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【第五部:聖なる村】第七章
操作のかけら
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ゼムズはまだ何かいおうと思ったが、キーロイの決心を覆せる気はしなかった。
諦めるしか、ないのか……。
そう思ったとき、キーロイがいった。
「で? おまえはどちらにしろ、俺たちを騙していたわけだ。デューカンは、仲間内の結束を重視する。仲間を守るため、一度入ったら足を洗うことは許さない。つまり、おまえの目的を知った俺が、このままおまえを抜けさせるわけにはいかねえってことだ……」
そういうと、キーロイは懐から小さなナイフを取り出した。ゼムズは思わず身を引いた。一瞬にして緊張が全身を駆け抜ける。
話をわかってもらえれば大丈夫だと思っていたのは、甘かったか。ただの窃盗団相手に脱出するくらい朝飯前だと思っていたが、相手がサラマ・アンギュース――それも操作の民となれば、確実に分が悪い。その気になれば、こちらが剣を抜く隙すら与えてもらえないだろう。
ゼムズは生唾を飲み込んだ。
まだ、操られてはいないようだ。剣を、抜くべきか……抜くなら、今しかないのか!?
考えがまとまらないうちに、キーロイがナイフを振り上げた。ゼムズは思わず、両腕で顔をかばった。次の瞬間、ナイフはキーロイの右足に勢いよく突き立てられた。
「うああ……っ!」
キーロイの口から悲鳴にも似た呻き声が漏れた。
「おまえ……何を!?」
言葉を失うゼムズの目の前で、キーロイは自らの足をえぐった。みるみる真っ赤な血が溢れ出し、右の太ももを染める。痛みに顔を歪ませながら、キーロイは左の手で傷口をまさぐった。そしてかけらを探りあてると、それをゼムズの手に握らせた。
「……おまえが、持っていけ。俺には必要のないものだ」
ゼムズは、キーロイの鮮血に彩られた自分の左手を開いた。生温かくぬるりとした手のひらの上に、血塗られた小さなガラスの破片のようなものがある。一瞬、昔の記憶が蘇った。無残に殺された母親の腹を泣きながら切り裂いて、自ら取り出した小さな破片――まだ温かい母親の血にまみれた幼い手と、そこに握られた神のかけら。
ゼムズは弾かれたように顔を上げた。
「ダメだ! これはおまえのものだ」
「いいから行け!」
遮るようにキーロイが叫んだ。
「いっただろう、俺にはもう重荷なんだ! 重荷でしかない。俺はおまえとは違うんだ!」
なおもためらうゼムズに、キーロイは声を落としていった。
「俺よりも必要としている人間がいるなら、そいつが持っていたほうがいい。俺も、この形だけの罪悪感につきまとわれるのにはいい加減うんざりしてるんだ。これは、俺のためでもあるんだよ。おまえだって、これで目的は遂げるわけだ。いい話だろう」
「キーロイ……」
ゼムズはかけらを握りしめた。キーロイは、笑っていた。いつもの含みのある笑いではなく、どこか安堵したような、柔らかい笑みだった。
「さあ……もうすぐ、騒ぎを聞きつけた仲間がやってくるぞ。裏切り者のおまえは、盗品を巡って俺を刺したことになる。捕まったら命はないぜ」
ゼムズは我に返って立ち上がった。キーロイは右足を押さえたままうずくまっている。
「早く行け! 次に見かけたら、俺もおまえを殺らなきゃならねえ」
ゼムズは部屋の外の様子をうかがった。叫び声を聞いて起きてきた者たちが、騒ぎの出所を探して動き回っている。逃げるなら今しかなさそうだ。
「ああ、それから――」
戸口に立つゼムズの背中に向かって、キーロイがいった。
「ひとつ、教えてやるよ。ジャン・ガール。あいつも、操作の民だった」
「何だって……!?」
思わず振り返る。キーロイは痛みに顔を歪めながら続けた。
「護送車から逃げ出したのは、間違いなくあいつ自身の仕業だ。そのあとなぜ殺されたのかは知らねえが、少なくとも俺たちは関わっていない。わかったか」
徐々に外が騒がしくなるのを聞きながら、ゼムズは訊かずにはいられなかった。
「……おまえ、なぜ俺を信用するんだ? おまえを騙していたのに、なぜここまで……」
キーロイはいつもの意味ありげな笑みを浮かべた。
「いっただろ。俺は、最高の目利きなんだよ」
ゼムズはキーロイの目を見つめたまま、血だらけの左手を握りしめ、剣の柄に右手をあてた。
「キーロイ……恩に着るぜ」
それだけいうと、ゼムズは前を向き、体当たりするように扉から飛び出していった。集まっていた男たち五、六人が一斉に振り向く。ゼムズは剣を抜くと、その柄を握る右手に力を込めた。
やってやる。ひとりも殺さずに、ここを出てやる――。
諦めるしか、ないのか……。
そう思ったとき、キーロイがいった。
「で? おまえはどちらにしろ、俺たちを騙していたわけだ。デューカンは、仲間内の結束を重視する。仲間を守るため、一度入ったら足を洗うことは許さない。つまり、おまえの目的を知った俺が、このままおまえを抜けさせるわけにはいかねえってことだ……」
そういうと、キーロイは懐から小さなナイフを取り出した。ゼムズは思わず身を引いた。一瞬にして緊張が全身を駆け抜ける。
話をわかってもらえれば大丈夫だと思っていたのは、甘かったか。ただの窃盗団相手に脱出するくらい朝飯前だと思っていたが、相手がサラマ・アンギュース――それも操作の民となれば、確実に分が悪い。その気になれば、こちらが剣を抜く隙すら与えてもらえないだろう。
ゼムズは生唾を飲み込んだ。
まだ、操られてはいないようだ。剣を、抜くべきか……抜くなら、今しかないのか!?
