すきに、なった。

月波結

文字の大きさ
41 / 43

第41話 衝動的に

しおりを挟む
 そんなふうにあっという間に夏休みは終わっていった。
 涼ちゃんからは毎晩こまめにメッセージが届いたし、わたしはそれを煩わしく思うことはなかった。
 むしろ、届くのがいつもより遅い日は、不安で押しつぶされそうになる。
 あの素敵な人に、相応しい人がみつかったんじゃないか、と。

 涼ちゃんのことをすきになったのかなぁと、自問自答の日が続いた。

 ◇

 そんなある日、夏羽ちゃんが昼休みに飛んできた。わたしたちはその前の時間、別の講義を取っていた。
「真帆! あんた大変なことになってるよ」
「え?」
 大変なことというのにまずピンと来なかった。

「なんでも『英文科の千野真帆子ちのまほこを知っていますか?』って訊いて歩いてる人がいるんだって」
「なにそれ?」
「新手の宗教の勧誘とかじゃないよね?」
 わたしたちがカフェで騒いでいると、同じ英文科の女の子が近寄ってきた。

「千野さん、カフェの入り口に千野さんを探してる人が来てるよ」
 わたしと夏羽ちゃんは顔を見合せた。
「まさか涼ちゃんさん?」
「涼ちゃんなら、今朝もメッセージくれたけど、そんなこと書いてなかったよ」

 わたしは緩慢に腰を上げ、言われた方向に向かった。
 途中、「千野さん、やるじゃん」なんて声を他の子にかけられたりして戸惑いが一層増す。
 ⋯⋯涼ちゃんなら、週末に会いに来そうなものだけど。それとも『衝動的に』とか言って、サプライズで会いに来ちゃったとか? ありそうで怖い。

 歩みを進めると――カフェの入り口で所在なげにしている青龍を見つける。
 歩みが止まる。

 嘘、だって、ここまで遠いはずなのに⋯⋯。

「青龍?」
「真帆子? よかった、やっと見つかった。英文科って女の子ばっかりなんだなぁ。お前の行き先を知ってるのは女の子ばっかりだったよ」
 青龍は苦笑した。

 わたしは戸惑うばかりで、一言が出ない。
 一緒に着いてきてくれた夏羽ちゃんが、ポンと背中を叩く。

「従兄妹の青龍だよ。わたしが休みの間、お世話になってた家の。こっちはわたしの友達の夏羽ちゃん。すごく仲良くしてくれてるの」
「萩原夏羽です。真帆と同じ英文科二年です。青龍さんのことは真帆からよく聞いています。真帆をよろしくお願いします」
 夏羽ちゃんは涼ちゃんの時と同じように挨拶をした。

「松岡青龍です。真帆子がお世話になってるみたいで。よろしくお願いします」
 ぎこちなく、青龍らしく挨拶をする。やっぱり青龍は女の子に慣れてたりしないんだなぁと見ていた。

「じゃあ、邪魔者は退散するね。真帆、あと四限だけでしょ? 代返しておくよ」
「あ、夏羽ちゃん」
「遠慮なく。明日のランチでいいから」
 夏羽ちゃんは颯爽とカフェの中に消えていった。

「⋯⋯青龍、ランチまだだよね?」
「そうだな」
「お昼食べよう。お腹ぺこぺこなの」

 とは言え、学内で食べるのは気が引けて、外に出る。この時間は何処も混んでいて、行き先に困る。
「駅の中のマックでもいいんじゃないか? 何処も混んでそうだったし」
「青龍がそれでいいなら」

 わたしたちは手を繋いだりしなかった。
 並列に歩いて、緊張する。
 何が起きているのか、よく分からない。
 とにかく移動する。

「席取っておいて。真帆子はまたビックマックでいいの?」
「⋯⋯てりやきで」
 わかった、と言うと青龍はレジに向かった。普段はビックマックなんて重いものは食べない。あれは特別な日だったからで。
 ――今日も、特別な日と呼べないこともないけど。

 涼ちゃんにメッセージを送ろうか、とふと考える。
 でもそんなことをしたら、涼ちゃんなら飛んできそうだと思ってスマホをしまう。
 もっと物事が複雑になる。

『真帆、おはよう。涼ちゃんは今日はレポート提出があって、寝不足。真帆の元気を分けて』

 それが今朝のメッセージだった。
 つまり、涼ちゃんだって今日、起きることを知らなかったということになる。

 戸惑いが隠せない。
 ふぅ、と小さくため息をつく。
「どうしたの?」の一言が訊けない。ここに涼ちゃんがいたらなぁという気持ちが拭い去れない。

 トレイを持って、青龍は対面に座った。
「お待たせ」
 あの日と同じなのに、全然違う。わたしは帽子を被ってないし、代わりに日傘を持っていた。
「青龍、学校は?」
「一日くらい休んでも、どうとでもなるよ」
 そういうことを聞きたかったわけじゃなくて。

「悪いな、真帆子の都合も考えなくて」
「ううん、いいよ。代返してくれれば大丈夫な講義だし」
 とにかくひたすらポテトを食べる。そうしないと間が持たない。

「女々しいとは思うんだけど、真帆子が帰ってからまだひと月も経たないのに、会いたくなって。不審者だよな、お前のこと訊いて回って。ごめん、反省してる」
「事前に連絡くれればよかったのに」
「そうだな、何も考えてなかった」

 そう言った青龍の荷物は、大学に通うのに使っていると思われる黒いリュックだった。衝動的に会いに来たってことなのかな、と指先にポテトをつまんで青龍の方を見る。

「青龍がこんなこと、すると思わなかったからびっくりした。特急で来たの? お金、大変じゃない?」
「⋯⋯金の問題じゃないし」
「わたしなんかのために勿体ないじゃん。お金もだけど、時間も」
「やっぱり迷惑だったか」
 青龍は苦笑した。

 まだ戸惑いが消えない。
 うれしいのか、うれしくないのか、その二択が分からない。⋯⋯それを考えると、俯いて顔を上げることが永遠にできなくなりそうだった。

「⋯⋯迷惑なんかじゃないよ。その、本当にびっくりして。だって青龍って真面目だと思ってたし、学校サボってまでここに来ると思わないじゃん」
「待ってたら、年末まで会えないと思って」
「言ってくれれば土日使って行けなくもないのに」
「涼平が、一緒に来るんじゃないかと思って。ふたりきりで会いたかったんだ。おかしいよな、そんなの」

「⋯⋯せっかく来たんだから、何処か行こうか」
 思わず話を逸らす。熱量の差を、感じないわけじゃない。

 電車に乗って、目的地を目指す。
 大学からどんどん離れて、電車はわたしたちを大きな展望台のふもとに下ろした。

「やっぱりデカいな。ここまで見に来たの、初めてだ」
「わたしも来たことはあるけど、上ったことはないよ」
「上るか?」
「怖いとこ、ダメ」
 観覧車を、一瞬思い出す。青龍が今日初めて、やわらかな笑顔を見せる。そうそう、これがわたしのよく知った青龍だ。

「ここは何がお勧め?」
「全然よく分からないの。えっと、元カレと来た時は『着いてきた』って感じだったから」
「ああ、真帆子、ありそう」
「酷いなぁ」

 青龍がスマホで何か調べる。
 少し間が空く。わたしは待っている。
「展望台か、ソラマチか、水族館だな。水族館に行ってみる? 平日なら空いてるんじゃない?」
「そうかも」

 青龍が「行こう」と手を引く。自然に繋がれた手は、あの日と同じ、厚みのある手だった。ぶわっと、あの日々がフラッシュバックする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...