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第5章
反撃②
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まとわりつく深青の靄の中で、頭を抱えて転げまわる。靄が、両の耳に侵入していた。
「痛い! 痛い……!」
地面に倒れたまま悶える男を見て、ほかの男たちの動きが止まった。その顔は恐怖に歪んでいる。ただひとり、山辺だけが平静を保って指揮をとった。
「退却! 退却だ、早くVCを格納しろ! 走れ!」
倒れたまま呻いている華の近くにいる男が、弾かれたように立ち上がって地面に落ちた四角い機械に手を伸ばす。それを見て、ぴくりとも動けなかった哲平が我に返ったように走り出した。
「やめろ!」
力いっぱい男に体当たりをして弾き飛ばすと、そのまま動かない紅へと駆け寄る。
「紅! 紅、大丈夫か!」
哲平の手が触れた瞬間、紅の体がまばゆい光に包まれた。
「……哲平くん」
輝く体をゆっくりと起こして、紅が言葉を発した。
「……紅。動けるのか……?」
紅はにっこりと笑って哲平に抱きついた。
「ありがとう、哲平くん! 何だか、すごく力がみなぎってる!」
急速充電したのか。
そう思ったが、なかなか光が消えない。あのときと似ている――哲平がそう思ったとき。
苦しむ男の頭から青い靄が離れ、紺碧が姿を現した。ぐったりした華を抱え上げながら、紅に向かって叫ぶ。
「紅! 力を使え!」
「え? 力?」
「使ったことがないのか⁉」
「撤収! 撤収だ、急げ!」
紺碧と山辺の声が交錯する。山辺は鬼気迫る口調で部下に命令し、桔梗のボトルを持った男ふたりが紅から離れるように走り出した。
「紅! 男たちにエネルギーをぶつけるんだ! 哲平、朱里、離れろ!」
華を抱えた紺碧が素早く指示を飛ばす。哲平と朱里が紺碧のもとへ駆け寄ると同時に、紅が退却する男たちに向かって両手を伸ばした。
「えっと、こ、こんな感じ?」
突き出すようにしてかざした手のひらへと全身の光が移動したかと思うと、そこから太い光線のようなものがほとばしり、地面に突き刺さった。次の瞬間、男たちの足元が爆音とともに吹き飛んだ。
「な……なに今の、なに今の⁉」
呆気にとられる紅自身の目の前で男五人の体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。その拍子に、桔梗のボトルが男の手から離れて吹き飛ばされた。
「桔梗……!」
目の前で、桔梗のボトルが空を舞って川へと落ちた。動けない男たちの中で、唯一山辺だけが何とか起き上がり、桔梗を追う。爆風で紺碧たちの頭を超え上流へと落ちたボトルは、下流で待ち構える山辺のほうへと流されていく。
「くそっ、一体だけでも……!」
山辺が川へと入り、手を伸ばす。それまでまったく動くことも話すこともできずに立ち尽くしていた朱里の目の前を、紫の液体が詰まったボトルが無機質に流れていった。
水の中で聞いたような声は、今は聞こえなかった。さっきまで人間と同じとしか思えない風貌で話していた桔梗が、今はしゃべらない液体となって小さなボトルの中に詰め込まれている。
――しっかりしてちょうだい、お嬢さん。
不意に、溺れたときに聞こえた言葉が蘇った。
――別に、責めているわけじゃないわ。人間がどういう生き物かは、研究所で散々見てきたから。
そういったときの桔梗の声は、冷たかった。溺れたときに助けてくれた、あのときと同じ声のはずなのに、あのとき感じた温かさはなかった。
桔梗を冷たくさせたのは、自分だ。
ボトルが、山辺に向かって流れていく。必死に流れをかき分けてボトルに向かっていく男を見て、朱里の中に妙な怒りと意地が湧いてきた。
「……渡す、もんですか……っ」
朱里は夢中で川へ飛び込んだ。桔梗を助けたいとか、誰が悪者だとか、そういう考えはまとまっていなかった。ただ、男たちに強烈な嫌悪感を抱いていた。
桔梗や紅を、『一体』だなんて数え方をするような奴らに、渡すもんですか。
服のまま川へ入り、必死に泳ぐ。溺れているのか泳いでいるのかわからない状態で、何とかボトルを手に取った。しかし、流れが速くて岸まで泳げない。もがく視界の中に、男の姿が入った。すぐそばまで来ている。
