ストレンジ♤ワールド~悪役令嬢は王子様をご所望です~

茗裡

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三章 正編

六話 親心

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 謁見の間を出ると、ルイーズは廊下の途中でマルセルに呼び止められた。
 ソレンヌとは早々に別れ、父の背に従って王宮の奥へと足を運ぶ。

「お父様、どちらへ向かっているのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 ただ「ついて来なさい」と言われただけで、行き先までは告げられていない。
 これまでにも王宮を何度か訪れたことはあるが、ルイーズが足を踏み入れたことのある場所は限られていた。見知らぬ廊下、初めて見る扉の連なりに、まるで迷宮にでも迷い込んだような不安が胸をざわつかせる。

「陛下からの御達しでな。王の執務室へ向かっている」

 歩きながら、マルセルは何気なくそう口にした。
 その一言に、ルイーズの足が思わず止まりかける。

「わたくし、何か陛下の御前で粗相でもいたしましたでしょうか?」

 陛下の前で不敬な態度をとった記憶はない。だが、ルイーズだけが呼ばれたという事実は、何か見落としていた重大な失態があったのではないかという疑念を生む。
 謁見の間での自分の発言や立ち居振る舞いを思い返すが、はっきりとした原因は見当たらない。

 ──それとも今回の件ではなく、もっと前のこと……?

 数年前、ジェルヴェールに内緒で会いに行ったことがあった。あるいは、禁止されているピッピコの能力をこっそり使用したこと。さらには、未報告のストレンジを宿したピッピコが複数いるという秘密まで……思い当たる節が多すぎて、顔から血の気が引いていく。

「陛下は、個人的にルイーズに話があると仰せだ。……ルイーズよ、私は他国の王族の接遇役をお前が請け負うことに、賛成ではない」

 足を止め、マルセルは振り返ると、静かに、だが真剣な眼差しでルイーズを見つめた。

「もし、お前が引き受けることに迷いや不安があるのなら、私の方からカニャール殿に断りを入れよう。遠慮する必要などない」

 その言葉に、ルイーズの胸がじんと熱くなる。

 ──本当に。この人は、私にはどこまでも甘い。

 普段は公務にも家族にも厳格で、三人の兄たちに対しても威厳を崩さぬ父。
 だが、末娘である自分には、幼い頃からずっと変わらずに優しく、甘かった。
 大人になっても、成長しても、父にとって自分はまだ守るべき小さな娘なのだと思うと、くすぐったくもあり、ありがたくも感じた。

「いいえ。一度お引き受けした任を今さら反故にするわけにはまいりませんわ。お父様が何を懸念なさっているのかはわかりかねますが、未熟ながらも精一杯務めさせていただきますので、どうかご安心くださいませ」

 毅然とした口調でそう告げながらも、ルイーズは内心で胸を痛めていた。
 マルセルが真に懸念しているのが、接遇という任そのものではないことには、とうに気づいている。
 けれど、今ここでその理由を知っていると悟られてはならない。

 マルセルは、しばし黙ったままルイーズの横顔を見つめ、ふっと目を伏せる。
 その表情には、言葉にできない葛藤が滲んでいた。
 きっと、何も知らないまま任を降りてくれることを願っていたのだろう。
 だが、ルイーズにとってこの任は、決して放り出して良いものではなかった。
 ましてや降りるつもりなど、初めから微塵もない。

「御前にとって、辛いことが待っているかもしれないと言っても、か?」

 マルセルはついに核心に触れる言葉を口にした。

 ──これは……直球で来たわね。

 その一言で、マルセルの懸念が”スタニスラス”に関わることであると、確信する。
 ジェルヴェールが留学生として、一時的にダルシアクへ帰国してくる。
 そして、スタニスラスが記憶を失っているとはいえ、生きている。それが、陛下から告げられた唯一の事実。
 本来、今の段階でルイーズがジェルヴェールの存在に気づいているのはおかしい。
 だからこそ、何も知らないふりを通さなければならない。

