雨よ降れ

忍野木しか

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雨よ降れ

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 水滴の浮かぶ白いラベル。
 紅茶花伝のキャップを外した久野湊人は、冷たいミルクティーに一息ついた。
 晴天の空に流れる薄い雲。六月の青空は真夏の暑さを感じさせるほどに眩い。木陰で涼む湊人は競技場から響く雷管の木霊にまどろんだ。
「こら、いつまでサボってんのよ!」
 静かなランニングコースを震わす高い声。慌てて顔をあげる湊人。照りつける陽光に目を眩ませた彼はのけぞった。肩で息をする一之瀬純夏はため息をつくと、腰に手を当てる。小麦色の二の腕。ほっそりとした首筋に汗が伝った。
「サボってねーよ、休憩してんの」
「君、休憩長過ぎ。そんなんじゃ夏の大会で走れないぞ?」
「いーよ、別に、大会なんて適当で」
 競技場を見下ろす楕円形のコース。ケヤキの幹に寝そべる湊人は、葉影の向こうの焼けたコンクリートに眉を顰める。
 梅雨なら、降れよな。
 晴天の続く初夏の街。暑さの苦手な湊人は部活をサボるのが最近の日課となっていた。
「もう、よくないよ! ほら、立って」
 純夏はしゃがみ込むと湊人の腕を引っ張る。
「待てってば、もう少し休ませろ」
「さっきからずっと休んでるじゃん」
 細い腕に力を込める純夏。汗で滑って思いっきり尻餅をつく。
「いたた……」
「おい、大丈夫か?」
 やれやれと立ち上がる湊人。純夏の手を掴むと立ち上がらせた。
「あ、ありがと」
「お前、ぜんぜん休憩してないだろ?」
「うん」
「なぁ、張り切り過ぎるのも良くないぜ。ちょっとは休憩しろって」
 湊人は飲みかけの紅茶を純夏に投げる。まだひんやりと冷たいペットボトル。純夏はコクリと頭を下げた。
「じゃあ、俺、ちょっと走ってくるわ」
「そんなこと言って、君、まさか別の場所でサボる気じゃ……?」
 乾いた喉を潤した純夏は微かに首を傾げる。
「あ、バレた?」
 湊人は笑いながら走り出した。「こら」とその背中を追いかける純夏。
 雷鳴が遠くの空を震わせた。顔をあげた二人は青い彼方から迫る黒い雲の影を見る。
「やったぜ、雨だ」
「うわぁ、降りそうだね」
 走る速度を緩める二人。
 ポツポツと降り出した雨は競技場を冷やしていった。夏の到来を知らせるような夕立。雨粒は大きい。
「これは休憩だね」
 立ち止まった純夏は手のひらを上に向ける。湊人は首を傾げた。
「なんでだよ? せっかく涼しくなってきたんだから走ろうぜ」
「ええ……?」
 自分とは正反対の湊人に困惑する純夏。取り敢えず紅茶花伝を彼に投げ返すと、何だか可笑しくなった彼女は声をあげて笑った。


 
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