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過去編 『勇者アルの冒険』
『霧』の魔女⑤
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「おい。何が有ったんだ?」
駆け付けた村人の内の一人。若い男が少し苛立ちを含んだ声を上げる。
皆寝静まっていた頃だろう、変な騒ぎで叩き起こされて苛立つのも当然だろう。
しかし、それよりもアルバスはもっと苛立ちを隠さない態度を見せていた。
「ああん?」
「ちょっと、アル……」
エルが窘めようとするが、そんなアルバスの刺々しい態度に当てられて、若い男性の方も更に火力を強めていく。
「死神……。お前なんか来ても、碌な事にならん。余所者が騒ぎを起こさないでくれないか」
彼は勇者にあまり良い印象を持っていなかったのだろう。
死神なんて蔑称が流布しているくらいだ、そういう者が少なくない事自体アルバスは理解している。
「誰の所為でナナがああなったと思ってんだ……」
だからこそ、アルバスはもう彼と話しても無駄だと溜息を吐き、そう吐き捨てる。
「どういう事ですか。魔女様に、何かあったのですか」
すると、また別の村人が前に出て来た。
それはこの村に来た時、最初に会った初老の男性だった。
「ああ、あんたか。賑やかにしちまって悪いな」
先程の若い男性が「オヤジ、あんなやつ……」なんて言っているのを、初老の男性は「お前は黙っていろ」と咎める。
それだけで、若い男性はその矛を仕舞った。
「愚息が申し訳ありません。それで、魔女様ですが……」
「アル、あなた何か知っているの?」
エルも立て続けに、アルバスを問い詰める。
アルバスは観念したという風に、大きく息を吐いて、話始めた。
「あれは、魔王の汚れだよ」
「汚れって、前にも見た黒い泥の事よね? でも、ナナの身体にはそんな物……」
「汚れっていうのは、魔獣の身体に取り付くだけじゃないんだ。汚れは人の心に出来た隙に入り込めんで来る。そして、一度汚れに付け込まれれば、ああやって心の闇が浮き彫りになる」
アルバスは過去の苦い記憶を思い出しながら、唇を嚙む。
「ですが、このゴーフ村には魔女様が結界を……」
今の今まで自分たちには魔王の侵略なんて関係がないと思っていた村人たちだったが、その初老の男性の言葉を皮切りに、自分たちの安全が脅かされている事を悟ったのか、一斉にざわつき始める。
「その結界がナナの負担になってたんじゃねえのか。お前ら村の奴ら、誰か一人でもちゃんとナナの事考えた事有るのか?」
「それは……」
「こんな馬鹿でかい結界を張らせて、何ともない訳無いだろ。その上ガキの世話までさせて、どうせ他にも色々やらせてたんだろ」
アルバスはそう捲し立てて、村人たちを責め立てる。
村人たちはもう、何も言わない。沈黙は肯定。それはその糾弾が図星であるという事だろう。
結界を張っていたのはナナだ。
それだけでも魔力を使い続けていて、集中も切らせずに、大変な事だろう。
その上で、更に彼女の優しさに甘えたこの村の人々は、ナナにおんぶにだっこ。
その結果、ツケが回って来たのだ。
ナナの心に隙が産まれ、その隙が結界に綻びを産み、そして汚れはナナの心を闇に堕とした。
「アル、あなた、もしかして……」
ここまで話して、いつもよりも感情的なアルバスの様子を見て、エルも察したのだろう。
「ああ。昔、俺の仲間が汚れに取り込まれた事がある。そいつはかなり強い女剣士だったんだがよ、その分プレッシャーが有ったんだろうな。その心の隙に入り込まれて、ナナみたいに暴れ始めた。皆止めようとしたが、仲間相手に本気で斬りかかれる奴なんて居る訳がねえ、躊躇った他の仲間たちは次々と斬り殺されて行った。それで、最終的には――」
「いい。もういいわ、ごめんなさい」
エルはそんなアルバスが語るのを制止する様に、アルバスを抱きしめた。強く、強く。
「どうした?」
「見てられなかった」
アルバスよりも一つ背の低いエルはその背に顔を埋めたまま、そう囁く。
「悪かったな。もう過ぎた過去の事だ、気にしてねえよ」
「じゃあ、そんな顔、しないでよ」
「悪かったって」
アルバスはエルの頭に軽く手を置く事で、もう大丈夫だと示し、エルもアルバスからそのまま離れる。そして、
「アル、行きましょう」
「でも、あれをどうにかするには――」
アルバスは自分の剣に触れる。
「わたしなら出来るわ。考えが有るの、信じて」
エルは真っ直ぐと、アルバスの瞳を見て、そう言った。
アルバスとエル。魔女と勇者の、立った二人の勇者一行。やる事は、決まっていた。
アルバスは村人たちに背を向けて、歩き始める。
「どうされるのですか」
初老の男性が、そんなアルバスを制止する。
「どうって、ナナを助け出す」
「なあ、死神。俺たちに出来る事は――」
若い男性の方も声を上げる。しかし、
「無えな」
アルバスはそうばっさりと切り捨てる。
