サラマ・アンギュース~王位継承者

若山ゆう

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【第五部:聖なる村】第四章

キーロイの理由

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 しまった、やはりいい過ぎたか……。

 とにかく視線を逸らすまいと意識していると、キーロイのほうから表情を緩めた。

「……あったとしても、ここ一番てときに使えないんじゃあ、意味ねえな」

 ゼムズは意味がよくわからず、しばし考え込んでしまった。結局、ジャン・ガールが神の民なのか否か、それをキーロイが知っているのか否か、この言葉からはわからないという結論に達した。
 再び盗品の選別作業に入ったキーロイを見て、これ以上ジャン・ガールの話を続けるのは無理そうだと判断したゼムズは、先ほどのやり取りの中でふと湧いた疑問を湧いた疑問を投げかけてみることにした。

「なあ……。おまえは今、デューカンに次ぐ目利きなわけだろ」

 キ-ロイは黙々と作業を続けている。

「なら、ひとりでも充分やっていけるんじゃないのか? どうしてわざわざ、分け前が減るような働き方をしているんだ?」

 キーロイは手を止めた。何かを思い返すような顔で、宙を見つめている。そこに、いつもの軽口を叩くような気配はなかった。ゼムズが黙っていると、キーロイは視線をそのままに答えた。

「人を……殺したくなかったから、かな……」

「なんだって?」

 突然物騒な言葉が飛び出し、ゼムズは思わず訊き返した。

「おまえのいうように、昔は俺もひとりでやっていた。ガキのころからしょうもない盗みは繰り返していたが、腕が上がり、目利きにも自信がついてくると、盗みも大胆になっていった。盗みっていうのはよ、楽してびっくりするほど稼げる。一度味をしめちまったら、なかなかやめられない。十三、四のころには、俺はもういっぱしの泥棒だった。親兄弟もいないからな、誰も引き留める人間はいなかった。だがな……ひとりっていうのは、気楽だが、恐ろしい。自分でルールを決めなければ、悪事ってのはどんどん過激になるもんだ。最初は、困ったときの小銭稼ぎから始まった。万引きやすりだ。生活費を稼ぐためだ、仕方ないんだ、って自分にいい聞かせてね。俺は強盗や泥棒とは違う、っていい聞かせ、一線引いてるつもりだった。でもな……周りに止めてくれる人間がいなくて、ひとりで生きていると、物事の善悪やルールが、自分勝手にねじ曲がっていっちまうんだ……。結局俺は、ちまちまと小銭を盗むのもでかい金を一気に盗むのも、大して差はないと思うようになり、気がついたら平気でひとさまの家に盗みに入るようになった。これも生きるためだ。そんなふうに自分を正当化してね。そうやって盗みを重ねているうちに、だんだん大胆になっていった。それまで留守の家を狙っていたのが、人がいても平気で盗みに入るようになり、見つかったら逃げた。そのうち、逃げるために暴力を使うようになった。ろくに目も見えないばあさんを蹴り倒したり、刃物を使ったこともある。そんなことをしている一方で、これ以上はヤバいと警告している自分もいるんだ。いつか捕まるぞ、いつか人を殺しちまうぞ、ってね。気がついたら、いつの間にか、自分のルールがルールじゃなくなっていた。でも、今さら戻れない。善人面した堅苦しいルールにもう一回自分を当てはめるなんて、もう無理だった。このままでは盗みのために人を殺し、そのうち、殺すために人を殺す……そんな人間になるのかと思うと、どうしたらいいのかわからなくなった。……だから、デューカンの一味に入った。デューカン亜は、殺しはしない主義だ。リーダーがいて、仲間がいる。ここにいれば、俺は一生人を殺さずに過ごせるんじゃないか、ってね……」

 そしてゼムズのほうを見やった。

「しょうもない泥棒が何きれいごといってんだ、って思うだろ? でもな、これが俺の、最後の一線なんだ。散々悪事を働いて、自分に甘く、何度も引き直した一線がな……人を殺さない、ってことなんだ」

 軽い気持ちで尋ねたことに、予想以上の返事を聞かされ、ゼムズは咄嗟に言葉が見つからなかった。ただ、喉元まで出かかった次の疑問は、なぜだか口にしてはいけない気がして、生唾と一緒に飲み込んだ。

 ……おまえ、本当は、誰かに止めてほしいんじゃないのか?
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