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第10章
追跡
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『ねえ、蘇比、どうですか?』
『ああ、ちょっと待ってろよ』
『ねえ、見えるんですか? 祐輔、何してるんですか?』
『ああ、いいからちょっと黙ってろよ』
花屋の軒先がかろうじて見える斜向かいの木の上で、押し問答が続く。といっても、それが人間に聞こえることはない。蘇比と萌葱は、ふたりとも液化して通行人からぎりぎり見えないくらいの低さで祐輔と洸太郎を覗き見していた。蘇比は木の幹に張り付き、萌葱はその上の葉に張り付いている。萌葱からは、葉っぱが邪魔でちょうど祐輔の足元くらいしか見えない。
『蘇比ってば、ちょっと場所を変わってくださいよ』
『まあ待てよ、今教えてやるから……ああ、そういうことか』
『え、どういうこと? 何が見えたの?』
蘇比の含み笑いが聞こえた。
『ん~、萌葱、あんたは知らないほうがいいな、これは。こっそり家に帰って、何食わぬ顔で祐輔を迎えるのが正解だ』
『ええ⁉ どういうことですか? ねえ、そこ、西原さんのお花屋さんですよね? 何かお花を買ったんですか? 洸太郎くんの用事だったのかしら?』
蘇比はなおも笑いを噛み殺している。
『いやぁ、間違いなく祐輔の用事だな。はっは、いやあ、なかなかいいもんを見させてもらったぜ』
『ああもう、ちょっと場所を換わってください』
蘇比を押しのけて萌葱が下へ降りようとしたとき、蘇比の一喝が飛んだ。
『ちょっと待て!』
先ほどとは打って変わった鋭い声に、萌葱の動きが止まる。次の一言で、萌葱は一瞬頭の中が真っ白になった。
『……まずい。墨が現れた』
『……そんな。祐輔は⁉ 洸太郎くんは……!』
『しっ! 静かにしろ、俺たちの声はVCには丸聞こえだ。……洸太郎は店の中にいる。墨が、祐輔と何か話している……』
『そんな……! 助けないと! 祐輔を助けないと――』
飛び出そうとする萌葱を、再び蘇比が制した。
『落ち着け! 大丈夫だ、あいつの目的は萌葱、おまえだ。恐らく祐輔を脅して、おまえの居場所を聞き出すつもりだ。おまえを見つけるまでは、祐輔を殺したりなどしないはずだ』
『でも、でも……っ』
『いいか、つまり、おまえが見つかったら、おまえも祐輔も命が危ないってことだ。とにかくおまえは隠れていろ。ふたりを見張って、隙を窺うんだ。絶対に助けられるタイミングじゃないと、出ていってはいけない』
『でも、そんなの……!』
『だが、俺とおまえじゃあ到底墨にはかなわない。……山吹を呼ぼう。彼女なら、サッカーだのブロワーだの持ってるし、触れても墨に吸収されない。彼女を頼るしかない。……あ、ふたりが移動を始めたぞ』
蘇比が音を立てずにそっと木の幹からずり下がる。
『洸太郎はまだ店の中だ。俺は洸太郎と合流して何とか山吹に連絡をとる。萌葱、おまえはあのふたりを追え。絶対に見失うな、そして絶対に見つかるな。なるべく、上から探しやすいように追ってくれ、いいな⁉』
返事を待たずに、蘇比はするすると木から下りると、人間態になって花屋へと駆け込んだ。萌葱は気化すると大木のてっぺんまで移動した。確かに、墨が祐輔の背後にぴったりとついている。祐輔の手には通学鞄のほかに茶色い紙袋が握られ、ゆっくりとした足取りでふたりはバス停に向かっていた。今すぐ飛んでいきたいのを堪えて、ふたりを見守る。やがてバスが来て、ふたりが乗り込んだ。
家に向かうなら、バスに乗る必要はない。祐輔はいったい、どこへ向かうつもりなんだろう?
