詐欺師はこの世界に破滅をもたらすのか

忍野木しか

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第二章 魔法の世界

終わらぬ願いの牢獄

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 氷原で一人寂しく年老いたアンナ・ジャコフスカヤは、若さと自分を愛してくれる誰かを願った。
 彼女は永遠に老いぬ肉体と、色欲の呪いを与えられた。
 幼い息子を家に残して、職場で生涯を終えようとしたオリビア・ミラーは、息子の成長を見たいと願った。
 彼女は全てを見通す眼と、怠惰の呪いを与えられた。
 意図疎通の出来ない若者たちにリンチされた加地春人は、感情の希薄な心で会話くらいはさせろと願った。
 彼は意図の伝達を円滑化する脳と、憤怒の呪いを与えられた。
 真面目で平凡に毎日を送っていたマーク・ロジャーは、車に轢かれた身体を引きずりながら、死にたくないと願った。
 彼は死に戻りする身体と、強欲の呪いを与えられた。

 洞窟の壁には微かに水が流れていた。
 湿った泥の上で金髪の男が目を覚ます。洞窟に住まう目の退化した鳥たちが、一斉に飛び上がった。
 マーク・ロジャーは身体を起こした。
 何も見えない。だが、何処からか風が流れてくるのを肌で感じた。
 マークは眩い光球を浮かばせた。
 そこは広い洞窟の中だった。白い岩から滲み出る水。天井からは幾つもの巨大な鍾乳石が、槍のように伸びていた。
 ここには、来た事がある。
 マークは立ち上がった。無くなった筈の腕を動かすマーク。五体満足のようであり、記憶もはっきりしている。
 私は、殺されたはずでは?
 マークは、栗色の髪の女を思い返した。
 あんな訳の分からん女がいたのでは、アンナとの愛を育めない。
 マークはイライラと髪を掻き毟った。
 風の吹き込む方向へ洞窟をしばらく進むと、眩しい陽光が差し込んでいるのが目に入る。マークは目を細めて腕で日陰を作ると、洞窟の外に出た。
 森の中だった。折れ曲がった木々が互いに絡み合っている。
 以前、マークが洞窟を出た時は、美しく儚げな〈エルフ〉ミーシャ・アスターシナが木陰の岩に腰掛けていた。ほんの僅かな期待。胸を膨らますマーク。だが、今回そこに腰掛けていたのは、ぶくぶくと太った目つきの悪い老女だった。腰まで伸びる茶色い髪はボサボサに絡まり、大量の宝石が指や胸元で煌めいている。
 マークは露骨に眉を顰めた。
「おやおやおやぁ? 洞窟の鳥たちが騒ぐから来てみれば……。ちょっとちょっとちょっとぉ、あんたまさか強欲かい?」
「……あの、服が欲しいのですが」
「あらあらあらぁ、あんた、いーい男じゃないか。最近、魔女が男に生まれ変わるのが流行っているのかい?」
「泥だらけで気持ちが悪い。服と、もっと若い女性を私の前に持ってきなさい」
「やだやだやだぁ、ちょっと、あんた酷いじゃない。あたいは、あんたがこの世界で初めて出会った麗しき乙女じゃあないのかい?」
 太った老女は、濃い化粧をした腫れぼったい目でウィンクする。
「ご冗談はその辺にしてください、マダム。さぁ、早く乾いた服を私の元へ持ってきてください。私は早くアンナの元へ帰らねばならないのです!」
「アンナ? 誰だいそれは?」
「アンナ・ジャコフスカヤ、私の最愛の人です!」
「……アンナ・ジャコフスカヤ。まさか、色欲の」
「そうです」
 仰天して目を見開いた老女は、パッとその場から消えた。
 何なんだ、いったい。
 もしや、服を取りに行ったのではないかとマークは考えた。だが、もう二度とあのおぞましい見た目の生物には会いたくないと、洞窟を離れる事にした。
 浮遊魔法で宙に浮かび上がる。辺りを見回すと、そこは何処までも続くジャングルの様であった。遠くには微かに街が見える。
 あの女、確かオリビアとかいう……。何者かは知らないが、あの女を何とかしなければ、アンナには近づけない。
 マークは欲望を跳ね除けられた悔しさに、顔を歪めて拳を握りしめた。しかし、今すぐにアンナの元へ駆けつける気にはなれなかった。得体の知れないオリビアが怖かったのだ。
 順番を変えよう。先ずはこの世界の支配からだ。それからじっくりと、アンナを自分の物にすればいい。
 マークは一旦、先ほどの失敗を忘れる事にした。アンナ・ジャコフスカヤは歳を取らないと聞いていた。ならば時間はいくらでもあるだろうと。
 そうと決まれば、先ずはあの街からだ。
 マークは空中で身体を伸ばすと、圧縮した大爆撃魔法の渦を空中に展開した。それを最大火力にまで引き伸ばす。
 取り敢えずは破壊かな?
 マークは笑うと、街に爆撃を放った。
  
「ハルト、女になる準備は出来たか?」
「出来るか!」
 春人はアリスの頭に軽くチョップを入れた。アリスはムッと白いおでこを押さえる。
 毎日のようにアリスは、同じ質問を繰り返した。春人が拒否してはアリスがムッとする。そんなことをここ一週間ほど続けていた。
 まぁ、俺の許可なしに勝手に俺を殺したりしなくなった辺りは、成長はしたんだな、コイツも。
 無表情でおでこを押さえるアリスは明らかに不機嫌だった。だが、それ以上は何も言わずベットの端に腰掛ける。
 ここはキルランカ大陸南東の、海辺の森らしい。前に住んでいた村は、ここから歩いて二日ほどの距離だそうだ。
 元々、アリスはここで長い間一人で暮らしていたという。
 〈ヒト〉とルーア連邦共和国の長い種族間戦争が終結した数十年前、家族を失った種族たちが寄り集まって、あの森にひっそりと暮らすようになったらしい。その森の民たちに招かれて、アリスもあちらで暮らすようになったのだそうだ。
 森の民の生き残りはたったの4人だった。アリスとソフィア、〈ホビット〉の子供クラン、瀕死の重傷を負いながらもソフィアとクランを連れて逃げた〈ドワーフ〉の長フットバック・サモン。
 まだ幼いクランは戦争のショックが抜けず、近くの〈ホビット〉の村で匿われていた。フットバックは怪我が治るとすぐに〈ドワーフ〉の国ド・ゴルドへと旅立った。ソフィアは初めはクランと共に〈ホビット〉の村で暮らしていたが、アリスと春人が生きていることを知ると、すぐに二人の元に駆けつけたのだった。
「アリス様が生きておられたから、駆けつけたのだぞ」
 ソフィアは毎日の様に、春人に向かって同じ言葉を繰り返した。
 そのソフィアは今、森の中へ狩りに出かけている。すっかり怪我の治った春人は、美しいソフィアと共に狩りを楽しみたかった。だが、まだ安静にしていろと置いてかれてしまったのだった。
「なあアリス、もうずっとこの森で暮らそうぜ? 〈ヒト〉と関わるのはもう御免だ」
 春人の頭にちらりとアリシアの泣き顔が浮かんだ。煩わしいと思った。彼はもう、怒りも悲しみも感じたくないと願っている。
「おーい、聞いてますか? なぁ、別に俺が女にならなくてもさ、女友達ならソフィアが居るじゃねーか。なんなら他の〈エルフ〉の女を呼んでもいいぜ? それなら俺も大歓迎さ!」
「……呼ばれた」
「はあ?」
「ちょっと待っていろ」
「何がだよ? 相変わらずお前は……」
 アリスはふっと消えてしまった。
 やっぱ変わってねーな。
 春人はため息をついた。
 暫くすると、ソフィアが帰ってきた。そして、手伝ってくれと玄関の外から手招きする。
 春人は外に出ると、わっと声を出した。
 恐竜のような毛の無い巨大な鳥が仰向けに倒れていた。クチバシだけでも春人の身長を超えるほどの巨体。
「な、なんじゃこりゃ……!? えっ? これってお前が仕留めたの?」
「ああ! オスのハイロジョウだ。美味そうだろ?」
「いや、別に美味そうでは無いけど……。いや、すげーな! すげーよ、お前!」
 ソフィアがシュンとしたので、春人は慌てて褒めた。
「だろ! ハルト、解体するのを手伝ってくれ」
「おお! ……いや、それって何日ぐらいかかるんだ?」
「日没までには終わらせるぞ!」
 無理だろ。
 春人は絶望的な気分でハイロジョウとやらを見上げた。長い首の高さは春人の倍はありそうだった。
 何とか首の肉を二十分の一ほど切り開いた春人は、一息ついた。ソフィアは浮遊魔法で宙に浮かんで、楽しそうに巨鳥を切り裂いている。
「ハルト、お客さんだ」
 いつの間に帰って来たのか、アリスが玄関の中から手招きした。
 何だよ、もう。
 春人はため息をついて立ち上がった。巨木のウロの入り口に作られたドア。押し開けた春人は絶句する。
 アリシアと髪の長い男が石畳の上に立っていたのだ。
 ポカンと二人を見つめる春人。徐々に胸の内に怒りが湧き上がってくると、春人はキッと目を細めた。
「おい! どういう……」
「いやあああああ!」
 悲鳴をあげたアリシアが春人に抱きついた。バランスを崩した春人は、アリシアと共にすっ転ぶ。
「てめぇ、何す……」
「いやあ! だめ! ナツキ、死んじゃやだ!」
 アリシアは泣きながら治癒魔法を唱えた。春人の体は、巨鳥の解体で血塗れだったのだ。
 治癒魔法の緑の光をアリシアの下で呆然と眺めていた春人は、彼女の頭にそっと手を置いた。
「……おい、アホか? 別に怪我なんかしてねーっての」
「で、でも、血が……」
「俺の血じゃねーよ。今、外でデカい鳥の解体してたんだ。そうだ、お前も手伝えよ?」
「……と、鳥?」
「ああ、マジでデカイぞ! でも、美味いらしいんだ。解体が終わったら一緒に食べようぜ?」
「う、うん!」
 アリシアはにっこり笑った。春人はやれやれと息を吐いて、頭を撫でてやった。
 アリシアと共にやってきた髪の長い男は、何やら腕を組んで、一人でうんうんと頷いている。
「でさ、アイツ誰なの?」
 春人は髪の長い男を指を差すと、アリシアに首を傾げた。
「あー……あの人はクラウディウス。私の、お兄さんだよ?」
「嘘つけ」
「えっ?」
 アリシアは、どうしようという目をして、クラウディウスを振り返った。
 クラウディウスは「ご名答」と盛大に手を叩く。
 コイツ、なんとなく俺と同じ匂いがしやがる。
 春人は胡散臭そうにクラウディウスを睨みあげた。
 
 
 
 
 
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