降り頻る雨の花

忍野木しか

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降り頻る雨の花

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 紫陽花の葉に落ちる雨。
 つつっと流れる水滴が北村穂乃果の足を濡らした。わっと悲鳴を上げる。手に持つビニール傘が斜めに揺れ、透明な生地に溢れる水が大粒の露となって首筋に垂れた。冷たい水が背中を伝う不快感。穂乃果は「もう」と声を出す。
「なにしてんの?」
 隣を歩く谷本新太は呆れたように穂乃果を見つめた。雨に濡れることを気にしてないのか、折り畳み傘を斜めに差す彼のジーパンは深い紺に染まっている。
「うっさい」
 穂乃果はいっーと白い歯を剥き出しに唸る。新太はやれやれと首を振った。
 降り頻る雨は止む気配が無い。
 閑散とした公園。赤いレンガの道。雨水は小道の隙間を縫って、中央の池に流れこむ。暗い雲を映す池は無数の波紋に彩られ、紫陽花の青い影を揺らした。新太は水面の青い花を写真に収める。穂乃果はぶすっとした表情で、その背中を眺めた。
 散歩に行きたいと言ったのは穂乃果だった。何時迄も降り止まない雨。家でゴロゴロと映画を見る毎日に飽き飽きした穂乃果は、渋る新太を引っ張って外に出たのだ。
 雨に濡れた紫陽花が見たい。ワクワクとした気分で外に出た穂乃果。だがそんな高揚感はすぐに萎んでしまう。次第に冷たくなる靴下に、公園に着く頃には外に出た事を後悔していた。穂乃果とは正反対の新太。公園に着いた途端に張り切り出した彼は、意気揚々とカメラを構える。やっぱりコイツとは合わないなと、穂乃果は傘を回した。
「雨に濡れたアジサイも綺麗だね?」
 新太は夢中でシャッターを切る。青い花の群。その一つ一つに水の粒が光った。池を覗き込んだ穂乃果は、紫陽花の花言葉を思い出す。
 無常。冷淡。移り気。
 池に浮かぶ青い影は一つに重なり、ゆらゆらと暗い水の底を覗いている。
 外になんて出るんじゃなかった。
 穂乃果は無性に悲しくなって俯く。飛び跳ねる雨粒が冷たい。新太はカメラを下ろすと、穂乃果を振り返った。
「元気ないね?」
「べつに」
「穂乃果ちゃん、もう帰りたい?」
「べつに」
「言ってくれなきゃ分かんないよ?」
 新太は少し腰を落として穂乃果の顔を覗き込んだ。穂乃果はぷいっと顔を逸らす。
「アジサイ、綺麗だね? 穂乃果ちゃんが外に出たいって言わなかったら、一生見れなかったかも?」
「大袈裟、アジサイなんて何処でも咲いてるよ」
「咲いてるね。でも、雨の中のアジサイは特別だ」
「……晴れてる日の方が綺麗だと思う」
 青い花びらが足元に一枚、雨に打たれて凍えている。
 傘の先から垂れる雨粒が、穂乃果の長い髪を濡らした。新太はハンカチを取り出すと、穂乃果の頭をそっと拭く。
「ねぇ、穂乃果ちゃん、青いアジサイの花言葉って知ってる?」
「無常。冷淡。移り気」
 穂乃果の暗い呟きに新太は苦笑する。
「確かに青色はちょっと冷淡に見えるよね。それに花の色が変わるから、無常や移り気に見られるのかも?」
「だから、そういう花言葉なのよ」
 綺麗なのに。
 穂乃果は紫陽花が可哀想に思えた。雨の季節に咲く花。その印象はどうしても暗い。
「うん、そうかも」
 新太は頷いた。穂乃果はいっそう悲しくなる。
「でもね、穂乃果ちゃん? 青いアジサイには、辛抱強い愛情っていう花言葉もあるよ?」
「辛抱強い愛情?」
「そう、辛抱強い愛情。雨の中でも美しく咲き続ける花だからね」
「執念深い愛情じゃなくて?」
「あはは。なるほど、そうだね。……もしかしたら辛抱強い愛情ってのは、雨の中でも咲くアジサイの花を見守る、僕らの愛情を表してる言葉なのかもしれないよ?」
「へぇ……」
 見守る側の愛情か……。
 穂乃果は顔を上げて新太の爽やかな瞳を見つめた。
「それに、アジサイは色が変わるからね。梅雨が終わる頃には、きっと淡いピンク色に変わってるよ」
「ふーん」
「因みにピンクの花言葉は、元気な女性。穂乃果ちゃんにぴったりの言葉だ」
「ふふ、ありがと。でも、梅雨が明けたらね?」
 穂乃果はニッコリと微笑んだ。
 紫陽花は冷たい雨を弾きながら、青い花弁を空に広げている。
 降り頻る雨。穂乃果は傘の外に手を出した。そして、曇り空に向かって大きく指を開く。

 





 
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