた桜子は「さすが異世界」などと思っていたが、ゾンガ達の内心は「さすが魔女様の妙薬」と納得していた。双方知らぬが仏というやつである。



「私はただのヒトであって、魔女なんてご大層なものじゃないんですよ。杵島桜子って名前があるんで、そっちで呼んでください。」


おそらく自分より年上なのであろうジイジから、畏まって魔女様と呼ばれるのを否定をすれば、今度はジイジ達が困ったような表情をするので、理由を聞けば桜子を魔女と呼ぶ訳は、この世界の在り方に起因しているのだと説明を受けた。


この世界は神々と精霊が全てを治めており、ヒトはその恩恵を受け生き延びているのだと。

神々の頂点に座する美しき神アディール、それぞれの土地を収める土地神、自然に宿る精霊、そしてその全てを呪う悪神と言われている女神ウィウィヌン。


この世界の土地は例外を除いて全て神が治め、ヒトは神に伺いを立て許可を得た者がそこへ住まうことが許されるのだという。桜子のいた世界と違いこの世界は人口も管理されているのだというのだ。


ここ、神話にも出てくる月隠れの大樹の上に広がる大森林に住むことができるのは、桜子がここを管理する神から許され庇護されているから他ならない。

これは桜子は忘れているだけなのだが、ここに住もうと思った時に土地に向かって挨拶をしたことにより、ここの土地に住まうものとして受け入れられていたのだった。下心ない純粋な想いを差し出されれば、神とて悪い気はしないもの。


運の良いことに、ヒトから忌避されたこの広大な土地のヒトとしての管理者「魔女」として就任してしまったのだ。


「神のいない土地なんてあるというの?」


そう、桜子が尋ねるのも無理はなかった。まず、そんなに身近な存在で神がいるということが想像しにくいのだが、世界が神々と精霊に管理されているのならば、管理されていない場所などがあるとは思えないし、それこそ神に見放された荒んだ土地なのではないかと思えるからだ。




「ああ、この世界にのどこかにもあるかもしれないが、私が知っているのは1箇所だけだ。」



その疑問にジイジは、苦味を織り交ぜたような曖昧な笑みを浮かべながら答えた。

聖都と呼ばれる場所。ネネやジイジが住んでいた都が、土地神のいない稀有な場所だった。

なぜ、そのような土地が存在するのか。その答えは簡単だった。

土地神に認められた人間だけでは、種族を存続させることはできない。

そのため神々の約定で神の支配をうけぬ土地を設けた。そこで生命が活発になることにより、種を存続させようとしたのだ。

そして、その生き延びた種のなかから、管理された土地へ新たな血として呼び込む。


(動物園の管理みたいな感じね。)


そんな感想を持ってしまうのも頷ける。まさにこの世界は神々の箱庭。

だが、きちんと増えすぎないよう管理されているからこそ環境も美しいままなのだろう。弊害は文化が進歩しにくいといったところか。

こうして神々から管理者として不本意ながらも任命された桜子に助けられた、ネネ、ジイジ、ゾンガ。この3名はここ、月隠れの大森林の《選定民》となり、その命を救われたのだった。



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