月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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魔女の腕(かいな)と女神の胸中

壊れた柄と葛藤

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幾度も夜を迎え雪が降らなくなり雨に変わりゆき、日に日に降り注ぐ陽の光の温かさが強くなるのを感じる頃、まだ地面に雪は残るものの木の根元に大地が顔を覗かせ野草が芽を出し始めた。

厳冬期を越すための小屋から鶏たちが外へ飛び出すと、畑を耕すゾンガの後ろをついてまわり新鮮な虫等を啄もうとする。

それに釣られたかのように、冬眠していた織り蜘蛛達が外へと出てきて思い思いに体を伸ばし日光を浴びていた。


「いい天気だ。」


同じように日光浴をしようと、家の前にあるベンチに腰掛けたのはすっかり体調が良くなり元気になったジイジだった。畑仕事に精を出すゾンガを見守りながらナイフで、ネネの新しい木靴を作っていた。元々貴族の令嬢だったはずのネネはなかなかのお転婆ぶりを発揮し、今まで履いていた靴がひび割れてしまっていた。

それで新しく靴ができるまでは部屋の中でできるお手伝いをして過ごすことになったのだ。


窓から覗き込めば、2人が良く乾かした食器を1つ1つ丁寧に油を染み込ませた布で磨いていた。ここ最近食器が白っぽくなってきていたためだろう。定期的に手入れをしなければならないため、いい機会とばかりにシャウラとネネが全ての食器のメンテナンスをしていた。

ゾンガが作った食器の為か、なおのこと大切に使っているため作ったゾンガも嬉しそうだった。

1人1人に合うように丁寧に作り込まれた食器は、温かみのある丸みを帯びたデザインでナイフ1本で削りだしたとは思えないものだった。何故か2人分ほど誰の手にも合わない食器があるが、シャウラの希望で作られたそれは時折使われている様子がある。しかしいつ使われているかまではシャウラ以外誰も知らなかった。


(あの食器は一体誰のものなのか…いや、そうだな。決まっていることであった。)


よくよく考えてみればシャウラが何者なのかというところで気がつくものであった。あの食器は彼の女神やそれに連なるもののものなのだ。厳冬期だというのに時折出されていた甘露にも似た新鮮な果実達はその恩恵なのであろう。

そこまで考えが至ればジイジは本当にあの時子供2人とこの場所へたどり着けて良かった、と思った。ネネは巫女として目覚めつつあったのであろう、そのおかげで魔女と巡り会うことが出来自分は記録するものとして、ここ月隠れの大森林に存在することが許された。


(全ては女神の思し召しのまま、ことが運んだのだろう。魔女殿は隠世から来られたせいか、浮世離れされているから支えるものが必要であるからな。そしてその者に我ら3人が選ばれたのは本当に幸運だった。)


そう考えれば余計に己の片足が失われたことが悔やまれてならない。なんとか出来ぬものかと考えはするものの、やっと傷が塞がったばかりの足に負担をかけるべきではないとシャウラから言われているため何も出来ないのが現状だった。

なんとか残った足の筋力を落とさないために、ネネに掴まらせ動かしてはいるもののやはりどうしても筋肉は偏りがちだ。片足がないことによる弊害が酷くならないうちに、なんとかせねばとも思う。

春先からの移動は長老がいるため問題は無いのだが、いつも長老に頼るわけにも行かないのだ。


「ん?ああ、すまんなぁ。どうしても思い悩んでしまう。」


気がつけば近頃ではすっかり隣にいるのが定位置の長老がすぐ近くにまで来てい、心配をしているのかそっとジイジに寄り添う。その温かさと優しさに僅かに目元を緩ませ微笑むとその首筋を撫でた。

その様子を眺めていたゾンガも、思い悩むうちの一人だった。シャウラから義足の存在を聞いたものの、関節までは上手く作ることが出来ないからだ。全て木で作るには関節の強度が足りず、しゃがむなどの動作などをすると壊れてしまう。こればかりは本のイラストだけでは再現は不可能だと思っているため、作ってあげると軽々しく告げることの出来ない現状が悔しかった。


