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第22話 べろべろに甘やかすよ
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帰り道はふたりとも無口で、涼ちゃんはタイトルの分からない流行りの曲をハミングしていた。繋いだ手は一向に離れそうになくて、指が絡まる。
あ、この感じ久しぶりだ。不意に高輪くんのことを思い出す。高輪くんにドキドキしたのはいつのことだろう?
こっちに来てからの時間が濃くて、彼は遠い彼方に飛んでしまったようだった。
「涼ちゃんにとってはそのぉ、キスは軽いのかもしれないけど」
「軽くないよ。すきな子にしかしない」
「まぁ、そうだろうけど」
「足りない?」
脳のどこかが痺れるような気がする。さっきのキスがフラッシュバックする。
「俺はもっとしたかったけど、返事もされてないのにアレかな、と思って我慢したんだけど。もっと真剣になっちゃっても良かった?」
「それは困る⋯⋯。返事もしてないわけだし」
「だよなぁ。でも奪ったものは返せないし」
涼ちゃんは繋いだ手を持ち上げると、わたしの手の甲に軽く口付けた。
「涼ちゃんにワンチャン頂戴。それでダメなら⋯⋯んー、諦められるかわからないけど。意外と根が深いんだ」
ただいま、と家に戻ると、味噌汁のいい香りがプンと鼻につく。青龍が今朝はひとりで作ってるんだなぁ、と手を洗ってから台所に向かう。
「ねぇ、手伝うことは?」
「配膳」
「わかった」
いつものようにお盆を持って、配膳していく。
今朝はぬか漬けがない。気分じゃなかったのかもしれない。楽しみが半減だ。お味噌汁はキャベツと油揚げ。今日は卵焼きとアジの開きだ。
「美味しそう」と言うと「いつもだろう?」と返される。
へへっと笑って⋯⋯俯く。冷たい麦茶を飲む。
「朝だからって、喉乾いたんじゃないか?」
「うん、そうだね」
「なんだよ、責めてる訳じゃないんだから、シュンとするなよ」
してないよ⋯⋯と言いつつ、がやがやとみんなが席に着く中、自分も席に着いた。
「真帆ちゃん、進まないじゃない。歩きすぎたんじゃないの?」
「そういう訳じゃないです。ぼんやりしてただけで」
事実、わたしはぼんやりしていた。さっきのキスはなかったことにならない訳で。自然と涼ちゃんに目が行ってしまう。
そんな涼ちゃんはわたしの視線を拾って、優しく微笑む。
従兄妹とキスするなんて、考えたこともなかった。
いや、小さい頃はあったかもしれない。
あの頃は、キスが大それたものだと思ってなかったから。
でも今は、たったひとつのキスに大きな意味があることを知っている⋯⋯。
誰にでも、するかな?
それはさすがに涼ちゃんに悪い考えだと思って、胸の中から追い出す。
唇の感覚を思い出す。
涼ちゃんの唇も、少し強ばっていたような気がする。
涼ちゃんも怖いのかなぁ、と思って、そんなの誰だって同じだよ、と思う。わたしも、いつだって怖い。
◇
お昼ご飯の後、スマホを見ながら冷房の効いた部屋でごろごろしていると、青龍が顔を見せる。気分転換に買い物に付き合わないかと誘われる。
断る理由もなく、この夏は青龍シェフの見習いとして働いているので「うん」と答える。
⋯⋯軽はずみだったかな、と思う。
でも、いきなり断るのも変だし。
涼ちゃんも誘ったらどうかなと思って、それもいきなりすぎると思う。涼ちゃんが買い物を手伝ったことはない。
「真帆」
「涼ちゃん!」
「青龍と夕方、買い物に行くんだって? 夕方も暑いから気を付けるんだよ。涼ちゃんは誘われなかったからさ」
「うん」
どうして知ってるんだろうと不思議に思うと「アイツ、律儀にも言ってきたんだよ。バカだよね」と彼は言った。
「でも、別に変な意味じゃないし」
「まぁね。だからこそバカだって言うんじゃん。バカ正直なヤツ。自分の方がアドバンテージあると思ってるのかな?」
青龍はそういうタイプじゃないんじゃないかな、と思う。
そう言おうと思って顔を上げると、そこには涼ちゃんの顔が間近にあって、思わず口を覆ってしまう。
「真帆もバカだなぁ、真っ赤な顔して。それじゃ、意識してますってバレバレじゃん。そそられる」
「だって、涼ちゃん、狡いよ」
「⋯⋯狡くたっていいよ。キスひとつで気持ちを変えられるとは思ってないけど、少なくともただの従兄妹じゃないって、意識してもらえれば」
