月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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魔女の腕(かいな)と女神の胸中

移住と旅立ち

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長い厳冬期を越えアルト、バーン、テティアリス等3人が保護された村の水源にメリテと呼ばれる水草が、冬の終わりを告げる淡い黄色の花を咲かせる頃、ようやく3人の身体が万全の調子へと戻った。
バーンの調合する薬と精霊のおすそ分けのおかげか、テティアリスの長い幽閉生活で衰え細かった四肢にも筋肉が戻り、抱えて貰わなければ何も出来なかった体は日常生活を送る分には問題ない程度にまで回復した。

「……あたくしの身体が…。これも女神のお導きなのでしょう。」
「最初に見つけた時に比べて肉付きがよくなったからねぇ。髪も艶が出てきたし、ほんと良かったよ。」

甲斐甲斐しくテティアリスの髪を櫛けずり整えている女は、彼女達が精霊の奔流に運ばれた大樹の内部にある村の村長。名をダダと名乗った。
己の手をしみじみと眺めながら、テティアリスは苦笑を漏らした。10歳の少女の頃から20年間務めていた巫女の任を無理やり奪われた彼女は、幽閉から助け出される凡そ30年の間微弱とはいえずっと毒に侵され続けていた。やせ衰え年老いたはずの己の体は、今は巫女であった頃と同じかそれ以上に若返っていた。
皺の目立つ年老いた自分の身体が、17の頃とさして変わらぬ容姿に変わればさすがに驚くが、ここ、ダダの治める『青鋼の村』では驚かれることなくそのまま納得されてしまっていた。

「当たり前だろう?精霊のおすそ分けってぇのはそういうもんさ。喜びに満ちた力の奔流なんだから、何が起きてもおかしかないよ。」

そう言われてしまえば今の不可思議な状況も、どれだけ違和感を覚えたとしてもそのまま受け入れるしかない。ヒトの常識の範疇など当てはまらないのが神々や精霊という存在なのだから。
聖都と名を上げていても実際は神の存在しない土地でのこと。管理者の治める土地の近くというものは、そういった奇跡と遭遇する確率が高いのであろう。少なくともそういった恩恵が無いに等しい聖都にいたテティアリスは、今回の力の奔流はかけがえのない経験となった。

ダダが用意してくれた簡素な服に袖を通し、身軽になった身体はもう少しすれば旅にも耐えられるようになるだろうとは、バーンの言葉だ。

白髪になってしまっていたパサついた髪は、いまは豊かなプラチナブロンドに戻り波打ち艶やかに輝いておりダダが器用にまとめてくれる。

「ありがとうございます…」
「いいんだよ。この村のもんじゃ髪がこんなに綺麗なのはいないからねぇ。」

村では皆青灰色で直毛な髪のものばかりで、3人の髪の色は当時珍しがられていた。今となっては見慣れてしまったので前ほどではないが、それでも髪の手入れをさせて欲しいとねだられるくらいには羨ましがられている。

そんな3人が旅に出ても問題ないと判断を下したのは、辺りはすっかり暖かくなったものの遠くに見える山々にまだうっすらと雪が残る頃だった。

「ここらはすっかり暖かくなったけど、まだ大樹の上は冬だろうからね。たどり着けるかは分からないかもしれないが準備だけはしっかりしてかないとね!」

布を何枚も重ね、間に古くなった布を細かく裂いたものをいれた上着や外套を荷物に詰め込みながら、ダダはさも楽しげにテティアリスに話しかける。
そんなダダを見つめ、テティアリスは胸が温かくなるのを感じていた。けして短くはない療養期間、こちらから差し出せるものなど皆無に等しいというのに見返りなど求めずに手を差し伸べてくれたこの村の人々に、どれだけ感謝をささげても到底足りないくらいだった。


テティアリス達が世話になった家のものはほとんど無くなっていた。ダダが何処からか持ってきた荷車に積み込んでしまったからだ。もちろんダダ夫婦だけではなく、この村のものたちが一斉に荷造りを開始しており村はお祭り騒ぎになっている。
なぜこんなことになっているのかと言えば、ダダ達は元々精霊のお裾分けを確認後、すぐにその根源へと旅立つ予定であった。テティアリス達が現れ養生の世話で予定は延びてしまったが、皆で向かう運びとなった。
家具などは器用なもので全て解体され背負子に乗せられており、幼い子供でもテティアリスを背負い駆け回れる程の身体能力に恵まれた村人が目を見張る程の荷物を持ってそこらを歩いている。アルト達の胸程の身長しかない彼らは、その身に似合わぬ怪力を誇り、村の随所にある石や金属の加工品を見てわかるように、総じて皆器用だった。



「ああ、楽しみだねぇ。魔女様がアタシらを受け入れてくださりゃいいんだけど…」

一抹の不安はあるものの、勤勉で実直、寛容な彼らが受け入れられないということはないだろうと、テティアリスは思っていた。ぬか喜びさせない為に口にはしていなかったが。
そうこうするうちに村人達とテティアリス達一行は、魔女へ続くであろう、洞窟へ出発して行った。
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