(関節だけどうにかできない、かなぁ。それだけどうにかなれば…)


「…っ!」


考え事をしながら雪をかいていたせいか、加減を忘れいつもより力が入ってしまい乾いた音を響かせスコップの柄が折れてしまう。ため息とともにゾンガは根元から折れた柄を見つめて項垂れた。


(あ~あ…やっちゃった…。新しい柄を探さなきゃ…もう)


折れてしまった柄を腹いせも込めて適当な長さで折ってしまうと、そのまま薪置き場に投げ入れる。一瞬森へと視線を向けつつ腰にナイフがあるのを確認してから、ジイジに向かって声をかける。


「じ…じいっじ!」


「ああ、見えていたよ。行っておいで。魔女殿には伝えておく。ただしネネに土産を忘れんようにな。」


力加減を間違えて柄を折った所を見られていたことにわずか頬を染め、それでもあまり話さずとも会話が成り立つこの暖かな関係にゾンガは頷いて笑顔を浮かべた。


そんな布袋を片手に森へと駆けていくゾンガの後姿を見送りながら、木靴を作る作業に集中するジイジの口許には先ほどとは違った柔らかな笑みが浮かんでいた。


まだ雪が深く残る森の中の藪を掻き分けながら進んでゆけば、急勾配の雪原にたどり着く。そこに細い木が何本か生えていた。あたりを見回し一つ頷くと、道中で拾ってきた一抱えある岩をおもむろに木々の間に投げ入れる。その衝撃でなのか体の奥まで響くような地響きとともに雪が急斜面を滑り落ちてゆく…人為的に起こした雪崩だった。


(大丈夫かな…?うん、大丈夫だね)


あたりを見渡し続いて雪崩が起きないことを確認すると、おもむろに雪崩に巻き込まれながらもしっかりと立っている木をつかみ引き抜くと、そのまま運んでいく。比較的丈夫なこの木は密度が高いために折れにくいせいか、道具の柄にとても向いていた。ついでだからと同じような木を何本か引き抜いてロープでまとめてふと顔を上げれば、低木に薄緑の実がなっているのが見えた。


(あ、あれを皆へのお土産にしようかな。)


駆け寄ればそれはゾンガが以前ネネのために作ったお菓子の材料にもなった、ココバの実だった。赤子の掌程度の実は果汁が多く、かじればしゃりしゃりとした食感でほのかに甘い。すごく美味しいというものではないが、これの良いところはその効能だった。

疲労困憊でも一つ食べれば次の日には回復すると言ってよいほどの効果があった。難点は日持ちがせず、なかなか見つからないということだった。お菓子にしたときは干したものを使ったが、それでも体力の回復の手助けくらいにはなる。持ってきた布袋に入るだけのココバの実を詰め込み、うれしそうな顔で振り返ったゾンガの目に入った風景に、とったばかりの実が転がっていった。





「ゾンガ、そろそろ帰ってくるかしら…?」

「ああ、もう日が暮れるからなぁ…戻る頃だとは思うが」


シャウラとジイジが心配げに窓から外を覗き見る。夕食を作る手伝いを終えるとネネも窓辺に陣取り外を見つめ続けている。

太陽もだいぶ傾き茜色から藍色へと変われば森の影も色濃くなり、空の藍色と森の色が混じりあい始める。


(日が落ちてわかりにくい…?え?)


ジイジとネネの後ろにいたシャウラの顔が強張る。


『客が来るよ』


たった一言。


その言葉に思わず息を呑んでしまう。


(客?え?だれ?)


軽く混乱しつつも飲み込んでしまった息をほぅと吐き出したときに、ネネの声が響いた。


「じょんがお姉ちゃんがかえってきた!…でもでも、なんかたくさんのひとといっしょ?」





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