220 / 371
【第五部:聖なる村】第四章
キーロイの理由
しおりを挟む
しまった、やはりいい過ぎたか……。
とにかく視線を逸らすまいと意識していると、キーロイのほうから表情を緩めた。
「……あったとしても、ここ一番てときに使えないんじゃあ、意味ねえな」
ゼムズは意味がよくわからず、しばし考え込んでしまった。結局、ジャン・ガールが神の民なのか否か、それをキーロイが知っているのか否か、この言葉からはわからないという結論に達した。
再び盗品の選別作業に入ったキーロイを見て、これ以上ジャン・ガールの話を続けるのは無理そうだと判断したゼムズは、先ほどのやり取りの中でふと湧いた疑問を湧いた疑問を投げかけてみることにした。
「なあ……。おまえは今、デューカンに次ぐ目利きなわけだろ」
キ-ロイは黙々と作業を続けている。
「なら、ひとりでも充分やっていけるんじゃないのか? どうしてわざわざ、分け前が減るような働き方をしているんだ?」
キーロイは手を止めた。何かを思い返すような顔で、宙を見つめている。そこに、いつもの軽口を叩くような気配はなかった。ゼムズが黙っていると、キーロイは視線をそのままに答えた。
「人を……殺したくなかったから、かな……」
「なんだって?」
突然物騒な言葉が飛び出し、ゼムズは思わず訊き返した。
「おまえのいうように、昔は俺もひとりでやっていた。ガキのころからしょうもない盗みは繰り返していたが、腕が上がり、目利きにも自信がついてくると、盗みも大胆になっていった。盗みっていうのはよ、楽してびっくりするほど稼げる。一度味をしめちまったら、なかなかやめられない。十三、四のころには、俺はもういっぱしの泥棒だった。親兄弟もいないからな、誰も引き留める人間はいなかった。だがな……ひとりっていうのは、気楽だが、恐ろしい。自分でルールを決めなければ、悪事ってのはどんどん過激になるもんだ。最初は、困ったときの小銭稼ぎから始まった。万引きやすりだ。生活費を稼ぐためだ、仕方ないんだ、って自分にいい聞かせてね。俺は強盗や泥棒とは違う、っていい聞かせ、一線引いてるつもりだった。でもな……周りに止めてくれる人間がいなくて、ひとりで生きていると、物事の善悪やルールが、自分勝手にねじ曲がっていっちまうんだ……。結局俺は、ちまちまと小銭を盗むのもでかい金を一気に盗むのも、大して差はないと思うようになり、気がついたら平気でひとさまの家に盗みに入るようになった。これも生きるためだ。そんなふうに自分を正当化してね。そうやって盗みを重ねているうちに、だんだん大胆になっていった。それまで留守の家を狙っていたのが、人がいても平気で盗みに入るようになり、見つかったら逃げた。そのうち、逃げるために暴力を使うようになった。ろくに目も見えないばあさんを蹴り倒したり、刃物を使ったこともある。そんなことをしている一方で、これ以上はヤバいと警告している自分もいるんだ。いつか捕まるぞ、いつか人を殺しちまうぞ、ってね。気がついたら、いつの間にか、自分のルールがルールじゃなくなっていた。でも、今さら戻れない。善人面した堅苦しいルールにもう一回自分を当てはめるなんて、もう無理だった。このままでは盗みのために人を殺し、そのうち、殺すために人を殺す……そんな人間になるのかと思うと、どうしたらいいのかわからなくなった。……だから、デューカンの一味に入った。デューカン亜は、殺しはしない主義だ。リーダーがいて、仲間がいる。ここにいれば、俺は一生人を殺さずに過ごせるんじゃないか、ってね……」
そしてゼムズのほうを見やった。
「しょうもない泥棒が何きれいごといってんだ、って思うだろ? でもな、これが俺の、最後の一線なんだ。散々悪事を働いて、自分に甘く、何度も引き直した一線がな……人を殺さない、ってことなんだ」
軽い気持ちで尋ねたことに、予想以上の返事を聞かされ、ゼムズは咄嗟に言葉が見つからなかった。ただ、喉元まで出かかった次の疑問は、なぜだか口にしてはいけない気がして、生唾と一緒に飲み込んだ。
……おまえ、本当は、誰かに止めてほしいんじゃないのか?