「確かに、王族の接遇など安易な務めではございませんわ」

 ルイーズは微笑みを浮かべながらも、静かに切り返す。

「けれど、ドナシアン殿下やソレンヌもおられますもの。わたくし一人ではありませんし、お父様がそれほどご心配なさることではございません」

 そこまで言って、少し唇を尖らせてみせた。

「それに……信用はお兄様たちの足元にも及ばないかもしれませんが、わたくしのことも少しは認めてくださっていると思っていたのに。なんだか、傷つきましたわ」
「そんな、まさか……!」

 慌てたようにマルセルが言い訳を重ねる。

「ルイーズが他国の王族に不敬を働くなんて、思ってもいない!それに、信用していないわけじゃ無いんだよ!お父様が悪かった。だから、そんな顔をしないでおくれ」

 頬を膨らませてそっぽを向くと、マルセルはますますうろたえた様子で手を差し伸べてくる。
 その姿に、張り詰めていた空気がふっと緩み、ルイーズは心の中で安堵の息を吐いた。

 ──まったく。昔から、こういうところは変わらないのね。

 未だ怒っているふりをしつつも、目元だけは緩んでしまう。
 横目にマルセルを見ながら、ルイーズは静かに父のぬくもりを感じていた。

「最後の方は冗談ですわ」

 ルイーズは唇に微笑を乗せて肩をすくめる。

「ですが、本当にご心配には及びません。わたくし達で対処しきれない事態になれば、すぐにお父様やカニャール様に文をしたためますので、どうかご安心くださいませ。……さあ、陛下をお待たせするわけには参りません。執務室へまいりましょう?」

 マルセルの慌てぶりに、思わずくすりと笑みがこぼれる。
 彼が心配していたのは、間違いなくスタニスラスに関することだろう。だが、少なくとも今のところは、それとなく話を逸らすことに成功した。
 ただ、この後に待ち構えている陛下の話を思うと、どうにも気が重くなる。
 とはいえ、国王陛下の直々の呼び出しを無視できる立場ではない。覚悟を決めて、ルイーズはマルセルの背に続いた。

 執務室の前には見張りの兵が立っていたが、二人の姿を認めると無言で扉を開ける。
 部屋に入るや否や、マルセルが一礼しながら声をかけた。

「陛下、ルイーズをお連れいたしました」
「マルセルもルイーズ嬢も急に呼び立ててすまんな」

 奥の執務机に座る陛下が、穏やかな声で詫びる。

「いえ、滅相もございませんわ」

 ルイーズは即座に首を振り、丁寧に頭を下げた。

「ルイーズ嬢よ。この場には、我とマルセル、そして貴殿だけだ。どうか気を張らず、気楽に話してくれて構わん」
「畏まりました」

 とはいえ、気楽になど出来るわけもない。
 相手は国王であり、そしてスタニスラスの父なのだから。

「早速だが、本題に入らせてもらう」

 陛下は背筋を正し、ルイーズに視線を向ける。

「ルイーズ嬢。今現在、貴殿の中に“想い人”はいるだろうか?」
「……っ!」

 思わず、息を呑んだ。
 まさか、ここまで率直に聞かれるとは思ってもいなかった。

 隣にいるマルセルは、明らかに顔をしかめている。娘の恋の話を、よりにもよって国王に暴かれるとは、父親として堪らないのだろう。
 けれど、ルイーズには嘘をつく理由も、誤魔化す理由もない。
 彼女の心には、幼い頃からずっと、たった一人の人間しか存在していないのだから。

「恐れながらも、陛下。わたくしの心は、幼少の頃よりただ御一方だけに捧げておりますわ」

 静かに、しかし確かな思いを込めて言葉を紡ぐ。
 唇には微笑を湛えていたが、その笑みにはどこか哀しみの色が滲んでいた。

 陛下は、その表情を見てわずかに眉を曇らせた。
 父としての心と、王としての立場。
 そして、恋する少女の想いを受け止める者としての、複雑な感情がその眼差しに揺れている。

「……それは、我が息子スタニスラスを、今なお慕っているということで良いのだな」
「……はい」

 ただ一言。だけれど、その一言にどれほどの決意を込めたかは、当人たちにしかわからない。

 想い人の父の前で、そして自分の父親の前で恋心を明かすなど、これほど羞恥な場面もない。
 けれど、曖昧にしてしまえば、本題は進まない。
 これから語られる話が、何であるか。ルイーズには、もう覚悟ができていた。

