悪役令嬢はおっさんフェチ

茗裡

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24. ハインリヒ皇子

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「女、顔を上げろ。」

先程の兵達とは違う上に立つものの威厳ある声が聞こえ顔を上げる。
アリスさん達には皇太子に見つからないように言われていたが、私も後ろで震えている女性も生きれる可能性があるとすれば私の容姿を晒すことだろう。
皇太子は珍しいものや新しいものが好きらしく、中でも黒髪に紅い瞳を持つ私は珍妙の何者でも無いだろう。アリスさん達が危惧していた程だ。私の容姿に食い付いてくれる可能性は低くないだろう。

顔を上げ真っ直ぐ騎乗した皇太子の姿を見つめれば皇太子と思しき男と視線が交わる。
赤い髪を下の方で括り右の肩に流し冷たさを孕んだ青い瞳。女性受けが良さそうな容姿で容姿だけ見れば優しそうな雰囲気をしているのだが、此方を見つめる瞳は驚きに目を見開いていても何処か冷たさが感じ取れる。

「ひっ」

近くにいた衛兵の二人が私の顔を見て短い悲鳴を上げる。この紅い瞳を初めて見るものにとっては恐怖でしか無いだろう。

「お前はっ!…くっ、ははは。おい、お前達そこの紅い瞳をした女を此方に連れて来い」

驚きに見開かれていた双眸は細められ口角を上げる。世の女性達であれば自信に溢れSっ気のあるその笑みに目を奪われるだろうが悪寒が背筋を巡り僅かに眉宇が寄る。

「女、此方に手を伸ばせ」

両端を兵に固められ皇太子の元へと向かう。
周りの人々は異様な出来事に顔を上げて私達の様子を固唾を飲んで見守っている。
突然の指示に不思議に思いながらも皇太子に向けて手を差し出すと手首を捕まれ思い切り引き上げられる。

「うわぁっ」

まさか引き上げられるとは思っていなかったから思わず声が漏れる。捕まれた腕が痛い。腕が外れるかと思った。

「やはりか。お前、黒髪の乙女だな」

気が付いたら皇太子に抱かれるようにして馬の上にいた。

「殿下!?見ず知らずの人間を近付かせるなど何かあっては大変ですっ」
「女!今すぐハインリヒ皇子から離れるんだ!!」

衛兵達が慌てた様子で言う。
離れられるものならば、私だって離れたい。しかし、皇子の腕が確りと私の腰を抱いて離れられないでいた。

「私に意見するな。そこのお前は私の護衛から解任する。二度と私の視界に入るな」
「ひぇっ、そ、そんな…申し訳ございませんっ。意見など滅相も──」
「目障りだ。消えろ」

初めに口を開いた衛兵は皇子の身を案じて発言したというのに、ハインリヒ皇子は自分に意見したとして容赦なく解任を言い渡す。
解任を言い渡された衛兵は青い顔で弁明しようとするも皇子はそれを許さず、冷たい瞳で衛兵を見つめ一刀両断し、衛兵は絶望的な表情で項垂れた。

「ちょっと!今のこの衛兵悪くないじゃない!今のは皇子である貴方の身を案じたからこそ出て来た言葉ではないのですか!?」

これはあまりにも酷過ぎる。
自分の身を一番に案じてくれた者に対して優しさを仇で返したようなものだ。こんな人の優しさにも気付けないような奴が一国の皇子だなんて…。思い出したくもないが、こいつよりもまだ元婚約者であるダニエル殿下の方が人々の言葉を素直に受け入れていたと思う。

「お前も私に意見する気か。黒髪の乙女だとしても容赦はせんぞ。今此処でお前のその容姿を民達の前で暴いてやってもいいんだぞ?」
「そうなされたいのならば御自由に。その代わり、この衛兵の解任を取り消して下さい」