考えがまとまらないうちに、キーロイがナイフを振り上げた。ゼムズは思わず、両腕で顔をかばった。次の瞬間、ナイフはキーロイの右足に勢いよく突き立てられた。
「うああ……っ!」
キーロイの口から悲鳴にも似た呻き声が漏れた。
「おまえ……何を!?」
言葉を失うゼムズの目の前で、キーロイは自らの足をえぐった。みるみる真っ赤な血が溢れ出し、右の太ももを染める。痛みに顔を歪ませながら、キーロイは左の手で傷口をまさぐった。そしてかけらを探りあてると、それをゼムズの手に握らせた。
「……おまえが、持っていけ。俺には必要のないものだ」
ゼムズは、キーロイの鮮血に彩られた自分の左手を開いた。生温かくぬるりとした手のひらの上に、血塗られた小さなガラスの破片のようなものがある。一瞬、昔の記憶が蘇った。無残に殺された母親の腹を泣きながら切り裂いて、自ら取り出した小さな破片――まだ温かい母親の血にまみれた幼い手と、そこに握られた神のかけら。
ゼムズは弾かれたように顔を上げた。
「ダメだ! これはおまえのものだ」
「いいから行け!」
遮るようにキーロイが叫んだ。
「いっただろう、俺にはもう重荷なんだ! 重荷でしかない。俺はおまえとは違うんだ!」
なおもためらうゼムズに、キーロイは声を落としていった。
「俺よりも必要としている人間がいるなら、そいつが持っていたほうがいい。俺も、この形だけの罪悪感につきまとわれるのにはいい加減うんざりしてるんだ。これは、俺のためでもあるんだよ。おまえだって、これで目的は遂げるわけだ。いい話だろう」
「キーロイ……」
ゼムズはかけらを握りしめた。キーロイは、笑っていた。いつもの含みのある笑いではなく、どこか安堵したような、柔らかい笑みだった。
「さあ……もうすぐ、騒ぎを聞きつけた仲間がやってくるぞ。裏切り者のおまえは、盗品を巡って俺を刺したことになる。捕まったら命はないぜ」
ゼムズは我に返って立ち上がった。キーロイは右足を押さえたままうずくまっている。
「早く行け! 次に見かけたら、俺もおまえを殺らなきゃならねえ」
ゼムズは部屋の外の様子をうかがった。叫び声を聞いて起きてきた者たちが、騒ぎの出所を探して動き回っている。逃げるなら今しかなさそうだ。
「ああ、それから――」
戸口に立つゼムズの背中に向かって、キーロイがいった。
「ひとつ、教えてやるよ。ジャン・ガール。あいつも、操作の民だった」
「何だって……!?」
思わず振り返る。キーロイは痛みに顔を歪めながら続けた。
「護送車から逃げ出したのは、間違いなくあいつ自身の仕業だ。そのあとなぜ殺されたのかは知らねえが、少なくとも俺たちは関わっていない。わかったか」
徐々に外が騒がしくなるのを聞きながら、ゼムズは訊かずにはいられなかった。
「……おまえ、なぜ俺を信用するんだ? おまえを騙していたのに、なぜここまで……」
キーロイはいつもの意味ありげな笑みを浮かべた。
「いっただろ。俺は、最高の目利きなんだよ」
ゼムズはキーロイの目を見つめたまま、血だらけの左手を握りしめ、剣の柄に右手をあてた。
「キーロイ……恩に着るぜ」
それだけいうと、ゼムズは前を向き、体当たりするように扉から飛び出していった。集まっていた男たち五、六人が一斉に振り向く。ゼムズは剣を抜くと、その柄を握る右手に力を込めた。
やってやる。ひとりも殺さずに、ここを出てやる――。
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