「そう……か」

 陛下は静かに頷いた後、真っ直ぐにルイーズを見据える。

「六月、マラルメ国とオルディアナ国から留学生が来ることは、先ほど聞いて知っておるな?」
「はい。存じ上げておりますわ」

 ルイーズは落ち着いた声で答える。その返事に陛下は小さく頷き、さらに言葉を継いだ。

「では、八年前にスタニスラスが生存していると伝えたことはルイーズ嬢のことだ。覚えているであろう?」
「はい。よく覚えておりますわ。スタニスラス様が御存命であると存知上げておればこそ、いつか再びお会い出来ると信じて今日こんにちまで過ごして参りました」

 包み隠さず、真っ直ぐに想いを言葉にする。
 ルイーズの眼差しは、どこまでも澄んでいた。

 陛下の表情は変わらない。先ほど一瞬だけ見せた苦渋の色が消えた後は、真剣な面持ちを崩すことはなかった。
 だがその沈黙の奥にある陛下の心を、ルイーズには読み解くことができない。
 胸の奥で、心臓の鼓動が静かに、しかし確かに速まっていく。
 マラルメ国の留学生。その中に、ジェルヴェールがいる。
 名前を変えたスタニスラスと、ルイーズはついに“正式に”再会することになる。

「ルイーズ嬢。落ち着いて聞いてほしい」

 陛下の声は、重く、そしてどこか慎重だった。

「マラルメ国からの留学生の中に我が息子、スタニスラスがいる」
「……っ」
「彼は、マラルメ国第一王子であるロラン・ブランシェ殿下の護衛として、この国に帰ってくるのだ」

 ルイーズは、その言葉に目を見張った。
 だが、それだけだった。驚きの声一つない。

「あまり驚かないのだな」

 意外そうに見つめる陛下に、ルイーズは穏やかに首を振った。

「いいえ。驚いておりますわ。ですが、陛下がわたくしをここへお呼びになった時点で、何となく予感はしておりましたの」

 ほんの僅かに微笑んでみせる。
 驚きがなかったのではない。ただ、心のどこかで、ずっとこうなることを願い、そして恐れてもいたのだ。

「ルイーズ嬢なら我の発言からその結論に結び付けるのは無論の事であったな」

 陛下の言葉には揶揄も賛辞もなく、ただ淡々と事実を述べる響きがあった。
 ルイーズは曖昧に笑って返した。
 本当のところを言えば、スタニスラスがジェルヴェールとしてこの国に戻ってくることなど、とうに知っていた。
 だからこそ、取り乱さずに済んだのだ。

「そこで、だ」

 陛下がわずかに身を乗り出す。声の調子がほんの少しだけ低くなった。

「ルイーズ嬢。貴殿には、一つ頼みがある」

 予感が確信に変わった。

「スタニスラスが記憶を失っていることは……すでに伝えた通りだな」

 ──ああ……

 胸の奥がじんわりと痛む。だが、顔には出さない。

「彼は名前を変え、“ジェルヴェール”として、新たな人生を歩んでおる」
「……」
「ルイーズ嬢には辛いことを言うが、スタニスラスに会っても、この国の第一王子であったことは決して口にしないでほしい」

 陛下もまた、一人の“親”だ。
 誰よりも強く在らねばならぬ立場であっても、心がある。
 最愛の妃、エヴリーヌを失い。
 正妻との間に授かった、唯一の息子スタニスラスとも、幼き日より引き離される運命となった。
 どれほど無念であったろうか。
 どれほど、耐え難い想いを胸に秘めて過ごしてこられたのだろうか。
 その胸中が、どれほど辛く、悔しく、寂しいものであったか──想像に余りある。

「陛下、承知いたしましたわ」

 ルイーズは、迷いなく答えた。
 自分の感情を押し殺したわけではない。ただ、それ以上に陛下の頼みに込められた“親としての願い”を、尊重したのだ。

 国のためではない。
 一人の父が、一人の少女に、愛する我が子のために頼んでいるのだ。
 それを自分一人の感情で拒否することなど、出来ようはずもない。

「スタニスラス様が記憶を取り戻されたなら、さぞや困惑なさるのは目に見えておりますわ。それに暗殺者の目を欺くためとはいえ、第一王子は既に“故人”として世に広まっておりますもの。今さら無理に思い出させることなど、出来ようはずもありませんわ」

 ルイーズの声音は静かだったが、その奥には哀しみと決意が入り混じっていた。

「……ルイーズ嬢、すまない」

 陛下の低く重たい声音が、部屋に沈んだ。

「陛下、謝らないでくださいませ。……ただ、一つだけ、お許しいただけるでしょうか」

 ──泣くな。泣くな。分かっていたはずだ。

 だからこそ、六年前ジェルヴェールと逢瀬を重ねたあの頃も、スタニスラスのことも、自身の正体すらも話さなかったのだから……

「願いとは、なんだ」

 だけど、願うくらいなら、いいでしょう……?

「わたくしは、ただ、スタニスラス様の隣に在りたいと願っております。留学期間中だけでもお許し頂けませんでしょうか」

 ストレンジ学園に留学すれば、ルイーズとジェルヴェールの接触は避けられない。
 記憶がなくたっていい。ただ一時でも、共に過ごす時間を許してほしかった。
 それは、“想い”だけを抱えて生きてきた少女の、ささやかな願い。

「スタニスラスに真実を告げぬと約すのなら、そのくらいは許そう」

 陛下はわずかに息を吐き、続けた。

「だが、ルベンが黙ってはおるまい。その時、貴殿がルベンの“婚約者候補”であると、スタニスラスに知られる可能性が高くなるぞ」

 問題は、そこだった。

 ルベンの婚約者候補になったのは、あくまで“目的”のため。
 ソレンヌ、エドと知り合い、そしてジェルヴェールにも巡り逢えた。
 残るは、レナルドとその母・レリアが王妃殺害の主犯であるという“証拠”を掴むこと。
 だがそれが、今もなお難航していた。

 ゲームの中でも、確たる物的証拠は存在しなかった。あったのは、レナルドの“目撃証言”と、それをヒロインが引き出すという構図だけ。
 レリアが断罪さたわけでもない。

「そう……ですわね」

 レナルドは、今やラシェルにぞっこんだ。
 心を開かせる隙すらない。もう、彼から証言を得ようなどという希望はとっくに捨てていた。
 ルベンの婚約者候補として得られるものは、すべて得た。
 本来であれば、その地位に固執する理由もない。
 だからこそ、マルセルと何度も話し合ってきた。
 予定では、二学期を迎える前には“婚約者候補”の座を降りられるはずだった。

 ルイーズが難しい顔で思案していると、不意に、陛下が小さく息を洩らす音がした。
 顔を上げると、そこにはどこか柔らかな笑みを湛えた陛下がいた。

「ルイーズ嬢。貴殿の心がいまだスタニスラスにあること、それは先ほどの言葉で充分に伝わった。であれば、このままルベンの“婚約者候補”に据えておくのも酷であろう。我とマルセルとで、候補から外れるよう話を進めよう。もうしばし、待ってもらえるか」

 視線を向けると、マルセルもまた無言で深く頷いている。
 本当に、陛下も父も何処までも身内に甘い人たちだ。

「御配慮、痛み入りますわ」

 ルイーズは最上級の礼をこめ、深くカーテシーをした。

 本来であれば、王太子の婚約者候補をどうこうする話など、王の一存だけで決められるものではない。
 だが、常々マルセルは「娘を婚約者の“地位”に押し込むつもりはない」と言い張っていた。
 だからこそ、今回の決定も、彼の中では“折込済み”だったのだろう。

