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雨を蹴る
しおりを挟む憂鬱な日常。濡れた道。
西田風香は傘にぶつかる雨音を聞きながら学校に向かった。時間を示さない灰色の空。つまらない人生の薄暗い季節。せめて、空くらいは青くあって欲しいと願う風香。ローファーの先で雨を蹴ると、黒い表面に光る水滴が前に飛んだ。
授業中の静けさ。窓の向こうの雨。
ノートに黒板の文字を書き写していた風香。間違いを直そうと手を伸ばした先の消しゴムが床に落ちる。音もなく転がる白い消しゴム。幾つかの机の下を潜って教壇の隅に止まる。目でそれを追った風香は、諦めてペンを握り直した。静かな教室で立ち上がる勇気を彼女は持たない。
隣の席の安住隼斗。下を向く風香を横目で見た彼は立ち上がった。
クラスメイトの少ない視線。ただ、消しゴムを拾いに行っただけの隼斗を気に留める者はいない。顔を赤くした風香を除いて。
「ほらよ」
「あ、……」
消しゴムを受け取った風香は頭を下げた。目の前の制服の太もも。隼斗の腰から上を見上げることが出来ない風香。
特に気にした様子もない隼斗は、席について退屈そうにペンを握る。
首を動かせなくなった風香。少し暖かい消しゴムを握るとノートの間違いを消した。
降り続く雨。放課後のチャイム。
ローファーに履き替えた風香は傘を開く。その横を通り過ぎる隼斗。
「あっ……」
「ん?」
思わず声を出した風香。傘を差した隼斗は振り返った。
「あの……」
「西田、どうした?」
「その……あ、雨、止まないね?」
「ああ、梅雨だしな」
「そ、そうだよね」
消しゴムを拾ってくれてありがとう。授業中に立ち上がれるって、隼斗くん、すごいね。
言いたい言葉が出てこない彼女は顔を上げられない。
耳が熱くなった風香はローファーの黒い水滴を見つめた。傘にぶつかる雨音が遠い。
「なぁ、西田」
「え?」
僅かに顔を上げた風香は目の前の黒い制服を見つめる。
「お前ってさ、字、綺麗だよな」
「え、と……」
「俺のノート、ぐちゃぐちゃだからさ、さっき、すげーなって思ってよ」
「あ、あの……あ、ありがと、消しゴム拾ってくれて……」
「いいよ、授業中だし、立ちずれーもんな」
「うん」
ゆっくりと顔を上げる風香。傘の下で微笑む隼斗の顔を見つめた彼女は、もう一度「ありがとう」と呟いた。
雨の季節。日常の音。
隼斗の後ろ姿を見送った風香は、静かに、地面の青い雨を蹴った。
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