「ただ、ナナが戻ってきたら、ちっとは気い使ってやってくれ」
「ああ……」
「魔女様を、よろしくお願いいたします」
駆け付けた村人の内の一人。若い男が少し苛立ちを含んだ声を上げる。
皆寝静まっていた頃だろう、変な騒ぎで叩き起こされて苛立つのも当然だろう。
しかし、それよりもアルバスはもっと苛立ちを隠さない態度を見せていた。
「ああん?」
「ちょっと、アル……」
エルが窘めようとするが、そんなアルバスの刺々しい態度に当てられて、若い男性の方も更に火力を強めていく。
「死神……。お前なんか来ても、碌な事にならん。余所者が騒ぎを起こさないでくれないか」
彼は勇者にあまり良い印象を持っていなかったのだろう。
死神なんて蔑称が流布しているくらいだ、そういう者が少なくない事自体アルバスは理解している。
「誰の所為でナナがああなったと思ってんだ……」
だからこそ、アルバスはもう彼と話しても無駄だと溜息を吐き、そう吐き捨てる。
「どういう事ですか。魔女様に、何かあったのですか」
すると、また別の村人が前に出て来た。
それはこの村に来た時、最初に会った初老の男性だった。
「ああ、あんたか。賑やかにしちまって悪いな」
先程の若い男性が「オヤジ、あんなやつ……」なんて言っているのを、初老の男性は「お前は黙っていろ」と咎める。
それだけで、若い男性はその矛を仕舞った。
「愚息が申し訳ありません。それで、魔女様ですが……」
「アル、あなた何か知っているの?」
エルも立て続けに、アルバスを問い詰める。
アルバスは観念したという風に、大きく息を吐いて、話始めた。
「あれは、魔王の汚れだよ」
「汚れって、前にも見た黒い泥の事よね? でも、ナナの身体にはそんな物……」
「汚れっていうのは、魔獣の身体に取り付くだけじゃないんだ。汚れは人の心に出来た隙に入り込めんで来る。そして、一度汚れに付け込まれれば、ああやって心の闇が浮き彫りになる」
アルバスは過去の苦い記憶を思い出しながら、唇を嚙む。
「ですが、このゴーフ村には魔女様が結界を……」
今の今まで自分たちには魔王の侵略なんて関係がないと思っていた村人たちだったが、その初老の男性の言葉を皮切りに、自分たちの安全が脅かされている事を悟ったのか、一斉にざわつき始める。
「その結界がナナの負担になってたんじゃねえのか。お前ら村の奴ら、誰か一人でもちゃんとナナの事考えた事有るのか?」
「それは……」
「こんな馬鹿でかい結界を張らせて、何ともない訳無いだろ。その上ガキの世話までさせて、どうせ他にも色々やらせてたんだろ」
アルバスはそう捲し立てて、村人たちを責め立てる。
村人たちはもう、何も言わない。沈黙は肯定。それはその糾弾が図星であるという事だろう。
結界を張っていたのはナナだ。
それだけでも魔力を使い続けていて、集中も切らせずに、大変な事だろう。
その上で、更に彼女の優しさに甘えたこの村の人々は、ナナにおんぶにだっこ。
その結果、ツケが回って来たのだ。
ナナの心に隙が産まれ、その隙が結界に綻びを産み、そして汚れはナナの心を闇に堕とした。
「アル、あなた、もしかして……」
ここまで話して、いつもよりも感情的なアルバスの様子を見て、エルも察したのだろう。
「ああ。昔、俺の仲間が汚れに取り込まれた事がある。そいつはかなり強い女剣士だったんだがよ、その分プレッシャーが有ったんだろうな。その心の隙に入り込まれて、ナナみたいに暴れ始めた。皆止めようとしたが、仲間相手に本気で斬りかかれる奴なんて居る訳がねえ、躊躇った他の仲間たちは次々と斬り殺されて行った。それで、最終的には――」
「いい。もういいわ、ごめんなさい」
エルはそんなアルバスが語るのを制止する様に、アルバスを抱きしめた。強く、強く。
「どうした?」
「見てられなかった」
アルバスよりも一つ背の低いエルはその背に顔を埋めたまま、そう囁く。
「悪かったな。もう過ぎた過去の事だ、気にしてねえよ」
「じゃあ、そんな顔、しないでよ」
「悪かったって」
アルバスはエルの頭に軽く手を置く事で、もう大丈夫だと示し、エルもアルバスからそのまま離れる。そして、
「アル、行きましょう」
「でも、あれをどうにかするには――」
アルバスは自分の剣に触れる。
「わたしなら出来るわ。考えが有るの、信じて」
エルは真っ直ぐと、アルバスの瞳を見て、そう言った。
アルバスとエル。魔女と勇者の、立った二人の勇者一行。やる事は、決まっていた。
アルバスは村人たちに背を向けて、歩き始める。
「どうされるのですか」
初老の男性が、そんなアルバスを制止する。
「どうって、ナナを助け出す」
「なあ、死神。俺たちに出来る事は――」
若い男性の方も声を上げる。しかし、
「無えな」
アルバスはそうばっさりと切り捨てる。
「ただ、ナナが戻ってきたら、ちっとは気い使ってやってくれ」
「ああ……」
「魔女様を、よろしくお願いいたします」
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