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第9章

解散

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 一行が慎一の家を出たのは夕方近くになってからだった。桔梗を持ち帰りたいという朱里を、山吹は穏やかに、しかし断固として許可しなかった。

「万が一また桔梗が暴走したら、人間のあなたには荷が重すぎます。それに……うっかり、治療が完了する前に触ってしまったら……また、慎一さんの命が危険に曝されるかもしれません。大丈夫、ブロワーはまだ七回分あります。朱里さんがいなくても、桔梗の命は私が守りますから」

 結局、山吹を信用する形で、朱里は哲平や華とともに慎一の家を後にしたのだった。

「……碧、どう、調子は?」

 華が背中に話しかける。

「……まだ、変わらないって。ときどきある頭痛はそのまま。主任のことは、考えないようにすれば何とかコントロールできるみたい。でも……本人に会ったら、どうなるか、わからない、って……」

 華もため息をつく。

「ねえ、なんなの? DNAがたんぱく質を作ってるっていうのは知ってるけど、それが、こんな風に、洗脳みたいに働くもの?」

 哲平は肩をすくめた。

「さあな? そもそも、ヴィフ・クルール自体、俺の理解の斜め上をいってるからな、ベクターだのたんぱく質だの洗脳だのいわれても、さっぱりだ」
「相変わらず頼りないね、哲平は」
「悪かったな」

 いつもなら腹立たしい朱里の毒舌も、今はどことなく威力がない。それもそうだ、いつもならこの三人が揃えばその背中にもう三人ついていた。なのに今は、背中を温めているのはたったのひとりだ。

 自宅近くの駅に着く頃には、空は夕焼けに染まっていた。以前は気にしたこともなかったのに、最近はこの時間になると、心臓を掴まれたようにきゅうっと胸が苦しくなる。

「……じゃあ、とにかく、何かおかしなことがあったら逐一連絡し合うこと。いいわね?」

 一番年下の華がそう締めて、三人は別れた。
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