 これで、ルベンの件はもう気にしなくていい。
 あの我儘で傲慢な王子に振り回されることも、ようやく終わる。

 ルイーズの胸の奥に、少しだけ、安堵の光が灯った。


 #

「馬車を手配しているから、先に帰っていなさい」
「はい。それでは、わたくしは此処で失礼致しますわ」

 マルセルは廊下でルイーズを見送ると、扉を静かに閉めて再び執務室へと戻った。

「お互い、身内には甘いな」

 部屋に入るなり、陛下は自嘲気味に笑みを浮かべたまま、苦い口調でそう漏らす。

「何を今更。と言いたいところだが、全くだな」

 今この場にいるのは、マルセルと陛下の二人だけ。だからこそ、堅苦しい言葉遣いをやめ、かつてのようにくだけた口調で言葉を交わす。
 それは、幼馴染でもある陛下自身の望みでもあった。

「それにしてもルイーズ嬢が、いまだ我が息子スタニスラスを想っていてくれているとはな」

 感慨深げに陛下が呟く。

「あの子は一途だからなぁ。ルベン殿下の婚約者候補を外れたいと相談を受けた時、代わりに誰か見合った男を用意しようかと提案したのだが、それはやめて欲しいと先に言われた」

 マルセルは肩をすくめると、陛下は「ほう」と短く声を上げ、続きを促す。

「理由は、『心に決めた人がいるから』と。今日の話を聞いて、ようやくその相手がスタニスラス殿下だとわかったよ」

「スタニスラスも罪な奴よの」

 陛下が苦笑交じりに言うが、マルセルはその言葉にじっと鋭い視線を返す。

「それなのに、その想い人には真実を話すなとぬけぬけと宣う輩がいてな。私は今、腸が煮えくり返っておるよ」

 明らかにその“輩”が目の前の陛下であると分かる圧を込めて睨みつけると、陛下はばつの悪そうに視線を逸らした。

「スタニスラス殿下がご存命だと知っている者は限られている。わざわざ彼が留学生として来るなどと、ルイーズに伝える必要はなかったんじゃないか」
「だとしても、あの子ならスタニスラスが生きていると知った時点で、今の彼を見て気づいたはずだ。いや、伝えなくても、彼女なら見抜いていただろう」

 口調を静かに落としながらも、陛下の言葉には確信があった。

「何せ、スタニスラスが自ら選んだ女性だからな」

 幼い頃の二人は、言葉にせずとも心で通じ合っていた。
 スタニスラスは、民衆の前に初お目見えする前に“亡くなった”とされ、大々的に葬儀まで行われている。
 彼の本当の姿を知る者は極めて少ない。
 だが、たとえ名を偽り、性格も雰囲気も変えようと、ルイーズの目は誤魔化せないだろう。
 それほど、かつての彼女の想いは深かった。

「今はジェルヴェール様だったか。彼が、ルイーズを好きになったらどうする?」

 マルセルは父として、それだけは確認しておかねばならないと真剣な表情で問いかけた。
 十五歳の娘をフリーにするということは、本来ならすぐにでも新たな縁談を探す必要がある。
 しかし、ルイーズの心は今もスタニスラスにある。スタニスラスにも現在婚約者がいないと確認済みだ。
 政略結婚が王族の常とはいえ、マルセルは一人の父として、ただただ娘の幸せを願っていた。

「そうだな。マルセル、お前はどう考えている?」

 少しの沈黙ののち、陛下が問うと、マルセルは即答した。

「私はルイーズが望むのなら、スタニスラス殿下と添い遂げさせてやりたいと思っているよ」

 その真っ直ぐな言葉に、陛下は目を瞬かせる。
 だがすぐに顎に手を添えて、深く考え込む素振りを見せた。

「我も、同じ考えだ。ジェルヴェールとして改めてルイーズを愛し直すのなら、二人が望む道を尊重しよう」

 そこでふっと、陛下の顔に微笑が戻る。

「その時は、我が国に残る意志があるのなら、彼に爵位を与え、穏やかに暮らせる土地を用意してやろう」

 あたかももうその未来が確定したかのように、陛下の目が期待に輝き始める。

 最愛の王妃の遺した息子と、王妃自身も生前に気に入っていた少女。
 一度引き裂かれた想いが、再び結ばれる未来──その可能性を信じずにはいられなかった。

 マルセルもまた、陛下と同じ想いでいる。

 かつては儚く、幼かった恋心が、時を経て、成熟し、今度こそ結実する。
 そんな未来が訪れることを──ふたりの親は、静かに、そして心から願っていた。
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