皇子は私がこの容姿を民衆に知られるのを恐れると思ってそう言ったのだろうが、今の私がその程度で怯えるはずがない。
この容姿を見ればここにいる民衆は先程の衛兵の様に怯え嫌悪の目を向けてくるかもしれない。恐怖されるのも化け物と囁かれるのもまだ怖い。考えるだけで身体が震えてくる。
だけど、私は自分を受け入れたベーアンさん達に恥じない生き方をしたいと思いあの時過去の私とは決別したのだ。

「女…」

解任を言い渡された衛兵が小さく呟く。
いや、女じゃなくて私にはちゃんと"ベラ"っていう名前があるんですけど。
衛兵をみると私の助け舟に縋るというよりも驚愕に目を見開いていた。他の人達も同様で、もう1人の護衛兵も立ち尽くしたまま驚愕の表情を浮かべている。
立ち尽くしたままの女性や民衆達は私達の声は聞こえなかったようでハラハラと心配そうな表情で此方の様子を伺っていた。

「何故私がお前の言うことを聞かねばならん。」

皇子が思い切り不機嫌な表情で言う。

「貴様も私に意見するのならば斬り捨てても良いのだぞ」
「私を切ればジェレミー様が黙っていないと思いますが…それでも私を殺しますか?」
「何だと…?」

ハインリヒ皇子の弱点。それはこの国の英雄にして生きる伝説であるジェレミー総大将だとアリスさんから聞いた。
何でも弱点と言う程ではないが、ジェレミー総大将には一目置いており幼少の頃から時に厳しく時に優しく可愛がってくれたジェレミー様の言うことならば言うことを聞くんだとか。
だから、もしも皇子に目をつけられるような事態になればジェレミー様の名前を出せば良いと言われた。虎の威を借る狐のようで本当は嫌だったのだが、背に腹は変えられない。
衛兵の将来と私の巻き添えを喰らった女性の命に、自分の命だってかかっているのだ。
こんな事で死んで誇れる矜恃なんて私には持ち合わせていない。

「私はジェレミー様から直々に軍への入隊を認められました。それに、既に私の事をご存知だった皇子ならば私の素性も全てご存知なのではありませんか?」

ジェレミー様の名前を借りたからと言ってこの傍若無人と名高い皇子が素直に振り上げた拳を下ろすとは思わないが一か八かに掛けてみることにした。

「素性とは貴様がフラガーデニア国の魔術師であったということか」
「ええ、そうです。私はフラガーデニアを裏切ってディアフォーネについた。私は貴方達にとって使える人材だと思うのですが、此処で私を殺すというのであれば転移魔法で私は別の国に逃げます」

皇子の冷たい瞳が私にも向けられるが負けじとその瞳を見つめ返す。
皇子がただの傲岸不遜なだけで無ければ私の言葉を正しく理解することが出来るだろう。

「ふっ、はははははは」

突如声を上げて笑い出す様に瞠目する。
他の者達も同じようで驚愕に目を瞠っていた。

「本来ならば即刻打首にしてやるところだがいいだろう。ジェレミー総大将からも貴様には手出しせぬように言われていたのでな。そこまでいうのならば我が国に利福を齎す事が出来るか見てやろうではないか。なぁ?その災いの瞳の運命に抗えるかどうか私の目で見ていてやる」


皇子の手が伸び頬に触れる。
端麗な顔貌が寄せられ触れた手が頬を撫ぜたかと思えば親指で目元付近を押し潰し紅い瞳をまじまじと見つめられる。
抵抗すること無く私とは対極的な青い瞳を見つめ返すと皇子は徐に手を離して馬の手網を握る。

「そこの女はいつまでそこにいる。私の行く手を阻む者は許さぬ、即刻退けよ。そこの衛兵も職務に戻り先導せよ」
「「は、はいっ」」

皇子の発言に呆然としていた女性と衛兵は跳ねるように返事を返して頭を下げ女性は直ぐに端に避け道を開け、衛兵は先導を務めた。
誰も咎められることが無かったことに小さく安堵の息を吐く。
だが、まだ安心出来ないでいた。