バスが遠くなってから、萌葱は一気に上空へと舞い上がった。
誰かに見られたってかまうものか。墨にさえ見られなければ、今はそれでいい。
『ああ、ちょっと待ってろよ』
『ねえ、見えるんですか? 祐輔、何してるんですか?』
『ああ、いいからちょっと黙ってろよ』
花屋の軒先がかろうじて見える斜向かいの木の上で、押し問答が続く。といっても、それが人間に聞こえることはない。蘇比と萌葱は、ふたりとも液化して通行人からぎりぎり見えないくらいの低さで祐輔と洸太郎を覗き見していた。蘇比は木の幹に張り付き、萌葱はその上の葉に張り付いている。萌葱からは、葉っぱが邪魔でちょうど祐輔の足元くらいしか見えない。
『蘇比ってば、ちょっと場所を変わってくださいよ』
『まあ待てよ、今教えてやるから……ああ、そういうことか』
『え、どういうこと? 何が見えたの?』
蘇比の含み笑いが聞こえた。
『ん~、萌葱、あんたは知らないほうがいいな、これは。こっそり家に帰って、何食わぬ顔で祐輔を迎えるのが正解だ』
『ええ⁉ どういうことですか? ねえ、そこ、西原さんのお花屋さんですよね? 何かお花を買ったんですか? 洸太郎くんの用事だったのかしら?』
蘇比はなおも笑いを噛み殺している。
『いやぁ、間違いなく祐輔の用事だな。はっは、いやあ、なかなかいいもんを見させてもらったぜ』
『ああもう、ちょっと場所を換わってください』
蘇比を押しのけて萌葱が下へ降りようとしたとき、蘇比の一喝が飛んだ。
『ちょっと待て!』
先ほどとは打って変わった鋭い声に、萌葱の動きが止まる。次の一言で、萌葱は一瞬頭の中が真っ白になった。
『……まずい。墨が現れた』
『……そんな。祐輔は⁉ 洸太郎くんは……!』
『しっ! 静かにしろ、俺たちの声はVCには丸聞こえだ。……洸太郎は店の中にいる。墨が、祐輔と何か話している……』
『そんな……! 助けないと! 祐輔を助けないと――』
飛び出そうとする萌葱を、再び蘇比が制した。
『落ち着け! 大丈夫だ、あいつの目的は萌葱、おまえだ。恐らく祐輔を脅して、おまえの居場所を聞き出すつもりだ。おまえを見つけるまでは、祐輔を殺したりなどしないはずだ』
『でも、でも……っ』
『いいか、つまり、おまえが見つかったら、おまえも祐輔も命が危ないってことだ。とにかくおまえは隠れていろ。ふたりを見張って、隙を窺うんだ。絶対に助けられるタイミングじゃないと、出ていってはいけない』
『でも、そんなの……!』
『だが、俺とおまえじゃあ到底墨にはかなわない。……山吹を呼ぼう。彼女なら、サッカーだのブロワーだの持ってるし、触れても墨に吸収されない。彼女を頼るしかない。……あ、ふたりが移動を始めたぞ』
蘇比が音を立てずにそっと木の幹からずり下がる。
『洸太郎はまだ店の中だ。俺は洸太郎と合流して何とか山吹に連絡をとる。萌葱、おまえはあのふたりを追え。絶対に見失うな、そして絶対に見つかるな。なるべく、上から探しやすいように追ってくれ、いいな⁉』
返事を待たずに、蘇比はするすると木から下りると、人間態になって花屋へと駆け込んだ。萌葱は気化すると大木のてっぺんまで移動した。確かに、墨が祐輔の背後にぴったりとついている。祐輔の手には通学鞄のほかに茶色い紙袋が握られ、ゆっくりとした足取りでふたりはバス停に向かっていた。今すぐ飛んでいきたいのを堪えて、ふたりを見守る。やがてバスが来て、ふたりが乗り込んだ。
家に向かうなら、バスに乗る必要はない。祐輔はいったい、どこへ向かうつもりなんだろう?
バスが遠くなってから、萌葱は一気に上空へと舞い上がった。
誰かに見られたってかまうものか。墨にさえ見られなければ、今はそれでいい。
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