とにかく視線を逸らすまいと意識していると、キーロイのほうから表情を緩めた。
「……あったとしても、ここ一番てときに使えないんじゃあ、意味ねえな」
ゼムズは意味がよくわからず、しばし考え込んでしまった。結局、ジャン・ガールが神の民なのか否か、それをキーロイが知っているのか否か、この言葉からはわからないという結論に達した。
再び盗品の選別作業に入ったキーロイを見て、これ以上ジャン・ガールの話を続けるのは無理そうだと判断したゼムズは、先ほどのやり取りの中でふと湧いた疑問を湧いた疑問を投げかけてみることにした。
「なあ……。おまえは今、デューカンに次ぐ目利きなわけだろ」
キ-ロイは黙々と作業を続けている。
「なら、ひとりでも充分やっていけるんじゃないのか? どうしてわざわざ、分け前が減るような働き方をしているんだ?」
キーロイは手を止めた。何かを思い返すような顔で、宙を見つめている。そこに、いつもの軽口を叩くような気配はなかった。ゼムズが黙っていると、キーロイは視線をそのままに答えた。
「人を……殺したくなかったから、かな……」
「なんだって?」
突然物騒な言葉が飛び出し、ゼムズは思わず訊き返した。
「おまえのいうように、昔は俺もひとりでやっていた。ガキのころからしょうもない盗みは繰り返していたが、腕が上がり、目利きにも自信がついてくると、盗みも大胆になっていった。盗みっていうのはよ、楽してびっくりするほど稼げる。一度味をしめちまったら、なかなかやめられない。十三、四のころには、俺はもういっぱしの泥棒だった。親兄弟もいないからな、誰も引き留める人間はいなかった。だがな……ひとりっていうのは、気楽だが、恐ろしい。自分でルールを決めなければ、悪事ってのはどんどん過激になるもんだ。最初は、困ったときの小銭稼ぎから始まった。万引きやすりだ。生活費を稼ぐためだ、仕方ないんだ、って自分にいい聞かせてね。俺は強盗や泥棒とは違う、っていい聞かせ、一線引いてるつもりだった。でもな……周りに止めてくれる人間がいなくて、ひとりで生きていると、物事の善悪やルールが、自分勝手にねじ曲がっていっちまうんだ……。結局俺は、ちまちまと小銭を盗むのもでかい金を一気に盗むのも、大して差はないと思うようになり、気がついたら平気でひとさまの家に盗みに入るようになった。これも生きるためだ。そんなふうに自分を正当化してね。そうやって盗みを重ねているうちに、だんだん大胆になっていった。それまで留守の家を狙っていたのが、人がいても平気で盗みに入るようになり、見つかったら逃げた。そのうち、逃げるために暴力を使うようになった。ろくに目も見えないばあさんを蹴り倒したり、刃物を使ったこともある。そんなことをしている一方で、これ以上はヤバいと警告している自分もいるんだ。いつか捕まるぞ、いつか人を殺しちまうぞ、ってね。気がついたら、いつの間にか、自分のルールがルールじゃなくなっていた。でも、今さら戻れない。善人面した堅苦しいルールにもう一回自分を当てはめるなんて、もう無理だった。このままでは盗みのために人を殺し、そのうち、殺すために人を殺す……そんな人間になるのかと思うと、どうしたらいいのかわからなくなった。……だから、デューカンの一味に入った。デューカン亜は、殺しはしない主義だ。リーダーがいて、仲間がいる。ここにいれば、俺は一生人を殺さずに過ごせるんじゃないか、ってね……」
そしてゼムズのほうを見やった。
「しょうもない泥棒が何きれいごといってんだ、って思うだろ? でもな、これが俺の、最後の一線なんだ。散々悪事を働いて、自分に甘く、何度も引き直した一線がな……人を殺さない、ってことなんだ」
軽い気持ちで尋ねたことに、予想以上の返事を聞かされ、ゼムズは咄嗟に言葉が見つからなかった。ただ、喉元まで出かかった次の疑問は、なぜだか口にしてはいけない気がして、生唾と一緒に飲み込んだ。
……おまえ、本当は、誰かに止めてほしいんじゃないのか?
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる