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第8章
社長と主任④
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見ると、高原がデスクにあるパソコンのモニターを指さした。ネットの動画投稿サイトのようだ。今時は、新聞よりテレビニュースより早く詳しい情報が、ネットニュースや動画投稿サイトにもたらされる。高原が示しているのは、手振れの激しい素人の動画だった。
『なになに、痴話喧嘩? 平日の真昼間っから、のどかな公園で痴話喧嘩、盗撮~』
ご機嫌な男の囁き声が入っている。撮影者のものだろう。画面には、白いスカートの女とVC墨らしき人物、そして座り込んだ青年が映っている。墨が女の手首を掴んで何か言い合いをしたあと、不意に顔を上げた。墨が手を離し、奥の茂みへ近づく。木陰に、もうひとり男がいた。
『うお、なに、まさかの四つ巴?』
男の声が入った後、突如墨が黒い煙へと姿を変えた。女が駆け寄る。そこにツインテールの少女が飛び出し、再び墨が現れた。
『えっ、なに今の。見間違い? 今、あの男、一瞬消えなかった?』
画面が揺れて、木の葉を掻き分ける音がする。遠くから何かを叫ぶ男の声が聞こえた。その方向を探すように画面が激しくぶれた後、突如、画面に大音量で男の悲鳴が響いた。
「うわああっ! なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ⁉ ヤバい、マジヤバい、逃げなきゃ、マジヤバいやつ撮影しちまった! ひあああっ」
ごそりと音がして、一瞬画面に緑の草のアップが映る。その後再び画面が激しくぶれ、息を切らした男の声が入り、そこで動画は終わっていた。
高原が木崎を見る。木崎は何かいおうとして、声が出ないことに気づいた。いつのまにか、喉がカラカラに乾燥している。木崎は咳ばらいをしてから口を開いた。
「……墨が、警備員を、殺害するシーンですね。目撃者が、いたのですね……。それから、最後に出てきたのは、VC紅に見えました。あとは、一般市民でしょうか……。墨と話していた女が気になりますが、後ろ姿だったので判断は難しいですね。ただ、あのような外見のVCは、研究所にはいませんから、やはり巻き込まれた一般市民かと……」
「木崎。映っていたのは、それだけじゃないぞ」
高原は動画を巻き戻して再生し、途中で一時停止ボタンを押した。
「見てみろ。……誰に見える?」
木崎はモニターを覗き込んだ。木陰に、眼鏡をかけた男がいる。半分体が隠れているが、よく目を凝らすと見えないこともない。
木崎ははっとして、高原を見た。
「これは、浅川だ。そうだろう?」
木崎はもう一度モニターを見た。
「……これは……! 少し解像度が悪くて見にくいですが、……そうですね、そうであれば、墨が興味を示したのもうなずけます。ああ、でも研究所では防護服を着ていたから主任の顔は知られていないはず……ですが……」
煮え切らない木崎に向かって高原が痺れを切らしたように怒鳴った。
「浅川だ! どう見ても浅川だろう! こんなところで、のうのうと生き延びていたんだ!」
「し、しかしなぜ浅川主任が? 自宅も何度も調べましたが、帰っている様子はありませんでした。怪我なく生きているのなら、なぜ我々に連絡をしてこないのでしょう?」
「知らん! 知らんが、こいつは初期の頃はともかく、最近はずっと、我々の方針に文句ばかりいっていた。この事故をきっかけに、プロジェクトから足を洗おうとしていてもおかしくはない。連絡をよこさないというのは、そういうことだろう? 死人が出た今、VCプロジェクトを知るこの男が警察にすべてを話したら、我々はおしまいだ。いや、もしかするとすでに警察に話しているかもしれん。どういう意味か、わかるな、木崎主任?」
木崎が目を見開いて高原を見つめる。高原は有無を言わさぬ目つきで木崎をねめつけた。
「……おまえの開発した、プログラムA。あれは正常に作動するんだろうな?」
木崎は一瞬息を止めて背筋を正した。
「……そのはずです。そのはずですが、効果の出る範囲は限られていますし、その特性上、作動確認試験ができませんので、実際は、作動してみないと……」
「御託はいい! 失敗したところで、これ以上悪い状況にはならないだろう。想定より早いタイミングではあるが、遅かれ早かれ使用する予定だったものだ。……プログラムA。あれを、起動しろ」
木崎は直立したまま息を呑んだ。妙な汗が一気に噴き出してくる。
「……今、ですか」
「それ以外に何がある!」
「……あの、浅川主任を、捜索して確保すれば……」
「そんな暇がないから指示を出しているんだろう! おまえまで私に逆らうのか!」
「……いえ、とんでもございません。承知しました、今から、プログラムA、起動します」
とめどなく溢れる汗を拭きながら、木崎は退室した。
『なになに、痴話喧嘩? 平日の真昼間っから、のどかな公園で痴話喧嘩、盗撮~』
ご機嫌な男の囁き声が入っている。撮影者のものだろう。画面には、白いスカートの女とVC墨らしき人物、そして座り込んだ青年が映っている。墨が女の手首を掴んで何か言い合いをしたあと、不意に顔を上げた。墨が手を離し、奥の茂みへ近づく。木陰に、もうひとり男がいた。
『うお、なに、まさかの四つ巴?』
男の声が入った後、突如墨が黒い煙へと姿を変えた。女が駆け寄る。そこにツインテールの少女が飛び出し、再び墨が現れた。
『えっ、なに今の。見間違い? 今、あの男、一瞬消えなかった?』
画面が揺れて、木の葉を掻き分ける音がする。遠くから何かを叫ぶ男の声が聞こえた。その方向を探すように画面が激しくぶれた後、突如、画面に大音量で男の悲鳴が響いた。
「うわああっ! なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ⁉ ヤバい、マジヤバい、逃げなきゃ、マジヤバいやつ撮影しちまった! ひあああっ」
ごそりと音がして、一瞬画面に緑の草のアップが映る。その後再び画面が激しくぶれ、息を切らした男の声が入り、そこで動画は終わっていた。
高原が木崎を見る。木崎は何かいおうとして、声が出ないことに気づいた。いつのまにか、喉がカラカラに乾燥している。木崎は咳ばらいをしてから口を開いた。
「……墨が、警備員を、殺害するシーンですね。目撃者が、いたのですね……。それから、最後に出てきたのは、VC紅に見えました。あとは、一般市民でしょうか……。墨と話していた女が気になりますが、後ろ姿だったので判断は難しいですね。ただ、あのような外見のVCは、研究所にはいませんから、やはり巻き込まれた一般市民かと……」
「木崎。映っていたのは、それだけじゃないぞ」
高原は動画を巻き戻して再生し、途中で一時停止ボタンを押した。
「見てみろ。……誰に見える?」
木崎はモニターを覗き込んだ。木陰に、眼鏡をかけた男がいる。半分体が隠れているが、よく目を凝らすと見えないこともない。
木崎ははっとして、高原を見た。
「これは、浅川だ。そうだろう?」
木崎はもう一度モニターを見た。
「……これは……! 少し解像度が悪くて見にくいですが、……そうですね、そうであれば、墨が興味を示したのもうなずけます。ああ、でも研究所では防護服を着ていたから主任の顔は知られていないはず……ですが……」
煮え切らない木崎に向かって高原が痺れを切らしたように怒鳴った。
「浅川だ! どう見ても浅川だろう! こんなところで、のうのうと生き延びていたんだ!」
「し、しかしなぜ浅川主任が? 自宅も何度も調べましたが、帰っている様子はありませんでした。怪我なく生きているのなら、なぜ我々に連絡をしてこないのでしょう?」
「知らん! 知らんが、こいつは初期の頃はともかく、最近はずっと、我々の方針に文句ばかりいっていた。この事故をきっかけに、プロジェクトから足を洗おうとしていてもおかしくはない。連絡をよこさないというのは、そういうことだろう? 死人が出た今、VCプロジェクトを知るこの男が警察にすべてを話したら、我々はおしまいだ。いや、もしかするとすでに警察に話しているかもしれん。どういう意味か、わかるな、木崎主任?」
木崎が目を見開いて高原を見つめる。高原は有無を言わさぬ目つきで木崎をねめつけた。
「……おまえの開発した、プログラムA。あれは正常に作動するんだろうな?」
木崎は一瞬息を止めて背筋を正した。
「……そのはずです。そのはずですが、効果の出る範囲は限られていますし、その特性上、作動確認試験ができませんので、実際は、作動してみないと……」
「御託はいい! 失敗したところで、これ以上悪い状況にはならないだろう。想定より早いタイミングではあるが、遅かれ早かれ使用する予定だったものだ。……プログラムA。あれを、起動しろ」
木崎は直立したまま息を呑んだ。妙な汗が一気に噴き出してくる。
「……今、ですか」
「それ以外に何がある!」
「……あの、浅川主任を、捜索して確保すれば……」
「そんな暇がないから指示を出しているんだろう! おまえまで私に逆らうのか!」
「……いえ、とんでもございません。承知しました、今から、プログラムA、起動します」
とめどなく溢れる汗を拭きながら、木崎は退室した。
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