本好きの憧れ

忍野木しか

文字の大きさ
1 / 1

本好きの憧れ

しおりを挟む

 岸本瑞香は書店の片隅で目を回していた。
 普段は足を踏み入れない参考書コーナーの縦に長い書籍が、不気味な威圧感を出している。後ろを向くと、自己啓発本のタイトルが真夏の太陽のように瑞香の視界を眩ませた。勉学を怠ってきた事を激しく罵られている様な気分になる。
 期末テストは散々だった。
 特に数学と英語が致命的で、瑞香は自分が文系だったのかどうかすら分からなくなってしまった。
 とにかく、その二つを何とかしないと……。
 瑞香は適当に参考書を取り、ささっとその場を離れる。
 小説の新刊の山が、レジの前で長閑にくつろいでいた。
 文学部の瑞香は、その艶やかな色気に一瞬目を奪われるも慌てて首を振る。
 このままじゃ進級出来ないぞ、私。
 急いで会計を済ませると、外に飛び出した。
 暑い……。
 青いTシャツの裾から覗く瑞香の肌が、ジリジリと焼ける。初夏の晴天がいきなり瑞香の行く手を阻んだ。
 瑞香は気怠そうにコンクリートに浮かぶ陽炎を見つめると、通りにあるレトロな外装のカフェに吸い込まれていった。
 薄暗い店内は静かだった。エアコンがよく効いていて、耳に響くピアノの旋律が心地良い。瑞香は優しい顔をしたマスターに頭を下げる。
 あれ? 啓太くん?
 奥に進んだ瑞香は驚いた。窓際のテーブルで、文学部の部長である久賀啓太が読書をしていたのだ。啓太は新刊の小説を片手に真剣な表情をしている。
「や、やあ! 奇遇だねぇ」
 瑞香は前髪を整えて片手を上げた。期末テストの結果などパッと忘れてしまう。しかし、啓太は活字にのめり込み、瑞香の存在には全く気が付かない。
 瑞香はムッとして、啓太に軽くデコピンをしてやった。
「うわっ!? あれ、岸本さん?」
 啓太はデコを押さえて顔を上げた。
「やあ! 奇遇だね」
「うん、奇遇だね、岸本さんも読書?」
「あ、いや、勉強です……」
 瑞香は参考書を買った事を思い出して、一気にテンションが下がった。
「へー、珍しいね」
「……どういう意味かな?」
「いや、その……、良い事だなって思って……」
 啓太は、瑞香の鋭い視線から逃れるように白磁のカップを手に取る。コーヒーは既に冷え切っていた。
 瑞香はため息をついて啓太の前に座る。
 コックシャツにベレー帽を被ったマスターが、瑞香の前にグラスを置いた。
「啓太くんは頭いいから良いよね」
 瑞香は参考書を取り出す。
「別に、そんなに頭良くないよ?」
「嘘、学年順位いっつも上位じゃん」
「一応、勉強はしてるからね」
「はいはい、私は勉強してませんよーだ」
 瑞香はいっーと白い歯を見せた。啓太は苦笑して短い髪を撫でる。
「岸本さんはどの教科が苦手なの?」
「全部」
「あらら……」
「特に数学と英語」
「へー、岸本さんって英語得意そうだけど?」
「苦手よあんなの」
 瑞香は呪文のようなアルファベットの羅列を思い出して頭が痛くなった。数字が読める分、数学の方が幾分かマシだと考えて、数学の参考書を手に取る。
「岸本さん、どちらも苦手なら英語から勉強したほうが良いんじゃない?」
「何で?」
「だって岸本さん、文系でしょ? それに英語勉強した方が楽しいよ」
「英語なんて、全然楽しくないよ」
「それは難しく考えるからさ。英語の本の読書だって思えば、楽しくなってすぐに英語が得意になるよ」
「……そうかな?」
「そうだよ! 洋書がスラスラ読めるようになったら、きっと読書がもっと楽しくなるんだろうな……」
 啓太は憧れるように遠い目をしながら窓の外を見た。
 英語の本の読書かぁ……。
 瑞香は英語の参考書を手に取って、おもむろにページを開く。
 整然と並ぶ横文字は、やはり瑞香の目には呪文のようにしか見えない。
「ねぇ、それ読ませてよ!」
 瑞香は、啓太の持つ新刊の小説にさっと視線を移した。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

嫌われ公女に転生したけど、愛されたい願望を捨てたら全員がデレてきた

桃瀬さら
恋愛
嫌われ公女ナディアは、婚約破棄され学園で孤立し、家族からも見放されていた。 どれほど努力しようが周囲からは「嫌われ公女」と蔑まれ、誰も味方なんていない。 「もういい。愛されたいなんて、くだらない」 そう心に誓った瞬間から、状況が一変した。 第二王子が婚約破棄を撤回し跪き、寡黙な騎士団長が「君を守りたい」と熱く迫ってくる。 そして、冷ややかな兄まで「婚約など認めない。家を出ることは許さない」と……。 愛されることを諦めた途端、なぜか執着される。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】悪役令嬢は番様?

水江 蓮
恋愛
ある日ぼんやり鏡を見ていたら、前世の記憶を思い出したツェツリア8歳。 この世界は人気乙女ゲームの世界であり自分の役どころは悪役令嬢だと…。 まだ悪役令嬢として活動していないから、まだ挽回できるはず! え? 誰が誰の番? まず番って何? 誰か何がどうなっているのか教えて!!

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢は趣味が悪い

無色
恋愛
あなたとの婚約なんて毛ほどの興味もありませんでした。  私が真に慕うのは……

処理中です...