「あの…」
「何だ。」

遠慮がちに声を掛けると素っ気ない声が返る。

「私の存在忘れてませんか?降ろし忘れてますよ」

私の声掛けに返事があったという事は存在事態は忘れられてはいなかったようだが、何故私は未だ皇子と共に馬に乗っているのだろうか。
先導兵も時折此方をチラチラと見ており後ろに連なる兵達はずっと驚いた様子で此方をガン見している。民衆達は皇子一行が前を通る時は頭を下げているから気付かれていないが居た堪れない。それに、何処に向かっているのかも分からないこの状況でどうしたものかと思索に耽る。

「お前には私と一緒について来てもらう。……ジジイ共の慌てる顔が目に浮かぶ」

最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが愉しそうな黒い笑みを浮かべていたからソッとしておくことにした。

何処に向かっているのかは分からないけど、これは帰ったらシルヴァンさんとアリスさんからのW説教コースだろうなと思うと何だか泣けてきた。

「おい。聞いているのか」

頭上から不機嫌な声が聞こえて顔を上げると眉根を寄せて此方を見下ろしていた。

「何故、貴様はあの時本当の事を言わなかった」

皇子は不機嫌そうな表情のまま問う。
何を問われているのか理解が及ばす首を傾げると更に眉間に皺を刻んで付け足した。

「私の前に飛び出して来た時のことだ。貴様もあの女と同じように誰かに背後から押されたのだろう」
「皇子…気付いていたんですか?」

確かに誰かから突き飛ばされて道の真ん中に飛び出したのだが、皇子がその事に気付いていたとは驚きだ。

「貴様等を突き飛ばした後に人混みの中に紛れる影か見えたからな。皆が立ち止まっている中動くものがあれば其方に目がいくのは道理だろう」

いや、まあ。そうだろうけどさ。
じゃあ、何で分かっていて私達を殺そうとしたのかは聞いちゃ駄目なんだろうな~。
なんて思っていると、じっと此方を見て私の答えを待っているようだったので彼の質問に答えることにした。

「確かに私も押されましたが皇子はそう言い訳したところでお許しになられましたか?」
「貴様、私を愚弄しているのか」
「いいえ。事実確認を行っているだけです。本当の事を言っていた女性が衛兵に殺されそうになっても貴方は止めなかった。なのに私が本当の事を言ったからといって衛兵の行動を止めようと思っていたのかを聞いているのです」

皇子の憤りを受け流して言葉を続けると口を噤んで押し黙る。
これは見殺しにしていたという肯定として受け取っていいだろう。それが分かっていながら命乞いするなど殺られるフラグでしかないではないか。

「皇子は珍しいものがお好きだと聞いていたのでいざとなればこの容姿を晒す予定でした。人々には忌み嫌われるこの容姿でも皇子ならば直ぐに手打ちにはしないだろうと思ったのです」
「だが、貴様は助かったかもしれないが女と衛兵は貴様には関係無いだろう」
「無意味な殺生や理不尽な処罰が嫌だっただけです。」

皇子の言うことも最もだが、自分だけ助かるなど私には出来なかった。それに、と言葉を続ける。

「権力や力があるのならば下の者を切り捨てる為に力を使うよりも救う為に力を使いたい。私にはそれが出来るだけの価値が自分にあると自負していたから話を持ち掛ける事が出来たのですけどね」

こんなのはただの綺麗事だ。
本当は、道中で助けることが出来なかった兄弟に対する罪滅ぼしでもあった。
私は人よりも優れた力を持っていながらもそれでも力が及ばず兄弟を救う事が出来なかった。あの時、一瞬見えた後ろ姿の茶髪の男性。あれは恐らく兄を亡くした弟だろう。
だから、その弟を売る事も出来なかったし、別の誰かを助けることで自分の罪の意識を軽くしたかっただけなのかもしれない。

「そんな考えで戦場に立とうとは直ぐに命を落とすことになるぞ」
「考えが甘いのは承知してます。敵とみなせば容赦無く命を奪いますが、守るべき者達は守りたい」

人の命を容赦無く奪うと明言しながら、別の命は救いたなど我ながら矛盾している。
しかし、皇子はそれ以上追求すること無く口を閉ざして先導兵に続いて馬の手網を引いていた。
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