涼ちゃんの目は真剣で、逸らすことができなかった。わたしはバカみたいに彼の目に映る自分を見ていた。
心が、揺れそうになる。
わたしの心は弱い。
「⋯⋯従兄妹は、ひとりじゃないし」
「お、本音を言ったな。青龍のことも男だって認めてるんだ?」
「⋯⋯高輪くんにフラれたばかりで、すきとか嫌いとか、考える余裕はないよ」
「仮にそうだとしても、真帆の前に素敵な人が現れたら、真帆はフツーに恋に落ちると思うよ。俺はそのたった一人になりたい」
ただの従兄妹じゃない。涼ちゃんの熱意がストレートに伝わってくる。唇と、唇が繋がった時みたいに。
「⋯⋯涼ちゃんは、例えばそうなった時、わたしの意見も尊重してくれる? わたしだけを見てくれる?」
彼は優しく微笑みを浮かべた。
わたしが過去に会ったどの男性よりも、魅力的に見えた。
「当たり前じゃないか。すきな子に何か言われたら、俺はほいほい尽くしちゃうよ。その子に真剣なら尚更。普段、自分から女の子に凸ることはほとんどないけど、真帆は特別なんだ。自信を持ってくれる?」
「自信⋯⋯」
「俺なら真帆にもっと自信を持たせられると思うよ。『愛されてる』って自信を持たせてあげる。べろべろに甘やかして、大事にする。これは約束だ」
それはすごく魅力的な約束に思えた。
もし、青龍のことをすきで両想いになったとしても、わたしの心は常に疑心暗鬼になるだろう。離れてる分だけきっと――。
「あの朴念仁とは違うよ。安心させるためなら、何でもするし」
「違うの! 比べてなんかいないよ」
「青龍が真帆に惹かれてるのは見てればわかるし、悔しいけど、真帆も青龍に惹かれてるでしょう? でもそれを変えてみたいと思うんだ。例え無謀だとしても。一週間のハンデの分、埋めてみせるよ」
何処からそんな自信が湧いてくるのかな、と思う。
そしてわたしはそんなに価値ある女の子じゃない。
つまらない女だ。
そう、簡単に捨てるれてしまうくらい⋯⋯。
「何をそんなに不安に思ってるの? 少なくとも真帆は涼ちゃんに魔法をかけちゃうくらい、魅力的だよ。自信、持って」
あ、この感じ久しぶりだ。不意に高輪くんのことを思い出す。高輪くんにドキドキしたのはいつのことだろう?
こっちに来てからの時間が濃くて、彼は遠い彼方に飛んでしまったようだった。
「涼ちゃんにとってはそのぉ、キスは軽いのかもしれないけど」
「軽くないよ。すきな子にしかしない」
「まぁ、そうだろうけど」
「足りない?」
脳のどこかが痺れるような気がする。さっきのキスがフラッシュバックする。
「俺はもっとしたかったけど、返事もされてないのにアレかな、と思って我慢したんだけど。もっと真剣になっちゃっても良かった?」
「それは困る⋯⋯。返事もしてないわけだし」
「だよなぁ。でも奪ったものは返せないし」
涼ちゃんは繋いだ手を持ち上げると、わたしの手の甲に軽く口付けた。
「涼ちゃんにワンチャン頂戴。それでダメなら⋯⋯んー、諦められるかわからないけど。意外と根が深いんだ」
ただいま、と家に戻ると、味噌汁のいい香りがプンと鼻につく。青龍が今朝はひとりで作ってるんだなぁ、と手を洗ってから台所に向かう。
「ねぇ、手伝うことは?」
「配膳」
「わかった」
いつものようにお盆を持って、配膳していく。
今朝はぬか漬けがない。気分じゃなかったのかもしれない。楽しみが半減だ。お味噌汁はキャベツと油揚げ。今日は卵焼きとアジの開きだ。
「美味しそう」と言うと「いつもだろう?」と返される。
へへっと笑って⋯⋯俯く。冷たい麦茶を飲む。
「朝だからって、喉乾いたんじゃないか?」
「うん、そうだね」
「なんだよ、責めてる訳じゃないんだから、シュンとするなよ」
してないよ⋯⋯と言いつつ、がやがやとみんなが席に着く中、自分も席に着いた。
「真帆ちゃん、進まないじゃない。歩きすぎたんじゃないの?」
「そういう訳じゃないです。ぼんやりしてただけで」
事実、わたしはぼんやりしていた。さっきのキスはなかったことにならない訳で。自然と涼ちゃんに目が行ってしまう。
そんな涼ちゃんはわたしの視線を拾って、優しく微笑む。
従兄妹とキスするなんて、考えたこともなかった。
いや、小さい頃はあったかもしれない。
あの頃は、キスが大それたものだと思ってなかったから。
でも今は、たったひとつのキスに大きな意味があることを知っている⋯⋯。
誰にでも、するかな?
それはさすがに涼ちゃんに悪い考えだと思って、胸の中から追い出す。
唇の感覚を思い出す。
涼ちゃんの唇も、少し強ばっていたような気がする。
涼ちゃんも怖いのかなぁ、と思って、そんなの誰だって同じだよ、と思う。わたしも、いつだって怖い。
◇
お昼ご飯の後、スマホを見ながら冷房の効いた部屋でごろごろしていると、青龍が顔を見せる。気分転換に買い物に付き合わないかと誘われる。
断る理由もなく、この夏は青龍シェフの見習いとして働いているので「うん」と答える。
⋯⋯軽はずみだったかな、と思う。
でも、いきなり断るのも変だし。
涼ちゃんも誘ったらどうかなと思って、それもいきなりすぎると思う。涼ちゃんが買い物を手伝ったことはない。
「真帆」
「涼ちゃん!」
「青龍と夕方、買い物に行くんだって? 夕方も暑いから気を付けるんだよ。涼ちゃんは誘われなかったからさ」
「うん」
どうして知ってるんだろうと不思議に思うと「アイツ、律儀にも言ってきたんだよ。バカだよね」と彼は言った。
「でも、別に変な意味じゃないし」
「まぁね。だからこそバカだって言うんじゃん。バカ正直なヤツ。自分の方がアドバンテージあると思ってるのかな?」
青龍はそういうタイプじゃないんじゃないかな、と思う。
そう言おうと思って顔を上げると、そこには涼ちゃんの顔が間近にあって、思わず口を覆ってしまう。
「真帆もバカだなぁ、真っ赤な顔して。それじゃ、意識してますってバレバレじゃん。そそられる」
「だって、涼ちゃん、狡いよ」
「⋯⋯狡くたっていいよ。キスひとつで気持ちを変えられるとは思ってないけど、少なくともただの従兄妹じゃないって、意識してもらえれば」
涼ちゃんの目は真剣で、逸らすことができなかった。わたしはバカみたいに彼の目に映る自分を見ていた。
心が、揺れそうになる。
わたしの心は弱い。
「⋯⋯従兄妹は、ひとりじゃないし」
「お、本音を言ったな。青龍のことも男だって認めてるんだ?」
「⋯⋯高輪くんにフラれたばかりで、すきとか嫌いとか、考える余裕はないよ」
「仮にそうだとしても、真帆の前に素敵な人が現れたら、真帆はフツーに恋に落ちると思うよ。俺はそのたった一人になりたい」
ただの従兄妹じゃない。涼ちゃんの熱意がストレートに伝わってくる。唇と、唇が繋がった時みたいに。
「⋯⋯涼ちゃんは、例えばそうなった時、わたしの意見も尊重してくれる? わたしだけを見てくれる?」
彼は優しく微笑みを浮かべた。
わたしが過去に会ったどの男性よりも、魅力的に見えた。
「当たり前じゃないか。すきな子に何か言われたら、俺はほいほい尽くしちゃうよ。その子に真剣なら尚更。普段、自分から女の子に凸ることはほとんどないけど、真帆は特別なんだ。自信を持ってくれる?」
「自信⋯⋯」
「俺なら真帆にもっと自信を持たせられると思うよ。『愛されてる』って自信を持たせてあげる。べろべろに甘やかして、大事にする。これは約束だ」
それはすごく魅力的な約束に思えた。
もし、青龍のことをすきで両想いになったとしても、わたしの心は常に疑心暗鬼になるだろう。離れてる分だけきっと――。
「あの朴念仁とは違うよ。安心させるためなら、何でもするし」
「違うの! 比べてなんかいないよ」
「青龍が真帆に惹かれてるのは見てればわかるし、悔しいけど、真帆も青龍に惹かれてるでしょう? でもそれを変えてみたいと思うんだ。例え無謀だとしても。一週間のハンデの分、埋めてみせるよ」
何処からそんな自信が湧いてくるのかな、と思う。
そしてわたしはそんなに価値ある女の子じゃない。
つまらない女だ。
そう、簡単に捨てるれてしまうくらい⋯⋯。
「何をそんなに不安に思ってるの? 少なくとも真帆は涼ちゃんに魔法をかけちゃうくらい、魅力的だよ。自信、持って」
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