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第7章
VC墨
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木の陰に、スズオが立っていた。スズオは目を見開いて黒のVCを凝視している。
「全部、聞いていたのか? なら話が早いな」
悦びをはらんでいた声音が一瞬にして冷徹に変わり、その目に憎悪が湧き立った。スズオのすぐ目の前で男が消え去り、黒い靄が触手のようにスズオの顔に伸びた。
「ダメ――!」
山吹が立ち塞がる。そのとき、にわかに公園に面した通りが騒がしくなってきた。
「ほら、こっちこっち! 確かこの辺――いた! ほら、哲平くん! 黒のVC!」
茂みの間から、突然ツインテールの少女が飛び出した。それを追うように若い男が姿を現す。
「え、黒? ちょっと待って、確か紅が見かけたのは緑だろ?」
「あれ? うん、緑だった。あれ、なんで黒? 見間違い?」
「いや、どっちもいておかしくないけど」
「こんにちは! 黒のVCさん! あたし紅、あなたの仲間だから安心して――って、あれ? なんか変?」
出鼻をくじかれた男は再度人間態に戻ると、舌打ちをした。
「まったく、涙が出るね。こんな頭の悪そうな女まで、仲間だとかいってきやがる」
状況を把握できていない紅の胸ぐらを掴む。
「……死ねよ」
男のもう一方の手が紅の頭を掴むと、明るい茶色の髪がじわじわと黒に滲み、途端に紅の声が弱く震えた。
「哲平くん……まずい……」
「紅⁉」
後ろからぐいと引っ張って男から引き離す。
「な、なんでだ⁉ あんた、仲間じゃないのかよ⁉」
事態を飲み込む間もなく、今度は背後から怒号が飛んだ。
「発見! 発見しました! VC紅とそのパートナー、それからあれは……VC墨! 墨発見、さらに人間が数名巻き込まれている模様! 墨の確保を最優先します!」
黒い作業服の男がふたり、叫びながら走ってくる。
「まずい、見つかった!」
哲平がすぐさま立ち上がり紅の手を引く。
「とりあえず逃げるぞ!」
その場を立ち去ろうとした哲平の目の前で、墨と呼ばれた男の目が作業服の男へと据えられた。
「確保だって? できるものならしてみろよ」
怒りに燃えた声でそう告げた墨が、靄となって飛んだ。見失うほどの速さだった。一人目の男が胸元から小銃を抜くより前に、墨の靄が男の口の中へと飛び込んだ。一瞬にして男の体内へと消えたかと思うと、次の瞬間、鈍い音がして、そこに再び墨が姿を現した――真っ赤な血を浴びた、人間態となって。
「う……わあああぁぁ!」
もうひとりの黒服が悲鳴をあげる。目の前には体幹が散り散りになった仲間の屍があった。
「ひ……ひあっ、た、助けてくれ……っ」
血を滴らせながら、墨が動けないもうひとりへと近づいた。青ざめた悲愴な顔を見下ろし、にやりと笑う。
「残念だなあ。いつもみたいな宇宙服を着ていれば、侵入されることもないのになあ?」
「た、助け――ぐあ」
最後までいわせずに、もう一度体内へ飛び込む。肉を潰すような鈍い音の後、昼下がりの公園は再び静寂を取り戻した。
「……臭くて汚いな、人間の血っていうのは」
全身に着いた血糊を眺め、吐き捨てるようにいう。もう一度気化してから人間態に戻ると、血や肉が振り落とされていつもの姿になった。思い出したように後ろを振り向く。山吹も赤いオーラのVCも、ほかの人間たちも、皆いなくなっていた。
「……ふん、命拾いしたな」
遠くから人間の悲鳴が聞こえた。真昼間の田舎の公園に突如として湧いたふたつの死体に気づいた、通りがかりの女の声だった。墨ははばかることなく靄へと変化すると、その場から飛び去った。
「全部、聞いていたのか? なら話が早いな」
悦びをはらんでいた声音が一瞬にして冷徹に変わり、その目に憎悪が湧き立った。スズオのすぐ目の前で男が消え去り、黒い靄が触手のようにスズオの顔に伸びた。
「ダメ――!」
山吹が立ち塞がる。そのとき、にわかに公園に面した通りが騒がしくなってきた。
「ほら、こっちこっち! 確かこの辺――いた! ほら、哲平くん! 黒のVC!」
茂みの間から、突然ツインテールの少女が飛び出した。それを追うように若い男が姿を現す。
「え、黒? ちょっと待って、確か紅が見かけたのは緑だろ?」
「あれ? うん、緑だった。あれ、なんで黒? 見間違い?」
「いや、どっちもいておかしくないけど」
「こんにちは! 黒のVCさん! あたし紅、あなたの仲間だから安心して――って、あれ? なんか変?」
出鼻をくじかれた男は再度人間態に戻ると、舌打ちをした。
「まったく、涙が出るね。こんな頭の悪そうな女まで、仲間だとかいってきやがる」
状況を把握できていない紅の胸ぐらを掴む。
「……死ねよ」
男のもう一方の手が紅の頭を掴むと、明るい茶色の髪がじわじわと黒に滲み、途端に紅の声が弱く震えた。
「哲平くん……まずい……」
「紅⁉」
後ろからぐいと引っ張って男から引き離す。
「な、なんでだ⁉ あんた、仲間じゃないのかよ⁉」
事態を飲み込む間もなく、今度は背後から怒号が飛んだ。
「発見! 発見しました! VC紅とそのパートナー、それからあれは……VC墨! 墨発見、さらに人間が数名巻き込まれている模様! 墨の確保を最優先します!」
黒い作業服の男がふたり、叫びながら走ってくる。
「まずい、見つかった!」
哲平がすぐさま立ち上がり紅の手を引く。
「とりあえず逃げるぞ!」
その場を立ち去ろうとした哲平の目の前で、墨と呼ばれた男の目が作業服の男へと据えられた。
「確保だって? できるものならしてみろよ」
怒りに燃えた声でそう告げた墨が、靄となって飛んだ。見失うほどの速さだった。一人目の男が胸元から小銃を抜くより前に、墨の靄が男の口の中へと飛び込んだ。一瞬にして男の体内へと消えたかと思うと、次の瞬間、鈍い音がして、そこに再び墨が姿を現した――真っ赤な血を浴びた、人間態となって。
「う……わあああぁぁ!」
もうひとりの黒服が悲鳴をあげる。目の前には体幹が散り散りになった仲間の屍があった。
「ひ……ひあっ、た、助けてくれ……っ」
血を滴らせながら、墨が動けないもうひとりへと近づいた。青ざめた悲愴な顔を見下ろし、にやりと笑う。
「残念だなあ。いつもみたいな宇宙服を着ていれば、侵入されることもないのになあ?」
「た、助け――ぐあ」
最後までいわせずに、もう一度体内へ飛び込む。肉を潰すような鈍い音の後、昼下がりの公園は再び静寂を取り戻した。
「……臭くて汚いな、人間の血っていうのは」
全身に着いた血糊を眺め、吐き捨てるようにいう。もう一度気化してから人間態に戻ると、血や肉が振り落とされていつもの姿になった。思い出したように後ろを振り向く。山吹も赤いオーラのVCも、ほかの人間たちも、皆いなくなっていた。
「……ふん、命拾いしたな」
遠くから人間の悲鳴が聞こえた。真昼間の田舎の公園に突如として湧いたふたつの死体に気づいた、通りがかりの女の声だった。墨ははばかることなく靄へと変化すると、その場から飛び去った。
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