ダメだ、とられちゃう。
そう思ったとき、紺碧の声が聞こえた。
「朱里! 蓋を開けろ、開けて桔梗に触れ!」
「痛い! 痛い……!」
地面に倒れたまま悶える男を見て、ほかの男たちの動きが止まった。その顔は恐怖に歪んでいる。ただひとり、山辺だけが平静を保って指揮をとった。
「退却! 退却だ、早くVCを格納しろ! 走れ!」
倒れたまま呻いている華の近くにいる男が、弾かれたように立ち上がって地面に落ちた四角い機械に手を伸ばす。それを見て、ぴくりとも動けなかった哲平が我に返ったように走り出した。
「やめろ!」
力いっぱい男に体当たりをして弾き飛ばすと、そのまま動かない紅へと駆け寄る。
「紅! 紅、大丈夫か!」
哲平の手が触れた瞬間、紅の体がまばゆい光に包まれた。
「……哲平くん」
輝く体をゆっくりと起こして、紅が言葉を発した。
「……紅。動けるのか……?」
紅はにっこりと笑って哲平に抱きついた。
「ありがとう、哲平くん! 何だか、すごく力がみなぎってる!」
急速充電したのか。
そう思ったが、なかなか光が消えない。あのときと似ている――哲平がそう思ったとき。
苦しむ男の頭から青い靄が離れ、紺碧が姿を現した。ぐったりした華を抱え上げながら、紅に向かって叫ぶ。
「紅! 力を使え!」
「え? 力?」
「使ったことがないのか⁉」
「撤収! 撤収だ、急げ!」
紺碧と山辺の声が交錯する。山辺は鬼気迫る口調で部下に命令し、桔梗のボトルを持った男ふたりが紅から離れるように走り出した。
「紅! 男たちにエネルギーをぶつけるんだ! 哲平、朱里、離れろ!」
華を抱えた紺碧が素早く指示を飛ばす。哲平と朱里が紺碧のもとへ駆け寄ると同時に、紅が退却する男たちに向かって両手を伸ばした。
「えっと、こ、こんな感じ?」
突き出すようにしてかざした手のひらへと全身の光が移動したかと思うと、そこから太い光線のようなものがほとばしり、地面に突き刺さった。次の瞬間、男たちの足元が爆音とともに吹き飛んだ。
「な……なに今の、なに今の⁉」
呆気にとられる紅自身の目の前で男五人の体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。その拍子に、桔梗のボトルが男の手から離れて吹き飛ばされた。
「桔梗……!」
目の前で、桔梗のボトルが空を舞って川へと落ちた。動けない男たちの中で、唯一山辺だけが何とか起き上がり、桔梗を追う。爆風で紺碧たちの頭を超え上流へと落ちたボトルは、下流で待ち構える山辺のほうへと流されていく。
「くそっ、一体だけでも……!」
山辺が川へと入り、手を伸ばす。それまでまったく動くことも話すこともできずに立ち尽くしていた朱里の目の前を、紫の液体が詰まったボトルが無機質に流れていった。
水の中で聞いたような声は、今は聞こえなかった。さっきまで人間と同じとしか思えない風貌で話していた桔梗が、今はしゃべらない液体となって小さなボトルの中に詰め込まれている。
――しっかりしてちょうだい、お嬢さん。
不意に、溺れたときに聞こえた言葉が蘇った。
――別に、責めているわけじゃないわ。人間がどういう生き物かは、研究所で散々見てきたから。
そういったときの桔梗の声は、冷たかった。溺れたときに助けてくれた、あのときと同じ声のはずなのに、あのとき感じた温かさはなかった。
桔梗を冷たくさせたのは、自分だ。
ボトルが、山辺に向かって流れていく。必死に流れをかき分けてボトルに向かっていく男を見て、朱里の中に妙な怒りと意地が湧いてきた。
「……渡す、もんですか……っ」
朱里は夢中で川へ飛び込んだ。桔梗を助けたいとか、誰が悪者だとか、そういう考えはまとまっていなかった。ただ、男たちに強烈な嫌悪感を抱いていた。
桔梗や紅を、『一体』だなんて数え方をするような奴らに、渡すもんですか。
服のまま川へ入り、必死に泳ぐ。溺れているのか泳いでいるのかわからない状態で、何とかボトルを手に取った。しかし、流れが速くて岸まで泳げない。もがく視界の中に、男の姿が入った。すぐそばまで来ている。
ダメだ、とられちゃう。
そう思ったとき、紺碧の声が聞こえた。
「朱里! 蓋を開けろ、開けて桔梗に触れ!」
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